「えりかさん・・・」
「うぅ・・・ごめん」

まだ涙は収まらない。いつもの桃子とは違う、リアルに怖い一面を見せられたから、かなり動揺してしまっている。

「そんなに泣かないでください」

千聖は私の頬に手を当てて、チュッと唇を吸った。

「・・・千聖?」
「気持ちいいことしたら、気持ちが落ち着くかも知れないわ」


間接照明に照らされた千聖の顔は、やけに大人びて見えた。子供っぽい普段の印象がガラリと変わる、私の心を惹きつける千聖の2面性。
うっかりその表情に見とれていたら、いつのまにかベッドに押し倒されていた。


「ちょっと・・・んン」

子猫がジャレついてくるように、千聖は体を擦り付けて甘える。

「ふふ、えりかさんのお胸、柔らかいですね」
「あっ、だめだって・・」

さっきのお返しとばかりに、千聖は執拗に私の胸を触る。・・・あ、結構うまいかも。私の反応を見ながら、添えた手の力を強めたり弱めたり。

「うふふ」

黒いビー玉をはめ込んだように輝く三日月の形の瞳が、穴が開くほど私のオッパイを見ている。

「ここも、綺麗な色ですね。ピンクで」


「ち、千聖!そういうこと言わなくていいから!」
「あら、どうして?千聖のとは全然違うわ。お肌も白くて、お人形みたい・・」


可愛い顔に似合わないいやらしい手つき。無邪気なのにエッチな賞賛の言葉。千聖の変貌に驚きつつ、じわじわ沸きあがる気持ちよさを抑えられない。
私は無意識に手を伸ばして、千聖の頭を顔の前に引き寄せていた。

無言で見つめあった後、私に覆いかぶさっていた千聖の顔が近づいてくる。


「ん・・」


触れ合う部分全てが温かい。
千聖の体はしっかり筋肉がついているけれど、ちゃんと女らしい柔らかさを兼ねている。「ちーは抱き心地がいい」なんて舞ちゃんが言ってた事をふと思い出した。たしかに、こうして千聖の重みを感じながら、肌を合わせているだけで心が落ち着く。



「・・・ありがとう、千聖。もう落ち着いたから」

たっぷりその肌の感触を楽しんだら、さっきの涙はもう余韻もなくなっていた。目、腫れてないかな・・・あとで冷やさないと。


「え・・・で、でも・・・えりかさん・・・もう少し」
「大丈夫。またウチが気持ちよくしてあげるから。ね?」


髪に手を通して撫でると、千聖は少しほっぺたを膨らませた。・・・拗ねてる?お嬢様の千聖がこんな顔をするのは珍しい。


「どうしたの」
「だって・・・」


そんな表情とは裏腹に、思いっきり抱きついてくるのが可愛らしい。耳元でフガフガモゴモゴと何か言ってるけど、ちょっとよく聞こえない。


「なぁに?」


「・・・だって、いっつも、千聖ばっかり・・・・だから・・・えりかさんも、気持ちよく・・・」

唇を尖らせて、私の耳を軽くカプッと噛んできた。


「あはっくすぐったいよ。・・気にしなくていいんだって。ウチは千聖が気持ちよければ気持ちいいから」
「でもでも、」


千聖は私のおなかや腰を撫でたり指先で辿ったりしている。自分の弱いところだから、私もああいう反応になると思ったみたいだけど、残念なことに私は別にそこらへんは弱くない。

「・・・千聖では、えりかさんに気持ちよくなっていただくことはできないのかしら・・・・」


千聖はしょんぼりうつむいて手を止めてしまった。


「もう、そんなに落ち込まないで。あのね、人によって気持ちいいとこって違うの。ウチのいいとこは千聖とはまた違うだけ」
「そうなんですか・・・。私、ずっと気になっていて。与えていただくばかりで、千聖はえりかさんに何も返して差し上げられないから。」
「千聖・・・」


そんなことを考えていたなんて、全く予想も出来なかった。
考えてみれば、今まで千聖にいろいろしてもらうということはなかった。私が一方的に触れるだけ。
処理(・・・)は自分でどうにでもできるし、それを千聖に望むのは酷な事のように感じていたから。まぁ、ほら、単にあの瞬間の顔を見られたくないというのも。はい。


「・・・ウチは、千聖に触りたくて触ってるんだから、こうしてウチと一緒にいてくれるだけで、十分嬉しいよ。与えるとか返すとか、そんなの考えなくていいんだよ。」
「でも・・・」
「ちゃんと好きだから、千聖のこと。じゃなきゃこういうことはできないよ」


千聖は小さく息を呑んだ。

「本当に・・・?好き?」
「うん、大好き」


体を起こして、千聖を膝に乗せたまま顔を近づける。
千聖の瞳はどこまでも澄んでいて、穢れも曇りも感じない宝石のようだった。小さい頃、ママの宝石箱をこっそり開けて見た深い茶色のトパーズのような・・・


「ごめんね」
「えっ」
「あ・・・ごめん、何か・・・」


無意識に口をついて出たのは、謝罪の言葉。同時に、また涙が落ちた。
ごめんって、何が。正直、謝らなければいけないことは結構たくさんありすぎて、どれについての「ごめん」なのか自分でもよくわからない。


千聖からエッチを仕掛けてくるのを拒んだこと?
それとも、今更千聖の気持ちに応えるって決めたこと?
年上なのに、すぐメソメソ泣いて驚かせちゃうヘタレなこと?


