そっと開いた扉の向こうに、賑やかな灯りが見えた。入り口からでもわかる室内に漂う甘い夢の香り、紅茶にケーキにクッキー。
そこで笑い合う女の子達は色々な学校の制服を着ている。それも当然だ。何せここは学園都市ミーグリーヒルズ、中央都市アマルーナとバロカセクバの中間地点。ここは南北に長く伸びていて、その南北それぞれに初等部と中等部が一つずつある。中心部には高等部や大学部、特殊な教育を行う学校や私塾が数多く点在している。
「それにしても驚くよなぁ。南の農地のど真ん中にこんなデカイ屋敷があるんだもん」
「そのお屋敷の中がカフェになってるっていうのも凄い驚きだよね」
私達がそんなことを話していると、カウンターの奥の方から黒いローブを纏った女性が近付いて来る。
「あら、いらっしゃいアンナ」
その女性はとても長い銀髪をしていて、黒いローブからふわりと緩やかにカーブした髪を覗かせている。優しそうなお姉さんみたいな雰囲気が感じられる。
「よっメティ。遊びに来たぞー」
「あら、呪い魔石も持ってるみたいね。それとこの娘」
メティと呼ばれたローブの女性は私の背後に回り、両肩に手を置いた。そして耳元で囁く。
「私はメティ・バイター。魔法少女の口づけを管理しているわ」
彼女の立ち振る舞い、纏う印象、ただならぬ空気を感じ、緊張に身体が膠着する。
「よろしくお願いします、バイターさん……」
そう言った時、すっと身体の緊張感が解けた。メティ・バイターはまたカウンターの奥へ向かって歩き出している。
「メティでいいわ。アンナ、彼女にも渡すんでしょ」
ついて来なさい、メティさんは私達に手招きし、カウンターの奥の小さな部屋へと案内された。
その部屋はこじんまりとしていて、置かれている物はよく分からなかった。だけどきっと何かの工房や実験室のような場所だろうということは分かった。
「あなた、今幸せ?」
しっかりとした椅子に腰掛けてアンナさんは私に問い掛けた。
「え、えぇはい。幸せだと思います……」
そう答えるとアンナさんは考え事をするように顎に手を置いた。
「聞き方を変えるわ。あなた今辛いことはない?」
見透かしたような瞳、それに私は引き出されてしまっていた。気が付くとぽつりぽつりと続けている。
「そう、魔法がねぇ……」
そう言ってアンナさんは棚から何かを取り出して私に手渡してきた。
「はい、ジェムシリンダー。これを使えば魔法の事で悩むことは無くなるわ」
「えっと……ジェムシリンダーですか?」
困惑した様子を見せると彼女は不敵に笑った。
「あなた、魔法少女にならない?」
「えぇそうよ魔法少女。あなたも一度見たでしょう」
そう彼女が一言、二言呟いて舞台は幕を開ける。
そこで笑い合う女の子達は色々な学校の制服を着ている。それも当然だ。何せここは学園都市ミーグリーヒルズ、中央都市アマルーナとバロカセクバの中間地点。ここは南北に長く伸びていて、その南北それぞれに初等部と中等部が一つずつある。中心部には高等部や大学部、特殊な教育を行う学校や私塾が数多く点在している。
「それにしても驚くよなぁ。南の農地のど真ん中にこんなデカイ屋敷があるんだもん」
「そのお屋敷の中がカフェになってるっていうのも凄い驚きだよね」
私達がそんなことを話していると、カウンターの奥の方から黒いローブを纏った女性が近付いて来る。
「あら、いらっしゃいアンナ」
その女性はとても長い銀髪をしていて、黒いローブからふわりと緩やかにカーブした髪を覗かせている。優しそうなお姉さんみたいな雰囲気が感じられる。
「よっメティ。遊びに来たぞー」
「あら、呪い魔石も持ってるみたいね。それとこの娘」
メティと呼ばれたローブの女性は私の背後に回り、両肩に手を置いた。そして耳元で囁く。
