登録日:2023/09/30 Sat 22:40:00
更新日:2025/01/02 Thu 21:36:34
所要時間:約 30 分で読めます
Mr.Prospectorとは、かつて
アメリカ合衆国で生産・調教された元競走馬・種牡馬。
ネイティヴダンサー直系種牡馬として最も成功し、20世紀最強種牡馬の
次点候補筆頭として競馬史に燦然と輝く至高の探鉱者である。
最強種牡馬?そんなもん種牡馬界のキング・オブ・キングス以外ありえないでしょ
データ
生誕:1970年1月28日
死没:1999年6月1日(29歳没)
父:レイズアネイティヴ
母:ゴールドディガー
母父:ナシュア
生産国:
アメリカ合衆国
生産者:レスリー・コムズⅡ世
馬主:アイスコステーブル(エイブラハム・サヴィン)
取引価格:22万ドル(20万ドルとも)
調教師:ウォーレン・クロール・ジュニア
主戦騎手:W・ブラム
生涯成績:14戦7勝[7-4-2-1]
獲得賞金:112,171ドル
血統背景
父
レイズアネイティヴは
ネイティヴダンサー直子として最も成功した種牡馬。
この時点で既にイクスクルーシヴネイティヴやマジェスティックプリンスを輩出、押しも押されもせぬ米国競馬界のエースサイアーとしてバリバリ活躍中。後にアリダーも輩出し偉大な父の面目を施した。
なお繁殖用サラブレッド型ゼウス・ノーザンダンサーとかいう高すぎる壁
でも親父と息子が偉大かつチートすぎて影薄い模様。この御仁も十分超弩級種牡馬なんだがなぁ……。
母
ゴールドディガーは35戦10勝と、血統によっては速攻引退がデフォの牝馬にしてはなかなかタフな戦績の持ち主。なお馬名は直訳すれば「金鉱掘り」なのだが、「遺産目当ての銭ゲバ女」というスラング的な意味もあった。
なんでこんなゲスい話するかというと……こいつの父馬の馬主さんがね、
妻に強盗と誤認されて射殺されてるわけで。なもんでその事件皮肉ったネーミングじゃないかって疑惑がですね……。
とまあ胸糞悪くゲスい話は
馬に蹴られて地獄に落ちてもらうとして、母父
ナシュアは米国二冠馬にして大種牡馬。つよい(事実)。ちなみに主戦騎手は「ネイティヴダンサー?私のサイテーション以下だろ」とうっかり舌禍かました後で、当のネイティヴダンサーにテン乗りするハメになったエディ・アーキャロ騎手。
とまあこんな感じで、ぐうの音も出ないエースサイアーとつよつよ種牡馬産のオカンの間に生まれたわけである。
当時としてはゼウスチ○ポで無双中のノーザンダンサーを除けば最高峰の血統なわけで、そりゃもう期待されないわけがなかった。なお戦績
生涯
幼少期
ミスタープロスペクターの生産者であるところのレスリー・コムスⅡ世は、保険業で儲けた金で叔父と組んで牧場経営に勤しむ大物ブリーダーである。
ナシュアを手に入れるために125万ドル超の特大シンジケートを組んだ張本人であり、レイズアネイティヴに目をつけ種牡馬として導入した御仁でもある。
恵まれた商才から糞のようなどころかもっと恵まれた相馬眼
父にレイズアネイティヴ、母父にナシュア、そして4代母にマートルウッドとくれば、ミスプロはコムスⅡ世一族の配合理論と馬産家としてのキャリアの結晶とも言えよう。
1970年の3月末、ケンタッキー州はレキシントンのスペンドスリフトファーム。この開業時総面積127エーカーの広大な
サラブレッドファームが、偉大なる探鉱者の生家であった。
上述のように父母揃って当時としては一級品の血統であり、その合流点であるミスプロは当初から高く期待されていた。
まあそうは言っても、初代社台総帥・吉田善哉氏をして「
ネズミみたいでぶっちゃけ見栄えよくないよね」と言わしめたあたり、斑っぽい鹿毛に短い首と詰まった胴という、どうにも
サラブレッドらしい伸びやかさには欠ける見た目だった。
正直、期待されてたのはほぼほぼ種牡馬としての血統であって、競走馬としての価値は当時としても添え物程度だったんじゃなかろうか。
見栄えや血統で安く売れた馬が超絶無敵チートホースとしてヒャッハーの限りを尽くすとか米国競馬あるあるなんだが、まあそこはそれ、あるあるとはいえ希少例だから目立つわけで
そんなこんなで22万ドルでエイブラハム・サヴィン氏に競り落とされた彼は、ウォーレン・クロール・ジュニア調教師に預託されることになった。
なお、骨膜炎発症により調教が遅れに遅れ、2歳デビューは果たせなかった模様。
3歳時〜鮮烈なるデビュー、しかし誉れは遠く〜
1973年の2月、ハイアリアパーク競馬場開催のダート未勝利戦(6ハロン)でデビュー。W・ブラム騎手を鞍上に、後続を12馬身彼方に置き去るえげつなさすぎな勝ち方で初出走初勝利を飾る。エクステンデッドディスタンスちゃうぞ、6ハロン戦やぞこれ……
続いて2週間後の一般競争(7ハロン)でも問題なく勝利。戦場をガルフストリームパーク競馬場に移してもう1戦し、ここでは同競馬場のダート6ハロンを1分07秒8というぶっちぎりのコースレコード叩き出して快勝。なお現在も破られてない模様。
デビューが遅く、ここまで重賞未経験ではあるが、ぶっちぎりの大差勝ちデビューにぶっちぎりのコースレコードとインパクトは抜群。遅れてきた大器、最強無敵ガチムチ栗毛
セクレタリアトの対抗馬として注目されだす。いや地味に同期なんですよ彼ら。
そんでまあ陣営もその気になっちゃって、セクレタリアトより先にケンタッキーに凸。距離適性を見るべく、キーンランド競馬場での一般競争(8.5ハロン)に出走する。なお3着に破れた模様。
既に距離適性見えかけてきてません?
