犬伏景子が悟であるのなら、
阿波墨市立病院無差別殺傷事件も、
悟がやったということになります。
何故彼がそんなことをしたのか。
それは、殺傷事件が起きなかった場合どうなるのか。
を考えることで視えてくる。
09.infinity loop の考察で言ったこととほぼ同じです。
殺傷事件が起きなければ、
犬伏景子という人物は存在しなくなり、
黄泉木夫妻が潤一を失うこともない。
SPHIAに悟、カーリー、犬伏がいることもなく、
その彼らに会いに行こうとしていた、
こころ、黄泉木、黛、ゆにが、
飛行機に乗ることも、事故にあって遭難することもなくなる。
ゲーム中にあった陰惨な事件はなくなり、皆が幸せになるようにも思えます。
が、それでは困る人間が一人だけいるのです。
犬伏の中の悟(以後は『犬伏悟』と表記)です。
「全ては誤解だったのだ」
そう、全ては悟の誤解。
だが、その誤解が『奇跡』を生んでしまっている。
誤解の果てのオレ悟の死が、
『沙也香を救う唯一の人格の誕生』
という奇跡を生んでしまっているのです。
殺傷事件がなくなってしまうと、その奇跡を生む流れも消えてしまう。
そのことに気づいた犬伏悟には、重い、あまりにも重い選択が強いられる。
『妹を見捨てるか、12人を殺すか』
という選択・・。
・・そして、彼は、選んだ。
12人の命を犠牲にしてでも歴史をなぞることを選んだ。
あの事件は多重人格殺人鬼による無差別殺傷事件ではなく、
妹を救いたい一心の人間が起こした『計画殺人』であり『模倣殺人』だったのです。
その犬伏悟の生き様は、山小屋のゆにと全く同じです。
ゆにが必死で歴史をなぞろうとしたように、
犬伏悟もそれ以上の思いで歴史をなぞろうとしていた。
だから、エピローグのゆにとオレ悟のやり取りが、
そのまま犬伏悟にも当てはまってしまう。
ゆに「ぼくはね? ただ過去を変えたくなかっただけなんだ」
ゆに「過去っていうか、未来っていうか……」
ゆに「とにかく、2011年に朱倉岳で起きた出来事を、その通りに繰り返したかっただけなんだよ」
悟「つまり、歴史を変えたくなかった、と……?」
ゆに「うん」
ゆに「そのために、今日まで頑張ってきたんだ」
ゆに「ただそれだけのために、ぼくはこの1年間を費やしてきた」
ゆに「時空間転移のことを勉強したり、いろんな準備をしたりして……」
ゆに「今日この日が訪れることを、ぼくは待ってたんだよ」
ゆに「この瞬間を……ひたすら……待ち続けてきた……」
ゆに「ぼくらがかけた衛星電話はね? 偶然――繋がっただけだったんだ」
ゆに「わかる? 偶然って意味……」
ゆに「偶然起きた現象っていうのはさ、そっくりそのまま歴史を繰り返してやらなければ絶対に再現し得ないものなんだよね」
悟「それで避難小屋の歴史を守ろうとしたわけか……」
悟「偶然を再現するために……」
山小屋のゆににとっての衛星電話の偶然の通話は、
犬伏悟にとってオレ悟の死。
ゆにが遺体のすり替えをするために、偶然の奇跡を掴もうと歴史をなぞったように、
犬伏悟は、人格のすり替えをするために、奇跡を掴もうと歴史をなぞったのです。
そのために他の者をいくら犠牲にしてもかまわない覚悟で・・。
だから彼は多重人格を偽ったのです。
歴史をなぞるために、俺とオレを誤解させるために、妹を救うために。
妹を殺し
榎本を殺し
オレ悟を殺し
罪のない12人までをも殺した。
真理の世界で繰り返される『死』の全ては悟の仕業だったのです。
・・私がこの真実に気づいたとき、生まれた感情は達成感ではなく疑問でした。
「え?じゃあ歴史をなぞる元になった“オリジナル”の事件が起きた理由は?」
という疑問で頭がいっぱいになってしまったのです。
長年病院事件の謎が解けなかった私には、
歴史をなぞったという理由だけでは納得できなかったのです。
