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Two of us4 - (2011/06/11 (土) 05:38:25) のソース

 ごめん、やっぱり無理そう。だから学校は休むよ。
 朝起きて、皆にそうメールした。ママにも学校は休むと伝えて、部屋に戻った。
 朝の八時だった。普段なら学校に向かってる途中ぐらい。土日は学校に行っていないし、昨日も学校に行ってない。
 もう何日も学校に行ってないんだ。まあ律がいないんだったら、学校なんて行く意味なんてほとんどないけれど。
 部屋に戻ったら、律は窓際に立って外を見ていた。そこから見たって、特に景色が見えるわけじゃないのに。
 それでも外を見つめる律の横顔は、朝の爽やかな陽光と相まって、とても大人っぽく色気を帯びていた。
 笑ってるようにも見える。でも、そうだともいい切れない微妙な表情。
 私は立ち尽くして、何も言えなかった。
 律が私に気付くと、白い歯を見せた。
「おっ、ママさんなんだって?」
「うん。休むって言ったら、そうしなさいだって」
「そっか。うん、そうしなさい」
「そうするよ」
 私は律の隣に行って、一緒に窓の外を見た。空は明るくて、どこまでも青が続いてる。
 私の家は隣の家とかはなくて、少し広い所に一つだけあるみたいな感じだから空がよく見えた。
 鳥は鳴いてたし、いつもと変わらない穏やかな世界だった。
 でも、私たちは全然日常的じゃなかったし、私の心だって、天気の良さや空気の和やかさに感嘆できるほど踊ってもいなかった。
 ただ律と並んで、窓際に手を付いて、外を眺めるだけ。
 本当に、いつもと違う日常なのかと自問した。
 でも、今はいつもと違うんだ。何回も、そう思ってしまう。
「どうする澪」
「んー……」
「学校行かないとなると、何にもすることないな」
「んー……」
「聞いてるか?」
「んー……」
 私は聞こえていたけど、でも、どうにも返事をする気力がなかった。
 元気もないしやる気もないし。なんだか頭がぼーっとする。
 寝起きだから、じゃない。でも、まるで寝起きみたいに、ふとしたら特に大したところもないような場所を見つめてたりとかしていた。
 疲れてるのかもしれない。だからさっきのような、間抜けな返事ばかりしてしまうのかもしれなかった。
「まさか一日中家?」
「駄目?」
「いや、駄目じゃないけど……何すんの?」
「うーん……読書、とか」
「こら。りっちゃんが読書で一日潰せるとお思いで?」
「なら、DVD見るとか」
「それなら一日潰せるかもな。澪んちにあったっけ?」
「最近は見ないからなあ。そこの本棚にないか?」
「うーん」
 律は窓際から移動して、本棚まで行った。その姿を私は見つめる。
 DVD見て一日潰す? それで私はいいんだろうか。
 別にいいし、出来れば家に引きこもってたい。
 でも、今はそんなの見ても楽しくなんかないだろうなって思った。読書ってさっき提案したけど、実はそんなのやりたくなかった。
 気が滅入ってるから、活字をじっくり読んだらますます気疲れしてしまいそうだ。
 そう思うと、私の家には一日中暇を潰せるようなものがまるでない。
 まあ普通誰の家にもそんなのないかもしれないけど……漫画だってちょっとしかないし、だいたい休みの日は律と出かけたり一緒に雑誌読んでるだけで時間が潰せるから。
 でも、今は雑誌読んだりじゃれあったりするだけじゃ時間は潰せないってこと、私は薄々分かってた。
 いつもと違うんだ。私が雑誌読んでたら、律が膝に乗ってきたり後ろから抱きついてきたりする。
 そこから私が怒って、そのままじゃれあって、律のこといじったり、そのままああいうことに発展してお互い触りあうけど。
 でも、今はそういうのにならないんだよ。律は私に触れないし、私は律に触れないんだから。
