クラス230気動車

登録日:2017/06/11(日) 20:08:46
更新日:2022/04/18 Mon 20:12:21
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 日本のネット界隈やイギリスの言葉に、英国面(British Humor)というものがある。
 長い歴史と優れた技術を持つイギリスが生み出す、外見や機能、そして発想がとんでもないものの数々の事であり、
 このアニヲタwikiにもしっかり項目が出来上がっている。

 元々日本のネット界隈では様々な珍兵器を指す言葉として生まれたが、それ以外にもイギリスのとんでもないセンスが発揮された場面は数多く存在する。
 勿論鉄道も例外ではなく……



 ……など、創世記から次々に珍要素やとんでもない内容を含んだ鉄道関連のコンテンツが次々に生み出されてきたのである。

 そして2015年、そんな鉄道における英国面にまたも新たなメンバーが加わってしまった。
 その名は「クラス230気動車(Class 230)」、通称「D-Train」
 日本風にいえば「230系気動車」である。



<図1:電車っぽい外見のようだが……?>
(画像出典:File:British_Rail_Class_230.jpg)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:British_Rail_Class_230.jpg

 一見するとごく普通の「電車」に見えるかもしれないが、問題はその経歴。
 なんとこの車両、ロンドンの地下を走っていた旧型電車を使い、
 架線が無いローカル線でも走れるようにしたという、地下鉄を改造したディーゼルカーなのである。

 この項目では、2010年代になって生まれた新たな英国面や、同じくロンドン地下鉄を由来とした仲間、
 そしてこの気動車と同じ経歴をたどった(日本を含む)世界各国の鉄道車両を紹介する。


【誕生までの経緯】

 「鉄道発祥国」であるイギリスだがその後の鉄道の近代化は遅れ、多くの路線が電化されずディーゼル機関車やディーゼルカーが行き来する路線になってしまった。
 また、高速道路網の発達によりイギリス国鉄は次第に経営が苦しくなり、旧型車両の置き換えにも難儀するようになっていた。
 そこで1980年代に導入されたのが、バスの技術を応用したイギリス版レールバス「ペイサー(Pacer)」
 安く大量に作れるペイサーは多数のバリエーションを生み出したが、どれも乗り心地が悪く、
 登場当初は座席も背もたれが低いという有様だった。
 その後座席はリニューアルなどで格段に良くなっていったものの、
 バリアフリー対策の遅れから2020年までに大部分の車両が引退することになった。

 ところが、ここで問題が起きた。
 ペイサーが生まれてから時は経ち、イギリス国鉄は民営化され路線の電化もだいぶ進んできたものの、現在もなおディーゼルカーが主役の非電化路線が多く残っている。
 その中にはローカル線は勿論、主要な幹線も多く含まれているのだ。
 しかし、そんな状況にもかかわらず新型気動車の導入は遅れており、イギリス各地でペイサーを始めとする旧型気動車に代わる新たな主役が不足する事態になっていたのである。

 そんな中で、2012年に設立された新たな鉄道メーカー「Vivarail」は、とんでもない発想を打ち立てた。
 長年ロンドン地下鉄を走っていた電車の車体やモーターをそのまま活かし、
 新たなディーゼルカーを作ってしまう、というものである。

 一応「電車」から「気動車」に改造されると言う例は世界各地に存在している(詳細は後述)。
 だが、こちらはそれとは異なり、車体は勿論モーターまでそのまま使ってしまう、と言う徹底したリサイクルなのである。
 日本風に言えば「もったいない(MOTTAINAI)」精神をそのまま活かした鉄道車両なのかもしれない。ケチ臭いは禁句

 こうして2015年、地下鉄から生まれ変わった新たなディーゼルカー・「D-Train」ことクラス230気動車が、その姿を現した。


【概要】



<図2:ロンドン地下鉄D78形。ごく普通の電車だった頃。>
(画像出典:File:West_Ham_station_MMB_22_D_Stock.jpg)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:West_Ham_station_MMB_22_D_Stock.jpg