ではオリジナルの事件は?と考えて、出た結論は・・
「わからない」でした。
拍子抜けしたと思いますが、ちゃんと説明させて下さい。
その説明をわかりやすくするために、沙也香を例にします。
沙也香の死は、転移装置によって起きたもの。
だが、沙也香を殺す凶器は、沙也香が死なないと生まれない。
転移装置がないと沙也香を殺せないのに、
沙也香が死なないと転移装置が生まれない。
一見、卵が先か鶏が先かわからないようなパラドクスになっています。
ですが、これはちゃんと順番があったのだと思います。
まず最初に沙也香のオリジナルの死があって、
それから悟が転移装置を完成させ、転移装置による死に置き換わった。
これが正しい順番のはずです。
仮に、沙也香のオリジナルの死が、
DIDの暴走によって両親を殺してしまった沙也香が
兄の悟をも殺してしまうかもしれないと思いつめ、
その果てに心が衰弱死してしまった。
ということにして下さい。
その死によって悟の転移装置開発が始まった。
それは容易なものではなく、2012年になっても完成していなかったと推測できます。
年表に『テラバイトディスクの情報を元に時空間転移装置を仕上げた』とあるからです。
おそらくテラバイトディスクが生まれた要因の一つは、
転移装置の完成を早めるため、
沙也香の救出に間に合わせるためだったのでしょう。
(他にも登場人物の説得や情報提供の為などが考えられます)
そうして、テラバイトディスクが何周もする内に情報が蓄積され、
少しずつinfinity loopの輪の形が出来上がり、
いつかは沙也香を救う人格が誕生し、転移装置による救いによって、
真理の世界が完成したのだと思われます。
では、その真理の世界に沙也香のオリジナルの死はあるでしょうか?
ない。
転移装置がオリジナルの死を上書きしてしまうから。
一度真理の世界が完成してしまえば、
その死はそれ以降ずっと転移装置によるものとなり、
オリジナルの死は真理の世界から消えてなくなる。
沙也香の死もオレ悟の死も病院事件も、
オリジナルたる『最初の事件』は、
全て転移装置によって上書きされてしまい
真理の世界にいる限り、その最初の事件の原因は『わからない』のです。
このことを指しているであろう中澤氏のコメントがPSP版特典にありました。
テラバイトディスクの起点など謎が残りますが、
それは考えることに意味がないんです。
宇宙の始まりがよくわからないのと同じ。
ゲーム中の真理の世界の中からは、起点はわからないよ。ということなのでしょう。
すっきりしない結論になってしまいましたが、
本当のところ何が言いたいのかというと、謝罪です。
情けないことに、ここまで考えてやっと自身の考察の間違いに気づきました。
09.infinity loopで、バッドエンドになれば沙也香が助かるという
考察をしましたが、これが2つ目の間違い。
バッドエンドで歴史が変わってしまっても、沙也香は死ぬ。
infinity loopが止まり、転移装置による死がリセットされても、
オリジナルの死が最初にあるからです。
その考えに基づいて出来た3者の因果、これが3つ目の間違いです。
・沙也香が殺されないと転移装置が生まれない。
・ゆにが転移装置を利用してこころ達を救いださないと、
オレ悟がエピローグに到達できない。
・オレ悟がエピローグで死なないと、俺悟は沙也香を救わ(殺さ)ない。
本当の3者の因果はこうだと思います。
・犬伏悟が歴史をなぞらないと誤解が起こらない。
・誤解に気づかない俺悟とゆにがこころ達を救い出さないと、
オレ悟がエピローグに到達できない。
・誤解に気づいたオレ悟がエピローグで死なないと、沙也香を救う人格が誕生しない。
いずれを欠いても成り立たない3つの輪は、3者の因果は、
犬伏悟と、俺悟と、オレ悟
3人の悟と誤解によって成り立っていたのです。