概要

 当記事ではサニェーラの歴史に関する記録を纏める。

歴史

加盟以前

  • 1438年:サネェラ共同体建国
  • 1443年:サニェーラ独立国成立
  • 1445年:ペルトーグ=ワープの小型化
    • 宇宙船フェリーが廃止されて銀河鉄道網が発達
    • 専用のワープ追従装置(ワープリレー器)を搭載した車両つけないと5両以上のワープはできない
  • 1460年代:ニーネンの宇宙船・銀河鉄道購入
    • 旧代戦艦1隻、シュトム艦2隻、星系軍貨物船100隻、銀河鉄道庁貨客船5隻をニーネン=シャプチの各スガイユンへ発注
  • 1511年:国産ワープ航法の開発
  • 1610年:ワープ補助装置なしでの運行が可能になる列車の誕生
    • ラーオル専用列車が誕生

連合会議時代

  • 1443年:サニェーラ独立国が成立して間もなく、ニーネン=シャプチと接触する。
  • 1625年:大宇宙連合会議加盟
    • ニーネンと同時に加盟
    • ドルムント、エルミア、マーカス、ジエール、エルトリア、サーヴァリア、ヴァルエルク(サニェーラ側は対立姿勢)と国交締結
  • 1630年:ロフィルナとのファーストコンタクト
  • 1630年:サニェーラ・ニーネン・ロフィルナ三国間国際路線の建設開始
    • 建設合意・建設を開始
  • 1632年:サニェーラ人大規模拉致事件
    • ニーネン=シャプチ政府の関わる最初の大規模拉致事件
    • 1632年にサニェーラ独立国の3つの惑星のうちの1つ「イ・ヴェウ」にて誘拐列車を使用した大規模なサニェーラ人拉致事件が発生
事態を重くみた中枢院と最高指揮官ラーオルが武装列車を使いファウの招民院本部へ行き、自国民の返還と保護を要求
    • ニーネン政府はこれに応じ、「段階的な拉致被害者のサニェーラ領内送還」を約束し、実現された。
サニェーラ政府は「同じ規模の他国民と引き続き間引きした移住者の引き渡しを提案。
    • これに対しニーネン政府は対案として「ファウ不可侵条約と両国間交流プログラムの推進」を提示。サニェーラ政府は承認した。
  • 1632年:ファウ不可侵条約
    • 当時のニーネン=シャプチ星衛主席のダロン=デーチェーはケルジャーナ人身柄引き渡し要求やケルジャーナ人報道汚染事件に加え、このサニェーラ人大規模拉致事件での問題を国内の世論に批判されて退陣へのプレッシャーが高まった。
  • 1635年:主力戦艦技術の輸入
    • ニーネン=シャプチ招民院からカヴマー級主力戦艦(1622年設計)の設計図・製造技術を輸入。素材さえあれば建造が可能に

ゴルギアの時代

  • 1644年:ロフィルナ=ニーネン間の国際路線開通
    • 中世ロフィルナ第四次内戦終結に伴い建設が再開され、開通。
  • 1644年:レーウス条約機構軍の後方支援に参加
    • サニェーラ軍は星系軍輸送船によるニーネン軍の後方支援を担当
  • 1645年:中世ロフィルナ第四次内戦に伴うサニェーラ政府による復興支援
    • ロフィルナ領内にサニェーラ人居留地の設置。相互交流と復興支援が目的
  • 1647年:急行ルドラトリア3号爆破テロ事件
    • ロフィルナ発サニェーラ行の寝台急行列車の二両目が爆破。後ろ二両脱線(宇宙レーン)して宇宙空間中で漂流。約50名生存。犯行はニーネン人ゴルギスト組織「新世界」によるもの。
    • これにより、ロフィルナ連邦共同体コックス政権はニーネン人ゴルギスト組織「新世界」に対する殲滅を宣言
  • 1648年:サニェーラ軍国内鎮圧の本格化
    • 鉄道軍は路線など鉄道設備の警備強化
    • 星系軍は国内のアジトなどの襲撃
  • 1648年:特急イプカ12号爆破テロ事件
    • サニェーラ発ロフィルナ行寝台特急列車で一回目の爆発は二両目の床下から、二回目の爆破は増結された14両目の貨物車が爆発が起こる。前方と後方が残り100名以上が生存。
    • サニェーラ国家元首のラーオル最高司令官はこの事件に怒りをあらわにし、ゴルギスト組織「新世界」の根絶を宣言。各国への協力体制を呼びかける
    • このテロによって三国間国際路線での旅客運行を停止し、装甲列車及び貨物列車のみの運行にシフト
  • 1653年:サニェーラ・ニーネン=シャプチ間の軍事同盟及び輸送協定
    • ミェンプトゥー星衛主席と会談しサニェーラ・ニーネン=シャプチ間の軍事同盟及び輸送協定を締結。ニーネン=シャプチ側はサニェーラ輸出用のワープ艦製造。極秘で不老技術を入手してツァニェー星衛主席とミェンプトゥー星衛主席が不老状態になる。
  • 1655年:国際路線の復旧
    • ゴルギスト勢力のテロ活動が弱まる。
  • 1655年:特急イプカ2号爆破未遂事件
    • サニェーラ発ロフィルナ行寝台特急列車で出発直後にテロの実行犯と爆弾が発見され回収される。
  • 1657年:サニェーラ国内のテロ組織の根絶を確認
  • 1658年:テロ終息宣言

