ディルムッド・オディナ

登録日:2014/08/15 (金) 00:20:00
更新日:2024/04/16 Tue 00:55:49
所要時間:約 18 分で読めます




ケルト神話におけるフィニアンサイクルの登場人物。
フィン・マックールが団長を務めるフィアナ騎士団に所属する騎士。
媒体によってはダーマット、ディアミッド、ディアムード、ヂアムジ、ディアルミド・ウア・ドゥヴネとも呼ばれる。




人物像

黒い巻き毛を背に流した色白で背の高い美男子
その容姿は非常に美しく、どんな女性でも心をときめかせたという。
そんな容姿を象徴するかのように彼には「輝く顔」や、後述する黒子が存在する伝承では「愛の黒子のディルムッド」という愛称で呼ばれている。

容姿だけでなく戦士としても非常に優秀であり、その腕前は騎士団随一と呼べる程のものであった。
その戦いぶりは戦場で常に先陣を切り、最後の時までその場に留まっていたという。
また、無類の健脚の持ち主であった彼は戦いでどれだけ走り回ろうと疲れ知らずだった。
その他、ディルムッドは卓越した武芸以外にも指揮官としての手腕やハーリングの腕前にも優れており、
更にはドルイドの学問にも精通している多才な人物であったという。

性格は勇敢で心が広く、高潔な人格の持ち主。
その為、主君であるフィンや騎士団の仲間達とも深い友情で結ばれており、女性からは勿論のこと、国中で愛されていた。
この様に強さと人望を兼ね備えたディルムッドは仲間達から「最高の戦士」と称えられ、
妖精郷の戦士からも「フィアナ騎士団全員よりディルムッド一人を味方につけたい」という評価を受けている。
そして、最終的には騎士団の副団長の地位まで登り詰める彼だったが、ある出来事が切っ掛けで人生最大の転機を迎えることになるのだった。

余談として、現在アイルランドの各地に存在するドルメン(巨大な石の柱で形成された墳墓)は、
二人の恋人が愛し合った証として「ディルムッドとグラーニアのベッド」と呼ばれている。




武具

  • ゲイ・ジャルグ(ガー・ジャルグ、ガー・ダーグ)
ディルムッドの持つ二本の魔槍の大の方。その名は「赤槍」を意味する。
どんな魔法も効かない必殺の槍。更には回復不能の能力やどんな魔法がかかっていても動物の喉を貫く能力がある。
ディルムッドは主に投擲に用いて数々の難敵を倒していった。その為、投槍と表記されることもある。
また「死者の歌」というルビが振られたことも。

  • ゲイ・ボー(ガー・ボー、ガー・ボイ)
二本ある魔槍の小の方。その名は「黄槍」を意味する。
ゲイ・ジャルグ同様、この槍で傷付けられた者は回復することはなく、投槍と表記されることもある。
戦闘以外では、ゲイ・ボーの穂先に飛び乗るという勇士の技を披露する際に使われた。

  • モラルタ
ディルムッドの持つ魔剣の一振り。その名は「大いなる激情」、「大怒」を意味する。
一太刀で全てを倒すと言われており、刃の上に乗った敵が真っ二つになる程の切れ味を誇る。
戦闘以外では、固定されたモラルタの刃の上を歩くという勇士の技を披露する際に使われた。

  • ベガルタ
魔剣のもう一振り。その名は「小さな激情」、「小怒」を意味する。
この武器に限り、特に作中での能力への言及が無いので詳しい能力は不明。
「モラルタ程じゃないが名剣」程度の解説しかない。
作中では呪いの猪に用いられ刀身が砕け散るものの、その後の柄頭による攻撃で猪の頭蓋骨を叩き潰して猪を倒した。

