ここは僕の通っている公立の高校。
うちの高校は旧制中学から続く伝統校。
そう言うと聞こえはいいが、校舎はボロいし設備は古いし、ついでに購買のパンも不味い。
上品で綺麗なあの学園とは対照的な学校だ。
校訓は質実剛健。校風はかなり自由。
その伝統ゆえ何事にも熱い人が多く、それなりに楽しい高校だと思う。
そんな高校に通う僕は、その全てが中庸とも言える、ごくごく普通のありふれた一生徒。
クラスの中でも特に目立つところもない僕だけど、友達の数は結構多かったりもする。
こう見えて僕は意外と女子にも人気?があったりするのだ(キリッ
女子からは“○○君って、いい人なんだけどねー”とよく言われるぐらいにして(“○○君っていい人だよね!”じゃないのは気になるが)。
いろいろな人達に刺激を受けて、僕はそれなりにこの高校での生活をエンジョイしている。
あぁ、でも勉強だけはもうちょっと頑張らないとダメかも。
こんな僕でも、しっかり勉強しておかなければ、とは思っているのだ。
うちの学校は卒業後100%が進学するのだが、僕の今の成績ではちょっと見通しが暗い。
でも、進学のためだけにとか、そんな理由で勉強をするというのは、本来あるべき本質から外れていると思う。
僕には勉強を頑張ろうと思う確固たるモチベーションが存在するのだ。
だって、そのうち舞ちゃんと親しくなったら、勉強のこととか相談されることがあるかもしれない。
その時に、ちゃんと教えてあげられるようにね。舞ちゃんが聞いてくれたことに答えられなかったりしたら恥ずかしいじゃないか。
舞ちゃんのためだと思えば勉強も頑張れる。そんな気がする。
今年からは補習も始まるし、まぁ僕は大器晩成型の人間なのだ(たぶん)。
これからですよ、これから。
放課後、ホームルームが終わると、友達に話しかけられる。
「これから1年の教室に行かないか。今年の1年生に凄くカワイイ子が入ってきたらしいんだ」
「へぇ、そうなんだ。でも悪いけど、このあとちょっと行くところがあるから」
そう。放課後はあのカフェで過ごすのは、すっかり僕の日常生活の一部になっている。
しかしこいつら、いくらカワイイ子が入ったからって、わざわざ見に行くものなのか? しかも下級生の教室まで。
まったく、男子生徒って奴は本当にカワイイ女の子のことが好きだよな。
新しい子が入ってきた、しかも可愛い、だから見に行こう。男子のその直情的な三段論法。
カワイイ女の子を見ると、すぐに飛びついたりして、軽すぎだろ。
そういう奴は、また新しい子が入ってきたら、すぐにまたそっちに飛びついたりするんだろう。・・・何だかな。
男ならもっと硬派に生きるべきだと思う。そう、僕みたいに一途に(キry
そんな雑談をしながら帰る準備をしていると、クラスメートが僕のところに来て、教室の入り口を指差して僕にこう告げた。
「先輩の人が呼んでるよ」
え? 先輩の人? 誰だろう。
先輩から呼び出しを食らうようなことはしていないと思うけど。
ちょっと緊張しつつ教室を出たところで、いきなり呼びかけられた。
「よっ! 久しぶりだねっ!!」
そのハイテンションな甲高い声。
この声を聞くのは久しぶりだなあ。
小春ちゃ、、、久住先輩。
懐かしい気分が胸一杯に広がってくる。
まさしく僕の青春の一ページがそこに、っていうとそれは大げさだが。
「久住先輩!! お久しぶりです」
「そんなかしこまっちゃってw 前みたいに呼んでくれていいよ」
相変わらず元気者で明るい人だ。
以前と全く変わっていない。
久住先輩はサッカー部のマネージャーさんをやっている先輩。
その明るい性格で部員みんなから好かれている人気者だ。
僕はサッカー部には半年もいなかったけど、その間に先輩から貰った励ましは今でもよく覚えていますよ、小春ちゃん。
僕が初めて試合に出たときのことを思い出す。
初めてのスタメンで緊張を隠せない僕を、小春ちゃんはニッコニコの笑顔で落ち着かせてくれた。
