悟は時計台から落ちて記憶障害を起こし
『俺』から『オレ』になってしまいました。
なぜ記憶障害はあの場所、あのタイミングで起きたのでしょうか?
その謎を解く鍵は『ここまでに解いてきた謎の答え』にあります。
まず、オレ悟の『記憶障害』は、
彼が言っていた『記憶移植』ではありません。
犬伏が沙也香と同一人物であるという真相が、
オレ悟の推理を否定しているのです。
オレ悟は、黛と犬伏の二人だけは、
姿を見ただけで名前をはっきり思い出しました。
こころ、ゆに、黄泉木、カーリーは、
名前を聞いておぼろげに記憶を思い出し、
穂鳥のことは名前を聞いても全く記憶がなく、
グラサン榎本と俺悟のことも、自分の体であるにも関わらず、
姿を見ても全く何も思い出しませんでした。
オレ悟はこの不可解な記憶障害を『誰かの記憶の移植』と考え、
第三地点の俺悟は『アイツの記憶の移植』と言っており、
それは一見『超越的な存在』、
ゲームを操作している『プレイヤーの記憶』を指してるようにも思えます。
しかし、仮にココロ編をクリアーした
プレイヤーの記憶の移植だとすると、
犬伏の記憶があるのに、穂鳥の記憶が無いのはおかしいでしょう。
こころは、犬伏と穂鳥を結びつけていた。
それを見ていた我々の記憶も同じはずです。
犬伏の記憶が記憶移植ではなく、
黛のように元の悟の記憶であったのならば、
犬伏の記憶は妹の沙也香と結びついていないといけないはずです。
『犬伏を犬伏としてだけ認識』しているオレ悟の記憶は、
彼の推理と食い違っているのです。
ではこの不完全な穴だらけの記憶は一体何なのでしょうか?
その謎を解く鍵は、彼の『失った記憶の共通点』にあります。
オレ悟は自分の中から『目的』が無くなっていることに気づきました。
生まれてからSPHIAで目覚めるまでの大半の記憶、
両親の記憶、
IDカードや第三地点の鍵のこと、
地下の扉の奥にある監視部屋や、
転移装置のことも記憶がありませんでした。
自分の身体である隠し部屋の榎本や、第三地点の俺悟の記憶はなく、
穂鳥の記憶も無い。
そして、犬伏の記憶はあったが、沙也香の記憶はなかった――
『悟の記憶から沙也香に関する記憶が無くなっている』
沙也香個人の記憶だけではなく、
沙也香に関わる全ての記憶が、無い。
そう考えると辻褄が合うのではないでしょうか?
おそらくは、物心ついてからずっと一緒にいたから、
沙也香の死後も沙也香のための研究を続けてきたから、
生まれてからの大半の記憶がなくなった。
沙也香が殺した両親の記憶もなくなった。
そして、彼女を救うための転移装置、
彼女を救うための前段階であるユウキドウ計画、
それらに関わることが、その目的も含めて全て消えてしまった。
黛のことだけは、沙也香と関係がない記憶が多かったので、はっきり覚えていた。
こころやゆに、黄泉木の記憶が断片的だったのは、
ニュースや雑誌、新聞という、
沙也香と関係のないところで覚えていた記憶があったからです。
カーリーのこともSPHIAで共に行動していたため記憶が残った。
SPHIAの施設内のことを覚えていながら、
IDカードや隠し部屋のことを覚えていないのは、
転移装置や計画に関わるから。
榎本と穂鳥、俺悟のことを全く覚えていなかったのは、
こころ達と違い、沙也香に関連しないことでの記憶がないため。
榎本と俺悟は計画や転移装置と切り離せないため、覚えていられなかった。
穂鳥のことは新聞に記載がなく、
雑誌の搭乗者リストに名前が記載されているだけだったため、
こころ達のように記憶に残らなかった。
黛のことをはっきり覚えていながら、
彼女との出会いと別れの記憶、
彼女が死んで悲しいという気持ち、
『彼らを救う』という記憶と目的が消えていたのも、
転移装置が関わっていたためでしょう。
だから、あのようなチグハグで不完全な記憶になってしまったのです。
悟の記憶障害は、記憶移植ではなく、
沙也香という存在に関連することに限定した『記憶喪失』だったのです。
・・では、なぜそのような限定的な『記憶喪失』が、
時計台のあのタイミングで起こったのか?
彼は時計台で自分に迫る影の正体を知り、落ちた。
その落下の最中に彼の一人称は『俺』から『オレ』へと変化し、
沙也香の記憶を失った。
そこから導き出される答えは・・・・
・・私が、悟こそが真犯人だ。と気づいた時、
疑問に思ったことが一つあります。
それは『俺悟は真相に気づかないのか?』という疑問です。
オレ悟は、こころや我々プレイヤーの疑問を
先回りするかのように思考し、
謎を次々と解いていく頭のいい人物でした。
そんな彼が、真相に気づかないまま転移装置を仕上げ、
ユウキドウ計画を始めるのだろうか?
と不思議だったのです。
しかし疑問は解決せず、
誤解の物語であるという都合上、気づかないことになるのだろう。
と、その疑問を忘れていました。
そうではなかった・・。
悟は気づいていた。気づいてしまっていた。
セルフだと思い込んだ影の正体が、『自身の影』であったことに気づき、
『セルフは、自分なのではないか?』
ということにも気づいてしまった――
――そして、全てを、悟った
自分こそが沙也香を殺したセルフだったのだ。と
その真実に彼の精神は耐えられなかった
だから――
――沙也香に関する記憶の全てを失った。
自分が殺した沙也香のこと
沙也香を殺す凶器たる転移装置のこと
沙也香の死に繋がっている、ユウキドウ計画と、沙也香を救うという目的も
そして消すことのできない沙也香の肉体は、
殺人鬼、犬伏景子という存在で上書きされ、沙也香の存在が塗りつぶされた
それが、オレ悟の記憶障害の真相
彼が影の正体に気づいた直後、
場面はこころ達のいる飛行機へと変わりました。
そして場面が時計台へと戻ったときには、彼は宙を舞っていた。
我々が見ていなかったところで、彼は全てを悟ったのでしょう。
彼が時計台から落ちたのは、
真実に絶望し茫然自失となった悟が足を滑らせた。
あるいは
記憶を失うことを知っていた悟が、
絶望のあまりそれを望み、
発作的に身を投げたのではないでしょうか?
時計台の影も悟自身、妹を殺したセルフも悟自身、
悟の記憶障害さえも、彼自身が起こした事件だったのです。
サトル編の終盤で、
『悟』と『心』は、切っても切り離せない関係にある
『悟』は『心』がいないと、ただの『吾/われ』になってしまう
という話がありましたが、
この言葉は記憶障害の真相を表していたのではないでしょうか?
俺(悟)は、沙也香の記憶(心)を失い、オレ(吾)になった。
真実を悟った『俺』は、絶望の末に記憶を失い、不完全な『オレ』になったのです。
カーリーがオレ悟に言った
「誰の言うことも(悟自身も)信じてはいけない」
という言葉も、この真相への暗示だったように思えます。
全ては、悟自身の誤解だった。
真実を知るためには、2人の悟の言葉を信じてはいけなかったのです。