 律は本棚から適当なDVDを取り出して、近場にあったDVDプレーヤーを持ち出す。
 部屋の中央の小さなテーブルの上に置いてセットし、起動した。
 私は窓際にいてもあれだったから、ベッドまで移動して座る。
 律の横顔が見える位置。でも、全然楽しそうじゃなかった。
「澪は見ないの?」
 律がボタンをポチポチ押しながら私を見た。
 別にいいや、と断った。見たくないわけじゃなかった。でも見たいわけでもない。
 今見て、いつも一緒に律と見てる時のような興奮を呼び覚ますことができれば、それはいいことかもしれない。
 でも、頑張って元気出してもどうしようもない気がした。
 私は律の横顔が見えるようにベッドに横になった。
「えっ、寝るのか?」
「いや。律を見てる」
「なんじゃそりゃ」
 そのまま律はDVDを再生する。ライブのだから、歓声がまず湧き上がった。律はそれに集中できず、私の方をチラチラと横目で見ている。
 どうやら私の視線が気になっているようだった。そのチラチラっとするのがなんだか可愛くて、私はじっと律を見つめた。
 しばらくして律が、叫んだ。
「だあー! こっち見るなよ! 恥ずかしくてDVD見れないだろ!」
 律は立ちあがると、真っ赤な顔で私に指をさす。
「だってー……やることないし」
「で、私を見つめるわけかい! えーと、澪にも何かあるだろ?」
「ない」
「じゃあ一緒に見ようぜ」
「それもヤダ」
「なんだよー、だったら何がしたいのさ」
「何にもしたくない」
「……」
 律は呆れたように息を吐くと、爽やかな顔になって、DVDプレーヤーの電源を切ってしまった。私は寝転がったまま、言った。
「なんで? 見ないのか」
「よくよく考えたら、こんなときにDVDなんて見てるのは馬鹿だろ?」
「いーよ別に。どうせ暇なんだしさ。私のことなら気にするなよ」
「気にする気にする。それに、別にDVDが見たいわけでもなかったし」
 律は取り出したディスクをケースにしまって、本棚に戻した。
「愛しの澪ちゅあんが悲しそうにしてて、ほったらかしになんかできねーだろ」
「そーだけど……」
 私は横向きに寝ていたけど、なんだか気恥ずかしくなって、うつ伏せになって寝た。
 律の足音は、聞こえなかった。幽霊のくせに、足はある。でも、足音はない。
 ということは、私が律から視線を外したら、もう私は律を感じることができないってことかもしれない。
 目を閉じれば、私は律を感じないのかな。
 昨日寝るときは、意識してなかった。
 いつもなら、律がそこにいるんだってなんとなくわかるんだ。
 足音でもわかるし、そこに律がいるんだってことがわかるような、そんな確かな自信は私の中にあった。
 根拠はない。
 でも、センスとか感覚とか、長年の勘というか。
 とにかく、律のことだったらなんでもわかると自負してる私。
 でも、今だけは違うんだ。
 足音も雰囲気も感覚もない。眼を閉じれば暗闇が広がって、律の気配は感じなくなる。
 だって幽霊だから、仕方ないことかもしれないけど。
 でも、すっと何かが冷めるように。
 視界に入ってるときには感じていた安心が、暗闇に身を投じた瞬間、素早く消え去るのだった。
 つまり、律は、そこに存在してるけどしてないんだ。
 怖いよ。
 怖い、律。
 私今、律の存在がそこにあるんだって。幽霊だとしても傍にいてくれるんだって確認したり理解してなきゃ、怖くて震えるんだ。
 ……そんなの嫌なのに。
 私は、また泣きそうになった。
 だけど。
「みーおー」
 馬鹿か私は。
 不安なら、律をずっと見てればいいんだよ。
 わざわざ反対方向を向いて悲しんでても駄目じゃないか。
「なんだよ律」
 私は体を捻って、律がいるだろう方を見た。
 律は本棚の前に立ったまま私を見てた。
 目が合って、数十秒見つめあう。
 律は笑った。
「どっか、外に行かない?」