  • 鉄紐
三人の海の勇士を縛り上げた鉄の紐。
この紐を解くことが出来るのはオシーンとオスカとマックルガとコナン・マウルの四人だけである。

  • 重鎧
海の勇士達との戦いに備えて身に着けた鎧。
この鎧を着ている時にディルムッドは一切攻撃を喰らうことが無かったので特に活躍はしていない。
しかし、身に付ければ横からも上からも下からも傷を負うことがないと言われる程の一品の為、
この鎧も他の武器同様ダーナ神族に所縁のある物なのかもしれない。




能力

  • 投擲
騎士団一の皮肉屋コナン・マウルが「槍の投擲をして失敗したことがない」と手放しで褒めざるをえない程の腕前を誇る。
その命中精度は例え暗闇の中だろうが体中に激痛を伴っていようが衰えることはない。

  • 跳躍術
槍を二本使う特殊な跳躍術。
ディルムッドはこの跳躍術で断崖絶壁を登ったり、待ち構えていた軍勢を飛び越えたりした。
また、彼が跳躍を行う時は全身が光の輪に包まれ、頭上には雲が渦巻き、美貌には更に磨きがかかって恐ろしい程の凄みを帯びるという。

  • 愛の黒子
ディルムッドの頬、または額にある魔法の黒子。
過去に妖精から貰い受けたものであり、この黒子を目にした女性は彼を愛するようになってしまう。
伝承によっては黒子ではなく紋章とするものや、この黒子のことを「オディナ」と呼ぶものも存在する。

  • 勇士の技
海の勇士達に披露した武芸。
一つ目は樽の上に乗ったまま、崖っぷちから谷底まで転がり下りる技。
二つ目は穂先を上にしたゲイ・ボーに飛び乗り、掠り傷一つなく地面に飛び降りる技。
三つ目は固定したモラルタに飛び乗り、刃の上を三度素足で歩く技。




所持しているゲッシュ(誓約)

  • 猪を狩らない
呪いの猪が未来でディルムッドを死に至らしめるという宣告がなされたので、その未来を回避する為に誓った。

  • 女性の保護の依頼を断らないorグラーニアと駆け落ちをする
媒体によって振れがあるものの、どちらもグラーニアとの逃避行に繋がる点は同じ。
前者は予め所持していたゲッシュであり、後者は課せられたゲッシュである。
前者はマイナーであり、大抵は後者が採用される。

  • 小門を通って王の館に出入りしない
グラニアが説得を聞き入れず小門から出て行ってしまった為、ディルムッドは持ち前の跳躍術で
城壁と堀を飛び越えてグラーニアの後を追った。

  • 猟に加わらない時、獲物を追う犬の声を聞いてはならない&仲間の頼みを断らない
このゲッシュが登場する伝承ではディルムッドは致命傷を負うことなく呪いの猪を倒すものの、その後フィンの策略によって命を落としてしまう。




各エピソードでの活躍

1.恋の証

ある日、ディルムッドはオスカ、ゴル、コナンの三人と共に夕暮れまで狩りをして、野営地を探していた。

すると、彼等は一軒の山小屋を見つける。そこには老人と娘、一頭の羊と一匹の猫が住んでおり、
四人を温かく迎えて食事を振舞ってくれようとした。

しかし、いざ食事にありつこうとすると羊が突然テーブルの上で暴れまわり、食事は滅茶苦茶になってしまう。
四人はどうにか羊を取り押さえようとするが、まるで歯が立たない。

そんな一連の騒動を鎮めたのは、山小屋の主人である老人であった。老人は猫に羊を鎮めるように命じると、
猫は二本足で立ち上がって瞬く間に羊を羊小屋に繋いでしまった。

この光景を見た四人は羊を取り押さえられなかった己を恥じ、その場から立ち去ろうとするが、老人は四人を引き留めて
今のは魔法による幻影であったと種を明かす。老人の話によれば、羊は世界と生きる力の象徴であり、猫は死の力の象徴らしい。

