登録日:2024/12/01 Sun 21:51:39
更新日:2024/12/06 Fri 17:16:36
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SCP-CN-2062は財団中国支部の上席研究員・廖(リャオ)某氏で、2023年1月2日より異常性を発現し、アノマリーとして収容下に置かれている。異常性の内容は、自身の持つ動作への概念・認識が、ひっきりなしに「ランダムに置き換わる」ことにある。例えば、廖氏の話す言葉は15秒から107分までの間隔で、財団の知るどの既存言語にも合致しない、まったく謎の言語体系に置き換わる。財団が廖氏に対し、「愛(Love)」を自分の知る言語でひたすら言うよう求めたところ、廖の発音は2時間で以下のように変化した。
タイムスタンプ |
意味 |
国際音声記号(IPA)で表した近似の発音 |
00:00:12 |
愛 |
mtʰɑːʙʉ |
00:08:39 |
愛 |
d̪eɤ |
00:13:35 |
愛 |
fɜliʔʌtʃa |
00:49:23 |
愛 |
moðe |
01:03:57 |
愛 |
rëv |
01:17:20 |
愛 |
ʔuː |
01:37:24 |
愛 |
æxy |
01:40:55 |
愛 |
tʲerbꞵutɺaɱ hujakʰɪerɛciptʰo |
01:42:31 |
愛 |
ɹvejoː |
01:48:02 |
愛 |
aʔh |
本当に法則もへったくれもない。ちなみに、「tʲerbꞵutɺaɱ hujakʰɪerɛciptʰo」を日本語で無理やり表すと「テルビュートリアムヒューオウキュアレッチーオ」のようになる(IPA読み上げサイトで初稿作成者が聞き取った限りでは)。
SCP-CN-2062の異常性は感情と結びつく動作にも影響しており、「喜び」を体で示す実験では、常人と同じ「微笑む」リアクションの他に、ただ「またたく」だけだったり、「膝を曲げる」「他人の耳たぶを甘噛みする(場合によっては正しいかもしれない)」など、コロコロと表現が変わっていく。
以上のようなことから、SCP-CN-2062とのコミュニケーションは相当に困難を極める。こちらから挨拶しても、廖本人は挨拶を返すつもりで、助走をつけて殴りかかってくる……なんてことも起こりうるからだ。このため、収容室のセキュリティスタッフは廖に対して何もアプローチしないよう、特別収容プロトコルで念入りに指示されている。
ただし、財団が実験を重ねたところ、廖自身は他者の表現や行動の意味を十分に理解していることが判っている。また、廖は財団による現状の措置が妥当であると認識しており、最大限の協力をする意志まで見せている。つまるところ、見かけの言動は狂っていても、中の自我は元の研究員から変わっていないのである。一方で、過去の自身の記録を廖に見せても、当時の言動の意味を理解できず、現在の自己認識と食い違いがあると主張している。認識がランダムに置換された時点で、過去の認識は廖にとって意味不明なものと映るようだ。
Y/Nプロトコル
会話もボディランゲージも絶望的なのに、どうして財団は廖の意志を把握できたのか?
実のところ、財団は簡易的ながらも、廖と意思疎通を図る方法を編み出していた。それが以下に示される「Y/Nプロトコル」である。
付録I - Y/Nプロトコル:
複数の実験から、SCP-CN-2062への安定した行動様式の再建は不可能であるとみなされました。このため、オブジェクトの行動様式に合わせることが、対象との交流を実現する唯一の手段と考えられています。行動様式の変化はランダムで、極めて短いスパンで変わる恐れがあり、なおかつ、過去の単発的交流を参考にすることはできません。したがって、交流プロトコルは可能な限り簡潔なものにしなければなりません。
Y/Nプロトコル
SCP-CN-2062との間で行われる相互交流はすべて「質問・回答」のパターンを基本とします。当方からはYES/NO形式の質問を提示し、オブジェクトは「肯定」または「否定」を使用し、回答を示します。すべての相互交流は以下のテンプレートを厳格に守らねばなりません。
1.当方、質問を述べる。
2.当方、「"肯定"と言い、次に"否定"と言い、それから答えてください」と述べる。
3.SCP-CN-2062、現在認識する母語で「肯定」「否定」と述べ、最後に回答を行う。オブジェクトの発言を検証し、対象の回答を確認する。
4.上記ステップを繰り返す。
ステップ2の省略はできません。質問のたびに繰り返して、交流の様式を確かめ合う必要があります。さもないと、SCP-CN-2062は時間経過で様式に従えなくなり、手順をやり直さなくてはなりません。
ステップ3におけるSCP-CN-2062の回答が、直前に提示した「肯定」および「否定」のサンプルと一致しない場合、質問を繰り返します。これは、オブジェクトの行為が不定な間隔で変化することに起因する、正常な範囲内の現象です。
説明を噛み砕くと、まず初めに「肯定」と「否定」に対応する発音を聞き出した上で、
ドヤ顔ランプの魔神に近いことを財団は行っている。ただ、廖研究員の発音は時間経過で変わってしまうため、定期的にステップ2での確認を挟むことで、意思疎通の維持を図っている。
会話ログ