■




 律は幽霊だから、空中浮遊が出来た。あと、私は行くことができないような塀の上や、ガードレールの上も歩く。
 私たちは何処というあてもないまま、ただ街中を彷徨っていた。私からすると、幽霊とか云々を差し置いて、足もあるから普通の律だ。
 だから、そのバランス感覚に先ほどから度々感心するのだけど、でも、幽霊だから出来て当たり前か。
「繁華街の方に行くのか?」と律。


 道なりに歩いて、商店街にやってきた。ガードレールのようなものもなくなって、律は普通に私の横に並んで歩きだす。
 この商店街には、クリスマス会のプレゼントを買いに来たこともあったし、何かと私と律はここに買い物に来ることが多かった。
 だからなんとなく来てしまったけど、別にやることなんてないし。私は一応私服だけど、高校生。補導されたりしないかちょっと心配だった。
「んー、律は何処か行きたいところないの」
「別にー」
「外行こうって言ったの律だろ。何処か行きたい場所があったんじゃないのか」
 商店街は、平日の午前中なのにやはり人はたくさんいた。
 でも、休日や夕方以降に勝る活気ではなくて、でも、そのくらいの方が私はよかった。人ごみも嫌いだし。
「澪はないの、行きたいとこ」
「うーん……」
 私は、人の視線が気になった。
 そういえばそうだった。
 私を通りすがっていくこのたくさんの人たちは、律の姿が見えないんだ。
 だから、私がずっと一人で歩いて、一人で何か喋っているように見えてしまう。
 そういえば全然考えてなかった。昨日、ママにちょっとだけ変に思われて気をつけなきゃって思ってたのに。
 道行く人とすれ違う人が、なんだか私の方を気にしてたのは……それだったんだ。
 ひとり言を喋る女の子。一人ぼっちで、誰も周りにいないのに、何かぶつぶつ喋ってる女の子。
 学校も行かず何やってるんだろう。
 皆、そう思ってたんだ。
 それに気付くと、急にゾッとするような寒気が襲った。
 怖い。不安だ。
 ただでさえ目立つのが苦手なのに、無意識のうちに目立ってしまっていた。
 恥ずかしい。顔は熱を帯びるというよりも、後悔や罪悪感にも似た黒っぽい切迫感が胸を締め付ける。
 そして、何より。それを意識するということは、律との会話が制限されるということだった。
「澪?」
「……律、どこか人のいないところに行こう」
 私はそっと呟いた。
 この時の私の顔は、どんな顔だったんだろう。律は口を一文字に刻んで、酷く真面目な顔をした。それから、両腕を後頭部に回す。
「そうだな。公園にでも行くか」