「私はメティ・バイター。魔法少女の口づけを管理しているわ」
彼女の立ち振る舞い、纏う印象、ただならぬ空気を感じ、緊張に身体が膠着する。
「よろしくお願いします、バイターさん……」
そう言った時、すっと身体の緊張感が解けた。メティ・バイターはまたカウンターの奥へ向かって歩き出している。
「メティでいいわ。アンナ、彼女にも渡すんでしょ」
ついて来なさい、メティさんは私達に手招きし、カウンターの奥の小さな部屋へと案内された。
その部屋はこじんまりとしていて、置かれている物はよく分からなかった。だけどきっと何かの工房や実験室のような場所だろうということは分かった。
「あなた、今幸せ?」
しっかりとした椅子に腰掛けてアンナさんは私に問い掛けた。
「え、えぇはい。幸せだと思います……」
そう答えるとアンナさんは考え事をするように顎に手を置いた。
「聞き方を変えるわ。あなた今辛いことはない?」
見透かしたような瞳、それに私は引き出されてしまっていた。気が付くとぽつりぽつりと続けている。
「そう、魔法がねぇ……」
そう言ってアンナさんは棚から何かを取り出して私に手渡してきた。
「はい、ジェムシリンダー。これを使えば魔法の事で悩むことは無くなるわ」
「えっと……ジェムシリンダーですか?」
困惑した様子を見せると彼女は不敵に笑った。
「あなた、魔法少女にならない?」
「えぇそうよ魔法少女。あなたも一度見たでしょう」
そう彼女が一言、二言呟いて舞台は幕を開ける。
昔あるところの女の子、不幸に溺れて、水を肺にたっぷり詰め込んだ。
苦しみもがき、また苦しんで、ある時救いを手にした。
辛いこと、悲しいこと、色々あると思うの。
だって女の子ですもの。
一つ二つ見えてる傷くらいあるでしょう。
だから少しくらい夢見てもいいでしょう?
その注射器を使ってみて、きっと世界が色付くはず。
でも輝きは続かない、夢はいつか覚めてしまう。
ならば悪夢に目覚めさせられる前に、悪夢なんて殺してしまいましょう。
血を啜ってでも私はまだ夢見ていたいから。
苦しみもがき、また苦しんで、ある時救いを手にした。
辛いこと、悲しいこと、色々あると思うの。
だって女の子ですもの。
一つ二つ見えてる傷くらいあるでしょう。
だから少しくらい夢見てもいいでしょう?
その注射器を使ってみて、きっと世界が色付くはず。
でも輝きは続かない、夢はいつか覚めてしまう。
ならば悪夢に目覚めさせられる前に、悪夢なんて殺してしまいましょう。
血を啜ってでも私はまだ夢見ていたいから。
「要するにね、魔法とか好き放題出来る力と引き換えに、さっきみたいな魔獣と戦わなきゃいけないってこと」
メティさんの童話のような語り口をナンシーがあっさりとした感じに翻訳する。
「あなたが使う魔力は、変身してる間そのシリンダー内の液体が肩代わりしてくれるわ」
メティさんは私に手渡した注射器を指差した。
「そのシリンダーに満たされた二種類の液体、あなたのは赤と黄色ね。それは変身するごとに消費され、黄色方は魔法を付与した液体エーテルなのね」
彼女はさっき棚からシリンダーを取った時のように、別の箱の中をガサゴソと漁り始めた。
「そしてその液体エーテルは赤い液体と違ってみるみると減っていく。そして重要になってくるのがこれ」
彼女の掌の上にはオレンジ色の液体が満たされた魔石が乗せられている。
「呪い魔獣の体内で生成される呪い魔石。これは普通の魔石とかと違って、最初から魔法が付与された効果と同等の液体エーテルが採れるわ」
メティさんは部屋の一角にあるフラスコや試験管の並んだ机を指差す。
「別に補充のエーテルは作れないこともないのだけど、時間が掛かるのよねぇ。だから最初から同じ効果の呪い魔獣のエーテルを補充として使う」