経済戦争時代

  • 1660年:コンクーナ掃討戦参加
    • サニェーラ軍は星系軍輸送船によるニーネン軍の後方支援を担当
  • 1660年代:銀河好景気に伴う豪華列車の増発
  • 1665年:タシュトヘム宙圏安全保障条約
    • ラーオル最高司令官と中枢院一行はニーネンを経由しロフィルナへと向かい、三国間会談を行う。
    • ニーネン=シャプチ・ロフィルナ間での軍事同盟を締結。
    • 安保条約のアイデアは銀河鉄道庁が運輸産業の国際的な安全に関する担保が必要であるというところから。
    • メルベルトゥルス常任最高議長と会談しサニェーラ・ロフィルナ間の軍事同盟及び協定を締結。ロフィルナ側はベロゼア鉱石の輸出を決定。サニェーラ側は装甲列車の一部譲渡。
  • 1666年:アクースとの国交締結
  • 1667年:アクース方面国際路線の建設開始
  • 1667年:アクース連邦がタシュトヘム宙圏安全保障条約に加盟
  • 1670年:アクース方面国際路線の完成
  • ミェンプトゥー星衛主席と会談しサニェーラ・ニーネン=シャプチ間の軍事同盟及び輸送協定を締結。ニーネン=シャプチ側はサニェーラ輸出用のワープ艦製造。極秘で不老技術を入手してツァニェー星衛主席とミェンプトゥー星衛主席が不老状態になる。
  • 1671年:レーウス方面への路線建設
  • 1673年:レーウス国際路線開業
  • 1680年:ガニュー経済体制協力機構に加盟
    • ニーネン=シャプチ主導の関税同盟に加盟。加盟国はニーネン=シャプチ、ジエール帝国連邦、ロフィルナ連邦共同体、アクース連邦(現アクース連合)、ベリオン共和国
    • サニェーラはニーネン=シャプチと共に食料輸送を行う
  • 1683年:ジエール・サーヴァリア戦争に伴う戦争支援
    • ニーネン=シャプチに対しては国内警備と物資輸送を、ロフィルナに対しては物資輸送を決定
    • サニェーラ独立国ラーオル最高司令官によるサーヴァリア王国連邦及びヴァルエルク共和国に対して大宇宙連合総会の壇上での批判し、ニーネン=シャプチに戦争の後方支援を表明

通信時代

  • 1710年代:ニーネン軍退役主力戦艦の輸入(仮)
    • 何隻余るか、どれが余るかは未定!要確認!
  • 1727年:ウビウリ路線が開通する。
  • 1719年:ジャルトラーム重力粒子砲の輸入(仮)
    • ラーオル氏が第三世代ジャルトラーム重力粒子砲の輸入を決定し、新型列車砲を開発。
  • 1739年:列車砲の輸出開始(仮)
    • ニーネン、ロフィルナに列車砲を輸出開始。
    • 自国に50隻を残して残りの全てのケウニェ級貨客船をロフィルナへ譲渡。
残った50隻のうち、40隻はロフィルナ~ファルトクノア間の航路に利用する。
残り10隻をアポラへ譲渡。