 このクラス230の改造元となったのは、ロンドン地下鉄に1980年から登場したD78 Stock(日本風にいうと「D78形電車」)」
 多数の乗客を乗せて走るロンドンの地下鉄で使用されたということもあり、扉は片側に4つ存在し、内部も全車ロングシート仕様である。
 長年にわたりディストリクト線で活躍し、2005年には大規模なリニューアル改造を受けたものの、
 新型車両導入により2017年をもって引退した。

 このリニューアル後のD78の車体や台車、そしてモーターを再利用して誕生したのがこのクラス230気動車。
 それまでは線路の傍にある「第三軌条」*1と言うレールに通った電気でモーターを動かしていたが、
 このクラス230は代わりとしてディーゼルエンジンを搭載しており、
 これを使って元からあったモーターを動かす、専門用語で「電気式」と呼ばれるシステムを搭載している。
 勿論エンジンは高性能で、それまでのペイサーよりも少ないコストで動かすことが可能。
 他にも車体に一部改造が加えられており、中間車の扉が片側2つに減らされているほか、
 正面にあった非常扉も塞がれている。

 なお、製造元のVivarailはこの車両について「当然皆驚くでしょうが、きっとうまくいくはずです!」と太鼓判を押している。


【その後】

 こうして誕生したリサイクル気動車・クラス230だが、やはり「旧型電車」を改造した、という事がマーケティングの際のネックになった。
 元からある電車を改造することでコストが安く、それでいてアルミ製の車体は非常に頑丈と言う利点もあったが、
 時には「そんなボロ列車より新車をよこせ!!」と導入に反対する圧力団体まで現れる始末であった。

 そんな事態に追い討ちをかけるかのように、2016年12月30日、せっかく作ったD-Trainでエンジンからの燃料漏れが原因による火災が発生。
 試運転が延期され、せっかく導入が決まった計画もキャンセルされてしまった。
 更に上記の圧力団体が望むような「新車」も海外メーカーから導入されることが決まっており、
 かつてクラス230の導入を断った鉄道会社の中にはスペインのメーカー・CAF社が作った新型気動車でペイサーを置き換える計画を立てたところもある。

 幸い、2017年7月から短距離だが旅客を乗せた営業運転が開始される事が決まっているものの、
 メイド・イン・イギリスなもったいない気動車の前途はまだまだ多難のようである……。


【おまけ①:電車→気動車】

 今回紹介した事例のような、「気動車から電車に改造」「電車から客車に改造」など、いわば異種間改造のような事例は日本を始め世界各地に非常に多く見られる。
 日本でも戦前から21世紀にかけて多数の例が見られ、中には電車に改造する前提で作った気動車まで登場する事もあった。そういう車両に限って何故か電車に改造されないと言う妙なジンクスもあった
 また、日本から輸出された元常磐線の電車がフィリピンで客車になる、
 アメリカの高速電車がモーターを下ろし客車に改造されてしまう、など例を挙げるときりがないほどである。

 だが、このクラス230のように「電車」から「気動車」になる、と言う例は意外と少ない。
 今回はそんな数少ない事例にして、クラス230と肩を並べる珍車両も一緒に紹介する。


◇西ドイツ国鉄ET195形電車→ロッテルダム路面電車会社M17形気動車→ツィラータール鉄道VT1形気動車→RTM博物館鉄道EB1700形気動車



<図3:一見すると「路面電車」のようだが、実は種別も線路の幅も塗装も次々に変わるとんでもない経歴を持っており…?>
(画像出典:File:PvdE-RTMSperwerStel.JPG)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:PvdE-RTMSperwerStel.JPG

