「いいの?委員長さん半べそだったよ」
「大丈夫だよ、梨沙子。なかさきちゃんはチョベリバでチョバチョブだとすぐ泣いちゃうんだぜ。チェケラッチョ!悪そうな奴は大体友達!」

――熊井ちゃんはギャルなのかB系なのかはっきりしてほしい。

「ウフフ。すぎゃさん、チョベリバというのは超ベリーバッドの省略語なのよ。チョバチョブというのは、超バッドで超ブルーという意味なの。大きな熊さんは物知りなのね。面白い言葉をたくさん覚えられて嬉しいわ」
「喜んでもらえてマジアムラーなんですけど」
「・・・それ、使い方ちがくない?」

えっへんと胸を張る熊井ちゃんに、ものすごい脱力感を覚える。

「っていうか、その格好とか言葉遣いって、何を参考にしたの?何か、・・・古いと思うんだけど」

岡井さんと熊井ちゃんは、雑誌やテレビでたまに見る、昔の女子高生の流行りを真似しているようだった。頭に咲いたでっかい花と、もっさもさのルーズソックスが痛々しい。
引き気味の私の態度も気にせず、熊井ちゃんはニヘッと笑ってカバンから少し色あせた雑誌を取り出した。

「これこれ、この雑誌を参考にしたの!」

うーわっ。


差し出された雑誌の表紙を見て、めまいを覚えた。

髪は金と茶と白のメッシュで、よくわかんないヒモが絡まっていて、メイクは熊井ちゃんと岡井さんのをさらに50倍ぐらい濃くしたような感じ・・・の男の人と女の人が、海ではしゃいでいるショット。正直、怖い!
この雑誌自体は今でも本屋さんに並んでいるのを見た事があるけれど、一体いつの時代なんだろう。


「なんかねー、うちが赤ちゃんだった時に、お父さんが記念にいろんな雑誌を買って保存しておいたんだって。その頃どんなことが流行っていたのか、後で懐かしく思い出せるようにって。そのコレクションの中にこれがあったの。
普通に売ってる雑誌を参考にしてもよかったんだけどー、もっとオリジナルな感じにしたかったって感じー。みたいなー。ってゆうかー。」
「まあ、そういうことだったの。素敵なお父様ね。大きな熊さんがこうして過去の文化を受け継いでいらっしゃること、お父様もきっとチョベリグに思っていらっしゃるわ」

「いや、それ多分違・・・」

熊井ちゃんの発想は独創的すぎるし、岡井さんの解釈や審美眼もズレまくっていて、どこから突っ込んでいいのかわからない。
というか、ついていけない。楽しそうな2人と私の温度差は、全く違っているようだった。

「でね、どうかな?わたくしたちのこの変身は。」
「すぎゃさん、どうかしら?千聖はとても満足しているわ。こんなに大人っぽくなれるなんて」

得意気に決めポーズを取る2人。身長差がすっごいあるから、まるでおませなチビッ子とギャルママの親子モデルみたいだ。


「イヒヒヒ」
「だめ?」
「んー。梨沙子はあんまり好みじゃないなあ」

2人とももともと自然な小麦色の肌で、それなら健康的だしいい感じだと思うけど、さらに不自然に黒く塗るっていうのはどうかと思う。
きっちりアイメイクも梅田先輩みたいなセンスのいいやりかたならいいんだけど、何かもう2人のはラクガキの次元だ。瞼の上に目描いてるレベル。


「あら・・・それは残念だわ。チョベリブね」
「そっかぁ。梨沙子的には無しかぁ。せっかくみやも結構いいって言ってくれたんだけどなぁ」
「うん、だってそれ・・・・・・・・・・・


え?今なんて?」

委員長さんの指示通り、何とか説得を試みようとした時、私の耳に天女の名前がふわりと舞い降りてきた。

「え?だから、みやがそういうのも面白いって」
「あばばばばばばなんで呼び捨て?何つながり?夏焼先輩が何だって?一字一句間違えないで再現してみて!」
「え?そんな一気に言われても・・・んーと、今度の学園祭で、今年も愛理と桃子とみやがボーノっていうグループでステージ立つでしょ?うち、その時に裏方やるの。それで喋るようになったんだよ」


