歩兵戦闘車

登録日:2012/05/14(月) 14:54:34
更新日:2025/03/22 Sat 14:15:51
所要時間:約 5 分で読めます






【概要】

歩兵戦闘車(英:IFV*1,ICV*2)とは、車内に完全武装の歩兵を収容し、強力な火砲を搭載して積極的な戦闘参加を前提とされた装甲戦闘車両である。
第二次大戦後~冷戦期にかけて確立された比較的新しいカテゴリーの兵器であり各国の機甲部隊、機械化歩兵の足として活躍している。

【特徴】

主に機械化歩兵部隊で運用され、歩兵1個分隊ないし半個分隊*3を収容し主力戦車に随伴して戦場を機動出来る装軌・装輪車両である。
車両本体も口径20mm以上の機関砲や対戦車ミサイルを搭載し、敵歩兵や軽装甲目標のみならず敵主力戦車をも撃破し得る火力を持つ。
機甲部隊に随伴する必要上、不整地走破能力に長け、射撃時の安定性も高い。
戦車と協同する関係上足回りは装軌式(キャタピラ)が多いが、不整地での機動性や積載量をある程度妥協して戦略機動性やコスト等を重視した装輪式も運用されている。
以前は車内から歩兵が乗車戦闘を行えるよう銃眼が設置された場合もあったが、装甲防護力の低下を招くため近年ではオミットされることが殆ど。

冷戦時代の装甲兵員輸送車や歩兵戦闘車は浮航性が要求された影響で軽量化志向にあり、装甲防御はせいぜい重機関銃に抗する程度だった。
しかし冷戦終結後に低烈度紛争の脅威に晒されると、戦車以外の装甲戦闘車両も生存性や防護力重視の設計・改修が実施されるようになっている。
複合装甲や増加装甲の採用によって、正面であれば歩兵戦闘車が搭載する機関砲のAPFSDSや携行対戦車火器のHEATに耐えられる物も登場している。

ざっくり・ばっさり言ってしまうと「戦車なみの行動速度で動ける歩兵トーチカ」「歩兵部隊を『輸送』する機能がある」軍用戦闘車輛、あたりが概ね導入国・その友好国からその通りだと見なされる定義要件か。
逆に似たような機能を備えていても「人員輸送機能はあくまで非常時用」のメルカバ戦車(イスラエル)や「事実上その機能は存在しない」チェンタウロ戦闘装甲車(イタリア)、「トーチカと呼べるほどの防御力はない」BTR-90(ロシア)*4などはまず歩兵戦闘車/IFVとは見なされない。

欠点は直接戦闘面では戦車に劣り、陸上車両としては価格が高いという点。
人を積む設計の関係上、どうしても攻撃・防護機能は戦車に劣るものとなる為、戦車の代替にはなれないし、基本的に戦闘では敵わない。
それでいて撃破すれば1分隊丸々吹っ飛ばせるということから戦車以上に敵の目標になりやすい。
価格も戦車ほどではないが高く、大規模な調達はあまり行われていないのが現状である。

【歴史】

上述のように歩兵戦闘車は第二次世界大戦後に生まれたカテゴリーの兵器である。

ナチスドイツの装甲戦力を中心とした電撃作戦では、脚の遅い歩兵をハーフトラック等の非装甲車両で輸送することで問題を解決した。

しかし、所詮非装甲車両。あまりに打たれ弱く、歩戦協調が敵の砲撃等に簡単に分断された。
この欠点を克服するため、輸送車両にそれなりの装甲を施した装甲兵員輸送車(APC*5)が誕生したが、この装甲兵員輸送車はあくまで輸送が主目的であり、戦闘力は重機関銃などによる自衛程度だった。
そして装甲車両で輸送するならついでに戦車の援護もしようと十分な火力を乗せることで生み出されたのが歩兵戦闘車である。

まず1954年、フランス陸軍がAMX-VCI装甲兵員輸送車へ実験的に20mm機関砲を搭載した。これが歩兵戦闘車の嚆矢ということができる。
このAMX-VCIはまだIFVがジャンルとして確立されていなかったこともあり、「戦車の設計から大幅に流用する」という現在ではかなり珍しい設計が取られている。*6

そして1950年代後半、冷戦の最前線たる西ドイツ陸軍では、アメリカ製のM113装甲兵員輸送車ではなく、国産のHS.30歩兵戦闘車を採用した。
これは当初より20mm機関砲を備え、また兵員室には半個分隊を収容できるようになっていた。少なくとも西側兵器の歴史においてはこのHS.30を「最初から歩兵戦闘車として設計されたものとしては初」として史上初のIFVとしている。先述のAMX-VCIは「過渡期における、双方の要素を含んだ車種」とするのが一般的である。
しかしながら両国とも予算や信頼性の都合上、大量配備とまでは行かなかったようである。