製作途中の液体エーテルはぼんやりと発光し、メティさんの顔を妖しく照らしていた。
「すいません、その呪い魔獣ってどういうものなんですか?」
「そうね、それについても話さないとね」
そう言うメティさんはどこか楽しそうだった。
「呪い魔獣についてあなた達に話せることは実はあんまり無いのだけれど、まぁ普通の魔獣とは異なる存在、生態系の外のものね。私達魔法少女の活動に合わせたかのように現れ始めたそれらは、周囲に悪意を撒き散らし、大切な物を捻じ曲げていくわ」
「明確な悪ってことですか……?」
「まぁそう思えばいいんじゃない?」
そう言って彼女が一息ついたとき、ナンシーが付け加えるように言った。
「まぁ好きに出来る力が手に入る条件として正義の味方をやるってことだよ。慈善事業みたいなもん」
それを聞いてメティさんはふふっと笑い相槌を打つ。
「まぁそういうことね。で、どうするの……?」
二人の視線が私に向かって刺さってくるのが分かった。メティさんが言うには辛さを抱えた私達に手を差し伸べる為の善意という。だけどさっきみたいな危険とも隣り合わせになる。
素直に言って、私はさっきの呪い魔獣がとてつもなく恐ろしかった。それは私に力が無かったから?
そんなことは分からない。その力手に入れれば何かが変わるかもしれないし、自分に自身が持てるかもしれない。
メティさんの童話のような語り口をナンシーがあっさりとした感じに翻訳する。
「あなたが使う魔力は、変身してる間そのシリンダー内の液体が肩代わりしてくれるわ」
メティさんは私に手渡した注射器を指差した。
「そのシリンダーに満たされた二種類の液体、あなたのは赤と黄色ね。それは変身するごとに消費され、黄色方は魔法を付与した液体エーテルなのね」
彼女はさっき棚からシリンダーを取った時のように、別の箱の中をガサゴソと漁り始めた。
「そしてその液体エーテルは赤い液体と違ってみるみると減っていく。そして重要になってくるのがこれ」
彼女の掌の上にはオレンジ色の液体が満たされた魔石が乗せられている。
「呪い魔獣の体内で生成される呪い魔石。これは普通の魔石とかと違って、最初から魔法が付与された効果と同等の液体エーテルが採れるわ」
メティさんは部屋の一角にあるフラスコや試験管の並んだ机を指差す。
「別に補充のエーテルは作れないこともないのだけど、時間が掛かるのよねぇ。だから最初から同じ効果の呪い魔獣のエーテルを補充として使う」
製作途中の液体エーテルはぼんやりと発光し、メティさんの顔を妖しく照らしていた。
「すいません、その呪い魔獣ってどういうものなんですか?」
「そうね、それについても話さないとね」
そう言うメティさんはどこか楽しそうだった。
「呪い魔獣についてあなた達に話せることは実はあんまり無いのだけれど、まぁ普通の魔獣とは異なる存在、生態系の外のものね。私達魔法少女の活動に合わせたかのように現れ始めたそれらは、周囲に悪意を撒き散らし、大切な物を捻じ曲げていくわ」
「明確な悪ってことですか……?」
「まぁそう思えばいいんじゃない?」
そう言って彼女が一息ついたとき、ナンシーが付け加えるように言った。
「まぁ好きに出来る力が手に入る条件として正義の味方をやるってことだよ。慈善事業みたいなもん」
それを聞いてメティさんはふふっと笑い相槌を打つ。
「まぁそういうことね。で、どうするの……?」
二人の視線が私に向かって刺さってくるのが分かった。メティさんが言うには辛さを抱えた私達に手を差し伸べる為の善意という。だけどさっきみたいな危険とも隣り合わせになる。
素直に言って、私はさっきの呪い魔獣がとてつもなく恐ろしかった。それは私に力が無かったから?
