ダスティ・ローデス

登録日:2024/04/16 Mon 09:13:51
更新日:2024/04/16 Tue 19:22:10
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ダスティ・ローデスは米国の元プロレスラー。プロモーター。故人。(1945年10月12日〜2015年6月11日:享年69歳。)
本名:ヴァージル・ライリー・ラネルズ・Jr.
元NWA世界王者として知られる強豪で、
自らを配管工の息子から成り上がった男=“アメリカン・ドリーム”のニックネームで知られた。

選手としては勿論、知名度を活かしたプロモーター、プロデューサーとしても活躍し、晩年にはWWEにてNXTのGM(コミッショナー)として活動していた。

息子のダスティン・ローデス(ダスティ・ローデスJr/ゴールドダスト)とコーディ・ローデス(スターダスト)も言わずと知れた有名プロレスラー*1であり、引退後や晩年にも息子達と絡む形でリングに登場することがあった。
大型選手でありながら高い身体能力と人目を惹き付けるカリスマ性は息子達にも引き継がれており、ダスティンは一線級の選手ながらイロモノ枠に落ち着いていってしまった感はあるが、コーディは正統派のエース級の選手にまで出世している。

因みに、彼等がプロレスギミック上のファミリーネームとして名乗る“Rhodes”は、本来の発音だと“ローズ”に近く、その事実が知られてからは訂正されて“ローズ”表記されている場合もあるのだが、本項目では以前からの慣例に倣い“ローデス”表記とする。


【人物】

テキサス州オースティン出身。
自称通りに配管工をしていた父親の下で貧乏な家の子供として生まれたとしつつも大学時代はアメフト選手として活躍し、卒業後は地方リーグにてプロとして活動。
その後、1968年の初頭頃よりプロレスに転向した。

デビュー当初こそ痩せていたが、後には動きこそ機敏だがアンコ型(肥満)体型の巨漢として知られるようになり、その特徴的な見た目からしてがトレードマークとなっていった。

キャリアを積む毎にショーマンシップ的な性格を強めていき、とにかく細かなアクションとして大げさだったり腰をクネらせたり尻を振るといったリアクションを挟んで目立ちまくるスタイルは本国はともかく、日本では相当に奇異に映った。
そうしたローデスのスタイルに対してジャイアント馬場は「こんなのが流行るんだからアメリカというのはわからん国だ」と呆れたと言われている。


【略歴】

デビュー当初こそジョバーであったが、5月頃には既に有望な若手ヒール(悪役)として頭角を表しはじめ、日本でも“鉄の爪”のニックネームで知られるトップレスラーのフリッツ・フォン・エリックの持つNWAアメリカン王座にも挑戦している。

そして、同年10月より同郷出身で年齢も近いディック・マードックと出会い意気投合すると、プロレス史に残る名タッグチームの“テキサス・アウトローズ”を結成。
“テキサス・アウトローズ”の人気は凄まじく、地域毎にテリトリーが存在していた時代でありながら各地で引っ張りだことなり、全米中を回って大暴れしたという。

特に、AWAに於いてはタッグ戦線のみならずシングル戦線でも実績を積み、この当時は“ダーティ”ダスティ・ローデスのニックネームの流血戦を得意とするラフファイターとして鳴らした。
こうして、アウトローズとして活動しながら二人共に恵まれた才能を持つローデスとマードックは個人としての活躍も増えていた中で73年にアウトローズを発展的解消させる。

これは、その通りの事情で決してローデスとマードックが仲違いした訳ではなく、後に同時に参戦した日本などで“アウトローズ”を復活させている。

“アウトローズ”解散後はNWA傘下の有力な南部テリトリーであるCWFを主戦場とするようになり、初めこそヒールであったが、マネージャーのジミー・ハートとパートナーのパク・ソンと仲間割れした後はベビーフェイスに転向。
ここで生涯のニックネームとなる“アメリカン・ドリーム”と呼ばれる団体のエース絶対王者として君臨する。

この時代には名だたるヒールのトップレスラーを相手に防衛戦を重ねており、本拠地のフロリダ州のみならずジョージア州にも足を伸ばして観客の熱狂を生んだ。
ベビーに転向すると共に元々のラフファイトに加えてショーマンシップ的な動きを積極的に取り入れていくようになり、敗者追放マッチで敗れたというアングルの下で肥満体の体型や特徴的なアクションから正体バレバレな覆面レスラーなどに扮して観客を楽しませた。
米国でセンセーションを巻き起こしたザ・グレート・カブキとの対戦では自らもペイントを施して戦った。

こうして、名声を獲得していったローデスはWWWF(現:WWE)、NWA、AWAの世界三大タイトルにも再三の挑戦の機会を得るなど、全米を代表するクラスの選手となっていく。
そして、変わらずに南部を主戦場としつつハーリー・レイスから2度(79年、81年)、リック・フレアーからは1度(86年)と、何れも短命にこそ終わったものの計3度のNWA世界王座を獲得している。