それから10年ほど後の1966年、ソビエト連邦軍がBMP-1を発表した。
BMP-1は、大口径低圧砲と対戦車ミサイルによる強力な攻撃力と、強化された装甲による防護能力を備え、兵員室には1個分隊をまるごと収容できる*7うえに、
ここには銃眼が設置されNBC兵器による汚染状況下でも密閉された兵員室から歩兵が射撃できるようにされた。
このBMP-1、実際の性能は全くたいしたことなかったのだが、発表当時は西側諸国にいわゆる「BMPショック」と言われる大きな衝撃を与えた。
現在では東西問わずBMP-1の「主砲+対戦車ミサイルランチャー」の構成は長きにわたって事実上IFVの必須条件になっており(ごく近年の車種だとミサイルはオプション装備扱いになっていることはある)、実際のスペックが明らかとなった今もなおショックの影響は大きいと言えるだろう。

これを受け西側ではドイツのマルダー、フランスのAMX-10Pなど、歩兵戦闘車の開発・配備を急いだ。
中でも特にアメリカがBMP-1に衝撃を受けており、それまで研究されながらも試作車の一両も完成していなかった歩兵戦闘車の開発は急ピッチで進められ、
後年にM2ブラッドレーを誕生させた。


【主な国家のIFV】


【アメリカ】
  • M2ブラッドレー
アメリカ陸軍で運用中の歩兵戦闘車。
愛称は第二次世界大戦で活躍した同国のブラッドレー元帥から。
米軍製の例によってNATO諸国の「こういう系の装甲車」のスタンダードモデルになっており、ブラッドレー自体は採用していなくてもこれの砲塔をつけた装甲車はライセンスを受けて採用している軍すらあるようだ。

イギリス
  • ウォーリア
イギリスのIFV。
30mm機関砲としては貫通力が高い、L21ラーデン砲を装備している。対戦車ミサイルもしっかり備えており、攻撃重視のIFVと言える。

【ドイツ】
  • マルダー
ドイツ連邦軍で今なお主力の歩兵戦闘車。
機関砲はもちろん、ミラン対戦車ミサイルも発射可能。
改良型の開発などを行いつつ長らく使われてきたが、2010年ごろから後継となるプーマに置換されていく予定となっている。

  • プーマ
マルダーに代わるドイツのIFV。砲塔が無人化されている。
特筆すべきはその装甲防護力で、増加装甲を付けた形態では第二世代主力戦車を上回る車体重量となる。
部隊配備の開始は2010年だが、冷戦後の予算不足や初期不良に祟られていて、露宇戦争勃発後に国防体制の再建が始まるまで機能不全状態だった。

こちらのミサイルは撃ちっぱなし対応のスパイク対戦車ミサイル。
プーマに限らずこういった時代の新しい車種は基本的にこういったF&F&footnote(Fire and Forget、撃ちっぱなし=撃てば後は何も操作する必要がないタイプのミサイル。
ミランは照準装置を使ってどこに飛ばすかの指令誘導を要する)のミサイルを搭載していると言っていいであろう。

【日本】
1989年に制式化された歩兵戦闘車。歩兵の字が使えない自衛隊では単に戦闘車(FV)と呼ぶ。公式愛称のライトタイガーとは誰も呼ばない
総生産数はわずか68両で、教育部隊を除けば事実上の機甲師団である第7師団隷下部隊でのみ運用されている。
現在、後継車両の開発を検討中。

  • 24式装輪装甲戦闘車
2024年から配備中の装輪式IFV。30mm機関砲と7.62mmチェーンガンを搭載。
16式機動戦闘車(以下MCV)をベースに開発されており、即応機動連隊での運用を想定している。
MCVと同様に被空輸性が重視されていて、重量はC-2輸送機に収容可能な26トン以下とされている。
なおMCVをベースとした車両は他にも開発されており、まとめて共通戦術装輪車と呼ばれている。設計と部品共通化によるコスト削減や整備性向上を図っている。
現在IFV型以外で配備が進められているものは120mm迫撃砲を搭載した24式機動120mm迫撃砲、及び偵察戦闘車型である。
下のフレシアなどさまざまな車輛に言えるが、タイヤ走行式は道路網が発達した国家ゆえの選択という意味もある。こうすれば自走が視野に入るため、有事はもちろん平時でも「装甲車隊の引っ越し」が楽になる*8利点があるのだ。

【フランス】
  • VBCI
AMX-10Pの後継として開発されたフランスの装輪式歩兵戦闘車。
21世紀になってからの配備開始ということもあり、モジュラー装甲システム・装輪構造による機動力・高い貫通力を持つ弾丸に対応した機関砲と近代的な機構や設計方針を多く備えている。

【イタリア】
  • VCC-80 ダルド
イタリアの装軌式歩兵戦闘車。
カミリーノ歩兵戦闘車がやっつけ的な車両だったのに対し、ダルドは本格的なIFVとなっている。
このころは西側の車種にはあまり個性派がいなかったのもあり、構成はM2ブラッドレーによく似たものとなっている。収斂進化?