しかしまだ1戦目と諦めない陣営は、セクレタリアトがウッドメモリアルステークスでまさかの敗北を喫したこともあり、今度はダービートライアルステークス(8ハロン)へ。……が、レース中に右前脚の球節を剥離骨折してしまい2着敗戦。怪我してなかったらワンチャンあったかもだが、これではクラシック戦線自体どうにもならない。
結局治療のため休養入りし年内全休。残念無念、ミスプロのクラシック戦線はここで終わってしまった。当年の戦績は5戦3勝。
なお、ミスプロのデビューの遅さとセクレタリアトの引退の速さがダメな方に噛み合い、両馬が激突することはついになかった。
仮にセクレタリアトとぶつかってたら、多少距離の短いプリークネスステークスくらいならワンチャン……いや、ないわ。この後の戦績からしてどう考えてもゴリゴリのスプリンターだし。
案外繁殖入り後は顔合わせてたかも、どっちもクレイボーンファーム繋養だったので
4歳時〜短距離善戦マンの哀歌〜
1974年2月、ガルフストリームパーク競馬場の一般競争(6ハロン)で短距離専として復帰。これを問題なく勝つと、アケダクト競馬場に移りスプリントGⅢのポーモノクハンデキャップ(6ハロン)に挑んだがトーション(前年度プリークネスステークスで6着最下位)の3着。
続いてハイアリアパーク競馬場に舞い戻り、ロイヤルポインシアナハンデキャップ(7ハロン)に挑むが、ここはコースレコードを叩き出したローンツリーの2着。6週間の短期休養後にガーデンステートパーク競馬場のワーラウェイハンデキャップ(6ハロン)に出走、コースレコードを叩き出し快勝。続けてアケダクト競馬場での一般競争(6ハロン)も勝ってこれで3勝目。
ここまで問題なく勝ってるのは6ハロンの非重賞のみ、ハンデキャップともなると7ハロンでも苦しいあたり筋金入りのスプリンターっぷり。うーんこのセンニ専……。
9日後にベルモントパーク競馬場でスプリントGⅡのカーターハンデキャップ(7ハロン)に参戦。血統以外の箔付けのためにも、当時の短距離戦最重要であるここはなんとしても獲りたい……!
が、4角先頭でそのまま押し切ろうとするミスプロを外から後に同世代最強騸馬として名を馳せるフォアゴーが強襲、直線でねじ伏せられ2着敗戦。これはさすがに相手が悪かった。というかフォアゴーの距離適性謎すぎワロタ、7ハロン勝ったと思ったらその次16ハロンを勝ってるの何事?
続けて同競馬場の芝8.5ハロン戦に出るが、明らかに足りてない距離適性や初挑戦の芝と案の定すぎる要素が重なり4着敗戦。いやマジでなぜ出したし
さらにクレーヴゼンドハンデキャップ(6ハロン)に出走。ここからハシント・ヴァスケス騎手に乗り替わり、後続を5馬身切り捨てて圧勝。しかしどうしてこうも重賞だと勝てんかね……?
ここからフィラデルフィア州に移動、リバティーベルパーク競馬場(1986年閉鎖)でこの年だけ開催されたスプリントGⅢ・ファイアークラッカーハンデキャップ(6ハロン)に出走。いいかげん重賞勝っときたい頃合いである。
ここでもヴァスケス騎手が続投するが2着敗戦、またしても重賞を勝てないミスプロであった。呪われてんじゃねーかってくらい勝てないのなんなの?
その後も現役続行すべく調整を続けていたが、調教中に種子骨を骨折。そのまま引退となった。
最終成績は14戦7勝。日本で言うところの複勝圏外に飛んだのはどうあがいても絶望的適性外な芝に挑んだときだけ、5着以下には一切沈んでなかったりと、どうにも勝ちきれないわりには存外安定した成績ではあった。
それはそれとしてマジでなんか憑いてるか呪われてんのかってくらい重賞勝てなかったし、異常なまでに7ハロン以遠勝てなかったけど。
獲得賞金もデータの通り取引価格の半分+端数程度。まあ、細々とでも長く種牡馬を続けてくれればペイできるかなー、程度の稼ぎである。
というか元々名血播種役としての期待の方が高かったまであるし、勝てただけ上々だったのでは……?
