アーバンシー(競走馬)

登録日:2024/02/23(金) 13:20:36
更新日:2024/03/01 Fri 11:56:02
所要時間:約 7 分で読めます




アーバンシー(Urban seaとは、1989年生まれのフランスの競走馬。
現役時代に疑問視され続けた実力を引退後に一気に開花させ、20世紀でも指折りの名牝となった名馬である。


概要


父ミスワキ母アレグレッタ、母の父ロンバルトという血統。

父はあの大種牡馬ミスタープロスペクターの後継種牡馬。父だけでなく母父としても優秀な種牡馬で、
早熟・スピード型が多いミスプロ系の中では異色の、晩成・中長距離向きな産駒を生み出す変わり者でもある。

母は…誰?となるのも無理はないだろう。
おまけに血統表の母系を見ると何やら馴染みのない馬がいっぱいいる。特に牝系は馬名の頭文字が全て「A」で統一されている。
この牝系はいわゆる「Aライン」と呼ばれる、ドイツの名門シュレンダーハン牧場で育まれた土着の血統。
要するにドイツ血統である。
母アレグレッタはアーバンシーの半弟としてキングマンボとの間にキングズベスト(英2000ギニー馬、エイシンフラッシュの父)を
生むなど優れた繁殖実績を持つ。
その他、アーバンシーの半姉妹たちにもG1馬の母となった馬がいるなど良血の部類である。

ちなみに2021年の凱旋門賞を勝ったドイツのトルカータータッソはアーバンシーの半妹ターベインを曾祖母に持っており、
さらにアーバンシーの叔母アルヤとのクロスも持つという、関わりの深い馬である。

競走生活


出生~2歳時(1989~1991年)


フランスの競走馬生産協会会長が運営するアメリカはケンタッキー州の牧場で誕生。
1歳時のセールでフランスのジャン・レスボード調教師によって28万フラン=800万円という安値で購入された。
そしてこのレスボード調教師は、日本人実業家の沢田正彦氏の代理人でもあった。
すなわちこの歴史的名牝は、当初は日本の手に渡っていたのである。
もし万が一そのまま順当にアーバンシーが日本人の手に渡り、ゆくゆく日本へやってきていたら、日本競馬はおろか世界競馬の歴史も現在とは全く別の歴史を辿っただろう。

しかし沢田氏は翌年のアーバンシーのデビューを待たずして哀れ破産。本馬は再び売りに出されることになり、
結果としてレスボード師の知人である香港の貿易商デヴィッド・ツイ氏を含む3人の共同所有するところとなった。
アーバンシーという馬名も、香港市内のヴィクトリア・ピークから見下ろした香港の市街と海から連想した
ツイ氏による命名である。

レスボード師の調教を受けたアーバンシーは、1991年にフランスでデビュー。1戦目を2着すると
2戦目で勝ちあがり、3戦目も敗れこそしたものの4着に食い込むまずまずの成績で2歳時を終えた。

3歳時(1992年)



4月のリステッド競走から始動するが、いきなり落馬・競走中止という幸先の悪いスタートになってしまう。
続く1600mのG3グロット賞で重賞初挑戦となったものの、実力のあるメンバーが揃い最低人気に甘んじ、
そして下馬評通りに見せ場なく惨敗。仕方ないね。

その翌週に強行日程でドイツに遠征し、G2独1000ギニーに出走。
ここでは後方2番手から猛然と追い込んで、勝ち馬からクビ差の3着に健闘する。
そしてフランスに戻っての出走となったリステッド競走で久々に勝利を挙げた。

続いては2100mの牝馬限定G1ディアヌ賞(仏オークス)に出走。
ここではダンシングブレーヴの全妹ジョリファなど有力馬が揃っていたが、
アーバンシーはこれまで同様に後方待機策を維持。直線の追い込みでジョリファから約3馬身の6着と奮戦した。

夏には2400mのG3ミネルヴ賞に出走。ディアヌ賞での走りからそこそこ評価も上がっており、ここでは打って変わって
強気の先行。しかしクビ差の2着に敗れる。惜しい…

