山小屋での一番の謎はこの新聞記事ではないでしょうか。
2012年から来たゆにが持ち込んだ
2011年の人間からすれば未来を記した記事。
バッドエンドでは記事の内容が変わるにも関わらず
ココロ編のエンディング後のシーンでは、
こころが生き延びているにも関わらず、死亡記事のまま
という矛盾した存在。
この不可解な新聞の謎を解く鍵は、
『エピローグの、ゆにとオレ悟のやりとり』にあります。
悟「なぜ歴史をなぞる必要があった……?」
ゆに「その理由をひとことで言うと
『時空間転移を発生させるため』ってことになる」
ゆにの返答に、悟は納得がいっていない様子でしたが、
この言葉に関しては『歴史をなぞらなければどうなるか』
ということを考えればわかります。
例えば、墜落直後の最初の転移で、
ゆにがこころ達をサークル外に誘い、2012年に連れ出すとどうなるか?
苦労なく、彼らの命を救うことはできるでしょう。
その結果、歴史はどうなるか?
彼らの遭難も死もなかったことになる。
彼らの死を知って転移装置を使うことを決めた悟の行動もなくなる。
転移装置によって2012年のSPHIAに迷い込んだ
2011年のゆにはどうなるでしょうか・・?
歴史をなぞらなければ、タイムパラドックスが起きるのです。
タイムパラドックスが起きたとき、何が起こるか、
ゆに自身がどうなるか、ゆににもわからない。
世界が壊れるかもしれないし、壊れないかもしれない。
そのリスクを負うわけにはいかなかった。
そして彼がもしこころ達を救うことに失敗したとしても、
時空間転移さえ起こせれば、やりなおすチャンスはある。
だから、どうしても歴史をなぞり、
『時空間転移を発生させる』必要があった。
そのために、ゆには山小屋であのような苦労をしていたのです。
ゆにが歴史をなぞる理由はおわかりいただけたと思いますが、
この考えには重大な問題があります。
それは
『皆を救い出したエピローグは歴史を変えることにならないのか?』
ということ。
どれだけ歴史をなぞろうとも、最後にはこころ達を救い出すのだから、
それもタイムパラドックスの引き金になってしまうはずです。
この矛盾を解決する鍵こそが、あの新聞記事です。
『身元の特定も困難なほど腐乱した状態で発見された』
と記事にはありました。
死体だけだと誰なのかわからないが、乗客名簿から消去法で特定できる死。
この特殊な死があったからこそ、彼らを救うことができたのです。
ゆにと俺悟は、身代わりとなる3体の死体を用意し、
こころ達と入れ替わりに雪山に遺棄した。
半年後に発見される腐乱死体は、乗客名簿と状況から、
行方不明のこころ達3人だと特定され、矛盾はなくなる。
観測され認識された歴史はそのままに、
観測されていない部分をすり替え、
こころ達の『生』を盗み取る。
タイムパラドックスを回避するために、
歴史を、過去を、世界を、騙すかのような方法で、
こころ達は救われることになるのです。
エピローグでゆには
「歴史は繰り返される。変わることなく永遠に」
と言い、オレ悟は
「雪崩に巻き込まれて命を失った者は誰もいない。過去が塗り変えられたからだ」
と反論。それに対しゆには
「違うとも言えるし、違わないとも言える」
と返しました。
このやり取りも『変わらないけれど変える歴史』のことを言っていたのです。
だから歴史の変わるバッドエンドでは記事の内容も変わり、
歴史の変わらなかったグッドエンド後のこころの独白では、
記事の内容が変わることがなかった。
こころが生き延びたのに変わることがなかった死亡記事は、
ゆにと俺悟が歴史をなぞりながらもこころ達を救うことが出来た証、
世界を騙すことに成功した証だったのです。