“その声”を耳にした時、あれ?と私は小首を傾げた。
だって、どうして彼女が楽屋に?ステージ係でも演者でもないのに。いや、それ以前に・・・
「・・・お嬢様は、いますけど~」
開けていいものかわからず、千聖お嬢様の方へ顔を向ける。
「お嬢・・・」
お嬢様は、とても厳しい表情で、扉を睨むように凝視していた。
――やっぱり、喧嘩か何か・・・?
思えばここ最近、彼女とお嬢様は少しおかしい雰囲気だった。
私は人と人とのいざこざに、どう介入していいのかよくわからない(KYとか言われることあるし・・・)ので、見守ることしかできなかったのだけれど、今は時間が時間だし、そう悠長に構えてもいられないようだ。
「お嬢様、後にしてもらいます?」
そっと近づいて話しかけると、お嬢様はこちらを見もせずに、大きく首を横に振った。
そして、なぜかみやに視線を投げかける。
“ごめんなさい”
「え?」
確かに、お嬢様の唇はそう動いた。
踵を返したお嬢様の意図を汲み取ったように、ももが無言でドアを開ける
「・・・お忙しいところ、お邪魔いたします。まだお時間は大丈夫でしょうか?」
「・・・」
無言のお嬢様。
表情は見えないけれど、背中が強張って、痛々しいほど緊張しているのがわかる。
「あ・・・うんまだ大丈夫。どうしたの?何か急用?」
「それが、私にもよくわからないんだけど・・・お嬢様が呼んでるからって栞菜が」
「あ、そう?そっかーあ、えっと、学園来るのって初めてじゃない?珍しいねーケッケッケ」
私は場を取り繕うように、ちょっと早口で喋り続ける。
それでもお嬢様はうつむいたまま、黙ってももに肩を抱かれていて、私の声は空回りするように、虚しく部屋に響いた。
「あ・・・えっと、紹介するね!今日これから一緒にステージに立つ、もも・・・のことは知ってるか。えっと、そしたら、こっちの彼女が・・・」
そして、みやの方を振り返った私は、絶句した。
みやの顔が、文字通り真っ青になっていた。
そして、その視線を受けた彼女の大きな瞳も、信じられないものを見るかのように、さらに見開かれていく。
「・・・千聖」
ためらい、惑い。・・・非難。
いろんな思いを感じさせる、重い声で、彼女はお嬢様の名前をつぶやいた。
「どういうことなの。何で・・・」
――ガタン
背後の音に思わず振り返ると、両手で口を押さえたみやが、奥側のドアに体当たりするようにして、出て行くところだった。
「みやび!」
そう叫んだのは、ももでも千聖お嬢様でもなく、彼女――めぐ、だった。
「え?何で・・・」
「・・・愛理、ももちゃん。みやびさんのところへ行ってあげて」
「でも、」
私の言葉を遮るように、お嬢様が漸く喋り出す。
肩に置かれたままのももの手に、一層力が篭った。
沈黙が訪れる。
めぐはお嬢様とみやの出て行ったドアを見比べ、唇を噛んでいる。
お嬢様は・・・多分、めぐの顔をまっすぐに見つめている。
「・・・愛理、行こっか」
やがて、ももが小さなため息とともに、私の方へ向き直った。
「でも」
「大丈夫だから、夏焼さん探しに行って?ステージ遅れたらお客さんにだって失礼だし」
「おおっ」
なんて、ナイスタイミング!
開け放たれためぐの背後のドアから、舞ちゃんと熊井ちゃんがひょっこり顔を出した。
「こっちは、いいから。早く」
「わかった。それじゃくまいちょーは念のためにステージの方行ってて!万が一もぉたちが遅れるようだったら、梨沙子が最前にいるから、例のAプランで!」
「おっけー」
――あの、何のことでしょう。プランとか聞いてないんだけど・・・さすがもぉ軍団。
「あ、めぐ・・・なんかごめんね」
私は依然、立ち尽くしたままのめぐに駆け寄る。
一応、チラッと私を一瞥したものの、ほんの少しうなずいてくれただけで、めぐは何も言わない。
いつも冷静で、状況判断も的確なめぐの、そんな姿は初めて見た。
「愛理、みやびさんをお願い」
「わかりました。もも」
「ほーい」
私たちは手をつないで、楽屋を後にした。
めぐがどうしてみやのことを知っていたのか。
みやはどうしてあんなに動揺していたのか。
私には全くわからないことだらけだったけれど、考えている暇はないようだ。
“どうか、無事ステージが開幕しますように”
そんな祈りを心の中で捧げながら、暗い廊下を小走りで進みだした。
最終更新:2013年11月23日 09:42