登録日:2024/6/3 (Mon) 23:14:00
更新日:2024/08/01 Thu 11:35:19
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アンフィコエリアス/マラアプニサウルスとは、ジュラ紀後期の北米にいたかもしれない巨大恐竜である。
アンフィコエリアスと「化石戦争」
まずアンフィコエリアス(およびマラアプニサウルス)について語るには、19世紀末のアメリカで起きた「化石戦争」について説明しないといけない。
これは、エドワード・コープとオスニエル・マーシュという著名な2人の古生物学者が、お互いに家が傾くのもお構いなしに「どっちがより多くの新種恐竜を発見するか」を争ったという科学史上の事件である。
これだけ聞くと「まあよくある研究者同士の競争にすぎないのでは…?」と思われるかもしれない。
が、この両者の競争はどんどんエスカレートして、果てはスパイを雇うわ、相手に掘り出されないように持ち帰れなかった化石は爆破するわ、挙句に銃撃戦までするわと、大人げないで済む域を逸し戦争と呼ばれても仕方ない、とんでもない騒動であった。
この時の競争により、トリケラトプスやアパトサウルスなど有名な恐竜が多く発見され、アメリカの恐竜研究が進んだのも事実である。
しかし上述のように貴重な化石を爆破までしていた上に、コープもマーシュも後世の検証では誤認や二重記載(同じ恐竜に別の名前を付けてしまう)を多々やっていたことも明らかになっており、恐竜研究に与えた影響はプラスとマイナスどっちが大きいかはわかったものではないとも言われている。
ちなみに、もともとはコープとマーシュは仲が良かったのだが、ここまでいがみ合うことになった理由と言われているのは、「コープの復元したエラスモサウルスの骨格の組み立てミスをマーシュが指摘したため」という、
く だ ら ね え
としか言いようのないものである。
ニュートンとライプニッツとか、ダ・ヴィンチとミケランジェロとか、天才同士がケンカすることによって結果的に科学や文化が大きく発展するというのは歴史上よく見られるパターンだが、文字通りのドンパチをやった科学者なんてこの二人くらいだろう。
そしてアンフィコエリアスとは、このグダグダ化石戦争の仇花とも言える恐竜である。
そもそも最初にアンフィコエリアスと名付けられたのは、コープが発見・命名した「アンフィコエリアス・アルトゥス」という竜脚類(いわゆる雷竜)のディプロドクスに近縁とされる恐竜である。
体長は25メートルで竜脚類としてはそこそこ大型、といった程度のサイズである。
しかし、現在アンフィコエリアスの名前が取りざたされる時には、議題になるのはこのアルトゥス種ではなく、1877年に記載された「アンフィコエリアス・フラギリムス」という種である。
このフラギリムス種は、現在に至るまでたった一個の脊椎骨(要するに背骨の一個)しか発見されていない。
その脊椎骨は、実に1.5メートルの高さであり、破損部分を復元すると2.4メートルに達するとされる。
では、この脊椎の持ち主の全長はどのくらいだったのか。
前述の、同属のアルトゥス種のプロポーションに当てはめて推定すると、実に全長60メートルという数値が得られた。
60メートルである。
2024年現在、完全に近い骨格が発見されている中で最大級とされる恐竜は、33メートルのディプロドクス(かつてはセイスモサウルスと呼ばれていた個体)、35メートルのマメンチサウルスなどである。
60メートルとは、実にその二倍近い。
なお現生最大の脊椎動物の
シロナガスクジラの最大全長が33メートルなので、60メートルとは海陸問わず、まず間違いなく脊椎動物史上最大である。
建物で言えば、高さ60メートルだと20階建てに相当し、タワーマンションと呼ばれる範疇に入ってくる。
初代ゴジラの公式身長は50.1メートルなので、この恐竜は
ゴジラよりもでかい。
シン・ウルトラマンの全長が60メートルなので、ようやく勝負できるサイズである。
そんな巨大な恐竜の化石なら、一目見て見たいと誰でも思うだろう。
ところが、現在このアンフィコエリアス・フラギリムスの実物化石がどこにあるのかは、誰にもわからない。
この化石は移送中に紛失したとしか思えない状況で行方不明になっており、現在ではコープによる化石のスケッチしか残っていないのである。
なので、現物を調べることもできないし、本当にこんな恐竜がいたのか、誰にも確かなことはわからないのである。
そこで、「スケッチのサイズを書き間違えてるんじゃ」「木の化石の誤認だったのでは?」「ぶっちゃけ化石戦争で負けたくなかったコープのフカシだろ」という意見が相次ぐことになった。
またそもそも、こんな大きな恐竜が生存可能なのか?という疑問もある。
現在までに発見されている中で最も体重が重い恐竜とされるアルゼンチノサウルスやサウロポセイドン、ドレッドノータスは、その巨体故に、体温が40度台半ば近くあったのではないかとされている。
これはおそらく、生物としての限界値である。
これ以上体温が高くなると、身体を構成するタンパク質が変質してしまうのだ。
アンフィコエリアスが属するとされるディプロドクス類は、上記の重量級恐竜たちが属するマクロナリア類よりも体重は軽かったとされているが、それにしても限度があるだろう。
……果たして本当にこんな恐竜がいたのか?コープのスケッチは真実を描いているのか?