 かつてドイツが東西に分断されていた頃、西ドイツ側の多くの路線は「ドイツ連邦鉄道」、日本風に言うと「西ドイツ国鉄」が運営していた。
 その中でも、ラーベンスブルクからバイエンフルトまでは、1959年まで国鉄が管理する路面電車という珍しい路線が運行していた。
 その廃止5年前、1954年に登場したのが、小さな車体を持つ2両の路面電車、「ET195形」であった。

 ところが、路線が廃止になり、国境を越えた新天地・オランダで活躍することになったこの電車。
 だが、たどり着いたのは、何故か架線が無い非電化路線であった。
 当然このままでは走れないが、改造するにしても車体が小さいのでエンジンを付ける場所も無い。
 そこで考え出されたのは、なんとエンジンを搭載する新しい車両を作り、それをモーターを外した「元」電車で挟むと言う3両編成を作ってしまう、というものだった。
 エンジンの提供元は1910年代に製造された旧型気動車で、路面電車そっくりの車体に付け替えられた。
 また内部にはエンジン以外にも13人が乗れる座席も存在するが、騒音はかなり凄まじかったのは間違いないかもしれない。
 他にも線路の幅も若干異なるため車輪にも改造が施されている。

 こうして何年もかけて改造を受けた列車は形式を「M17形」と改め、第二の人生を踏み出した……のだが、
 1963年に再登場してから僅か数年、1966年にその新天地となった路線そのものがまたも廃止されてしまう事態になった。
 そこで第三の活躍地として渡ったのが、オーストリアのツィラータール鉄道
 こちらも非電化路線という事もあり、引き続き3両編成の気動車として活躍する事になったが、またまた線路の幅がそれまでと異なるため、それに適した車輪を履いて三度目の登場を果たした。



<図4:ツィラータール鉄道時代の姿。線路の幅は760mmで、日本では「軽便鉄道」とも呼ばれる狭い線路幅である>
(画像出典:File:ZB_VT1.JPG)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:ZB_VT1.JPG

 ついでにエンジンを搭載した中間車は内装を改め、なんとレストランになっている。
 騒音は大丈夫だったのだろうか……。
 その後もエンジンを強力なものに付け替え、塗装もタラコみたいな色に新しくなり、
 予備車ながらも長らくツィラータール鉄道の一員として1997年まで使用された。

 ところが、まだまだ歴史は終わらない。
 引退後、今度はなんとオランダにある路面電車博物館に移籍する事になり、2003年からはその保存鉄道で第四の人生を過ごすことになったのである。
 しかもまたまたまた線路の幅や形式名が変わるという、どこまでも複雑怪奇な経歴を持つ車両である。
 現在もこの珍車は多くの客を乗せ、時に蒸気機関車の客車代わりになりながら活躍し続けているという……。


◇小湊鉄道キハ5800形気動車



<図5:小湊鉄道キハ5800形気動車。外見に電車の面影が残る>
(画像出典:Type_KiHa_5800_Kominato_Railway(2).jpg)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Type_KiHa_5800_Kominato_Railway(2).jpg

 実は日本にも「電車」から「気動車」に改造された車両がいくつか存在する。

 その1つが、千葉県のローカル私鉄・小湊鉄道のキハ5800形気動車
 見た目こそレトロな感じの外見だが、実はそのルーツをたどると、なんと国鉄の前前前世前の前の組織「鉄道院」が製造した木造電車に行き着くのである。
 新型車両に置き換えられ廃車になった後は三信鉄道という私鉄に譲渡され、そこで車体を鋼鉄製にリニューアルしたが、
 実はこの三信鉄道は戦時中に国策で国鉄路線となり、現在のJR飯田線となった私鉄の1つ。
 この電車もドサクサ紛れに国鉄の一員に戻り、モーターが外されるなどの改造を受け、飯田線の快速列車にも使用されたという。