種牡馬時代
引退後はサヴィン氏がフロリダ州に所有するサヴィンファーム(まんまやね)で繁殖入り。馬産のメジャーどころケンタッキーじゃなくフロリダで種牡馬デビューってあたり、重賞勝てなかったことで評価が落ちてたのは否めない。
だがフロリダの皆さんがミスプロを舐めてたかと言えば別にそんなことはなく、現役時に垣間見せたスピードにぞっこん惚れ込んだ勢が可能な限りの良血牝馬を動員。その結果、フロリダ繋養種牡馬としては破格の質と量の牝馬が彼のもとに送り込まれ、27頭の初年度産駒が誕生した。
この27頭中ステークスウィナーは4頭、重賞馬はわずか1頭。言うほど
ヒャッハーな成績ではない。しかしこの1頭イッツインジエアは大物で、2歳時にGⅡを2勝して最優秀2歳牝馬を獲得すると、3歳以降GⅠを5勝するなど43戦16勝。世代トップクラスの名牝として名を残した。
彼女の活躍で1978年フレッシュサイアーランキング首位を獲ると、翌79年デビューの2歳馬からも英2歳GⅠを獲るハローゴージャスなど、よく活躍馬を出して北米2歳リーディングを獲得。「ケンタッキー基準では質に劣る繁殖牝馬でこれなら……!」と生産者ガチ勢どもが
掌ブロウクンマグナムで目の色変えることに。
さらに翌80年には種付け料が当初の7500ドルから6倍の4万5000ドルにまで跳ね上がり、81年以降の種牡馬シンジケート(なんと総額2000万ドル!)が組まれクレイボーンファーム移籍が内定。そしてフランスに買われていったミスワキが2歳GⅠを勝ち、累計3ヶ国でGⅠホースを輩出。
クレイボーンファーム移籍後は熱烈歓迎有望種牡馬な生産者ガチ勢どもが文字通り
ヒャッハーし、こぞって超名血牝馬を付けまくり孕ませまくり、そして活躍馬出しまくり。
87〜88年にリーディングサイアーを連覇するなどとってもウマナミなマジチンを盛大に解き放ち、ノーザンダンサー以来のネイティヴダンサー系最高格無敵チート種牡馬として君臨することになる。
……だけなら北米競馬あるあるな一代限りの無双種牡馬なんだが、こいつの場合後継もやっぱり無慈悲なヒャッハー枠。息子たちのムスコもド盛大に種を撒き散らし、そしてド盛大に活躍した。何なら同じく無慈悲なノーザンダンサー系との相性がいいので、父系の伸びしろがまだまだ残ってるという無慈悲ぶりである。
なおここまで無慈悲にヒャッハーしてもノーザンダンサー一族には及ばん模様
そんなこんなあってノーザンダンサーともども種牡馬ビジネスのバブル期をインフレさせまくりながら大活躍したミスプロだったが、1999年6月1日、腹膜炎と重度の疝痛を併発し
安楽死処置。29歳だった。
遺体はファーム内のセクレタリアトとニジンスキーの墓の間に埋葬され、現在もファームを訪れるファンを出迎えている。
ミスタープロスペクター産駒傑作選
えー、後継種牡馬が累計300頭超えとかいうノーザンダンサー一族衆も真顔な所業をかましたミスプロ御大ですが(全ギレ)、いちいち産駒全部紹介してたら項目何個作ることになるかわからんので、競走馬or種牡馬としてのエース軍団だけ記載させていただく。
英語版wikipediaに三冠競争勝った産駒限定系統表とかあるんだけどどういうことなの……?
ファピアノ
77年度産駒。母父“
宇宙人の忘れ物”ドクターフェイガーという超速度特化血統である。
まだ父の評価定まりきらぬ頃の産駒、かつ母父ともどもスプリンターだったこともあり、三冠路線は目指さず短マイルを中心に戦うことに。
3歳を終えるまではGⅠ勝利に縁がなかったが、4歳でメトロポリタンハンデキャップを勝ちGⅠ馬として戴冠。その後は勝ちに恵まれないまま17戦10勝うちGⅠ1勝の成績とともに4歳で引退、種牡馬入りした。
親父殿同様フロリダで種牡馬入りしたため牝馬の質を懸念されていたが、初年度から最優秀2歳牡馬タッソ、2年目以降もクリプトクリアランスに始まりバカスカGⅠホースを輩出。
そして2代連続で掌爆速回転して手首がねじ切れる生産者の皆様
ついでに産駒唯一のBCクラシック覇者アンブライドルドが後継種牡馬として以上にGⅠ馬の祖父曽祖父としてヒャッハーし、アロゲートは出るわ三冠馬アメリカンファラオは出るわとおかしなことしかしていなかったりする。
日本のダノンファラオやカフェファラオはアメリカンファラオ産駒なので日本でもお馴染みである。当然ながらアメリカンファラオ直仔をよこせとなり、何頭かは実際種牡馬用や繁殖牝馬用に輸入された。