その晩、山小屋に泊まることを許された四人は老人の娘ユフにもてなされ、その妖艶な雰囲気に見惚れる。
すっかり彼女に魅了されてしまった四人はそれぞれ口説きに掛かるが、ディルムッドを除いた三人はにべもなく断られてしまう。

ディルムッドもまた関係を持つことを拒まれてしまうが、彼女の顔は涙に濡れていた。

それでもなお引き下がらないディルムッドに対し、ユフは「私は若いから」と言って青春の愛と美の印である黒子を与えることで彼の想いに
応えたという。

羊と猫同様、若さの象徴であり幻影である娘とは結ばれようがない。
だが、ディルムッドの真摯な気持ちが幻影である筈の彼女を振り向かせ、魔法の黒子を授けることで彼と共に生きることの叶わない
自分に代わる女性と巡り合えるようにしたのではないかと言われている。



2.ジラ・ダガーと醜い牝馬

ジラ・ダガーの連れている醜い牝馬にフィアナ騎士団の騎士達が連れ去られてしまった為、フィンに捜索隊の一人として選ばれる。
一行はこの事件の裏には何か魔法の力が働いているのではないかと考え、ダーナ神族のオインガスを養父に持つという理由で
ディルムッドは探索を命じられ、切り立った崖を槍二本を使った跳躍術で登って行く。

すると、登った先には泉があり、その泉の水を飲もうとすると泉から戦士が現れ、二人は戦いになる。
何日間も彼等は戦ったのち、ディルムッドは泉の戦士が泉に飛び込むのを見計らって、体をがっちりと掴み、共に泉へと沈んでいった。

そしてそこでジラ・ダガー改めティル・ファ・トン(「海底の国」を意味する)の王の弟と再会し、
(ダーナ神族のアヴァ―タという妖精の王という話も)
騎士達を連れ去った訳を聞かされ自身の兄(泉の騎士の正体)との戦いの助力を請われる。
何でも自分の相続分までも兄は奪い取ってしまったので、これを奪い返す為にフィアナ騎士団の力を貸してほしいらしい。

ディルムッドを初めフィアナ騎士達はこれを承諾し、協力してティル・ファ・トンの王の軍勢を撃退した。



3.ブランとスコローンの救出

フィンの愛犬であるブランとスコローンが連れ去られたので、救出隊に志願する。
その救出先で二頭の名馬を見つけ、ゴル・マックモーナと共に騎士団へと持ち帰った。



4.ケアブリの襲撃

ある時フィンが宴会の為に貴族達とダーカ・ドナラの館に泊まった晩、フィンを目の敵にする上王の息子リーフィのケアブリは各地から配下を
呼び集めて館に襲撃を仕掛けてきた。

ディルムッドはそのまま食事を続けるようにフィンを押しとどめ、数人の仲間を選び出すと館に放たれた火を消し止めてから館の周りを
一回りするごとに五十人の敵を打ち倒し、見事ケアブリの軍勢を撃退してみせた。



5.ナナカマドの呪いの宿

ナナカマドの宿で呪いにかかって身動きのとれないフィン達を守る為、仲間のフォトラと共に二人で浅瀬の守りにつく。

しかし、フィンに現状報告をしているとコナン・マウルが腹が減ったとせがむので、
わざわざ敵地まで潜入して酒と食料を調達して身動きのとれないコナンに食べさせてやった。

浅瀬に戻ると三王が兵士達を引き連れてやってきたので交戦状態に。
圧倒的な戦力差にもかかわらずディルムッドは三人の王全ての首をはね飛ばしてフィン達にかかった呪いを解き、
フィアナ騎士団の援軍が来るまで引き続き浅瀬の守りにつき、武力と知恵を総動員してフォトラと共に浅瀬を守り抜いた。