  • 1747年。ヴァルエルク共和国との交易を開始。民間人の輸送はしないため貨物船の運用に留まる。輸出品目に関しては全て同盟国との合意に基づいており、厳しい審査体制が取られた。航路の設定はヴァルエルク国境までとし、サニェーラ政府が行うため、最悪の場合、サニェーラの技術を用いたニーネンやロフィルナの軍艦もヴァルエルク国境まで到達可能とされる。この事は極秘でヴァルエルク政府には伝えられていないが、ヴァルエルク艦隊は自国内に出入りする全てのサニェーラ船を警戒対象としていた。

 サニェーラ国内でヴァルエルク船籍の船が座礁した場合、銀河鉄道省が対応する。ただし、事が大きい場合はサニェーラに存在する宙軍も支援を行う。ヴァルエルク国内でサニェーラ船籍の船が座礁した場合においても両国が協力して対応する。開戦を察知するとヴァルエルク航路の船をすぐさまサニェーラの軍用路線や一般路線を使用してニーネンやロフィルナへ避難させる。

アンドロイド時代

  • 1750年:機械亜人法が制定される。銀河鉄道庁、法務庁が「省」に格上げされた。
    • これを機に銀河鉄道省ではタシュトヘム管理局をサニェーラに、スラーン管理局をファルトクノアに設置予定とする。
法務省では機械亜人法が出来たため、機械亜人の雇用に力を入れ始めた。

  • 1753年:1753式小型貨客船を建造。旅客用1800式貨客船の建造が遅れていたため、いち早くファルトクノア航路を受け持つ銀河鉄道省スラーン管理局の旅客船を補充することを目的に建造された、サニェーラの造船企業は全て1800式貨客船の建造で手が一杯だったため、ファルトクノアにあるスラーン管理局の第一整備ドックと第二整備ドックにて20隻建造された。1756年以降サニェーラ独立国の艦船で艦名を廃止して建造した日付を艦番号とした。

  • 1755年:ミューラー級重巡洋艦1隻をロフィルナへ譲渡。

  • 1759年:第一次スラーン宙域戦争に関するサニェーラ政府の方針
+ ...
戦争に参加する事を決定した時点で戦時体勢へ移行する。
アポラ~ニーネンまでの路線を運休。
豪華列車や特別列車と豪華客船を安全なニーネン・サニェーラ・アクース・レーウス・ジエールへ避難させる。
通常の旅客船や貨物船もロフィルナやファルトクノア等友好国へ避難させる。(徴用艦船部隊が使用するため)
鉄道、民間船の製造を中止し軍艦の製造と修理を最優先事項とする。
運休する路線の貨物列車を動いてる路線に配置して列車の増発と友好国から物資の大量輸入を行う。
戦後は建造中の軍艦が完成次第民間船の建造を再開し、安全の確認が出来次第運休路線も再開していく。
運休路線を再開させた初期の段階はファルトクノアやアポラへの船舶の大幅な増発を行い路線の安定をめざす。


  • 1768年:サイバー戦争に関する出来事
+ ...
銀河鉄道省は運行管理システムに利用するため実験列車58号と実験列車59号による電脳仮想空間技術による無人運行実験を開始していた。ところがサイバー戦争中に実験列車58号が暴走し全速力でアクース発ロフィルナ行の各駅停車2888号(青寝台)と正面衝突事故〈電脳制御実験列車暴走衝突事故〉をおこした。この列車はサニェーラ~ロフィルナを行き来する通勤客を満載していたためサニェーラ人の死者511人、ニーネン人106人、ロフィルナ人が137人、その他の国21人という大惨事となった(民間人が死亡した銀河鉄道省最大の事故)。さらに同日実験列車59号が暴走してニーネンシャプチの駅のホームの車止めに衝突しニーネン人30人、ロフィルナ人9人の死者を出した〈ジャフーグ宇宙港列車暴走事故〉。この事で銀河鉄道省は電脳仮想空間技術による無人運転列車の計画を白紙に戻し、被害にあった方たちに賠償金を払った。


  • 1769年:ロフィルナ循環鉄道の建設を開始する。完成後はロヴィンエルナ-アルソレイム-グランドル-ファループ-プラムスティの順に航行し、再びロヴィンエルナを経由する計画。