母系に入って
コントレイルの母親がクロスで持っているのも目立つ。
蹄葉炎のため13歳で虹の橋を渡らざるを得なかったファピアノだが、これでもっと長生きしてたらどれだけおかしなことになってたのやら。
つくづく運命の神は残酷である。
ミスワキ
78年度産駒。母父は神ブルードメアサイアーとして有名なバックパサー。
フランスに買われていき2歳GⅠサラマンドル賞を獲ったが、3歳でアメリカに転厩してからは重賞すら勝てずそのまま引退、種牡馬入りした。
これだけなら単にクッソ早枯れなよくある北米血統馬なので、ここに書く価値なんぞピコ
グラムもないのだが、書くだけあって種牡馬としては実にヒャッハーした。
BCクラシック覇者ブラックタイアフェアー出しただけでも大概大勝利なのだが、13番人気で
凱旋門賞ぶっこ抜き繁殖牝馬として無双したアーバンシー、ジャパンカップ覇者マーベラスクラウンなどGⅠ馬を多く輩出。
だが種牡馬として以上にブルードメアサイアーとしてヒャッハーしまくっており、
- ジョッケクルブ賞を勝った後GⅠ戦線を勝てはしなかったものの好走、種牡馬入り後は善戦マンだった競走馬時代をぶっちぎる活躍を見せたエルナンド
- 半兄弟揃ってアホみたいに強かったデイラミ&ダラカニ
- サドラーズウェルズ後継にして当代欧州最強無敵種牡馬ガリレオ
- 史上初となる英2000ギニー、エプソムダービー、凱旋門賞の同一年度制覇をぶちかましたミスター欧州無双にして、半兄ガリレオほどじゃないが種牡馬としても大活躍のシーザスターズ
- 異次元の逃亡者サイレンススズカ
などなど、大物や超大物をこれでもかと出している。しかもそいつらほぼ全馬親父が違うから恐れ入る(母アーバンシー枠は結構いる)。
母父として血統関係なくニックス発動とかちょっと何言ってるかわかんないですね……。
04年夏に老齢のため種牡馬を引退すると、同年末に老衰で死去。享年26。
コンキスタドールシエロ
79年度産駒。「天空の征服者」という気宇壮大な馬名の持ち主。
なお名は体を表すをガチでやらかした模様
3歳前半までは怪我がちでクラシック戦線とも無縁だったが、
初古馬対決となるメトロポリタンハンデキャップを軽斤量も幸いして圧勝すると、なんとまさかの連闘でベルモントステークスに凸。
蓋を開ければケンタッキーダービー馬を14馬身彼方にちぎり捨てる圧巻の走りで生産者ガチ勢どもの瞳をドルマークに変え、トラヴァーズステークス敗戦後に引退し繁殖入りした。
種牡馬としてはシンジケート総額に見合う結果でこそなかったが、なんだかんだマーケトリーを筆頭にGⅠ馬を含む60頭以上のステークスウィナーを出し、面目を保った。
産駒の何頭かは繁殖牝馬として輸入され、皇帝シンボリルドルフとの間に最後の重賞ウイナーであるツルマルツヨシを出すなどそこそこ日本競馬とも相性が良かった模様。
蹄葉炎をこじらせ23歳で安楽死処置されたが、マーケトリー産駒のアータックスとスクワートルスクワート(馬主の息子さんがポケモンのスクワートルこと
ゼニガメスキーだったそうで)がサイアーラインをつないでおり、再覚醒の余地は残されている。
ウッドマン
落ちる木の葉が何回やっても避けれないワイリーナンバーズとは特に関係ない83年度産駒。母父はこちらも神BMSバックパサー。
現役時代は早熟早枯れのよくある重賞勝てただけ御の字枠だったが、言うほど期待されないまま繁殖入り……かーらーのーマジチン炸裂。
初年度から欧州2歳王者ヘクタープロテクターや米国二冠馬ハンセルなどを輩出する逆転ホームランをパなし、生産者の皆様を掌爆速大回転させた。
ミスプロといいNDといいやべーやつ産駒の種牡馬こんなんばっかだな
産駒は仕上がりが早いが早枯れなのも特徴。どうも高い身体能力を維持しきれず尻すぼみになる傾向が見られる。
なお、日本では種牡馬として購入されたティンバーカントリーが芝ダート障害のGⅠ三冠サイアーとして君臨したほか、
ヒシアケボノでかすぎがスプリント戦線で活躍した。
2007年に老化の衰弱著しくこれ以上保たないとして、安楽死措置により24歳没。
アフリート
84年度産駒。カナダ産馬で3歳5月とやたらデビューが遅かった。
カナダダービーとも呼ばれるクイーンズプレート2着後、アメリカ遠征初戦のジェロームハンデキャップをコースレコードで快勝しGⅠ馬の名乗りを上げる。
