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山道を歩き終わり、ふもとのバス停まで下りきる。

ずっと膝を気にしながらここまで歩いてきたが、特に変化もなかったみたいで。
痛みも出てきてないし、大丈夫だったかな。

でも、なんとなく違和感があるような感じはする。
気のせいかもしれないけど、わからない。

これは、もうしばらくは様子を見なければいけないかも。



帰りのバスを待っているとき、口数の少なくなった僕の顔を熊井ちゃんが覗き込んできた。

「さっきからどうしたの?」
「・・・いや、ちょっとね。山道を下ってきたら、膝になんとなく違和感が出てきて」
「違和感って?」
「なんか、いつもと違う感覚なんだ。説明しにくいけど」
「痛むの?」
「今は痛むってほどの痛みは無いんだけど・・・そのうち出てきそうな感じ」

それを聞いた彼女がニヤリと笑う。
考えてみれば、今の僕のセリフは自らの弱点を暴露するようなものだった。

なに、そのいやーな感じの笑い方は。
怖すぎる・・・

まさか・・・

そこを狙って攻撃を仕掛けようとか考えてる?
そんなことはしないよね、いくらなんでも。


僕の背後をとろうとする熊井ちゃん。
美人さんのその楽しそうな顔が、僕の恐怖心を煽る。
思わず後ずさりしてしまった。

ちょっと!お願いだからやめて!熊井ちゃん!!
シャレにならないから!!


「マジでやめて!! 僕の右膝は爆弾をかかえてるんで。特に膝カックンとか、それだけは絶対にしないでね。熊井ちゃん」
「膝って、前にケガしたところと同じところなの?」
「うん」


僕の顔を見た熊井ちゃんが今度は真顔で聞いてきた。

「大丈夫?」
「まぁ、これも慣れっこだから。今までもだましだましやってきたし」


それでも、この感じは今までにない不安定感だ。
いよいよ、その時が来たんだろうか。

バスの車内、熊井ちゃんは一番後ろの席に座った。
熊井ちゃんとバスに乗ると、彼女はいつもこの席を選ぶ。

ここが一番偉い人の座る席、ということなんだろう。
日本代表のバスではカズがいつもこの席だったように。

僭越ながら、その隣りの席に僕は座らせていただく。


「僕の膝ね、いつかは手術しなきゃいけないんだ」
「手術・・・」
「体がまだ成長期だから保留してたんだけど、それが一段落したところで手術しましょうって、ケガしたときから医者には言われててね」
「そうなんだ・・・」
「だからそろそろなのかな、とは思ってるんだけど。やっぱり手術っていうとちょっと怖くてさ・・」

僕の話すことを聞いていた熊井ちゃんが僕に向き直った。


「ケガをしたところ、そんなに悪いんだ」
「膝っていうのは、放っておいても直るもんじゃないからね。だから、ケガしたときから基本的には同じ状態で・・・」

僕の説明を聞いた彼女が、一呼吸おいて静かに呟いた。


「かわいそう・・・」


“かわいそう”とか、熊井ちゃんから僕に対してそんな言葉が出るなんて、夏なのに雪でも降るんじゃないのw
なんて、突っ込もうかと思っていたが、僕は熊井ちゃんのその顔を見て驚愕してしまったんだ。

だって、あの熊井ちゃんが目を潤ませて僕を見ていたんだから。

熊井ちゃんは、今にも泣きだしそうな顔になっていた。


えぇっ!?

ああ見えて、実はすぐに貰い泣きするような、心優しい大きな熊さん。

でも、そんな姿、学園の生徒さんに対してしか見せないもんだと思ってた。
それなのに、僕がそれを見ることが出来るなんて!

僕の話したことに貰い泣きしそうになっているっていうのか、熊井ちゃん。
普段は僕に対してその不遜な態度を決して崩さない、あのもぉ軍団自称リーダーが!?

本当に、何か特異なことの前触れじゃないだろうか・・・・


「じゃあ、命あるかぎり一生懸命に生きようね。うちも手伝うからさ」
「・・・いや、手術って言っても、そんな命に関わる大手術ってわけじゃないから、そこまで大げさなことでは・・」
「大丈夫!気持ちを強く持って!! 大丈夫だから!!」
「・・・・うん。・・・・・頑張るよ・・」

熊井ちゃんの頭の中では、僕は不治の病に侵されているか何か、そんな感じらしい。
命あるかぎりって・・・・

まぁ、それで僕に優しくしてくれるんなら、その方がいいや。
ことさら訂正することもないだろう。

これで熊井ちゃんに優しくしてもらえるなら、そりゃ棚ぼた的な儲けもんだ。
ケガではちょっと痛い思いしたけど悪い事ばかりじゃないのかもな、なんて思っていた。

でも、やっぱりおかしい。座っているだけでもうずくような感覚。
どうやら膝の調子がいつもと違うのは間違いないみたいだ。


「とりあえず今日は安静にして様子を見てみる。弟熊君とラジオ体操に行けないのは無念だけど」
「うん、わかった。明日は良くなってるといいね。お屋敷に行けるように」
「弟熊君に謝っておいて。一緒にラジオ体操行く約束だったのに行けなくて本当にゴメンって」
「謝らなくていいよ。しょうがないことじゃん」
「でも、やっぱり弟君には申し訳ないから。弟熊君に僕が謝ってたって伝えておいてね」
「だから、いいって言ってるでしょ! なんで弟にはそんな低姿勢なわけ?」

熊井ちゃんの表情が険しくなる。
あれ?何か彼女の気にさわるようなこと言ったかな。

「うちがいいって言ってるのに、弟にそんな謝罪の言葉を並べるなんてさ。
なんかうちに対する態度と違くない? ひょっとして、うちよりも弟の方を重要だとか思ってたりするの?」

熊井ちゃんの怒り出すポイントはホントよく分からないよ。
うちのときと違う!って、僕が熊井ちゃんを軽視したことなんか、そんなことただの一回だって無いのに(怖いから)・・・


「で、でも、明日のお嬢様のお屋敷には行けるようにするからさ」
「そんな無理しない方がいいよ。明日も家でおとなしくしてなって」
「いや、お屋敷に行くってのは、それは熊井ちゃんとの約束だから。必ず行きます!」

お屋敷でプールなんていう一大イベントを前に家で休むなんて、そんなことはありえない!(水着!!)。
なんとしても行かなければ。
だから、もう一度念を押す。


「必ず行くよ! だって、それは熊井ちゃんとの大事な約束なんだから!!」

そんな約束はしてなかったと思うけど、今はその設定で押し切ろう。


「そっか。それなら何も言わないけどさ」

そんな僕の真剣な物言いに、実際熊井ちゃんはそれ以上なにも言わなかった。


我が身を捧げてまでも、熊井ちゃんとの約束を果たそうとする僕。
その約束の先には、お嬢様のお屋敷のプールではしゃいでる皆さんの水g

我ながら、話しの持って行き方が上手かったのではないだろうか。
まさに一石二鳥だ。

熊井ちゃんは、僕の話しを丸っきりそのまま信じてくれたようだ。

そんな彼女を見ると、ちょっと良心の呵責に苛まれたけれど。ほんのちょっとだけ。
でも、翌日プールで見れるはずの光景を思うと、すぐにまた僕の脳内は夢の世界へといざなわれていったのだった。


だが、そんな邪な考えをしていたから、バチが当たったのかもしれない。


やっぱり神様はいつだってちゃんと見ているんだ。



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最終更新:2013年11月25日 00:00