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猿田彦命

登録日:2012/02/10 Fri 21:15:28
更新日:2026/08/15 Sat 18:24:08
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サルタヒコは八百万の神々の一柱。
古事記では「猿田毘古神」となっているが、ここでは日本書紀の「猿田彦命」表記で統一。




瓊瓊杵尊(ニニギ)と愉快な仲間たちが葦原中国(あしわらのなかつくに)を治めるため高天原を降りる途中のこと。


『ここは てんのやちまた』


天の八衢を通りかかった時に、そこに妙な姿の神様がおわすった。


身長は七尺あまり(約210cm)、鏡のように照り輝く鬼灯がごとき目を持っていた。
だがなによりも特徴的だったのは、七咫(約130cm)にもおよぶであった。


天照(アマテラス)が天宇受売(アメノウヅメ。裸踊りで引きこもる天照を引っ張り出したねーちゃん)に何者か尋ねるように命令。
言われた通り訊いてみると「自分は猿田彦であり、先導するために待っていた」と答えた。

ちなみにこの時も天宇受売の姐御はわざわざおっぱい露出している。


そうして猿田彦の案内で無事中国に到着すると、瓊瓊杵尊は天宇受売に帰ろうとする猿田彦に仕えるよう言った。
猿田彦は天宇受売を連れて伊勢の国へと帰って行った。



こうした逸話から、道案内・交通安全を司る神や旅人の味方として信仰されてきた神。
祭事によっては神輿の先頭を猿田彦を模した仮面を被って行進することがある。

そのため賽の神、道祖神とも同一視され、天宇受売とセットで辻に置かれていることもある。

また、その特徴的すぎる長っ鼻から修験者タイプの天狗(大天狗)のルーツとも言われている。


各地に猿田彦を祀る神社があり、それらの総本山は三重県の椿大神社(だいじんじゃ、ではなくおおかみやしろ)。別名猿田彦大本宮。
しかし伊勢神宮の近所にも、猿田彦神社なる神社が存在する。どちらの宮司も猿田彦の直系を主張しているので非常にややこしい。


彼の最期に付いては古事記にこう書かれている。
伊勢の阿耶訶(あざか)*1の海岸で漁をしている際に、比良夫貝(ひらぶがい)と呼ばれる巨大な貝に手を挟まれて海の底に引きずり込まれてしまう。
そして、そのまま溺死したのだという。なんとも呆気ない最期である。

なお、猿田彦はその時に三柱の神を生んだといわれている。
海に沈んでいる時に生まれたのが「底度久御魂(そこどくみたま)」、吐いた息の泡が海面に昇る時に生まれたのが「都夫多都御魂(つぶたつみたま)」、泡が水面で弾ける時に生まれたのが「阿和佐久御魂(あわさくみたま)」である。
この三神は三重県松阪市にある阿射加神社(あざかじんじゃ)に祀られている。

ちなみに、この比良夫貝がどのような貝であるかについては諸説ある。
本居宣長は『古事記伝』において、「タイラギ」であると推察している。
タイラギは地方によってはヒランブーなどとも呼ばれる、最大で30cm程度まで成長する平らな貝である。
日本でも広く生息しており、伊勢の沿岸にも生息している。

一方で、海に引き摺り込む程のサイズということで、「シャコガイ」という説もある。
大きさが2m近く、重量200kgを超えるサイズに成長することもある、世界最大の二枚貝である。
伊勢市にある二見興玉神社には過去の宮司が奉納したシャコガイの殻が展示されている。
しかし、シャコガイ類は残念ながら本州沿岸には生息しておらず、その貝殻も沖縄産のものである。
なお、沖縄の方言でシャコガイのことを「アカザイ」や「アジケー」等と呼ぶので、その点で上記の「あざか」との親和性は見られる。
その他、インドネシアなどの南の島には、猿が貝に手を挟まれる内容の民話がある。
そのため、それら説話が人と共に沖縄経由で本州に伝わり、猿田彦と集合された…というわけである。

その他、ツキヒガイであるという説もある。


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最終更新:2026年08月15日 18:24

*1 現:三重県松阪市