その殺し屋のような目で僕をじっと睨んでいた熊井ちゃんが、低い声で僕を問いただしてくる。
「もぉ軍団舎弟部門のくせに、何で軍団のリーダーの言ったことを守れないの?」
なんだよ、その舎弟部門って。(他にどんな部門があるんだろう・・・)
まぁいい。
熊井ちゃんの言うそんなことにいちいちツッコむほど僕は初心者じゃない。
それより、また自分のことをリーダーって言ってるけど。
本当にリーダーになったのなら、もっとどっしりと構えて欲しいよ。
上に立つ人があまり細かいことまで言ってくるのは、組織の士気というものに関わると思う(キリッ
その点、桃子さんの頃は良かったな。
他人のやることをあまりクドクド言う人じゃなかったし。
まぁ、それはそれで別の面で色々とおっかない人だったけど。
その頃は全く思ってなかったけど、今となっては桃子さんの時代が懐かしいよ。 (ちょっとぉ、なにその過去形は!)
「最近さぁ、もぉ軍団の規律が低くなってきてるような気がするんだよね」
なんで僕を睨みながらそんなことを言うんだよ。
「うちがもう一度しっかり立て直さなきゃダメだ。うん」
・・・もぉ軍団って、どこに向かってるんだろう?
今度梨沙子ちゃんに会ったら、一度それを聞いてみよう。
「全く、もう・・・」
あきれかえった様子で僕を見ている熊井ちゃん。
おもむろに、話しを元に戻してきた。
「抹茶ーず。の初会合を無断で欠席なんかしたんだから、覚悟は出来てる? うん、もちろんそれは諦めて」
「えっ? 諦める、って何を?」
まさかとは思うけど、もう命は諦めろとか、そういう話しなのだろうか。
その言葉を聞いて、僕はビビりまくった。
覚悟を決めろだなんて、どんな恐ろしい制裁を言い出すって言うんだ・・・ 恐ろしすぎる。
一瞬間をためてから熊井ちゃんが真顔で僕に言う。
「残念だけど、抹茶ーず。に入るのは諦めてよね」
熊井ちゃんの言葉はそこで終わった。
あれ? それで終わり?
僕のしたことは、舞ちゃんに会ってたことで熊井ちゃんの言いつけをぶっちぎってしまったという背筋の寒くなる行為だ。
そんなの、どう考えてもタダで済むはずがない。僕はそれなりの覚悟を決めてここにやって来たのだ。
にも関わらず、そのことへの制裁どころか叱責さえも大して受けることが無いなんて。
しかもその結果、そんな訳の分からないグループには入らされずに済んだのだ。
何という結果オーライ!
心の中で喝采を叫んだが、一応残念そうな顔をしておくか。
「で、こんな時間までどこで何をしていたの?」
・・・終わりなんかじゃなかった。
食いついてくるのは、あくまでもそこだったか。
そりゃそうだよな。相手は熊井ちゃんなんだ。そんな僕に都合のいいような展開になるわけがない。
でも、その質問に僕は答えられなかった。
正直に答えるべきか、まだ迷いがあるから。
また無言になってしまった僕を見て、熊井ちゃんの詰問は続く。
まずいな・・・
熊井ちゃん、ちょっと興奮してきちゃってないか。いやーな感じがするぞ。
「電話しても全然つながらないし」
「僕に電話を? かかってきてないけど?」
「ケイタイの電源切ってたでしょ。ちゃんと分かってるんだからね」
「えっ? あれー?いつの間にか電池切れになってたみたい。全く気付かなかった」
僕のその反応に熊井ちゃんがカッと目を見開いた。
マジ怖い。
「まだ電池の残量70%はあったでしょ。それが何でいきなり電池切れになるのか説明してみなさいよ!」
なんで僕のケイタイの電池残量とか知ってるんだよ。
そっちの方を説明してほしいよ。
「あのさ、事の重大さが分かってるの?」
僕の恐怖感を高める熊井さんの真顔。
「うちの命令を無視したってことなんだよ? いい度胸してるよね」
熊井ちゃんが僕に言ったことは、「お願い」などではなく「命令」という認識だったんだ、やっぱり・・・
それにしてもこの人の言ってること、ホント異常でしょ。どこのおっかない組織なんだよ、もぉ軍団。
「じゃ、もう一度聞くよ。どこで何をしてたの?」
今はとっても高圧的な態度で僕を見ている熊井ちゃん。
いつもの熊井ちゃんにすっかり戻ってしまったようだ。
しかし、これは返答に気を使うな。
使う言葉には気をつけなければ。
ヘタなこと言うと、また今日も帰れるのが遅くなってしまう。
沈黙を続けている僕に、熊井ちゃんが大きな声を出す。
「わかった。また小春に何か用事でも言いつけられてたんでしょ?」
「違うよ! だいたい何でいきなり小春ちゃん?」
「まったくー。また小春か」
「だから、違うって!」
「まぁ、小春の用事ならいいんだよ。小春とはあの時にちゃんと話しを付けてるからね」
「熊井ちゃん聞いて! 小春ちゃんは関係無いから」
「でも小春の所と仕事が被るなら、そのうちまた小春ともぉ軍団でミーティングの機会を設けて話し合わなきゃね」
なにそれ怖い!!
