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一年に一度しか会えなくて。雨が降ってしまったらまた一年会えなくて。
貴方達はそんな日々を一体いつまで続けていくのだろう。
私はきっと、耐えられない。だって出会ってしまったから。

皆さんがどう思っているかは分からないけど、私にとって大切な皆さんと。

* * *

『学校が終わったら寮に来て下さいね』
そうなっきぃに朝のHRで言われて私は舞と栞菜と共に寮への道を歩いていた。

皆さんが必死に嘆願して下さったおかげで、私は以前よりも行動範囲が広がって
憧れていた普通の女学生というものを満喫出来ているような気がしている。
あとは栞菜とお会いした時のようにファーストフード店やゲームセンターなどにも
行ってみたいのだけど、そんな事をしたらめぐの雷&なっきぃのお説教が来そうだわ。

「……ねぇ、千聖。舞の話、聞いてる?」
「えっ? あら、ごめんなさい。少し考え事をしてしまったわ」
「もうっ! 今度は聞いててね。千聖はさ、何をお願いするの?」
「? お願い?」
「今日は七夕でしょ。短冊に書くお願い事」
「舞ちゃん!」
「あっ! ま、まぁ言っちゃったものはしょがないじゃん。栞菜」
「ほんと、舞ちゃんはお嬢様が関わると冷静さを欠くんだから」
「ごめん」
「栞菜? あまり話が見えないのだけど」

「もうこの際だから言っちゃいますね。寮生の皆で七夕の飾り付けをしてるんです。
で、驚かせたいから当日にお嬢様もお誘いしようって事になったんです」
「もう、ほとんど出来ててあとは皆で短冊を書くだけなんだよ」
「わ、私もご一緒していいの?」
「へっ?! 何言ってるんですか?」
「そうだよ。何言ってるの、千聖」
「「今更、当たり前じゃない(ですか)!!」」

にっと聞こえてきそうな笑顔を浮かべている二人。
最近、いろいろあり過ぎてすっかり忘れてしまっていた。こういう人達だっていう事。

「ウフフッ。じゃあ、早く行きましょう」
「ちょっと、千聖! 走んないでよ」
「そうだかんな! お嬢様速いんだから」

三人で戯れながら寮に着くと舞が庭へと案内してくれた。
そこにあるのは一本の大きな笹。
すでに色とりどりの折り紙で彩られているそれはとても綺麗だった。

「凄いわ。皆さんでこれを?」
「当たり前じゃん。他に誰がいるの?」
「って舞ちゃん。不器用だからってわっかつづりしか作ってなかったじゃん」
「そ、そういう栞菜だってなんだかんだ言って愛理にやらせてたじゃん」
「「むぅぅぅぅぅ」」
「ちょっ、ちょっと二人共」
「あ、お嬢様。来て下さったんですね」
「あ、なっきぃ。ええ、とても綺麗だわ」
「キュフフ。ありがとうございます。皆で頑張ったんですよ。
さ、短冊を書きに行きましょう。みぃたん達が待ってますよ」
「ええ」
「「ちょっと! 置いて行かないでよ!」」

睨み合っていた二人を置いて私はなっきぃと一緒に寮内へと向かった。
玄関を開けるとホールでえりかさん、舞美さん、愛理が短冊を手にしている。

「あ、お嬢様。はい、これ。お嬢様の分の短冊です」
「ありがとう。舞美さん」
「ね、千聖。短冊の色を見てみて」
「短冊の色? 私のは青ね」
「それね、愛理がそれぞれのイメージカラーの短冊を探して買って来てくれたんだよ。
ちなみにうちは黄色」
「私、ピンク!」
「私はオレンジです」
「ま、舞は紫!」
「か、栞菜は赤だかんな!」
「あ~。おかえり、二人共~」
「「なっきぃ! 気持ちが篭ってない!」」
「ウフフッ。それで肝心の愛理の色は何色なのかしら?」
「えへへっ。何色でしょう」
「そうねぇ。愛理は河童が好きだから黄緑とか緑色系かしら?」
「正解! さ、早速書きましょう。カラーペンも用意したんですよ」
「ええ。書きましょう」

◇ ◇ ◇

それぞれがそれぞれの願い事を書いていく。

私の……私の願い事は何かしら?
自分の意見を他のクラスメイトの方々に伝えられるようになる事?
それこそファーストフード店に行ってみる事?
普段憧れている事をいざお願い事という形にしようとするとふっと消えてしまった。