次走のリステッド競走は快勝し、フランス牝馬クラシック3冠目のG1ヴェルメイユ賞に出走。
ここではジョリファらと再びの対戦になったが、引き続き先行策をとる。
レースでは直線までよく粘り、最後にはジョリファらに差されたもののジョリファの3着と大健闘。
その直後に北米遠征を決行し、カナダG2で2着に入るもののアメリカG1では馬場もメンツも逆風だったか
最下位惨敗。これをもって3歳時の活動を終えた。



ここまで見ると、マイルから中距離まで走れてリステッドでは勝つものの重賞以上ではなかなか勝ち切れない、よくいる善戦マンであった。
レース以外では、ツイ氏以外の2人共同馬主の懐事情が悪化したために
凱旋門賞ウィークエンドにセリに出されるというちょっとしたゴタゴタもあった。
アーバンシーの才能を感じ取っていたレスボード師のためにツイ氏は入札を続け、
当初の購入価格をはるかに超える300万フラン=約6000万円(!)で買い戻すほど頑張ったりしていた。
本馬の最終的な成功は6000万でも安いぐらいだったから良かったようなものだがとんだ迷走である。


4歳時(1993年)


3月の2000mのフランスG3エクスビュリ賞から始動すると、ここを勝って初戦からいきなり重賞初制覇。
続いてツイ氏の地元香港のG3に遠征しここは敗れ、次走のフランスG2で連敗を喫するものの、
2000mのイギリスG2プリンスオブウェールズステークス(現在はG1)ではG1馬が揃う中で好位追走からの
直線で先頭追撃という王道競馬を披露。
勝ち馬にクビ差及ばなかったものの2着と好走し、その後フランスG3とリステッドを連勝。
ついにアーバンシーの競走能力が本格化を迎えたのであった。

1993年凱旋門賞


その次走、陣営は何を考えたのか欧州芝最強決定戦であるG1凱旋門賞への挑戦を決断してしまう。
この年のアーバンシーは好調だったし一応重馬場に強いというのはあるにはあるが…
だがそこは凱旋門賞。これまでとは比べ物にならないほど強力な各国優駿が顔を並べており、
  • フランスダービー馬でリュパン賞・ニエル賞を勝ち愛ダービー2着のエルナンド
  • コロネーションC、エクリプスS、キングジョージ、タタソールズ金杯勝ちのカルティエ賞最優秀古馬オペラハウス
  • サンタラリ賞、英オークス、ヴェルメイユ賞の勝ち馬でカルティエ賞最優秀3歳牝馬イントレピディティ
  • 前年クラシックで無双し前年の凱旋門賞でも2着、本年もサンクルー大賞を勝っているユーザーフレンドリー
  • キングジョージでオペラハウスの2着だったイタリアダービー馬ホワイトマズル
などなど錚々たるメンツであった。

しかもそれまで3戦でアーバンシーに騎乗しある意味好調の立役者でもあったC. アスムッセン騎手はエルナンドに騎乗。
代打でエリック・サンマルタン騎手がテン乗りとなった。名手イヴ・サンマルタン騎手の息子とはいえ
G1勝利経験はなし、おまけに凱旋門賞もこれが初騎乗
こんな状況ではアーバンシーの馬券が人気になるわけがなく、エルナンド・オペラハウス・イントレピディティの三強
プラス伏兵プラスその他大勢という構図の中、アーバンシーは単勝オッズ38倍の13番人気であった。
これでも実績を考えたら人気しているような…


凱旋門賞当日、パリロンシャン競馬場は歴史的な超不良馬場。
そんな中始まったレースはユーザーフレンドリーらがハナをとり、オペラハウスはそれを見ながら先行、エルナンドは
後方からレースを進める。
一方のアーバンシーは7、8番手の好位でインコースを進み虎視眈々と力を温存し、
終盤が近づくにつれてじわじわと前進。
フォルスストレートを抜けて最終直線に入って残り300mの辺りでオペラハウスが先頭に立ち、
さらにその外からホワイトマズルが追い込んでくるが、
最終直線の仮柵が取り払われた走りやすい内ラチ沿いからアーバンシーが強襲。
残り200mでオペラハウスを抜き去るとホワイトマズルの追撃をクビ差振り切ったところがゴール板であった。