6.愛の逃避行

ディルムッドを語る上では外せない、彼の逸話の中では最も有名なエピソード。

ある時、フィンが三人目の妻にグラーニア姫を迎えることになり、フィアナ騎士達はエリン(アイルランドの古い名)のターラに集まることになった。

しかし、グラーニアはこの結婚に不満を抱いていた。何故ならフィンは既に老年に差し掛かっており、
自分とは歳が離れすぎていたからだ。そしてフィンの側近にこの場に集まったフィアナ騎士達のことを尋ねていき、
ディルムッドについて尋ねたときだった。

「あまり見つめなさいませぬように。ディルムッドの黒子を見た婦人は皆彼を愛するようになってしまいます」

側近はそう言ったが、グラーニアがディルムッドから目を離すことはなかった。グラーニアは既に魔法の黒子によって魅了されてしまっていたのだ。
やがてグラーニアは薬入りの酒をもってフィンを含めたフィアナ騎士団の大半の騎士達を眠らせてしまう。

それを確認するとディルムッドに向かって愛の告白をする。
(作品によってはフィンの息子であるオシーンに告白してからディルムッドに告白したり、黒子で魅了されているにもかかわらずオシーンに先に告白したりする。オシーンに断られることを知っていてディルムッドに同情してもらおうとしたのだろうか?)

当然ディルムッドは断ったが、その返答に業を煮やしたグラーニアはゲッシュを引き合いにだし、自分と駆け落ちするように頼み込む。

ゲッシュとはエリンに伝わる必ず守らなければいけない誓いであり、これを破れば名誉は地に落ちてしまう。
それはこの時代を生きる騎士にとって死よりも恐ろしいことを意味していた。

ディルムッドはことの成り行きを見ていた数人の友人たちにこのことを相談するが、
皆「ゲッシュを破るべきではない、早くここから逃げるのだ」と忠告し、ディルムッドの味方をしてくれた。

ディルムッドは忠義と愛の狭間で激しく苦悩したが、仲間の忠告に従いグラーニアとの駆け落ちを決意して二人は夜の間に城を抜け出した。

翌朝、ディルムッドとグラーニアが駆け落ちしたことを知ったフィンはこれまでの彼の人柄では考えられない程の嫉妬を抱き、
追跡を得意とするナヴァン一族を呼び寄せ二人の追跡を命じる。
(何故フィンがこんなにも嫉妬心を剥き出しにしたかは深く語られないが、やはり一人目の妻で最愛のサーバが何者かの手で奪われたのが関係していると思われる)

一方のディルムッドは小屋の周りを柵と扉で囲み、グラーニアは応援に来たオインガスに安全な場所まで連れ出してもらって追手の襲撃に備えていた。
襲撃のタイミングはオシーンが事前に向かわせた猟犬ブランによって知ることが出来たので、
ディルムッドは扉に向かって一つ一つ外に居るのは誰かと問いかけていく。

返ってくるのはかつての仲間達の友好的な声だったが、面倒に巻き込みたくないとディルムッドは協力の申し出を断り、
最後の扉の前で問いかけるとフィンの敵意の籠った声が返ってきた。

望みの扉を見つけたディルムッドは持ち前の跳躍で待ち構えていた騎士達を飛び越えると追っ手を大きく引き離し見事逃げおおせる。
それから逃避行は十数年続き、フィンは次々と刺客を送るがことごとく返り討ちに遭い、
人間の力と知恵でディルムッドを倒すことは不可能だと考えて自身の育ての親である魔女に助力を請うが、それさえも倒されてしまう。

魔法の力でさえディルムッドを倒せないと悟ったフィンは、とうとうディルムッドに和解を申し出る。
これに対してディルムッドは父やフィンから譲り受けた領地の返還と誰も許しなく自分の領地で狩りをしないことを条件にフィンとの間に和睦を結んだ。



7.ディルムッドの死

フィンと和睦を結んでから数年、四人の息子と一人の娘が生まれ、ディルムッドとグラーニアは平穏な暮らしを送っていた。
そんな時、グラーニアは他人との繋がりが薄いと思いフィンともっと仲を深めてはどうかと提案する。