しかしその後はGⅡ1勝したのと4歳初戦のGⅢ以外全く勝てず、勝ちに見放されたまま4歳限りで引退、繁殖入りした。
89年からケンタッキー州で種牡馬入りし、大物こそ出なかったがぼちぼち重賞馬を輩出。大物マダー?とかやってたら、94年に持込馬ゴールデンジャックがオークス2着と好走したのもあってか当年限りで日本に輸出され、95年シーズンより日高でスタッドイン。
本場のダートに強く日本にほぼいないミスプロ系だからかよく牝馬を集め、日本入り初年度から桜花賞馬プリモディーネを出す。
さらに交流競走拡充やJBC創設などダート戦線が急速に拡充されたのも追い風となり、プリエミネンスやスターリングローズ、バンブーエールなどのダート強豪馬を続々と輩出。ダートリーディングサイアーとして3連覇を果たす無双っぷりを見せた。
なお“地方の
サンデーサイレンス”ことアジュディケーティングの無双と活動時期が被ったため、地方リーディングサイアーは獲れずじまいだった模様。
本邦入り前に残したノーザンアフリートが種牡馬としてヒャッハーしたため「アフリート返して!!!!」とアメリカさんサイドから幾度か逆オファーが来るも、日高がせっかく掴んだ大エースを返すわけがなかった。
まあ息子が米国二冠馬だのBCマイル覇者だのBCスプリント覇者だのドバイゴールデンシャヒーン覇者だの出してたら、そりゃ親父も惜しくなるよなぁ……。
もっとも、そのノーザンアフリートも競走馬としてはGⅡ止まりだったので、仮に出戻っても祖父としてならともかく父として活躍出来たかはちょっと怪しいが。
本国ではともかく、日本ではコンスタントに活躍馬を出してるが大物や後継に乏しく、サイアーラインの発展はバンブーエール産駒のキャッスルトップが種牡馬入りできるかどうかがわりと大きい。
2010年に種牡馬引退後、ブリーダーズスタリオンステーションで悠々自適の余生を送り、14年1月に享年30の大往生でこの世を去った。
ゴーンウェスト
アフリートと同じく84年度産駒。馬名はゴールドラッシュで一攫千金狙ってた鉱夫どものスローガン的なアレで、要はパパリンの馬名由来。ちなみに母父
セクレタリアト。セクレタリアトはもはや伝説的名馬なのでここで書くべきではないレベル。
2歳時は勝ち上がり以外善戦マン、3歳時もちょこちょこ善戦マンしつつ重賞勝ちを重ね、ドワイヤーステークス勝利でついにGⅠ馬となる。なお、後続を12馬身引きちぎるぶっちぎりの蹂躙だった模様。
その後は勝てないまま3歳限りで繁殖入りした。
スタッドイン当初はさして期待されてたわけでもなかったが、2年目産駒ザフォニックがヒャッハーしたことで一躍人気種牡馬に。
その後もBCマイル2勝の無双マイラーダホス、自身はGⅡ止まりだがGⅠサイアーとして盛大にヒャッハーしたイルーシヴクオリティ、2歳GⅠ2勝後不運に泣くも活躍種牡馬として逆襲したグランドスラムなど、多くの活躍馬を輩出。
母系に入っても優秀で、特に
ドゥラメンテとの相性が鬼であり
タイトルホルダー、
リバティアイランドを筆頭に多くのドゥラ産駒の活躍馬の母系に入っている。
産駒傾向は母父セクレタリアトを介してボールドルーラー系が合流したためかマイル〜インターミディエイトに強かったが、BCスプリント覇者も出してるので長距離にならなければわりと不問勢。
長きに渡りミスプロ後継筆頭格として頑張っていたが、09年の種牡馬引退後、腫瘍に起因する疝痛を発症。手術自体はうまくいったようだが、合併症併発など術後の容態芳しくなく、安楽死処置により25歳没。
ガルチ
これまた84年度産駒。当たり年にもほどがあるぞミスプロ。
デビュー後2歳GⅠを含む無傷の5連勝と無双するが、カポウティに2連続でねじ伏せられ連勝ストップ。
その後はGⅠこそ勝つも三冠競争は勝てずじまい。しかしとにかくタフに走り続け、4歳限りでの引退までに32戦を積み上げた。これで特に故障もしてないのだから恐ろしい頑健ぶりである。同系統のスペランカーどもにもうちょいその頑丈さ分けてもろて
ちなみにキャリアの多くをGⅠ出走に費やしていながら、着外(=6着以下)に敗れたのはわずか2回のみと、親父同様やたらと安定性の高い馬でもあった。パパ上重賞勝てなかったって?言ってやんなし
引退後はケンタッキー州で種牡馬入りし、最終的にステークスウィナー76頭(おそらく本国のみの計測)を出す活躍ぶりだった。
産駒は仕上がりが早く、成長力に長け、距離の融通や適性延長が利き、芝ダート不問と、ミスプロ系の長所特盛フルコースな素敵仕様。
