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3番ホーム3両目、ここは僕が通学で使ういつもの定位置。
でも、今日はお嬢様と一緒なのだ。できるだけゆったりと乗れるところの方がいい。

「お嬢様、この辺は混みますから、もっと前の方に行きましょう」

ホームの一番前まで来てみると、この辺まで来る人はあまりいないようだった。
ここなら空いてそうだ。

お嬢様と並んで電車を待っているわけだが、さっきから僕の隣りからはとてもいい匂いがしている。
甘いような女の子の匂いが僕を包みこんでくる。
あぁ、とてもいい匂い・・・

それを思いっきり吸い込もうとしたとき、まぁ電線のカラスと目が合ってしまったんですね。
ハッと我に返らされた。
こいつらどこまで着いてくるつもりなんだ。

それにしてもいい匂いだ。
この甘い香り、バニラの匂いかな。上品なその香りに頭がクラクラするようだ。



電車がやってきた。
一番前のドアから乗り込む。
乗務員室のすぐ後ろ、そこには子供達がかぶりついて前を見ていた。

「まぁ! ここは電車を運転する方の見学ができるのね。楽しいわ」

迷わずその子供達の横に並ぶお嬢様。
見るとお嬢様の表情は子供達のそれと同じだった。真っ直ぐ伸びる線路を真剣に見つめている。

僕はその後ろで、その並んでいる後ろ姿を微笑ましい気分になりながら眺めていた。
その光景を眺めつつ、僕はちょっと考え事に没頭してしまった。
そう、考え事とは僕の目下の懸案事項。


次の駅に着いたところで、お嬢様が僕の方に向き直った。
そのとき僕はずっと考え事をしていたものだから、そのことに気付くのが一瞬遅れてしまった。
お嬢様が上目遣いで僕を見ている。それに気付いて思わず僕は動揺してしまった。

「さっきから難しいお顔をされてるけど、やっぱりご迷惑だったかしら」
「へ? 迷惑って何のことですか?」
「やっぱり、千聖のわがままに付き合っていただいたりしてご迷惑でしたよね。ごめんなさい」
「え? いや違うんです。いまちょっと考えてたことがあって・・・」

お嬢様が穏かな微笑で僕を見ている。
そんなお嬢様の瞳に僕は本心を全てさらけ出してしまいたい衝動に駆られる。
今もその深い色の瞳で見つめられ、もうこの人を前にして心の中を隠すのは限界のように感じる。
考えていることを全てこの人に話さなければならない義務感を感じてしまう。


「あ、あの、お嬢様?」
「なにかしら?」
「あの、あのですね。なかさきちゃんのことなんですけど・・・」

「なっきぃ? なっきぃが何か?」
「えーとその、彼女はお元気ですか?」
「えぇ、とてもお元気よ。でも、どうしていきなりなっきぃのことを?」
「い、いえ。お元気ならそれでいいんですけど・・・いや、その、えーとですね、あの、僕のこと何か言ったりしてませんでしたか?」
「ももちゃんさんのこと? 何か言ってたかしら?」

お嬢様はちょっと考え込む。

「そういえば・・・・」

思い出したように、お嬢様が語り始めた。

「この間お会いしたあの後、栞菜と何か深刻そうに話をしていたわ。これからどうすればいいんだろう、みたいなことを」

それか。
やっぱり、なかさきちゃんは僕のことを・・・

「そのとき、なっきぃ、最初はとてもお怒りの様子だったの。何故なのかは分からなかったけど。
次の日になったら落ち着かれたのかお怒りは収まったようだけれど、今度はとても落ち込んでいらしゃって。
心配だったのでそれとなく聞いてみても、何も教えていただけないし。
それからもずっと悩んでいらっしゃる様子で。何を悩んでいるのかしら。なっきぃの力になりたいわ」


やっぱり、僕のことでそんなに悩んでいたなんて。
間違いない。
彼女は僕のことを。

なかさきちゃん・・・


水戸黄門展はデパートの9階でやっていた。
直通エレベーターに乗ると、そこには同じ目的のお年寄りばかり。
やっぱりこの年代の人が多いのかな。
お嬢様はもう興奮を抑えきれない様子だった。

「ついに来てしまったわ。あぁ、もうどうしましょう。楽しみでじっとしていられない気分だわ」

いつになく饒舌になって興奮を隠せないお嬢様。
エレベーターの中でピョンピョンと飛び跳ね始めるんじゃないかというぐらい。
そんなお嬢様のテンションに、周りのお年寄りたちがみんな微笑ましそうにお嬢様を見守っている。

空間が暖かい空気に包まれていく。
いつもそうだ。お嬢様のいるところ、その周りにはこのように幸せの空気が広がっていくんだ。


入場券を購入するのだが、「高校生を2枚!!」このセリフを言うときがついにやってきたようだ。一度言ってみたかったのだ。
ところが、そんな僕をお嬢様が制した。

「ウフフフ。お付き合いいただいたのだから、ももちゃんさんの分のチケットも千聖が買いますね」
「そんな、めっそうもないです。お嬢様」
「さっきはおそばを御馳走になってしまいましたし、ここは千聖にまかせてくださる?」

そうですか。それじゃあ、素直にお言葉に甘えます。今月のこづかいはもう底をついているのだ。(想定外だった先日のラーメン代が痛かった)。
カウンターの前に立ったお嬢様がつま先立ちになりながら、僕の分まで入場チケットを買ってくださった。