しかし、ディルムッドはその提案を否定した。何故ならフィンと自分達との間にはまだ溝が存在すると知っていたからだ。
交わされたのは形だけの冷たい和解だということを。

だが、グラーニアは食い下がらずなおもフィンを自分達の領地に招待して宴を開くべきだと主張する。
そして結局はグラーニアの思い通りに事が進み、ディルムッドの領地で宴が催されることになった。

フィンは宴の招きに応じ、フィアナ騎士団共々ディルムッドの館に滞在して狩りと宴の日々を過ごすことになる。
が、この狩猟宴に置いて猪だけは狩ってはいけないことになっていた。
何故ならディルムッドは「猪を狩ってはいけない」というゲッシュを持っていたからである。

ディルムッドがそのようなゲッシュを所持しているのは、次のような訳があった。
まだディルムッドが養子としてオインガスの元に居た頃、ディルムッドには父親違いの兄弟がおり、共にオインガスに育てられた。
ディルムッドの母親は夫に対して貞淑とは言えず、オインガスの執事との間に子供をもうけていたのである。

そんな時、ディルムッドの父親のドンが我が子の顔を見る為オインガスの館に訪ねてきた。そしてその晩、悲劇は起こる。

突如猟犬同士で激しい噛み合いが起こり、辺りは騒然とした。その混乱の中、偶然にも執事の子はドンの足の間に逃げ込んでしまう。

その子供が誰と誰の子かを思い出した瞬間、ドンの心には深い憎しみが湧き上がった。そして勢いよく足を閉じて子供を圧死させると、
暴れる猟犬たちの中へと放り込んだ。

しかし、子供には牙や爪による傷は一切なかったので執事は犯人を直ぐに突き止めた。ディルムッドも同じ目に遭わせてやると怒り狂うが、
それを聞いたオインガスも激怒し、広場は一触即発の状態になってしまう。その場に居合わせたフィンの仲裁によって何とか事無きを得るも、
執事は我が子の亡骸に魔術をかけて耳も尾もない真黒で巨大な猪を生み出した。

そしていつの日かディルムッドを死に追いやるという予言をした後(或は猪自身がそう語り)、猪は森の中へと消え去った。
このような出来事があった為、ディルムッドは猪を狩ってはいけないというゲッシュを所持しているのである。

なので狩猟宴では一度も猪狩りは行われず、宴の日々も順調に過ぎて行ったある日の夜中、ディルムッドは猟犬の鳴き声を耳にした。

犬を連れ戻すために外に出ようとするが、嫌な予感がするとグラーニアに引き留められる。
そしてどうしても行くというのならゲイ・ジャルグとモラルタを持って行ってほしいと頼むが、
ディルムッドは犬を連れ戻すだけだからとゲイ・ボーとベガルタを持って森へと向かってしまう。
(媒体によってはベガルタではなくただの短剣や、剣と投石器を持っていく場合がある)

するとそこで驚愕の光景をディルムッドは目にする。巨大な猪が人間を逆に狩っているのだ。
その異様な光景を前にフィンは酒のせいで眠れなかったので数人の仲間と共に狩りをしていた、と言い訳する。
だが、ディルムッドはその行動の意図を既に見抜いていた。

猛然とこちらに向かってくる猪。フィンがここに居ては危険だと叫ぶが、
ディルムッドは取り合わずまるで何かに突き動かされるように猪と相対する。
出会ってはいけない呪いの猪と出会ってしまったことにより、彼は数十年前に用意されていた死の運命に囚われているのだ。

ゲイ・ボーを投げつけるも猪の黒い毛皮には傷一つ付かない。続いてベガルタを振り下ろすが刀身は粉々に砕けてしまい、
逆にディルムッドの脇腹を猪の牙が貫いて見るも恐ろしい傷を負わされてしまう。
しかし、最後の力を振り絞ってベガルタの柄頭を猪の頭に叩き込み、何とか倒すことに成功した。

