第5次イゼルローン要塞攻防戦

登録日:2020/03/23 Mon 17:40:14
更新日:2023/11/04 Sat 17:11:17
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第5次イゼルローン要塞攻防戦は、『銀河英雄伝説』において描かれた戦役の1つ。外伝第5巻『黄金の翼』に収録。
銀河帝国と自由惑星同盟を結ぶほぼ唯一の道、イゼルローン回廊。そこに築かれたイゼルローン要塞は帝国の守りと出撃の要であり、同盟軍はそこを攻略せんとして4度に渡り敗退を繰り返してきた。

その「不名誉な記録」を中断させるべく、当時の宇宙艦隊司令長官であったシドニー・シトレ大将は、とある秘策をもって5度目の正直を果たさんと攻略作戦に乗り出す。
宇宙歴792年/帝国歴483年5月のことであった。


【両軍の陣容】

自由惑星同盟軍

総艦艇数51,400隻。後述する帝国軍艦隊の4倍という、要塞攻略の基礎に則った大兵力を動員した。
総司令官はシドニー・シトレ大将。他に名の挙げられた前線指揮官には、当時第四艦隊司令官であったドワイト・グリーンヒル中将、第五艦隊司令官(と思われる)アレクサンドル・ビュコック(階級不明)がいる。また、当時少佐であったヤン・ウェンリーはシトレの幕僚として配属されている。

銀河帝国軍

艦艇数は13,000隻と数の上では圧倒的に劣るが、多数の防御施設を持つイゼルローン要塞に、その切り札である超出力ビーム砲「トゥールハンマー」を擁している。
要塞司令官と駐留艦隊司令官はクライスト、ヴァルテンベルク両大将。イゼルローン要塞の伝統に則り彼らもまた不仲であって、3時間に及ぶ軍議(という名の罵り合戦)を経て、常通りの作戦案を採用。
当時少佐のラインハルト・フォン・ローエングラムと、中尉であったジークフリード・キルヒアイスは駐留艦隊の駆逐艦「エルムラントⅡ」の艦長および副官として参戦。ちなみに、後年部下となる査閲次官のヘルムート・レンネンカンプ大佐とはこの辺りの時期に知り合っている。


【戦闘の経過】

開戦

5月4日にエルムラントⅡら哨戒艦が接近する同盟軍を捕捉。その2日後、イゼルローン要塞全面に布陣した帝国軍の一斉砲撃により、戦いの火蓋は切られた。兵力差もあり、帝国軍はしばらく抗戦したのち後退を始めるが、それも帝国軍にとっては既定の行動であった。

要塞主砲であるトゥールハンマーの直撃を防ぎうるハードウェアは当時の両軍には(というか物語を通して)存在しなかった。トゥールハンマーに晒されたが最後、艦隊に敗退以外の道は無い。
その為帝国軍としては、駐留艦隊によって同盟軍を引きつけ、トゥールハンマーの射程まで誘き寄せてしまえば、後は発射ボタン1つでDas Ende(終わり)なのである。過去四度に渡りその戦法は用いられ、同盟軍の艦隊は宇宙の塵と化していった。

五度目もまた、後退した帝国軍に追いすがる同盟軍が雷神の槌に叩き潰されるかに思われた。
ところが……。


並行追撃



「全艦、全速前進!敵の尻尾にくらいつけ!」


帝国軍が後退するタイミングを見計らい、同盟軍が一気に増速、これによって両軍は乱戦の様相を呈した。
つまり接近戦となって敵味方の艦艇が入り乱れることにより、味方までも消滅させかねないトゥールハンマーは実質使用不可能となったわけである。有効であった手を使い続ける、敵の隙に乗じたシトレの秘策"並行追撃"であった。