  • 1773年:ニーネンと共同でメンタルモデル兵器の開発を目指す。ナプトーとラーオル最高指揮官の合意で開始された。メンタルモデルの素体はニーネンの人工獣人技術を使用する。艦船兵器の製造はサニェーラの設計局でニーネンの監視の元極秘に行われた。この兵器はそれぞれニーネンとサニェーラに分配されるが、サニェーラ側に渡る兵器とメンタルモデルの代りにニーネンの技術者数名とナプトーをサニェーラの法務省管轄第3研究所へ招待し極秘に不老化技術を譲渡した。

反動時代

  • 1780年:サニェーラ独立国海上防衛計画。宙域から発射された対地ミサイルを撃墜するため、新たに3種類の海上艦艇を整備する方針を固めた。
予定では1820年を目処に完了する。

  • 1784年:戦時貨客船の建造を開始。
  • 1785年:シャグマ=ラゴン戦争の勃発からロフィルナ循環鉄道の建設が休止となる。

惑星ツォルマールにおける鉄道施設の停止

  • 1788年:惑星ツォルマールに存在する第3車両基地がセレスティアル・スピアの影響で一時的に機能停止。所属していた列車10編成と、更に時間調整のため停車していた装甲列車1編成、4440号、貨物列車221号、ベロゼア鉱石用貨物列車488号、65号(ロフィルナ周遊列車)、66号(ロフィルナ周遊列車)も被害に合う。基地に停車していた列車は大半がシャグマ=ラゴン戦争により運行停止されていた通常旅客列車を疎開させていた状態だった。人員は待避列車の乗務員や管理職のサニェーラ人職員1名が巻き込まれるも、列車基地の大規模シェルターに避難していたため、無事だった(後にツォルマールの救助隊に救出される)。ツォルマール付近を通過中の快速列車4800号も一時停止という甚大な被害が発生(乗客の感染は一切なし)。事件を聞いたラーオル最高指揮官はショックで暫く鬱状態になってしまう。

 サニェーラ独立国銀河鉄道省スラーン管理局の定期貨客船がツーンカの遊覧船に直接横付けする。ツーンカ航路(ウビウリ~ツーンカ)にはレーウス管理局所属の貨客船15隻と貨物船3隻が割り当てられた。貨物船では主に食糧資源の輸送を行う。

 ツーンカから新型イデアスペース(全て一時的なもの)を3機輸入してサニェーラの銀河鉄道省で試運転して安全が確認でき次第追加で同型を10台発注する
その代わりサニェーラ独立国からは食糧の大幅な輸出増加と、ロフィルナから輸入する鉱石の一部横流しを提案し成立する。

ロフィルナ赤軍による外交官殺害事件

  • 1789年:シャグマ=ラゴン戦争の末期、ロフィルナ革命が始まった初期の頃、ルドラトリアにあるサニェーラ大使館が襲撃を受けて外交官3人が拉致された。ロフィルナ赤軍が犯行声明。サニェーラの外交官はラガ族少女1名、獣人男女2名で、その後、ロフィルナ赤軍の拷問を受けたが、獣人が反抗したため最初に獣人の男性が殺害された。残り二人はルドラトリア協定によって移送寸前の政治犯を釈放させるための交渉材料にされていたが、フリートン政権が拒否したため、獣人の女性が殺害される。最終的に交渉が決裂し、ラガ族少女も殺害された。

 これを期にサニェーラ独立国も内戦に介入。最終的に遺体はサニェーラへ戻され、埋葬された。同年X月にサニェーラ発ロフィルナ行き急行2991号「ルドラトリア17号」、ロフィルナ発ニーネン行き普通列車4101号、ロフィルナ発ツォラフィーナ行き普通列車3550号で同時に列車ジャックが発生し、これらもロフィルナ赤軍の犯行とされた。4101号は犯人の取り押さえに成功したものの、2991号と3550号はテロリストが持っていたWP爆弾により爆破され、乗員乗客全員が死亡する。

  • 1790年:定期カジノ豪華客船「ネッツェレール」が進宙。レーウス~ファルトクノア間を航行する。

以降

  • 1797年:ロフィルナ国内循環路線が開通。以降は同国航空保安省の管轄下で整備され、同産業経営省が運営する。
当時の車両は、1700年代製造の40000型国内線用の通勤型列車と同型車両である。

  • 1799年:定期豪華客船「シチャインピルチ」が進宙。アポラ~サニェーラ間を結ぶ。
直通豪華客船「エスポーノ」:サニェーラ~ファルクトクノア間を航行する。

関連記事

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2020年04月05日 20:38