「そもそもさ、何か勘違いしてない?」
「勘違いって・・・どういうことでしょう?」
「なってないんだよね、うちの話しを聞く態度がさ。もしかして軽い気持ちで聞いてるんじゃないかってこと」
「うちの言ってることをいつもちゃんと真面目に聞いてるの?」
熊井ちゃんは僕にとってそんなに偉い立場の人だったのか・・・
うん。そのような熊井ちゃんの言うことをいちいち全部マジメに聞いてたりしたら大変なことになっちゃうよ。
なんて即座に思ったけれども、決してそれを顔に出したりはしない。
「き、聞いてるじゃん、いつだって。ちゃんと真剣な態度で」
「ももがリーダーだった頃はももの言うことにはいつも素直に頷いちゃってたくせにさ」
そうだったっけ?
「桃子さんの言うことに? 頷いたりしてた? 僕が?」
「ほら、そうやってうちの言ったことにはすぐ反論するよね」
反論なんかしていない。聞き返しただけじゃないか。
そういう訳の分からないことを言い出すから、熊井ちゃんの言うことにはひとこと言い返したくなるだけなのだ。
なのに、それを彼女への反論と取られてしまうなんて、そりゃ僕の立場も苦しくなるわけだよ。
てか、僕ぐらい素直に熊井ちゃんの言ってくることを最後まで聞いてあげてる人間はいないとさえ思うのに・・・
だいたい、桃子さんは命令とかそんなことをあまりしてくるような人では無かったと思うけど。
あの人は面白いことが大好きだけど、偶発的な出来事の中にこそ面白さがあると思ってるみたいだから。
それゆえ、僕にあれをやれこれをやれというような、そういう命令をしてきたりはしない。
いつだって、そういう状況を桃子さんが作って、そこに僕を放り込んで面白がるだけだ、あの人は。
対して、熊井ちゃんはそれこそ会うたびに、僕にあれやれこれやれと無理難題を言ってきますよね。
熊井ちゃんの場合は面白がってとかそういう遊び心やいたずら心ではなくて、それこそ直接的な欲求の表れとして僕に命令するわけで。
そう、それはまさしく、親分子分の関係だ。(どうなのよ、それは)
いま熊井ちゃんは僕に対して「なんでうちの言ったことにはすぐに反論するのか」というようなことをおっしゃいました。
その答えは、それは反論したくなる(ていうか、せざるをえない)ことを言ってくるのが、熊井ちゃんだけだから、です。
僕がその反論とやらをするかしないかっていうことの要因は、僕に対するその無茶振りの頻度の差なのではないでしょうか、と僕は思います。
正論だ。
見事なまでの正論を僕は述べている。
だが、僕のそんな理屈など、この大きな熊さんの前では全くもって無力なのだろう。分かりきったことだけど。
この人が生まれ持っているその超絶熊井理論にかなうものなど、この世界には存在しないのだから。
最終更新:2013年11月24日 11:36