最後に、Y/Nプロトコルを用いた会話の一例を見ていこう。IPA記号が振られていないので分かりにくいが、実際の音声記録だとSCP-CN-2062は謎の言語で「肯定」「否定」に相当する単語を発していると思われる。廖研究員の意志を分かりやすくするため、本項目では元記事の文章を一部着色している。
<記録開始>
インタビュアー: こんにちは、SCP-CN-2062。気分は良好ですか?"肯定"と言い、次に"否定"と言い、それから答えてください。
SCP-CN-2062: 肯定。否定。肯定。
インタビュアー: 昨日と比べて、ご自身に変わった点はありますか?"肯定"と言い、次に"否定"と言い、それから答えてください。
SCP-CN-2062: 肯定。否定。否定。
インタビュアー: 本日は何か、特別な要求はありますか?"肯定"と言い、次に"否定"と言い、それから答えてください。
SCP-CN-2062: 肯定。否定。否定。
インタビュアー: 行動が定まらない異常性について、あなた自身も研究をなされていることを、我々は把握しています。この点に関して、何か発見はありましたか?"肯定"と言い、次に"否定"と言い、それから答えてください。
(12秒の間、Y/Nプロトコルを示さず。)
インタビュアー: 質問を繰り返します。行動が定まらない異常性について、あなた自身も研究をなされていることを、我々は把握しています。この点に関して、何か発見はありましたか?"肯定"と言い、次に"否定"と言い、それから答えてください。
SCP-CN-2062: 肯定。否定。否定。
インタビュアー: 分かりました。次に述べますのは、定例の情報共有です。回答の必要はありません。
インタビュアー: あなたの受け持つ研究プロジェクトがこの度、 邵茂学博士と蕭筠博士に移管されました。やや時間はかかりましたが、比較的スムーズな引き継ぎでした。両博士ともに、あなたの規範的な文体を褒めていましたよ。なんでも、実験レポートがとても詳細で、記述も明瞭で解りやすかったと。あなたは直前まで、素晴らしい仕事をこなしていらっしゃいました。
それと、標準的な事故死のカバーストーリーが、ご親族様の元に通知されました。そうしなければならないのは遺憾ですが、優秀な財団職員の立場として、必要な措置と理解していただけるものと思います。ご親族は今のところ、皆さん精神的に安定していらっしゃいます。財団のご友人からも、家族のことはこちらで面倒を見るよ、と言付けを貰っておりますので、あまり心配なさらないでください。
インタビュアー: あなたの気分は良好ですか?"肯定"と言い、次に"否定"と言い、それから答えてください。
(34秒の間、Y/Nプロトコルを示さず。)
インタビュアー: 質問を繰り返します。あなたの気分は良好ですか?"肯定"と言い、次に"否定"と言い、それから答えてください。
SCP-CN-2062: 肯定。否定。否定。
インタビュアー: 我々に何か、やれることはありますか?"肯定"と言い、次に"否定"と言い、それから答えてください。
(53秒の間、Y/Nプロトコルを示さず。)
インタビュアー: 質問を繰り返します。我々に何か、やれることはありますか?"肯定"と言い、次に"否定"と言い、それから答えてください。
SCP-CN-2062: 肯定。否定。否定。
インタビュアー: もしも……誰かに、あなたと同じ異常現象が起こったら、あなたの気分は和らぎますか?"肯定"と言い、次に"否定"と言い、それから答えてください。
(18秒の間、Y/Nプロトコルを示さず。)
インタビュアー: 質問を繰り返します。誰かにあなたと同じ異常現象が起こったら、あなたの気分は和らぎますか?"肯定"と言い、次に"否定"と言い、それから答えてください。
SCP-CN-2062: 肯定。否定。否定。
<記録終了>
備考: 会話の終了後、SCP-CN-2062は右手人差し指の爪を引き剥がした。鎮静ガスの注入後、サイトの医療チームが収容ユニットに進入。対象を止血し、包帯を巻いたものの、大事に至るものではなかった。当行為の意味を知ることはもはや不可能である。
SCP-CN-2062の行動認識はランダムに置き換わるため、最後の行為が果たして何を意味していたのかは分からない。本人にとっては「頭をかく」ような、何気ない行動かもしれないし、「喜び」を微笑みで示したことがあるように、本来とるであろう行動に近いもので、感情を表した可能性もあるだろう。いずれにせよ、当時のオブジェクトの真意は今や、記録を読んだ者の解釈に委ねられるのみである。
追記・修正は眼球を時計回りに3回回し、「fɜliʔʌtʃa」と短く呟きながら左脇だけで打鍵してお願いします。
- 『正直村』的な方法で答えを引き出してるのか -- 名無しさん (2024-12-01 22:52:33)
- インプットと内部処理は正常でアウトプットだけが狂ってしまってるのか -- 名無しさん (2024-12-02 13:02:23)
- 自傷行為したところで「リャオ博士…辛いんだな」って思ったけど解説読んでハッとした 本人的には「爪剥ぎ(気さくな挨拶)」してる可能性もあるのか面白い記事だ -- 名無しさん (2024-12-02 14:07:40)
- 翻訳版で引用されているCNの読者のコメントが切ない -- 名無しさん (2024-12-02 22:27:05)
最終更新:2024年12月06日 17:16