「な・・・なんだよー!仲良くなったんなら教えてよ!私が夏焼先輩のファンだってしってるくせにさぁ」

思わず詰問口調になるけれど、熊井ちゃんは「ごめーん、言い忘れてた」なんて全然悪びれないから、何か怒りもすぐしぼんでしまった。


「でね、私がこの雑誌を休憩中に読んでたらみやが隣来て、“いいねー、そういう格好も面白そう”って言ってくれたよ。今みやの中でレトロブームが来てるとかなんとかかんとか」
「・・・・岡井さんっ」


熊井ちゃんの言葉の最後の方は耳に入らず、私は岡井さんの肩をガシッと捕まえて、そのまつげバッサバサの目をジッとみた。

「なぁに?」
「梨沙子も、やる。」
「まあ、本当?嬉しいわ!」
「本当にー!!?超アゲアゲじゃん!フゥー!」

岡井さんと熊井ちゃんは左右にステップを踏みながら、手を縮めたり伸ばしたりするキモイダンスを踊りながら祝福してくれた(パラパラというらしい)。

――ああ、ごめんなさい、委員長さん。夏焼先輩がそう言ってるんなら仕方ないと思うんです。
夏焼が赤い物を指差して「これは青」って言ったら、私にとってももうそれは青なんです。だって、恋(?)ってそういうものでしょ?


「そうと決まったら、すぎゃさんもメイクをやまんばぎゃるにしましょう!ウフフ、ぎゃるさーのようで楽しいわ」

そう言って岡井さんは、部屋の隅っこにある大きなドレッサーをパカッと開けた。

「・・・・えー、何これ!!超すごいんだけど!!!」

そこにはメイクのアイテムや小物がぎっしり詰まっていた。今学園でもかなり流行っている、中高生向けコスメブランドのアイテム一式。
私も大好きで、よくドラッグストアで見ているからわかる。これ、何から何まで全部揃ってる。ファンデも、岡井さんの肌の色から愛理の肌の色まで無駄にコンプリートしている。


よく見れば店頭で見た事もないようなデザインのコンパクトや限定品まで揃っている。金持ち、おそろしや!


「でもさでもさ、岡井さんは今まで全然メイクとかしてなかったのに、こんなに持ってたらもったいない気がするんだけどぉ」
「あら、私が買い揃えたわけではないのよ。メイクの練習をしたいって言ったら、お父様が一式贈ってくださって」


どうやら、このコスメブランドは、岡井さんのパパが副社長さんをやってる会社のお化粧品部門で手がけられているらしい。
たしかに、明らかに使わない黄緑色のマニキュアとか、ゴスロリちゃんでも難しい真っ黒口紅とか、いくらお金持ちでもそこまで揃えようとは思わないだろう。
岡井さんはそういう贅沢をするタイプではなさそうだし。


「よかったわ、せっかくこういうものがあるのだから、活用したかったの。梨沙子さんはメイクも詳しそうだから、いろいろ教えて頂戴ね」
「うんうん、梨沙子ってセンスいいよね!何かもっとうちとお嬢様で直したほうがいいとこあったら教えて?」


いやいやそんな、と謙遜しつつ、こんなダイレクトに褒めてもらえるのは嬉しい。じゃなくて、チョベリグだっけ。イヒヒヒ


「えー、じゃあさじゃあさ、一回全部落として、すっぴんにしてから始めない?その方がやりやすいかも」

私の提案に一瞬エーッと口を尖らせるも、任せてほしいとばっかりに胸を張ると、2人は同意してくれた。
――せっかく、夏焼先輩の目に止まるチャンスかもしれないんだもん。ガングロギャルメークなんてやったこともないけど、最大限かわゆい状態を見てほしい。


「やっばーい。これ、結構楽しいかも。イヒヒヒ・・・・」


真っ白な自分のほっぺが、茶色いファンデーションで別人みたいになっていく。まるでお芝居の準備みたいでワクワクが止まらなくって、私はすっかり、
ダイニングルームで待っている人たちのことを忘れてしまっていた。



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最終更新:2013年11月23日 08:25