 そして1960年、廃車になったこの電車を譲り受けたのが、千葉県を走る非電化私鉄・小湊鉄道。
 上記の海外の例とは異なり、元からモーターが外されていたため新たにディーゼルエンジンを取り付けられている他、
 扉も鋼製に変える、台車を改造する、連結器を交換して貨物列車も引っ張れるようにする、正面の真ん中の窓に扉をつけるなど様々な改造を施し、
 新たに「キハ5800形」として生まれ変わらせた、というわけである。

 その後も小湊鉄道の主力として活躍したが、翌年から新型車両・キハ200形の導入が開始。
 他の気動車が置き換えられる中、キハ5800形も1両が1978年に引退し、残る1両も長らく予備車として残ったが、1997年をもって除籍された。
 現在も車庫の中で大事に保管され、イベント等で公開される機会がある。気動車なのに昭和初期の「電車」の面影を残す貴重な車両になっており、2019年には市原市の指定文化財に指定された。


 なお、同じような例に元小田急電鉄の通勤電車であった関東鉄道の「キクハ1形」「キサハ65形」が存在したが、これらはエンジンが取り付けられておらず一両だけでは走れない車両のため、今回は簡単な紹介だけに留めておく。


【おまけ②:ロンドン地下鉄→イギリス国鉄】

 今回のクラス230気動車以外にも、ロンドンの地下から地上の路線へ移籍した電車が存在するので一緒に紹介しておく。

 観光や古代生物、セーリング競技で世界的に知られるドーバー海峡にある島「ワイト島」には、古くから第三軌条による電化がなされている路線、通称「アイランド・ライン」が活躍している。

 だが、この路線には1つ厄介な問題があった。
 トンネルをはじめとした規格が非常に狭く、イギリス本土で走る鉄道車両の多くが通れないのだ。
 だからといって専用の新型車両を作るのもコストの面で問題がある……。
 そこで白羽の矢が立ったのは、ロンドン地下鉄の電車たちだった。

 この項目のメインで解説している「クラス230」の改造元であるD78系電車はイギリス本土の電車の規格とほぼ同じ大きさだが、
 実はロンドン地下鉄にはもう1つ、「チューブ」と呼ばれる非常に細く狭い規格の路線網が存在する。
 地下鉄建設技術がまだ発展途上だった20世紀初頭に建設されたせいで、小さなトンネルしか彫れなかったのだ。
 そのためここで使用されている電車は高さがとても小さく、屋根も丸っこくなっているという特徴がある。
 この仕様が、ワイト島のアイランド・ラインにうってつけだったのだ。

 現在のところ、1967年から1992年まで活躍していた「クラス485系」「クラス486」電車と、1989年から現在に至るまで活躍している「クラス483」電車が存在しているが、
 実はこれらの車両、導入された時点で既にロンドン地下鉄で40年以上にわたり活躍していたという途轍もない旧型車両ばかり。
 現在活躍しているクラス483に至っては、なんと1938年に登場したという老舗なのである。
 それが1989年に「新車」として登場するあたり、やっぱりこれもまた英国面なのかもしれない。
 何度か塗装変更が行われた後、現在はかつてのロンドン地下鉄塗装に戻っている。



<図6:クラス483電車。1989年に登場した、1938年製の「新型(?)車両」である>
(画像出典:File:Class_483_"Island_Line"_train_-_geograph.org.uk_-_1407091.jpg)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Class_483_%22Island_Line%22_train_-_geograph.org.uk_-_1407091.jpg

 当然ながら既に製造から70年以上が経過しており、置き換え計画も考えられているが、
 代わりとして導入されるかもしれないロンドン地下鉄の車両もやはり1970年代製とかなり古く、
 もういっそLRT(新型路面電車)やガイドウェイバスにしたほうが良いのではないか、と言う声も上がっているらしい。

 果たしてこのレトロな路線はどうなるのか、目が離せない……かもしれない。



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最終更新:2022年04月18日 20:12

*1 なお、ロンドン地下鉄は「第四軌条」も存在している