遠慮がちに私の顔を伺い見る表情は、もうあの天真爛漫な千聖のそれではなくなっていた。
何かに怯えるように潤んだ瞳。女らしく、柔らかそうな胸の前で組まれた手が小刻みに震えている。
「ちさ・・・とも、ももちゃんが、好きだよ。」
もう演技なんかできなくなっているのに、必死に微笑みを作る表情が健気すぎて、私はもう一度千聖をギュッと抱きしめた。
「ももちゃん、」
柔らかい吐息が耳にかかる。
こんな小さい体の中に、大きすぎる秘密を抱えて奮闘していたと思うだけで、胸が締め付けられた。
「・・・千聖、もものことお姉ちゃんみたいな存在だって言ってくれたよね。私も、千聖のこと本当の妹だって思ってる。だから、」
「ごめん、もも。そろそろ準備しなきゃならないんだ。」
ポンと肩を叩かれて、振り向くと舞美が泣き笑いみたいな表情で立っていた。
「千聖も疲れてるみたいだから、この辺にしといてあげて。」
「そっか、忙しいのにごめんね。千聖の顔見れてよかった。」
よかった。舞美が止めに入らなかったら、私は千聖が必死で守ろうとしているものを、みんなの前で暴いてしまうところだった。
千聖はまだ何か言い足りなさそうな顔をしていたけれど、私が体を離すと、ももちゃんまたね、といつもどおりの顔で笑ってくれた。
「さ、梨沙子ぉ。ベリーズの楽屋戻ろう。」
「え~、もうちょっといる~」
すっかりくつろいでる梨沙子とは対照的に、栞菜と愛理はなんともいえない表情で私を凝視している。
ありゃ、さすがに怪しまれたか。ここは墓穴をほらないうちに退散しよう。
「ほらぁ、梨沙子。」
「ん~~~ちょっと待って~」
無理矢理両腕を引っ張ると、梨沙子はぴょんと跳ね起きて、私のいる方とは逆へ歩いていった。
「りーちゃん?」
「でえええいっ!!」
梨沙子はいきなり千聖の頭を小脇に抱え込んで、そのまま後ろに倒れこんだ。
ゴーン!
じゅうたんが敷いてあるとはいえ、なかなかすごい音がした。
千聖はびっくりしたように目を見開いたまま、硬直している。
「こっこのヤロー!!」
すぐに舞ちゃんと栞菜が梨沙子と千聖を引き離すと、2対1で取っ組み合い・・・もとい、プロレスを始めた。
「千聖、大丈夫?」
「え、ええ・・・ありがとう、桃子さん。」
あ。
・・・まあいいや、聞かなかったことにしよう。
千聖は涙目で頭をさすっているけれど、表情は案外ケロッとしている。
私は全然プロレスのことはわからないけれど、どうやら見た目ほど痛い技でもないらしい。
「ギブ!ギブ!ごめんなさーい!」
「まだまだぁ!」
どうやらあちらのプロレスも佳境に入ってきたらしく、栞菜が梨沙子の腕に足を絡めてねじったり、舞ちゃんが顎を掴んでぎりぎり締め付けたりしている。
「ストーーーーップ!!!!」
さすがにしびれをきらしたなっきぃが、白いバスタオルを投げて3人の動きを封じた。
「あのね!もう準備しなきゃいけないってみぃたんが言ってるわけ!今日は何しに来たの!仕事しに来たんでしょ!」
独特の高い声でキャンキャン怒られると、妙に堪えるらしい。3人とも一気にしょんぼりしてしまった。
「だってぇ。確認したかったんだもん。」
「確認?」
ヤバい。
「じゃ、じゃあね!今度こそ、お邪魔しましたー!」
梨沙子の口をガッとふさぐと、何とか楽屋の外に連れ出した。
「何でー・・・ももだって、千聖に本当のこと聞こうとしてたじゃん。」
何だ、知ってたんだ。梨沙子は見てないようで見てるから怖い。
「いい?梨沙子。今の千聖にプロレスごっこは禁止。それから、梨沙子は嘘がつけないんだから、愛理たちに千聖の話を自分から振るのはダメ。」
「わかった。」
「あーあと、」
「もー!まだあるの?」
唇を尖らせる梨沙子をまぁまぁとなだめて、話を続ける。
「あと、梨沙子には重要な任務があります。
あとでスタジオでベリキュー鉢合わせになるから、その時ちゃんと千聖のこと守ってあげるの。」
「任務だって。かっこいい。」
「でも、梨沙子が今の千聖の状態を知ってるってことをキュートに知られちゃだめ。」
梨沙子のクリンクリンの瞳に、クエスチョンマークがいっぱい並んだ。
「ももぉ。わかんなくなった。」
「・・・・まあいいか。ももとの内緒ごとを守ってってこと。それと、あと1個。」
もーやだ!と露骨に目で訴えてくるのを宥めて、ベリーズの楽屋の前で最後の任務を言い渡した。
「・・・今から、ももは千奈美と仲直りをするから。梨沙子にはその手伝いをしてほしいな。」
梨沙子はちょっと目を見開いたあと、思い切りニカッと笑った。
「いーよ。それは面白そう。」
「ありがと。」
2人で一緒に、「せーの」で楽屋のドアを開ける。
キュートとの再会まで、あと何時間ぐらいかな。
とりあえず、私と梨沙子はミッションクリアのために、仏頂面の千奈美の方へ歩み寄っていった。
最終更新:2013年11月18日 23:14