基本的には短いほど強いが、ベルモントステークスとケンタッキーダービーの米国二冠馬サンダーガルチみたくクラシックディスタンス覇者もいるし、NHKマイルカップ勝利後ダートに転向し5歳でジャパンカップダートを獲ったイーグルカフェみたいなベテランもいる。逆に超長距離以外で何が苦手なのかわからん。
受精能力低下により09年に種牡馬引退後、功労馬保護団体に引き取られのんびり生きていたが、16年1月半ばに癌の進行のため安楽死措置、32歳の大往生を遂げた。
フォーティナイナー
85年度産駒。親父の馬名繋がりで、ゴールドラッシュにホイホイ釣られ1849年にカリフォルニアに凸した鉱夫どもの通称“49er”が馬名の由来。
三冠競争制覇こそ無縁だったが、3歳限りでの引退までにGⅠ4勝と上々の成績を残し、クレイボーンファームで種牡馬入りした。
ちなみに88世代の同期は、キングヘイローのご母堂グッバイヘイロー、ベルモントステークスを激走したリズンスター、GⅠ勝利こそなかったが万能種牡馬として大活躍したダイナフォーマー、後述のシーキングザゴールドなど、控えめに言ってもやべーやつら揃いである。
初年度からGⅠ馬を出す快調な滑り出しだったが、その後伸び悩んだこともあり95年に日本へシュート。日本軽種馬協会が買い取った。
が、ここで い つ も の 。米国に残された産駒がヒャッハーし生産者の皆様が頭かきむしる、ケース:アフリートがまたも発生。
ダンブレ案件見てなかったんかお前ら……てかアフリートと49erの案件どっちも起きたの同時期だぞオイ
案の定アフリートよろしく「フォーティナイナー返して!!!!」とアメリカさんサイドが絶叫するも、日本さんサイドは丁重にお断り……どころか逆に
活躍が見込めるフォーティナイナー産駒の種牡馬をごっそり買い漁るというド鬼畜対応をかました。
日本馬産界にまれによくある対北米ウルトラド畜生ムーブ
日本ではダートに高適性で勝ち上がりが高いいつものミスプロ系として大活躍。母父として皐月賞馬エポカドーロを出すなど、芝ダートはわりと不問。
49erと買い漁ったその息子たちの系譜からは、サウスヴィグラスだのスイープトウショウだのアドマイヤムーンだのオメガパフュームだのと、芝ダートを問わずGⅠ馬がモリモリ出ている。
これ返せって言われても、その、困る……
なお本国のフォーティナイナー系だが、日本さんサイドが見逃したディストーテッドヒューマーが成功し、どうにかサイアーラインを繋げ気を吐いている模様。
07年に受精率低下を受けて種牡馬引退後、功労馬としてのんびり余生を過ごし、同期や早生まれの産駒たちが自分を置いていくのを横目に長生きし続け、20年5月に35歳で大往生。
アフリート同様日本に買われない方がよかったとか、アメリカが逆オファーしてるうちにさっさと売りつけてればよかったとかよく言われるが、どっちも放出決めたのあっちなのにこっちに言われても困るというか、ねぇ……?
シーキングザゴールド
同じく85年度産駒。そして母父は例によってミスプロとニックス全開なバックパサー。現役時代は「名前のわりに金鉱掘っても銀ばっか」のネタでおなじみ、大一番シルコレお兄さんである。名前は金なのに。
いやマジで、獲ってるGⅠ2つは言ったら悪いがどちらもローカルGⅠ的なアレで、クラシックの登竜門とかBCクラシックとかの大レースに限って2着なのよこいつ。しかも接戦に弱いという……うーん、このヘタレ感。
ただ、着外に敗れたのはケンタッキーダービーの7着のみと、ミスプロ系の例に漏れず安定性は恐ろしく高かった。
4歳半ばまで走って脚部不安で引退し、90年より繁殖入り。初年度からGⅠ8勝の
メスゴリラ名牝ヘヴンリープライズを出すと、翌91年には最優秀2歳牝馬フランダースが活躍する快調な滑り出し。
なおオンナの金脈(意味浅)を必死こいて掘削してたら、金鉱どころか超巨大油田掘り当てた模様。はい、
ドバイミレニアム〜(のぶ代ドラ)。
「00年のドバイワールドカップはこの子が勝つからドバイミレニアムに改名しよう(確信)」でマジに勝っちゃった怪物である。
ドバイミレニアム自身は奇病によりマッハで冥界下りしてしまったが、唯一のGⅠ産駒ドバウィとその子孫どもが凄まじい勢いでヒャッハーしており、欧州ほぼ唯一のミスプロ直系派閥として奮闘中。
自身はシルコレ枠なのに産駒はバカスカ活躍するあたり、母父の遺伝だろうか?