でもその試合、僕は一発レッドカードを貰って退場になってしまった。
初めての試合で退場処分なんて。
トボトボとピッチから出た僕を小春ちゃんは一生懸命慰めてくれたっけ。
でも自分が情けなくて先輩の顔を真っ直ぐに見れなかった。それでもずっと話しかけてくれた小春ちゃん。
小春ちゃんはいつも声を掛けてくれた。
僕があのケガをした時も。結局それで部活を辞めた時も。
いつも明るく励ましてくれたんだ。
本当にその励ましが無かったら、僕は自暴自棄になっていたかもしれない。
小春ちゃんが僕にかけてくれる言葉は、いつでも前向きだった。
僕への言葉に限らず、彼女がネガティブな発言をしたことは、ただの一回も聞いたことがない。
たった半年にして志半ばで辞めてしまった部活動だけど、本当にそれはいい思い出になっている。
そして、それは小春ちゃんのおかげでもあること、それは間違いないところなんだ。
何かいろいろと思い出しちゃったよ。サッカーしたいなあ。久しぶりにボールを蹴りたくなった。
そういえばお姉ちゃんとPK戦をしたっけ。あの時以来、しばらくボールを蹴ってないな。
今度、あの公園のピッチに蹴りに行こうかな。
懐かしいな。
そんな思い出が脳裏に浮かんでいる僕に、小春ちゃんが話しかけてくる。
「膝の具合はどう?」
「まあ変わりないですね、今の所は。まだしばらくは大丈夫みたいです」
「そう、それは良かったー」
安心したような表情を見せてくれる先輩。
ひょっとして、僕の様子を見に来てくれたのかな。それは嬉しいぞ、小春ちゃんの笑顔独占。
でも、こんなところを他の部員に見られたらやっかいなことになる。
特に3年生の先輩に見られでもしたら、僕は間違いなく先輩達からボコられてしまう。
小春ちゃんは人気者なのだ。
サッカー部員全員が彼女に好意を抱いていると言っても過言ではないんだから。
サッカー部以外にだって、校内に小春ちゃんのファンは多いらしい。しかも、そのファンの中には熱狂的で過激な奴もいると聞いたことがある。
もし、そんな奴にこれを見られたら只ではすまないだろう。袋叩きにされる危険性がある。フクロは嫌だ。
そんな小春ちゃんが、いま僕の目の前にいる。
わざわざ僕のところまで来るなんて、なんなんだろう。気になる。
ひょっとして・・・
僕のことが今でも忘れられなくて会いたくなったとか?
ま、まずいよ小春ちゃん。何で今頃になって。
もし僕のことをそんなに想っているのなら、あの頃に伝えてほしかった。
それで例え周りの部員や男子を敵に回したとしても、小春ちゃんのためなら僕は闘った。
でも、もう遅いよ、小春ちゃん。
あの頃と違って、今の僕は舞ちゃんっていう子と付き合っ・・・
「いま何か変なこと考え込んでたでしょ」
「いや? 別に」
「そんなこと言って。本当にすぐ顔に出るんだから」
ごまかそうとする僕に、ケラケラと笑う小春ちゃん。
そして僕をじっと見つめる。顔、近いよ。
これ凄く嬉しいんだけど、もしこれを小春ちゃんファンの過激な男子に見られたら(以下同文
「少し身長も伸びた?」
「えぇ、170cmを越えました」
「そうなんだー」
驚き方がわざとらしい。
小春ちゃん、何か話しを切り出すタイミングを伺っているような感じがする。
今日僕のところに来たのは、何か理由があるのかもしれないな。
そう考えると、僕に向けられている満面の笑顔が、かえってその疑念を膨らませる。
告白しに来たのかと思ったが←、どうやらそうではないみたいだ。
じゃあ、何しに来たんだろう。
いろいろと考えをめぐらせてみるが、ちょっと思い当たるフシがない。
そのとき、だんだん思い出してきた。
目の前にいる美人のこの先輩、この人もまた人知の及ばない予想外の規格の人だったんだ。
それゆえ、この後なにが起きるのか、考えるほどに不安が大きくなっていくのだった。
最終更新:2013年08月25日 08:27