そんなことは分からない。その力手に入れれば何かが変わるかもしれないし、自分に自身が持てるかもしれない。
だけどやっぱり怖い!
私の中でたくさんの思考がぐるぐる回るなか、一つの声がつーんと響いた。
「メティさん、少し考えさせてもらっても良いですか?」
恐る恐る私は口を開いた。そして恐る恐る彼女の表情を見る。彼女は微笑んでこちらを見ていた。
「えぇ、構わないわ。それと、そのシリンダーも持ったままで構わないわよ」
彼女と合ってからずっとピリピリ続いてた緊張が少しだけ緩まった気がした。思わず「はぁ……」と息が漏れてしまう。
「明後日、また明後日にどうするか決めます」
メティさんはまるでさっきからずっと笑顔を貼り付けたままのようにも思えた。
「えぇ、構わないわ」
それくらい不自然な笑顔、だけど不快にはならない不思議な笑顔。
「そういえばアンナからは聞いてたけど、あなたからは直接名前を聞いていなかったわ」
そうだった、メティさんは初めて会ったときに自己紹介をしてくれていたが、私はするのを忘れてしまっていた。しまったという思いが湧く。
「トゥル・ミスルトゥです。ナンシーは私のことをトゥトゥって呼んでます」
私はなるべく丁寧で誠実な態度を示す為にお辞儀をした。
立ち上がるメティさん、そのまま扉の方まで行き、ノブに手を掛けた。
「まだ時間は大丈夫かしら? 良かったらお茶もしていって」
そう言う彼女に私達は、まるで入った時と同じように促されて窓際のテーブルに通された。
窓の外は遠く茜色に染まり、静かに雲が流れている。とても長い時間が経っているように感じたが、実際は魔獣に襲われてからここまで大した時間は経っていないことがわかる。
席に座ってから一分ちょっとくらい後、ウェイターの格好をした女の子が紅茶をニ杯運んできてくれた。上品な白いカップに口をつけ、一口喉へ流すと、とても優しい味がした。今日一日大変なことばかりだったけど、それを全部癒やしてくれるような気がする味だった。
「メティさん、少し考えさせてもらっても良いですか?」
恐る恐る私は口を開いた。そして恐る恐る彼女の表情を見る。彼女は微笑んでこちらを見ていた。
「えぇ、構わないわ。それと、そのシリンダーも持ったままで構わないわよ」
彼女と合ってからずっとピリピリ続いてた緊張が少しだけ緩まった気がした。思わず「はぁ……」と息が漏れてしまう。
「明後日、また明後日にどうするか決めます」
メティさんはまるでさっきからずっと笑顔を貼り付けたままのようにも思えた。
「えぇ、構わないわ」
それくらい不自然な笑顔、だけど不快にはならない不思議な笑顔。
「そういえばアンナからは聞いてたけど、あなたからは直接名前を聞いていなかったわ」
そうだった、メティさんは初めて会ったときに自己紹介をしてくれていたが、私はするのを忘れてしまっていた。しまったという思いが湧く。
「トゥル・ミスルトゥです。ナンシーは私のことをトゥトゥって呼んでます」
私はなるべく丁寧で誠実な態度を示す為にお辞儀をした。
立ち上がるメティさん、そのまま扉の方まで行き、ノブに手を掛けた。
「まだ時間は大丈夫かしら? 良かったらお茶もしていって」
そう言う彼女に私達は、まるで入った時と同じように促されて窓際のテーブルに通された。
窓の外は遠く茜色に染まり、静かに雲が流れている。とても長い時間が経っているように感じたが、実際は魔獣に襲われてからここまで大した時間は経っていないことがわかる。
席に座ってから一分ちょっとくらい後、ウェイターの格好をした女の子が紅茶をニ杯運んできてくれた。上品な白いカップに口をつけ、一口喉へ流すと、とても優しい味がした。今日一日大変なことばかりだったけど、それを全部癒やしてくれるような気がする味だった。