「はい、これ」
「ありがとうございます。お嬢様」
「さあ、早く入りましょう!!」

テンションMAXなお嬢様に急かされるように水戸黄門展の会場に入った。


黄門様のジオラマのショーケースを熱心に覗き込んでいるお嬢様。
その様子は、さっき電車の運転室にかぶりついていた子供たちにそっくりだった。


「見て頂戴。見事なジオラマだわ!!」


「!! 見て! この屋敷の中では悪代官と悪い商人が何か悪だくみをしているわ!!
黄門様御一行はどこにいるのかしら・・・
こっちよ! こっちだわ! 黄門様はここに! このジオラマに主要なキャラクターは全員いるのね。 凄い凄い!」

凄いテンションだ・・・
でも、ここまでストレートに好きという気持ちを出しているお嬢様。
それをを見ることができたのは嬉しかった。今日ここに来れて良かったですねお嬢様。

お嬢様が僕に振り向いた。
無邪気なお顔。

「千聖の屋敷にもこんなジオラマを作ろうかしら。私もいくつかフィギュアを持っているのよ。千奈美さんから頂いたの。
だけど、まだ全部は揃えていなくて。そのうちまた頂く機会を千奈美さんに作っていただかないとry」

お嬢様のようなお金持ちのやることだ。
お屋敷の20畳敷きぐらいのお部屋一杯に無駄に本格的なジオラマとか作っちゃったりしそうだ。
お金持ちの人のやることは常軌を逸していることが多いからな。
なーんて、それは平民の偏見かな。


「楽しかったわ。時間が経つのも忘れてしまって。でも、そろそろ帰らないと・・・」

お嬢様の笑顔が少し翳ったのを僕は見逃さなかった。
いつも明るいお嬢様の気分が下向いてしまうのが、僕はどうしても嫌だった。

「僕のせいにして下さいね、お嬢様。僕は怒られるのとか慣れてますから」
「怒られるって、帰ったときにですか」
「えぇ、勝手に抜け出してきたんでしょう、お嬢様。やっぱりおうちの方から怒られるんじゃ・・・それで今心配そうな表情を」
「ウフフ。違うの。楽しい時間が終わってしまうのが寂しくて、それで」

そう言って、僕を見たそのお嬢様の深い色の瞳。
人の心を包み込んでしまうような、暖かいその笑顔。
この人は本当にお嬢様という人種なんだ。

しかも、お嬢様はいま何とおっしゃった?

(僕と過ごす)楽しい時間が終わってしまうのが寂しくて・・・


お嬢様、やっぱり僕のことをそんなに。
もちろん構いません。僕のことを特別の存在だと思っていただいて結構ですよ。
そして、僕はお嬢様のそのお気持ちにしっかりと応えてあげたい所存です。

いけない、いけない。
またそんな妄想に入り込んでしまいそうだった。

お嬢様は、僕の脳内でそんな妄想が繰り広げられていることなど、露ほども思っていないだろうな。
そう思うと、そのお嬢様のピュアなこころに対して申し訳なくて罪悪感に苛まれる。
お嬢様の澄んだ瞳を前に、だから僕はちょっと居住まいを正した。
こころのキレイなお嬢様、そんな僕の葛藤など全く知る由も無いように、僕に柔和なお顔を向けてくれる。


「それに、大丈夫です。だって決められたことはちゃんと守っているんだもの」

決められたこと?


「言い忘れてましたけれども、外出が全て禁止というわけではないの。誰かと一緒ならば外出してもいいことになったのよ」

「だから、いま千聖は一人じゃないわけだから、何の問題も無いはずだわ」

自信満々な表情のお嬢様。


でもお嬢様、得意気になってるところ申し訳ありませんが、それって許されるのはお友達と一緒の場合ですよね。
もし一緒に出かけたのが男だったとしたら、それは許されることなんでしょうか・・・・
男と2人っきりでの外出なんて、禁止されているお一人でのとき以上にまずいんじゃないだろうか。

そうだよ。
うん、間違いなくそうだと思う。
お嬢様、お屋敷へ僕と一緒にお帰りになったりしたら、たぶん一人で外出の時以上に大騒ぎになりますよ。

そうか、戻るときは僕が悪役になって怒られて事を済ませばいいと思ったけど、事態はそう単純なものではないようだ。
僕と一緒に帰ったりするのは、お嬢様の立場がかなりまずいことになるじゃないか。

でも、それじゃあ、この後いったいどうすればいいんだろう。



そんな重大問題に悩んでいると、いま僕とお嬢様が駅へと歩いているこの道の先に、挙動がおかしい一人の人物がいるのに気付いた。
こっちをじっと見るや、僕らを認めて待ち構えるように仁王立ちしたその人物。不穏な空気を感じる。
嫌だな、何か悪い予感が急激にしてきた。絡んできたりしないだろうな、僕らに。
でも、たとえ何が起きたとしても男としてお嬢様を悪い人間からお守りしなければ。それだけは僕の使命なのだ。
僕の背中を緊張が走る。

その人物との距離が短くなっていく。
そこに立っていた人物、それは・・・



「やっと見つけたー!! あははは」




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最終更新:2013年11月09日 13:59