牝馬の凱旋門賞制覇は1983年のオールアロング以来10年ぶりのことだった。
さらにレスボード師、サンマルタン騎手、アーバンシー自身にとっても初のG1制覇となった。
しかしインコースをロスなく好位先行し直線抜け出しというお手本のような騎乗と
それに応えたアーバンシーの激走は、ただのG1と片付けるには惜しいものだろう。

勝ったアーバンシーの人気は38倍、2着ホワイトマズルもさらに低人気の55倍という大波乱のレースで、
2頭の馬連は452.2倍がつくなど万馬券どころの騒ぎではなかった。
あまりに荒れすぎたためこの結果はフロック扱いされ、日本の競馬紙でも
「アーバンシーの快勝に場内騒然」「番狂わせ勝ち」などひどい言われようであった。
事実だからしょうがないけど



この凱旋門賞の後、またまた何を思ったかジャパンカップへ出走。
しかし調整失敗は明らかで、鈴木淑子女史をして
「アーバンシーは、これが凱旋門賞馬? と思うくらい見かけには"?"が付きました」
などと評される有様。ひでえ…
実際ジャパンカップではなんと10番人気で、まだ海外馬が強かった時代に凱旋門賞馬がここまで人気を集めない辺り
いかにフロック扱いが広かったか分かるだろう。負かしたホワイトマズルは2番人気だったのに…
実際レースでもレガシーワールドの8着だったので何も言えないが…
一応人気以上に走ったしホワイトマズルには先着した。


5歳時(1994年)


4月のG2から始動し、ここは凱旋門賞馬の貫禄で勝利。
しかし次走のフランスG1ガネー賞、イギリスG1コロネーションCでは勝ち星を挙げられず、
コロネーションC後に球節の故障が判明。そのまま引退となった。

通算戦績は24戦8勝。
特徴としては重馬場での強さで、凱旋門賞ではインコースから馬群を破るなど勝負根性も持ち合わせていた。
一方で重馬場での強さの反面スピード不足を指摘されたりもした。

結局G1勝利は凱旋門賞だけで、フロック扱いを払拭できないままターフを去ることになってしまった。
ガネー賞では不利があった中で牡馬相手に3着と頑張っていたりするのだが…
とはいえこれらはアーバンシーという馬の序章にすぎなかったのであるから競馬というのはわからない。




繫殖牝馬として…世界一のゴッドマザーに


引退後、ツイ氏がアイルランドに設立した馬産団体サンダーランド・ホールディングスの所有馬として、
ツイ氏の母親と場長が知り合いだった縁でアイルランドのナショナルスタッドにて繁殖入りした。

そしてアーバンシーは、ここから競馬の血統の勢力図を文字通り塗り替えることになるのである。


初年度はあのダンシングブレーヴ凱旋門賞で覇を競ったベーリングと交配。
初仔のアーバンオーシャンを産むが、これがいきなり重賞制覇を成し遂げ、さっそく重賞馬を輩出。
失敗種牡馬ラムタラとの間に産んだ2番仔メリカーもクラシックで2着するなど活躍する。

そしてアーバンシーの名声を不動のものにしたのが、大種牡馬サドラーズウェルズとの間にもうけた3番仔ガリレオ
ガリレオは英愛ダービー、キングジョージを勝って2001年の欧州競馬で最強の名をほしいままにし、
さらに種牡馬となっても大成功。アーバンシーの血を欧州のみならず世界中に広げたのであった。
その後もガリレオの全弟ブラックサムベラミーマイタイフーン(父ジャイアンツコーズウェイ)など
G1馬、重賞馬を続々輩出。

さらにケープクロスとの間に産んだ10番仔シーザスターズはナシュワン以来20年ぶりの英クラシック2冠達成に加え
エクリプスS、愛チャンピオンS、インターナショナルSなど混合G1を連戦連勝して凱旋門賞でも完勝し、
アーバンシーとの凱旋門賞母子制覇を達成。ガリレオ以上の無双ぶりで再び欧州を席巻したのだった。