「うぁー・・・」

考えれば考えるほど、自分がダメ人間のような気がして、私は頭を抱えた。情けない。本当に、何もかもが“今更”って感じで。


「ありがとうございます、えりかさん。」

そんな私の百面相をしげしげと眺めていた千聖は、やがてウフフと小さく笑いながら、首に手を回してきた。


「千聖も、えりかさんが大好き」
「うん」


自然に体がベッドに倒れこむ。今度は横向きに、向かい合ったまま。


「千聖、胸くっつけていい?」
「ん・・・・」


抱き寄せると、胸がふにゃっと形を変えてくっつく。柔らかいもの同士が触れ合って、感覚の鋭い先っぽが弾きあって、ビリッと電流が走る。


千聖と私はだいぶ身長があるから、これをする時は、いつもは上目で見上げてくる千聖と顔が近くなって嬉しい。
桃子や愛理みたいに無意味に(ていうか無意識に)顔を近づけられるのはちょっと苦手だけど、こういうことしてる時は、むしろ息がかかるぐらいのところで、しっかり見つめあうほうがいい。
子供みたいなちっちゃい顔の、ちっちゃいパーツが、私の手がもたらす感覚で蕩けたり惚けたりするのを見ると、幸せな気持ちになる。


「はぁ・・・」


甘くてじわじわした刺激を何度も繰り返していると、千聖は熱に浮かされたようなようなため息を一つついて、急に体の力を抜いた。


――これは、もしかして・・・


「千聖・・・?」

ゆっくり瞬きをして、再び私と目を合わせた千聖。キュッと唇を閉じて、刺すような視線を向けてくる。不審者、を見る目に近い。・・・さっきまでのお嬢様の柔らかい顔つきじゃない。ということは


「あー・・・えりかちゃ・・・えりか。」
「・・・はい」


私の胸に手をついて、「よいしょ」なんて言いながら、勢いよく体を離す。


「またですか」
「・・・そうです」


ベッドにあぐらをかいて座った千聖は、私のつまさきから頭までじっくり眺めて「えりかちゃん、すごい格好」と薄く笑ってバスローブを直してくれた。自分は裸なのに、何て男前!

「・・・今日のことは、どれぐらい覚えてる?」


千聖はお嬢様の時の記憶を部分的に失くしていることがあるから、そこは一応確認。

「買い物して、何かお屋敷みたいなの行って、あいりんと舞ちゃんと合流して、ご飯食べて、観覧車乗って、舞ちゃんにチューされて、お風呂でえりかちゃんに指突っ込まれたのは覚えてる。まだちょっと痛いし。」
「・・・・すみません」


「別にいいよ。私がやってって言ったんでしょ。よくわかんないけど。」

千聖はぴょんとベッドから飛びのいて、観覧車の見える方へ歩いていった。


「えっ、ちょっと、続きしないの?千聖ぉ」

名残惜しくて思わず追いかけると、千聖はニヤッと笑って私の手をかわした。


「あはは」
「もう、千聖ったら!」

大分テンションが上がっているみたいで、猫みたいにちょこまかと部屋中を駆け回る千聖。しかも裸で!

「待ってよー、ウチ舞美じゃないんだから、追いかけっこの相手は無理だって!」

こんなに必死になってるのは、千聖のたゆんたゆんがたゆんたゆんと揺れながら私を誘惑するから。
いかにも小生意気そうな顔で、ソファからバスルーム、トイレまで走り回って、千聖は私を翻弄する。またムラムラが湧き上がってきて、私は「ちしゃとおおおお」と叫んでピョーンと飛び掛った。


「うわあ」

幸か不幸か、ちょうど私を横切ろうとしたところだった千聖は、ラリアットをくらった状態になって、一緒にベッドに倒れた。


「あはは・・・」

また千聖がふざけだそうとする前に、私は両手首を掴んだ。二人分の重みで、そこだけベッドが沈む。


「えりかちゃん、」

千聖は笑顔を引っ込めて、真剣な顔で私を見返してきた。


「・・・えりかのこと、好き?」
「うぁっちょっと耳やめて!」

耳元に顔を埋めて小さな声でささやくと、千聖は猛然と身を捩った。

「ねぇ、好き?」
「・・・それは、だって」
「お嬢様は好きって言ってくれたよ」


自分がかなり意地悪なことを言っているのはわかっている。お嬢様も元々の千聖も同じ人間だけど、こっちの千聖は別に私に恋してるとか、そういうんじゃないはず。
だけどもう、私は自分の行動をとめることが出来ない。押し黙る千聖の耳をもう一度甘噛みして、強引にうつぶせにひっくり返す。

「えりかちゃん・・・?」
「まあ、いいか。マッサージしてあげる。体、疲れてるでしょ」
「あ・・・・、う、うん」


困った質問から開放された千聖は、露骨にほっとした顔になった。

「背中、強めでお願いね。」


まったく、調子がいいったら。
私はハンドクリームで指を暖めると、小麦色の背中に指をグッと押し込んだ。



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最終更新:2011年02月16日 20:29