が、致命傷を負ったディルムッドは虫の息。それを冷酷な目で見下ろすフィンは冷たく言い放つ。

「愛の黒子のディルムッドも、これではかたなしだな」

ディルムッドはフィンの持つ癒しの力で傷を治すよう助けを請うも、フィンは一切取り合おうとしない。
だが、フィンの孫であるオスカの必死の叫びに心を動かされ、直ぐ近くの泉から水をすくってディルムッドの元へと持ち運ぶ。
(フィンには両手にすくった水を癒しの水に変える力がある)

しかし、あと一歩というところでグラーニアとの出来事が思い出され、水が指の隙間からこぼれ落ちてしまう。
そして二度目もこぼした時、オスカが声を張り上げた。

「三度目も水をこぼしたのなら、生きてこの山を下りるのはどちらか一人になるでしょう!」

祖父と孫の血の繋がりさえ断ち切る叫びにより何とか三度目は運ぶことに成功するも、水を飲ませる直前でディルムッドの命はとうとう途切れてしまった。
狩りをしていた騎士達は悲しみに包まれ、オスカはフィンを見上げて言い放つ。

「ディルムッドではなく、フィンこそがこうなればよかったのだ!」

ディルムッドの遺体はオインガスの手によって妖精郷へと持ち帰られた。
グラーニアは深く悲しみ、息子達にフィンは父の敵だと教えて育てていった。
しかし、フィンは辛抱強く機会を待ち、グラーニアが自身に侮蔑をあらわにしても穏やかに接していた。

そしてグラーニアの恨みも徐々に薄れていき、なんとグラーニアが正式にフィンの花嫁となることが決定する。
フィアナ騎士達は一応二人を夫婦と認めたものの、蔑みを込めた白い目線で両者を祝福したという。
(ただし、一部ではフィンと再婚せず、グラーニアがディルムッドの後を追って直ぐに自殺するという話もある)

この出来事が切っ掛けでフィンとフィアナ騎士達との間には溝が生じ、フィアナ騎士団崩壊の遠因になったと言われている。



関連深い人物達

家族構成
父:ドン
母:チレン(フィンの妹)
異父弟:執事の子(ベン・バルベンの猪)
養父:オインガス、マナナン・マク・リール
叔父:フィン
妻:グラーニア


フィン・マックール
フィアナ騎士団団長。
フィニアンサイクルの主人公で後世まで語り継がれる程の人間的に優れた人物だったが、それと同時に恨み深い暗い一面も持っている。
特に老いてからはその面が顕著に出ている。
呪いの猪が誕生する場に居合わせたので、それを利用してディルムッドを謀殺する。


グラーニア
人の目を引く美貌を持つが、その名は「醜いもの」を意味するとも、「太陽」を意味するとも言われる。
眩しさに目が眩んで迂闊に近寄れば火傷する女性、という点ではどちらの意味でも間違ってはいないだろう。
作中では我儘な言動が目立ち、魅了されていたとはいえゲッシュを引き合いに出して無理矢理ディルムッドと駆け落ちしたり、
好意で匿ってくれている巨人を若さ欲しさにディルムッドに殺させたりしている。
挙句の果てにはかつて自身の我儘で結婚を拒み、夫であったディルムッドを謀殺したフィンと再婚までしたので、フィアナ騎士達からは
「ディルムッドはあんな女の百倍の価値があった」
「あの女は鎖で繋いでおいた方がいい。目の引く男が居ればまた直ぐそちらに乗り換えるぞ」
などと言われている。


ドン
フィアナ騎士団の一人にしてディルムッドの実の父親。
彼は死の神ドウンと同一視されており、その為ディルムッドはドウンの息子ディルムッドとして冥界や死に関係が深いとされている。