通算すると、アーバンシーの11頭の産駒のうち出走したのが9頭。

その9頭のうち8頭勝ち上がり

さらにその8頭のうち6頭重賞馬であり、

なんと6頭のうち4頭がG1馬である。

しかもその4頭のうち2頭は、カルティエ賞最優秀3歳牡馬を受賞した競馬史に残るレジェンドである。
※シーザスターズにいたってはカルティエ賞年度代表馬のおまけつき


そもそも、繫殖牝馬ならG1馬が1頭でれば名牝というのが競馬の世界である。
そこでG1馬を4頭も輩出し、しかもうち2頭は欧州の競馬界をリードするトップ種牡馬なのだから、
この繫殖牝馬としての空前の成績は名牝という言葉ではとても讃えきれるものではないだろう。
この活躍をもってアーバンシーは、世界最高峰のレースを制した自身の実力がフロックではないことを証明したのだった。





アーバンシーは2009年3月に、11番仔を出産した際の合併症が原因で急逝。
同年の直後から始まった息子シーザスターズの快進撃を見ることはできなかった。
しかし大種牡馬となったガリレオとその後継たるフランケル、そして兄を追って種牡馬として活躍するシーザスターズによって、
アーバンシーの血はますます広がっている。
それを象徴するのが2018年の凱旋門賞で、このレースではなんと1着~8着までが
アーバンシーの血を持つ馬たちに独占されたのである。

1着 エネイブル 父ナサニエル←父の父ガリレオ
2着 シーオブクラス 父シーザスターズ
3着 クロスオブスターズ 父シーザスターズ
4着 ヴァルトガイスト 父ガリレオ
5着 カプリ 父ガリレオ
6着 サルウィン 母ガリギャル←母の父ガリレオ
7着 キューガーデンズ 父ガリレオ
8着 ネルソン 父フランケル←父の父ガリレオ


さらに同じく2018年、先述の2番仔メリカーが生んだ牡馬マサーが、英ダービーを制覇。
失敗種牡馬の烙印を押されたラムタラの名誉をいくらか回復した。

2022年から2023年にかけては、シーザスターズの息子バーイードとその全兄フクムが欧州を席巻。
バーイードはフランケルの再来と呼ばれるほどにマイル戦線を蹂躙し、
一方フクムはコロネーションC、キングジョージを制するなど中距離で活躍した。
どんだけ影響力あるんだよ…

2021年にガリレオが没してからも、既に立場を引き継いでいた後継種牡馬フランケルの存在も相まって影響力はますます加速。
2021年~2023年の凱旋門賞で複勝圏内に入った馬のうち、ガリレオの血を引いてない馬はトルカータータッソとタルナワの僅か2頭。2023年に至っては流石に2018年ほどの独占ぶりではないにせよ、複勝圏内の馬全てガリレオの直系子孫という有様であった。

日本競馬においては直子であるガリレオやシーザスターズこそ日本の馬場が合わなかったのか定着することは無かったものの、
フランケルが母方にいるデインヒルの影響かある程度日本に適応。
オークス馬ソウルスターリングをはじめ、モズアスコットグレナディアガーズとGI馬も輩出しており、後継種牡馬も何頭か国内へ導入されている。
シーザスターズのラインも前述のフクムが輸入され、一世代挟んで日本に根差す事が期待される。

ガリレオやシーザスターズからの広がりばかりが注目されがちだが、実は自身の産んだ牝馬も
活躍馬を生み出しており、牝系も今後の発展が期待されている。
いずれにしてもアーバンシーの血脈が今後の世界の競馬を大きく動かしていくことは間違いないだろう。



追記・修正は凱旋門賞制覇の実力を証明してからお願いします。
この項目が面白かったなら……\ポチッと/

+ タグ編集
  • タグ:
  • 牝馬
  • 凱旋門賞馬
  • ガリレオ
  • シーザスターズ
  • 欧州
  • 競走馬
  • キングメーカー
  • G1馬
  • 母は強し
  • 種牡馬の母
  • 海外馬
  • サラブレッド
  • ドイツ血統
  • ミスタープロスペクター系
  • 凱旋門賞に挑んだ馬

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2024年03月01日 11:56