■


 
 昔からよく行く、思い出の公園だ。
 今も使っている子供がいるのだろうか。例えば私と律なら、中学生ぐらいまでこの公園に来ていた。
 律はドラムスティックだけ買って、この公園のタイヤを叩いて楽しそうにしてたこともあった。
 私はそれを眺めてる時、すごく楽しかったんだ。
 そんな思い出が、すっと流れ込んでくる公園に足を踏み入れて、私たちは二つあるブランコにそれぞれ腰掛けて、キーキーと小さく揺らしながら会話した。
「今頃、皆は学校なんだよなー」
「うん」
「サボちゃって、澪ちゃんったら悪い子ねー」
「う、うるさいな」
 私はそっぽを向いて、そう返した。
 今頃皆は何をしてるんだろう。時刻は十時半。ちょうど二時限目の途中ぐらいだろうか。
 もし私が学校に行ってたとしたら、多分授業に集中なんてしてなかったんだろうなあ。
 律のことばっかり考えてて、上の空でさ。ノートは取ってるはずなのに、途中からそれすらも面倒になってくるはず。
 それで、ぼーっと定まらない視線で、黒板を見ているだけだっただろう。
 それが嫌だったから。あと嫌なこと一杯あるから、だからここにいる。
 もう、そういうこと考えるの何回目だ私。
 そうやって反芻したり、状況を整理したり、嫌なことが一杯あるんだって繰り返す度に辛くなってるの、自分でもわかってるはずなのに。
「これから、どうなんのかな」
 律がボソッと呟いた。さっきまで私をからかってた時の声とは、随分聞こえ方が違った。
 私はそっぽを向いていたけど、その一言で、すぐさま律に視線を向けた。
 昨日から、律の横顔を何度も見るけど、今もまた、とても大人びた顔をしていた。いっつもそうだ。律はずるいんだ。そうやって私の心、ドキドキさせてさ。
 でも今は、素直にそのドキドキを受け入れられなかった。
「わかんない」
「まあ、わかったら逆にすごいよな」
「律には、わからないの?」
「わからないよ。そりゃまあ、私は死なないとか、いつかは絶対目が覚めて元通りに戻れるのはわかってるんだけどな」
「いつかって、いつ?」
「知らない。お医者さんは、なんて言ったんだ?」
「本当は、すぐに目が覚めるって言ってたけど」
「すぐって、どのくらい?」
「私が聞きたいよ」
 そっか。
 律は最後にそう呟いて、ブランコを揺らした。鎖の硬質な擦れる音。この律が、幽霊だなんて本当に信じれない。
 何度も言えるけど。油断したら、本当にいつもの律だと勘違いしてしまうんだ。
 そうだったらいいな、早くそうならないかなって想いが、余計にそうさせてるのかもしれない。
 私が気になってること、不安になってるのは。とにかく早く律が目覚めて欲しいこと、あと、律が皆に見えないこと。そして……触れないこと。
 特に触れないことは、私に今までで一番の痛みを作った。
 私は、普段律に触れて生きてたんだ。だって、ふとした時に律に触れないことがとても辛い。
 普段――つまり、いつもの日常の中で、私と律は無意識だけどたくさん触れ合ってきたんだ。
 比喩じゃない、手や足や、私の肌と律の肌で、体の全てで、私は律を感じてたし、律も私を感じてたと思う。
 それが今はどうだよ。目の前にいるのに、触れないんだ。
 近くにいるのに遠いなんて言葉は使いたくなかった。
 私と律は幼馴染だ。
 今は恋人同士だけど、でも、恋煩いをしている時期は……幼馴染って関係が壊れちゃうのかなって怖かった時は、律のことを一番近くて遠い奴だと思ってた。
 結果私たちは恋人同士になって、遠くなんかなくなった。
 ずっと近く。
 それなのに、今度は物理的に遠く感じるようになってしまった。
 まるで、遠くに行ってしまった律のバーチャル映像をそこで流されているみたいだった。
 確かに目では見えるのに、触ることができない。
 体温や感覚で、私の体で律を感じることができない。
 悲しいなんてものじゃないよ。
 もう嫌だよこんなの。
「澪は私が大好きだからなー、早く目覚めて欲しいよなー」
「目覚めるのは、お前だろ」
「自分の意志で目覚めれたらとっくにそうしてるって。前も言ったけど、タイミングが来ないと多分、私は元通りになれない」
「いつなんだ、それ」
「だから、知らないってば」
「……」
 不確定な未来に期待をすることなんてできない。
 怖い。不安。律が死なない? 寝たきりになって、その魂が幽霊として現れたのに? 
 何を根拠にそんなこと言えるんだよ。私にはわからない。
 幽霊には自分の元の体のことがわかるのだという。
 わかっても、絶対そうだとは言い切れないじゃないか。
 そこが怖い。
 元に戻らなかったらどうしよう。律が死んじゃったら……律が死んじゃったら、私……――。
 寒気が全身に押し寄せて、鎖を持つ手も一気に冷たくなった。
「ま、大丈夫だって! 心配すんな!」
 律が笑った。
 私はその笑顔が、急に憎たらしくなった。
 いっつもだ。
 いつもいつも、律は笑ってばっかりだ。
 心配すんな。 
 そんなの。
 そんなの、無理に決まってる。

「なんでだよ!」


 私は立ちあがった。律に向かって、大声を張り上げる。
「なんで律は、そんなの元気でいられるんだよ! 笑ってられるんだよ!」
 昨日から律は、笑ってばっかりだ。
 私ばっかり悲しんでるんだ。
「不安なんだよ、悲しいんだよ。私は、私は辛いんだ。それなのに、律はなんでそんなに意気揚々としてられるんだ! 
 もう私のこと、好きでもなんでもないのか? この状況で悲しむ必要がないくらい、もう律は私なんかどうでもいいんだろ!」
「ち、違うっ……それは」
「私が馬鹿みたいじゃないか。律のこと、ホントに大好きで、律が幽霊になっちゃって、不安なことたくさんあるのに。
 律はそれを、全部笑って一蹴りする。私ばっかりだ。私ばっかり律のこと好きで、馬鹿みたいだ……っ!」



 自分で、言ってることが意味わかんないと思った。
 律の顔を見つめているのが、痛かった。
 律の顔が、ちょっと歪んだ。
 泣いてる、私。
 その顔を隠す様に、私は腕で顔を覆って駆け出した。
 私は逃げた。
 泣きながら、家に帰った。


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