恐竜ファンの間では、長年にわたって議論が続いていた。
そこに一石を投じたのが、古生物学者のケネス・カーペンターである。
マラアプニサウルス
21世紀に入ってから、ケネス・カーペンターはアンフィコエリアス・フラギリムスに関する新説を発表した。
それは、そもそもこの化石をアンフィコエリアス属だと考えることが間違っているのではないかというものである。
要するに、カーペンターはこの化石がディプロドクス類のものであるということに疑問を唱えたのである。
コープのスケッチを検討した結果、カーペンターはこの化石はディプロドクス類ではなく、レッバキサウルス類に属する竜脚類のものである、と結論付けた。
レッバキサウルス類とは、脊椎の上部が極端に伸びていることで知られる竜脚類恐竜である。
わかりやすく言えば、スピノサウルスやオウラノサウルスの竜脚類版だと思えばいい。
要するに、このグループは、身体の大きさの割に脊椎骨の長さが異常に長いのである。
この仮定のもとで全長を推定しなおすと、31メートル以下という、遥かに現実的な数値が得られたのである。
実はこの「アンフィコエリアス・フラギリムス=レッバキサウルス類」説は、恐竜ファンの間では以前から囁かれていた仮説であった(カーペンターもそのようなファンの意見を参考にしたらしい)。
それが一気に現実味を帯びたのである。
そこでカーペンターは、この化石をアンフィコエリアス属から外して、改めてマラアプニサウルス属を創設。
アンフィコエリアス・フラギリムスは、マラアプニサウルス・フラギリムスと改名された。
しかし、これでめでたしめでたし
というわけにはいかない。
何しろ実物化石は行方不明のままで、新たな化石も見つかっていないので、本当にこの「レッバキサウルス類説」が正しいのかどうかはわからないのである。
この説の最大の難点は、北米からレッバキサウルス類の化石が見つかった前例が全くないことである。
レッバキサウルス類は基本的に南半球(ゴンドワナ大陸)の恐竜であり、南米などから化石が見つかっている。
カーペンターは、「マラアプニサウルスは最古級のレッバキサウルス類で、その子孫が南米に渡って繁栄した。レッバキサウルス類のルーツは実は北米だったのだ」と唱えているが、さすがにそこまで言い切っていいかどうか、勇み足である感は否めない。
果たしてアンフィコエリアス・フラギリムスはレッバキサウルス類だったのか、それともコープのスケッチの中だけに存在する幻の恐竜に過ぎないのか、はたまた本当に60メートルを超える恐竜が実在したのか。
あなたはどう思われるだろうか?
最後に述べておくと、生前はマーシュと派手に暴れまわり、死後にまで後世の研究者に再分類の手間をかけさせたり、「俺の骨格をホモ・サピエンスの模式標本にしろ」と言い残したり(本当になった)、果ては後世の人々の頭を散々に悩ませるスケッチを残したりと、コープ先生、本当あなたって人は……
追記・修正はアンフィコエリアス・フラギリムスの完全な骨格を発見した人がお願いいたします。
- 実在した存在かもしれないし、インチキ・大げさ・紛らわしいの化身かもしれない。悩ましいね -- 名無しさん (2024-06-04 01:00:28)
最終更新:2024年08月01日 11:35