あとレジェンド級の親父と「
初年度産駒でG1リレー」とかいう狂った記録絶賛更新中の子孫どもに挟まれて成績のわりに影薄くなりがちな辺り、父父の要素も入ってる気がする。
日本にも
シーキングザパールを筆頭に活躍馬が多く出ており、母父としてもローブデコルテやゴルトブリッツを出している。ミスプロ系のこの適応力の高さは何なんだろう。
08年を最後に種牡馬を引退、功労馬として余生を送った後、16年に31歳で大往生。ミスプロ直系って長生きな奴はホント長生きだよな……。
ジェイドロバリー
87年度産駒。馬名は採掘されるもの繋がりで「翡翠泥棒」の意。
祖母は馬産界の世界的名牝スペシャル、母父は最後の英国無敗三冠馬ニジンスキーと、これを名血と呼ばずして何を名血と呼べと?なゴリゴリのエリート血統。
ついでに生産者はケンタッキー州の名門クレイボーンファーム、馬主はドバイ最強馬主シェイク・モハメド殿下、管理調教師はフランスの名伯楽アンドレ・ファーブル師と、もうエリートすぎて我慢できない最強の環境である。
が、勝ち上がりとフランス最大最古の2歳王者決定戦グランクリテリウム(現ジャン・リュック・ラガルデール賞)以外、さっぱり勝てないまま3歳5月で引退。2歳時点で所有権を獲得した社台グループのもとで種牡馬入りした。
91年シーズンより種付けを開始してからは、タイキシャーロックやオースミジェット、ロバリーハートなど、世紀末のダート戦線を賑わせる実力馬を多数輩出。前述のアフリート、フォーティナイナーと合わせ「ミスプロ系ダート種牡馬三銃士」とでも呼ぶべき一大勢力を築き上げた。
産駒傾向は洋芝系種牡馬ということなのかやっぱりダートに強かったが、ヤマカツスズランを筆頭に芝の重賞馬も問題なく出した。なにげに障害でも結構産駒が走っており、母父として中山大障害連覇のキングジョイを輩出している。
超良血馬な上にニジンスキーのキツすぎないクロスを入れやすいとあって、日高ニジンスキー産駒祭りの名残を含め多くの牝馬が集まった。そして産駒から繁殖入りした牝馬もやっぱり多かった。その辺もあって、地味に牝系曽祖父として牝馬三冠達成してたりする。
2001年からは3年連続で海外レンタルされ、01年はオーストラリア、02〜3年はドバイで種付けを行い、豪重賞馬2頭とイタリア2歳GⅠ覇者カークリーズを輩出、まずまずの成功を収めた。
しかし翌04年、帰国後の種付けシーズン後期に大腸癒着を発症し17歳没。
後継種牡馬こそ出なかったが牝系はわりと広く日本に定着してるため、血統の完全断絶というのは早々なさそうである。
マキャヴェリアン
87年度産駒。母父ヘイロー(終身名誉日本最強種牡馬サンデーサイレンスのパッパ)。
フランスでデビューし、ジェイドロバリーを下して勝つと2歳GⅠを2連勝、最優秀2歳牡馬を戴冠。翌90年は初戦こそ勝ったが、英愛2000ギニーとモーリス・ド・ゲスト賞敗戦で見切られそのまま引退。
引退後はダルハムホールスタッドで種牡馬入りすると、サラブレッドの大一番3歳戦での不甲斐なさを払拭するかのように大活躍。
ドバイワールドカップ覇者アルムタワケル&ストリートクライ、仏2000ギニーを勝ったヴェットーリ
欧州最強騎手デットーリではない、仏オークスを制したウエストウィンドなど、芝ダート距離を問わない万能種牡馬としてミスプロ系の底力を見せた。
日本にやってきた産駒としては、未出走ながら牝系祖としてロジユニヴァースやディアドラ、ソングラインを輩出した名牝ソニンクと、ノーザンファームの吉田勝己総帥をして「もうこの子の産駒担当は君でいいよ」とまで言わしめた、
大魔神ササキ様ガチ推しの尾のない名牝ハルーワスウィートが有名。
母父としてもかなり成功しており、仏二冠馬シャマルダルやドバイワールドカップ覇者ヴィクトワールピサなど、多くの強豪馬を送り出している。
なお、母父マキャヴェリアンのGⅠ馬は地味にササキ様の所有馬が多かったりする。
04年の4月に右前脚に蹄葉炎を発症、一時休養に入るも、手当ての甲斐なく容態が悪化。6月に安楽死処置を受け17歳没。
もうちょい長生きしてたらもっと活躍できてたと思うのだが、惜しい……49erくんは彼に5年くらい寿命渡してもよかったんでない?
キングマンボ
90年度産駒。母ミエスクはBCマイル連覇を含むGⅠ10勝の世界的女傑、母父ヌレイエフはノーザンダンサー後継種牡馬の頂点格として君臨する超級種牡馬という、超弩級のエリート血統。
3歳まで英仏で戦い、通算13戦5勝2着4回と数だけで見るならまずまずの成績を残した。なお、質も含めると英仏マイルGⅠ3勝で文句なしの成績の模様。
引退後はケンタッキー州のレーンズエンドファームに迎えられ繁殖入り。すると初年度からターフの怪鳥
エルコンドルパサーを送り出すロケットスタートをかまし、その後も強豪を出すわ出すわ。
アメリカで無双したレモンドロップキッド、GⅠ1勝ながら種牡馬として大成したキングズベスト、マイルの女傑ラシアンリズム&ディヴァインプロポーションズ、ホーリックスのジャパンカップレコードを更新したアルカセット、変則二冠を達成した最強の大王にして日本最強クラスの種牡馬
キングカメハメハなど、まさに綺羅星のごとし。
産駒傾向としては極端な距離特化型こそいないが、幅広い距離に対応し馬場状態を問わず、輸送や連戦によく耐える頑健な体質が目を惹く。まあでも本業はマイル〜インターミディエイトで、クラシックディスタンス走れるエルコンとかキンカメはちょっとレア。
