舞ちゃんの後ろ姿に声をかける。足を止めた彼女が振り向いた。
ほんの数歩の距離をおいて僕は舞ちゃんと向き合う。

強い気持ちを持っていないと絶対に勝つことは出来ない、勝負ごとってやつはそうだったなあ。
男だったら強気で攻めろ、ってあの執事さんも言っていたっけ。

よし、気持ちが入ってきた。
勝負するんだ!

覚悟を決めると、腹が据わった。
1回だけ深く息を吸い込み、ただ目の前にのみ意識を集中する。

舞ちゃんの目を真っ直ぐに見る。そして、意を決して話しかけた。


「舞ちゃん!」


「僕は、舞ちゃんのことが・・・・好きなんです!!」


舞ちゃんの表情の動きが止まった。

一度覚悟を決めて告白すると、気持ちがあふれ出てくる。
僕は本当に舞ちゃんのことが好きなんだ。この気持ちのままに突き進め。

「舞ちゃんのことを初めて見たときから、ずっと同じ気持ちです」

もう自分でも止められない。この気持ち。

「本当に好きなんです! 舞ちゃんのことが!!」

それだけ言うと、自分の荒い呼吸の音だけが頭の中に響く。
自分の鼓動の音まで聞こえてくるようだ。



・・・・・言ってしまった。


いくらなんでも唐突すぎたかも知れない。

でも、それはしょうがない。手順を踏んでひとつひとつ、なんて悠長なことをやっていては機を逸するだけだ。
それに、いつかはチャレンジしない限り、進展することはありえないのだから。

いつか、なんて言っていてはそれはいつまで経ってもやってこない。間違いなく。
だから、これは今やるべきことなんだ。これで間違いじゃない。これでたぶん正解なんだと自分に思いこませる。


そうは言っても、やはり物事には順序ってものが・・・・

言った後の今になって、じわじわと現実感が襲ってくる。
自分の言ったことの意味を考えると、背中を変な汗が流れてきた。


舞ちゃんは身じろぎもせすに、じっと僕の目を見ている。
こういう時でも、舞ちゃんはいつもと同じで絶対に視線をそらさなかった。
変に狼狽されたり、という反応ではないのは良かったけど、この舞ちゃんの視線は僕に対してどういう意味なのだろう。
まっすぐに僕を見ているその顔は、まったくの真顔で無表情だ。何の反応も読み取ることができない。


沈黙の時間が続いた。
何分経ったのだろう。実際はほんの数秒なのかもしれない。


この静寂に耐えられない。

こうなったらもう、好きだっていう気持ちを伝える以上のことを言ってしまおうか。
舞ちゃん、僕と付き合ってください!って。
そうだ、まだ思っていることがあるんなら、それはいま伝えるべきだ。

それに、いま目の前の舞ちゃんは、まだ僕を見ていてくれてるんだ。この状況であっても。
この機会を逃しちゃ駄目だ。

変わらず無表情の舞ちゃん。
舞ちゃんが僕を見てくれているこの時間が終わってしまうのが怖かった。
だから、最後の気力を振り絞って舞ちゃんに言葉を伝えようとした。



そのとき、ふいに物音がして、それを聞いて我に返ったかのように、舞ちゃんが門の方を振り向く。

「あのふたり・・・ 仕事もせずに」
「・・・は??」
「いや、こっちのこと」

ようやく口を開いた舞ちゃん。
でも、僕の言ったことには・・・

再び舞ちゃんが僕の方を向いてくれた。その目が真っ直ぐに僕を見る。
舞ちゃんの目力に圧倒されそうになる。

「あの、舞ちゃん・・・」

「あーがとごじゃいましゅ。でも、舞には心に決めた人がいるのでしゅ。ごめんなさい」


その言葉にガラスが砕け散りそうになったが、思い直す。
舞ちゃんがそこまで大切に思っている人とは、もちろん・・・


「それって、お嬢様のこと・・・だよね?」
「・・・・・」
「舞ちゃん! 僕は・・・」
「・・・・・」


舞ちゃんは言葉に詰まってしまった。


僕は何をやっているのだろう。
僕はいつも、舞ちゃんに笑顔になって欲しい、その笑顔を見ていたい、と思っているのに。

それなのに、僕の言葉で舞ちゃんにこんな表情をさせてしまうなんて。
そんなの僕の本意じゃないのに!

「その、別にこれで僕とどうこうして欲しいということは無くって・・・いやもちろんそうなれば嬉しいけど・・・
ただ僕の本当の気持ちだけ知っておいて欲しかったから・・・
これからも舞ちゃんのことをずっと好きでいることを許して欲しかっただけだから。ただそれだけなんだ」


何をくどくど余計なことまで言ってるんだ僕は。

高度な集中力はそうそう持続できるものではない。
僕も集中が切れてきたようだ。と同時に気力も一気に落ちてきたのを実感する。

そんな僕に対して、舞ちゃんの表情は一貫して全く変わらない。



再び沈黙が続く。
すごく気まずい。

勢いで告白してしまったので、どう展開するか全く考えていなかった。
どこに話を落とせばいいのか全く分からない。

でも、どうやら僕にとって思い望んだ展開にはなっていないことだけは確かのようだ。
気持ちのピークは時間軸の向こう側に去っていき、だんだんと現実感が僕を襲ってくる。


その時、林道を黒塗りの車が正門に向かって走ってくるのが見えた。
舞ちゃんもその車に気づいたみたいだ。

あの車は・・・・


「ちしゃと・・・」

舞ちゃんがつぶやいたのが聞こえた。
それは舞ちゃんらしからぬ本当に小さい声だった。



今は他の誰にも会いたくなかった。
このまま立ち去って舞ちゃんを取り残すようになるのは気が引けたが、それ以上に、この場を誰かに見られるのはつらかった。

「それじゃ・・・」

だから、舞ちゃんにそれだけ言って、舞ちゃんの返事を待たず逃げるようにして足早にその場を後にした。
うつむいたまま顔を上げることもできず。
最後に舞ちゃんの姿を見ることすら出来なかった。


僕は、なんて弱虫なんだろう。






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最終更新:2013年11月24日 11:16