  • フレシア
こちらは装輪式。
同国のチェンタウロ戦闘偵察車をIFV化したもの。

【スウェーデン】
  • strf9040
兵器の国産化に熱心なスウェーデン製IFV。
基本型では40mm機関砲を装備しており、それだけで敵戦車を撃破可能。35mmや30mmを主砲とする車種は多いが、それ以上は珍しい。世界一売れた40mm機関砲のメーカー、ボフォース社お膝元ならではか。
また各国に輸出されており、バリエーションも多い。なかには105mm砲や120mm砲を搭載したモデルも存在し、ここまでくると「軽戦車*9」「機動砲*10」との違いは曖昧であるかもしれない。

【ロシア】
  • BMP-1
BMPシリーズの一発目となる車両。
上述のように西側諸国に多大な衝撃を与えた。
が、主砲の低圧砲は命中精度が低い、兵員の居住性も劣悪、燃料タンクの配置が悪すぎる(ケツの歩兵出入り口ドアが丸ごと燃料タンク。つまり被弾炎上したら一番デカいドアが使えなくなる)と実際はイマイチな車両だった。

  • BMP-3
冷戦末期に登場したBMPシリーズ最新型。
先代の2種類とは開発元が異なり、居住性などもある程度改善された模様。
搭載火砲は相変わらず重武装で、ロシアお得意の「主砲から発射する対戦車ミサイル」もちゃんと対応している。

  • T-15
T-72やT-90といった戦車と同じTの型番がついているが、これも歩兵戦闘車である。
次世代装甲戦闘車輛シリーズ、「アルマータ(Армата)」共通戦闘プラットフォームから派生した歩兵戦闘車で、部品の共通化によって開発や運用に掛かるコストの低減を図っている。
装甲については、詳細は不明だが同じシリーズにT-14戦車があり、T-14が自衛隊の10式戦車やアメリカ陸軍のM1A2SEPV1戦車と同じ世代に相当するので、T-14戦車と同じぐらい硬いんじゃね?と言われている。他にも対戦車ミサイル用のアクティブ防御システムのアフガニート(Афганит)
やリモート操作できる機関銃砲塔のブーメランク-BM(Бумеранг-БМ)など戦車用の装備をつけている。

【台湾】
  • CM-32雲豹
台湾の国産装輪式歩兵戦闘車。これも装輪タイプ。
主砲は40mmフルオートグレネードランチャー。副武装にグレネードランチャーを備えている車種はいくつかみられるが、主砲としているのは珍しい。

【韓国】
  • K21
韓国の国産歩兵戦闘車。西側の装軌式IFVには珍しく渡河機能を備える。
運用開始初期に車体の欠陥を起因とした沈没事故が2度発生し、2度目の沈没では下士官1名が溺死した*11
後に欠陥は解消され調達計画は遅れつつも進行、能力向上改修も施されている。
2023年には本車両をベースとしたIFVがオーストラリア軍に採用された。

【南アフリカ】
  • ラーテル
装輪タイプのIFVのはしりとなった車種。
いくつか武装パターンがあるが、20mm機関砲型やこれに対戦車ミサイルを追加した型がIFVと見なされている。
当時すでに周囲は良くも悪くも野心のない国が多く、肝心の南ア本国ではあまり出番が無かった




追記・修正は完全武装の歩兵がミチミチに詰まった兵員室からお願いします。

この項目が面白かったなら……\ポチッと/

+ タグ編集
  • タグ:
  • 軍事
  • 兵器
  • 陸軍
  • IFV
  • ICV
  • 歩兵戦闘車
  • 機械化歩兵
  • 装甲戦闘車両
  • 歩兵
最終更新:2025年03月22日 14:15

*1 Infantry Fighting Vehicle

*2 Infantry Combat Vehicle

*3 大体7~10名ほど

*4 それでも14.5mm機関銃に耐えることになっているため、歩兵が乗る車輛としてはそれなりに高い防御力を備えてはいる

*5 Armored Personnel Carrier

*6 と言っても下敷きとなっているAMX-13軽戦車は軽装甲・高速・高火力・高拡張性と割とスペック的には「装甲車」に近い部分も多いのだが。これは空輸前提であったことから軽量化・攻撃力重視が要求されたため

*7 乗員3名、歩兵8名

*8 それ用のキャリアカーがいらないので機材的にも人員的にもコストが減る

*9 例:M10ブッカー(アメリカ)、15式軽戦車(中国)。ただし、ブッカーは公式には戦闘車(CV)であり軽戦車ではないとしている。

*10 例:ストライカーMGS装甲車(アメリカ)。前述の16式機動戦闘車もこれとするケースも多い

*11 念のため言っておくと「航行機能があるって教本やマニュアルに書いてあるのに実車でやると沈むのはおかしいじゃねえかよお前よ」自体は他国でもちょくちょくあり、本邦でも(IFVではないが)73式装甲車が「実車での訓練時に沈没した報告が多い」としてマニュアル上は可能な単独渡河・浮航が事実上は「できない」とされている。