母父としても天皇賞馬スズカマンボ、英国二冠馬キャメロット、英仏GⅠ5勝のデュークオブマーマレード、ナッソーステークス3連覇した女傑ミッデイ、21〜2年度最強マイラーバーイードなど、これでもかとGⅠ馬を送り出し、牝系に入ってもえげつない実績を叩き出した。
因みにアメリカンボスは息子、ミナレットはスズカマンボ産駒なのでG1で鞍上江田照男で2回も大波乱を起こしたりとそういう意味でも度肝を抜いた模様。
受胎率低下と体調悪化を受け、2010年に種牡馬引退。16年1月に老衰のため安楽死措置が取られ、26歳没。
スマートストライク
92年度産駒。母クラッシーンスマートはカナディアンオークス馬で、半姉ダンススマートリーは雄野郎どもをぶちのめしカナダ三冠をもぎ取った上BCディスタフを制したメスゴリラ女傑、母のきょうだいたちはデビューした全員ステークスウィナーと、ちょっと何言ってるかわかんないレベルのエリート血統。
なお当のスマスト自身はスペ体質のせいでまともに真価を発揮できず、GⅠ1勝に終わった模様。
かーらーのー、レーンズエンドファームで種牡馬入り後は現役時の鬱憤を晴らすかのように種牡馬無双顕現。BCクラシックとドバイワールドカップを含め北米で無双したカーリンを筆頭に、単独項目余裕で作れそうなレベルでGⅠ馬のフルコースを形成した。
ついでにブルードメアサイアーとしてもヒャッハーし、マインザットバード&
デュラハン半兄弟やJRA二冠牝馬スターズオンアースなどを送り出している。
産駒傾向は馬場不問ガチ勢。芝だろうがダートだろうがオールウェザーだろうが、短距離〜中距離までお構いなしに勝ちまくり活躍しまくり、「北米最高の万能種牡馬」と称えられた。しかも勝ち上がり率まで7割超えとえげつなかった。生産者は足向けて寝られんね。
2015年に蹄葉炎が悪化、23歳で安楽死処置。
その他個別に紹介してない産駒及びその系譜としては、クラフティプロスペクター産駒の
白井最強変態真の勇者・
アグネスデジタルや、アワーエンブレム産駒で金髪
ロリミニっ子にしかウェイカッ!!しない
筋金入りのウォーエンブレム、
関口房朗が400万ドル出した
ミスプロ産駒唯一のケンタッキーダービー馬にして、7000万ドルの種牡馬シンジケートが大爆死したノーザンホースパークに馬像を残す
プロスペクター27歳時の仔フサイチペガサスなど、良くも悪くも個性派揃いである。
余談
生涯現役(意味浅)
種牡馬時代の段で引退したかどうかについて言及してないため、賢明なるアニヲタ諸氏におかれましては「あっ(察し)」したのではなかろうか。
はいその通り、ガチのマジで死ぬまで現役種牡馬してました。29歳やぞこの御仁。人間換算だとどう低く見積もっても90歳くらい、高く見積もると100歳間近なんじゃが????
やっぱりこのくらい生命力ずば抜けてないと大種牡馬にはなれんのだろうか。SSとかディープとかキンカメとかわりと命削って腰振ってるし。してみるとミスプロのウマナミ&タフネス、マジ恐るべし。
ちなみに99年度の種付け頭数は47頭、うち31頭の受胎が確認されている。御年29で受胎率7割近いとか、本気でバケモンかこのジジイ……。
なお産駒の有名どころも大概ご長寿だが、ご本尊よろしく死ぬまで現役はさすがに無理だった模様。
通称
日本ではミスプロとかMPとか略されるこの御方だが、むこうでも長いので普通に通称が定着していた。
すなわち「Mr.P」である。なんか日本語で発音するといやらしいなオイ
その名の通りな「Mr. P's Princess」という産駒もいたりする。
追記・修正はオンナの金脈(意味浅)を試掘しまくり掘り当てまくった方にお願いします。
- 機動戦艦ナデシコにプロスペクターって名前の人物がいたけどコレが元ネタなのかな? -- 名無しさん (2023-10-01 01:37:13)
- ↑Prospector:一攫千金狙って金脈掘る人、が語源だから双方の元ネタが一緒という可能性はあるかも? -- 名無しさん (2023-10-01 09:03:10)
- 父方が“ゴールデン”サッシュを父父母にステイ“ゴールド”からの“オルフェーヴル(金細工師)”、母方がミスター“プロスペクター”からの“フォーティナイナー”で血統表がやたらキンキラキンな名前になったエポカドーロくんのネーミングほんとすき -- 名無しさん (2023-10-01 13:53:59)
- 数日前の無茶ぶりからの良項目ナイスゥ!(本音)・・・これはあのバケモン2種牡馬に抗ってボールドの血を繋げ、ビッグレッド×シアトルとかいうドリームブラッドを持つエーピーさんの項目も見てえよ~ -- 名無しさん (2023-10-02 01:47:05)
- この項目に限らず競走馬の記事のタグが正直くど過ぎるから整理しない?くどいタグや強調された単語が非常に多い記事は多分全部同じ人が作ったんだろうけど -- 名無しさん (2023-10-02 10:35:03)
- ああ…次はモンジューだ… -- 名無しさん (2023-10-02 23:59:08)
- ↑その前に伝説のスーパー親父ィの項目も必要ですね(ゲス顔) -- 名無しさん (2023-10-03 01:56:05)
- ↑3反対します。 -- 名無しさん (2023-10-03 02:02:34)
- くどいと思います。冷静な記述の方がいいと思います。 -- 名無しさん (2024-04-23 17:25:46)
- ↑反対します。 -- 名無しさん (2024-05-01 01:21:11)
最終更新:2025年01月02日 21:36