オインガス
ダーナ神族の愛の神にしてディルムッドの養父。
神話サイクル以降は妖精族までその身を落とし、ブル・ナ・ボイナ(「ボインの宮殿」を意味する)でディルムッドを一流の戦士に育て上げた。
作中では逃避行中の二人の元に空を飛んで駆けつけ、魔法で手助けをしている。
ディルムッドの死後は遺体を持ち帰り、新たな命を与えて自身の話し相手として過ごさせたという。
(その為ディルムッドは死の神ドウンと結び付けられ、ディルムッド・ドウンと呼ばれるようになった)


マナナン・マク・リール
ダーナ神族の海の神。
オインガスの影に隠れがちだが、ディルムッドの養父の一人。
ディルムッドは幼少の時を約束の国(マン島だとされている)でマナナン・マク・リールに育てられ、オインガスの元で武者修行をした
と言われている。


オスカ
オシーンの息子でディルムッドの一番の親友。
追手相手に堂々とディルムッドの味方をしたり、ディルムッドを殺した祖父のフィンに「あなたが死んでも自分は涙を流さない」と言うなど、
作中ではディルムッドとの友情の深さが窺える。


オシーン
フィンの息子でフィアナ騎士団の一人。
猟犬ブランをディルムッドの元に向かわせて危機を伝えるなど、陰ながらディルムッドを助けている。
また彼は常若の国ティル・ナ・ノーグに行っていた為、ディルムッドの死に立ち会うことはなかった。


ディアリン・マクドバ
フィアナ騎士団の一人にして、作品によってはディルムッドとは剣にかけて誓った義兄弟となっている。
未来や遠くの場所を見通す力を持っており、ディルムッドの未来も知覚できたが、皆と同じように名誉を重んじ叱咤激励して
ディルムッドを送り出した。


ベン・バルベンの猪
ディルムッドの異父弟の成れの果て。
ディルムッドを殺す呪いがかかっており、その牙でかつての兄弟に致命傷を負わせた。ディルムッド同様、彼もまた被害者側である。
ベン・バルベンとは山(もしくは森)の名前だが、一説にはこの猪自身の名前と言う話もある。


シャーヴァン
「偏屈」シャーヴァンと呼ばれる赤い一つ目のダーナ神族の巨人。
ナナカマドの実を守る番人をしている。
炎であぶられようが剣で切り付けられようが平気で、倒すにはシャーヴァン自身が持っている棍棒で倒すしかない。
実を食べないと死んでしまうとグラーニアにせがまれたディルムッドに実を要求されるが当然の如く拒否。戦うもディルムッドに投げ飛ばされ、
転倒したところを棍棒で殴りつけられ倒されている。


モーナ一族の若者二人
フィンの一族と確執があった一族の者で、和合のために訪れるがディルムッドに激昂中のフィンからは条件として
「(追手のほとんどが返り討ちにあってる)ディルムッドの首」か「(強大な力を持つ巨人の護る)ナナカマドの実」という無理難題を吹っかけられてしまう。
ディルムッドの首とナナカマドの実をフィンに持ち帰ろうとするが、文章にしてたった一行でディルムッドに二人まとめて取り押さえられてしまう。
その後、命を狙ったにもかかわらずナナカマドの実を恵んでもらい、フィンの元に持って帰るもフィンのヤンデレの如き嗅覚で
ディルムッドが手に入れた実だとばれて、念願の地位を手に入れることはなかった。


ランスロット、トリスタン
アーサー王物語に登場する円卓の騎士達。
ディルムッドと直接的な関係がある訳ではないが、ケルト神話においてディルムッドとグラーニアの伝承は、ランスロットとギネヴィア、
トリスタンとイゾルデの伝承の原型とされている。


アドニス
ギリシャ神話において女神達に愛された美少年。
美男子、愛の神と冥界の神に関係がある、猪に殺される、という共通点からディルムッドの比較対象に挙げられる。




追記・修正は愛の逃避行を終えてからお願いします。


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最終更新:2024年04月16日 00:55