「邪魔だ!どけ、役たたず!」


敵味方合い乱れる状況では要塞による砲撃すら狙いが定まらない。
乱戦状態のまま要塞への侵入を図る同盟軍と、どうにか敵を引き離したい帝国軍の艦隊と要塞の各砲台。単座式戦闘艇を交えた、史上類を見ない激烈な接近戦が繰り広げられた。
なお、ラインハルトは敵の並行追撃を可能性の一つとして予見しており、エルムラントⅡは敵巡航艦の撃沈を手土産にさっさと帰還していたため、乱戦に巻き込まれず無事であった。


無人艦突入作戦

とはいえイゼルローン要塞は堅固な防壁によって守られているため、艦艇の武装で破ることはほぼ不可能である。そこでシトレが用意したとどめの一撃こそ、"無人艦突入作戦"であった。
無人艦にウラン238ミサイルと液体ヘリウムを満載し、それを衝突させることで、爆発と艦の質量によって要塞外壁を破壊してしまおうというものだ。

これは多大な成果を挙げ、難攻不落のイゼルローン要塞を物理的に次々と破壊していく。「要塞の厚化粧がはがされた」瞬間である。ついに、同盟軍五度目の正直が実現するかに思われたが……?


終局、同盟軍敗退


(馬鹿な……この要塞が、イゼルローン要塞が落ちる……!?)

(よりによってこの私が司令官の任にある時に……! そんなことがあってたまるか!)

「トールハンマー発射用意!」

「しかし、閣下! それでは味方が!?」

「かまわぬ! ……いや、やむをえぬ。大義の前だ」


何と進退窮まったクライストはトゥールハンマーの発射を指示。禁忌たる味方撃ちすらも行う決意を固めたのである。
イゼルローン要塞失陥が与える戦略的影響、1:4という兵力差による味方の犠牲の正当化、そして敗北の責任を逃れたいクライストの個人的感情の三者が合わさり、雷神の槌(トゥールハンマー)は振り下ろされた。

一度目の斉射が両軍を諸共に消し飛ばすと、たちまち恐慌に陥った同盟軍は雪崩を打って後退。それは帝国軍との乱戦状態が解消されることであり、作戦の失敗そのものを意味するものであった。


「ヤン少佐、全軍に退却命令をだしてくれ。私はどうやら、不名誉な記録の樹立に貢献してしまったようだ……」


【結果】

攻略まであと一歩のところまで迫りながらも、同盟軍の作戦は失敗に終わり、イゼルローン要塞を中心とする戦略的状況に変化が生じることはなかった。
ただシトレの作戦が戦術的にきわめて洗練されたものであるのは確かで、もう少しのところまで敵を追い詰めた功績もあわせ、後にシトレは統合作戦本部長に任命されることとなる。


【余談・考察】

  • クライストの味方撃ちが、帝国軍首脳部では正悪どのように判断されたのかは不明。ただいずれにしても非常事態の最終手段扱いではあるようだ(公認&明言されたら駐留艦隊のサボタージュどころの話ではあるまい)。

  • 「要塞守備隊と駐留艦隊は反目しながらも夥しい戦果をあげてきた」という一文が作中にある。今回の戦い、味方撃ちというとんでもない命令でも、砲手にとって仲の悪い駐留艦隊相手故に罪悪感が緩和されているらしい描写があり、反目しているが故の「夥しい戦果」に数えられている可能性がある。

  • 先述した通り、(戦略的には全く正しい)4倍という兵力が結果的に同盟軍敗北のきっかけの一つとなってしまっている。ヤンは幕僚としてその危惧を口にしていたのだが、2年後の第7次攻防戦では半個艦隊という数の少なさが作戦の成功に繋がっている(OVA版)。ヤンとしては好ましからざる対比であったことだろう。

  • 現実での"並行追撃"とは、敵の退路に並行する別の道から敵を追撃する戦法である。今回の作戦は、日本においては"付け入り"と呼ばれる戦法に近い。



「キルヒアイス、おまえはこれからもずっと追記、修正してくれるな」
「ええ、ラインハルトさま」



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最終更新:2023年11月04日 17:11