フレアー、及びフォー・ホースメンとはWCWの前身となるNWAミッドアトランティック・テリトリー(ジム・クロケット・Jrプロモーション)にて選手として抗争を繰り広げる一方で、プロデューサーとして多数の有望選手を発掘。
一介の若手であったストーン・コールド・スティーブ・オースチンを最初にメジャー団体に誘ったのもローデスだった。

選手としては最晩年の活動となる89年からは2年間のみながら伝統的なテリトリー制のアメリカンプロレスの歴史を壊した、と言われつつも業界の頂点に立ったビンス(ジュニア)のWWFに参戦。
黒人女性マネージャーのサファイアを従え、黒地に黄色の水玉をあしらったコスチュームに、何故か警察官の帽子と警棒を装備しノリノリのダンスで入場してくるという、日本人からは理解し難いスタイルながら相変わらずの絶大な人気を誇るベビーフェイスとして君臨。
年齢もあってかタイトルには絡まなかったものの、衰えない小気味の良いアクションで観客を沸かせていた。

90年代以降は所属したWCW、TNA、WWEにてプロモーター、プロデューサーとして活動しつつ、折々にリングに立って観客を沸かせていた。
2007年には二人の息子がインダクターを務める形でWWE殿堂入り。

そして、2015年6月に息子達も自宅に集っての食事の最中に倒れ、緊急搬送されるも死亡が確認された。


【日本での活躍】

日本ではデビューから間もなくの71年に国際プロレスに来日。
グリーンボーイ(新人)ながら、エースであったストロング小林(ストロング金剛)の王座にも挑戦している。
73年には、今度はアウトローズとしてマードックと共に参戦。

75年には矢張りマードックとのコンビで全日本プロレスに参戦。
ローデスが自身のスタイルを確立した後の参戦であったためか、その特異なパフォーマンスについて馬場に苦言を訂されたのはこの時の話で、この件が回り回って日本のファンの中にもローデスの実力を侮る者が出たりもした。
馬場に嫌われたこともあってか、重宝された相方のマードックと違い、超大物にも関わらず全日への参戦はこれが最初で最後となるも、この間に実現したレイスとの一戦は日本でのベストバウトとも呼ばれる。

79年には新日本プロレスに初参戦。
設立当初から“ストロングスタイル”を標榜していた新日とは余計に合わないのでは、とも言われていたものの、当時の新日はWWFと提携するなどアメリカンプロレスにも対応して全日とは別ルートで多数の外国人レスラーが参戦していた時期であり、ローデスも大物ゲスト枠ながら定着。
本国にて自身が関係する団体と新日本が順番に提携を結んだ関係もあってか、何と平成時代まで参戦した。
また、本国の超大物ながらリングアウトという形ながら日本での知名度が自分より高いスタン・ハンセンに白星を取らせるなど、プロモーター、プロデューサーらしい広い視野を持った選手であることを窺わせる試合も。
新日本でもマードックとのアウトローズを復活させて流血戦を演じている。

また、意外な所ではダスティンと共にハッスル!にも参戦している。




【主な得意技】


■バイオニック・エルボー
ローデスの代名詞となる、正面から相手の額、或いは脳天を狙って繰り出されるエルボー・スタッブ(肘を利用した刺突)攻撃のこと。
後述のエルボー・ドロップも含めて、ローデスが得意とする肘での攻撃全般を“バイオニック・エルボー”と称する場合もあるのだが、ここでは分けて紹介する。
ローデスの高名から、スタンディング状態のエルボー・スタッブは凡て“バイオニック・エルボー”と呼称される場合もある。
ジャブの連打から腕をグルグルと回してからバイオニック・エルボーでトドメを指すコンビネーションも定番で、ゴールドダストに変身前の息子のダスティンの他、ババ・レイ・ダッドリーやアントーニオ本多らが模倣して使っていた。


■ランニング(ジャンピング)・エルボー・ドロップ
ローデスの代表的なフィニッシング・ムーブで、相手をカウンターのバックエルボーで倒しておいてからロープに走り、返ってきた所でフワリと巨体を浮かしつつ、全体重を乗せたエルボーを相手の喉元に見舞う。
巨体でありながら滞空時間、空中姿勢は見事の一言で、一見の価値あり。


【余談】

『キン肉マン』のアメリカ遠征編に登場するビューティー・ローデスの元ネタ。
……というか、原作の方は、ほぼほぼそのまんま。
因みに、なんで“ビューティー”かというとゆで曰く当時の担当が“”ダスティ”を“ダーティ”と勘違いして、その反語として名付けたため。(因みに、前述のように“ダーティ”はヒール時代のローデスが実際に使っていた名前。)
原作では『キン肉マン』らしく、スカル・ボーズに顔面を剥がされるという残酷な仕打ちをされるも後に金属性のマスクで覆って復活。
アニメ版ではその辺を踏まえたのか“ロボ超人”にアレンジされている上に名前が“ローデス”に変更されている。




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最終更新:2024年04月16日 19:22

*1 ダスティンは先妻のサンドラの、コーディは後妻のミッチェルとの子であり二人は異母兄弟である。