そんなもやもやとした心の中、聞こえてきた寮生の皆さんの会話。

「雨、降らないといいね」
「そうだね。織姫と彦星が会えなくなっちゃうもんね」
「えっ? 雨が降っても会えるんじゃなかったっけ?」
「違うよ。雨が降ったら天の川の水嵩が増して橋を渡れなくなっちゃうんだもん」
「橋を架けてくれる鳥って何て名前だっけ?」
「カササギだよ。佐賀県の県鳥になってるんだって」
「……でもさ、淋しくないのかな。織姫と彦星」
「そうだよね。一年に一度しか会えないものね」
「私、無理だなぁ。好きな人と一年に一度しか会えないの」

“一年に一度しか会えない”

その言葉は私の胸の奥まで入り込んできて、傷を付けた後ゆっくり開がっていく。
それは私が感じていた不安。だって私と皆さんの関係は……

「お嬢様はどう思います? って、何で泣いてらっしゃるんですか?!」
「え、ちょっ? 何、どうしたの千聖?!」
「何処か痛いの? 千聖」

皆さんが心配している声が聞こえる。けど私はただ泣く事しか出来ずにいた。
そんな私の事を一番分かっているのはやっぱり舞だった。

「また、不安になる事考えてたんでしょ。千聖の悪い所だよ。
『そういう事は一人で考えちゃダメ。舞に相談する』。 そう約束したじゃん」
「……舞ちゃん、一人でそんな約束してたんだ。なっきぃ、知ってた?」
「……ううん、知らない。今のは聞き捨てならないよね、栞菜」
「い、今は舞の事より千聖でしょ! ほら、さっさと話す!」

舞の気迫に押されて、私は俯きながらもぽつぽつと話し始めた。

「さっき、織姫と彦星の話をしてらしたでしょう」
「ええ。雨が降ったら会えないって話を」
「それで私、怖くなってしまったの。“一年に一度しか会えない”という事に」
「お嬢様は誰かお会いしたい人がいるんですか?」
「…そうじゃないの。今は私、寮の皆さんと一緒にいるけど皆さんが卒業したら
当然この寮にはいらっしゃらなくなるわ。
皆さんがそれぞれの新しい環境で新しい生活を始める。それは素晴らしいことだけど」
「だけど?」
「皆さんに会えなくなってしまうのが怖くなったの。皆さんは私の大切な方達だから。
今、一緒にいられるのはお嬢様と寮生の関係だからなんだって…って、痛いっ!」

ふいに額に痛みを覚えて顔を上げる。
そこには怒りに顔を滲ませた舞がデコピンをした後の格好で私を見ていた。

「馬鹿っ! 千聖は馬鹿だ馬鹿だって思ってたけどここまで馬鹿だとは思わなかった」
「だ、だって本当のことでしょ」
「お嬢様、舞ちゃんの言う通りです。馬鹿です」
「か、栞菜?」
「うん、馬鹿だね。私が言っちゃうのも変だけど馬鹿だね」
「え、えりかさん?」
「私は…ううん、私達はお嬢様をお嬢様と寮生だけの関係だなんて思ってませんよ」
「ま、舞美さん」
「ケッケッケッ。皆、お嬢様の事好きなんですよ。
一年に一度しか会えなくなったって、この先会うことがなくなったって」
「あ、愛理」
「キュフフ。お嬢様、知ってます? 有名な霊能者の方が言ってたんですけどね。
人は離れた場所からその人を思うだけでもその思いは伝わるんですって」
「思うだけでも…伝わる?」
「私達がここから卒業してもお嬢様を思う気持ちは変わらないって事です」
「な、なっきぃ」

私、何を不安になってたんだろう。
こういう方達だからずっと一緒にいたいって思ったんじゃない。

「……ごめんなさい、すっかり興醒めしてしまったわね」
「全然平気ですよ。それにお嬢様の気持ちが聞けて嬉しかったですし」
「それより、短冊書いて下さいね。お願い事あるんでしょう?」
「えぇ。今やっと思いついたわ」
「まぁ、書く事は分かりきってますけどね」
「そうだよね。だって私達、同じ事を一枚書いてるもんね」
「あ、あの。それってやっぱり…」
「「「「「「いつまでも大切な人達でありますように」」」」」」
「ウフフッ。素敵だわ」

私が書き終わるのを待って皆さんで庭へと向かった。
七色の短冊が増えた笹はより一層綺麗に見えて思わず見惚れてしまう。

「あ、月が綺麗に出てる」
「じゃあ、星も見えるかなぁ?」
「けど折角会える二人の邪魔をしたくないかも」
「それもそうだね」

一陣の風が吹いて七色の短冊が静かに揺れた。
私達の思いを乗せて静かに天へと昇って行くような風のような気がした。



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最終更新:2013年11月24日 10:46