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Two of us10 - (2011/06/11 (土) 05:53:02) のソース

 それから少しして、律の家から携帯に電話があった。
 おばさんだった。
 内容は、律が病院で目覚めた途端病院を抜け出したこと、そして多分秋山さん――つまり私の家に来ると思うから来たら連絡してくださいとのことだった。
 律は、目が覚めた後の検査もせずに駆け出してきたらしかった。
 律らしいと言えば律らしいのかな。それだけ、私のところに早く帰ってきたかったのだろうか。
 そんな律は、まだ私のお腹に顔を押し当ててメソメソしていた。
 私はおばさんにわかりましたと伝えて、電話を切った。
「律、おばさんが、もし律に会ったら連絡してくれってさ」
「しないで、いいよ」
「なんで?」
「だって、病院に連れ戻されちゃうだろ。嫌だ。まだ澪とくっついてたい」
「……ふふ」
 私は律の頭を撫でた。私だって、今、律に思いっきり甘えて、ずっとずっと律と触れ合っていたいって気持ちだった。
 だからおばさんごめんなさい。もうちょっとだけ、一緒にいたい。
 この温もりも声も、すっごく久しぶりな気がするから。
 連絡遅くなるといろいろ迷惑だから、あと十五分……いや、二十分。
 いや、ずっとずっとそうしてたいよ。
 律のこと抱き締めていたいよ。
 こういうの久しぶりだから。失ってたものだから。
「……澪」
「……本当、おかえり律」
「ただいま澪……ごめん。いろいろとさ」
 律は顔を上げ、目を細めた。見つめあう。
 この眼差しも。全然悲しそうじゃない、律のいつもの瞳で見つめられるのも、本当に久しぶりだった。
 もう何もかもが久しぶり。
 触られるのも触るのも、その声で名前を呼ばれるのも……本当に、私が取り戻したかったものなんだ。
「やっぱり、戻った方がいいよ律」
「嫌だ」
「……でも、このままじゃおばさんたちに心配かけたままだろ? 律は無断でここに来たんだから……」
「でも、澪といたい」
「そりゃ……私もいたいよ」
 私は律の甘い声に応えるように、さっき律がしてくれたみたいに思いっきり律を抱きしめた。
 律の匂い、とか息使いも、全部懐かしく思えて。
 このまま押し倒そうかと思った。
 でも、まだ患者服だし、検査とかいろいろあるし、おばさんたちも心配させたままだ。
 律が戻ってきてくれただけで、私は嬉しい。急ぐことなんてない。
「……澪が一緒ならいいよ」
「えっ?」
「だから、澪も一緒に来てくれるなら病院に戻る」
「……馬鹿律。当たり前だろ。一緒に行くよ、病院に」
 ありがと、と律が小さく言った。
 今はお互いに抱き締めあってて、顔や表情は見えなかったけど、私の背中に回ってる律の手が、ギュッと服を摘んだ気がした。
 私もそれを受け入れるように、まだちょっとだけ震えてる律を、愛おしく抱きしめた。もうずっと抱きしめてたい。
「じゃあ電話するぞ」
「うん」
「おばさんたちにも謝れよな」
「うん……あはは」
「何笑ってんだ?」
「なんか、可笑しかったんだ。嬉しいんだよいろいろ」
 私も吹いてしまった。確かに、なんでもないのに可笑しかった。
 嬉しいな。
 こうやって律と笑いあえるの、やっぱり最高に楽しいよ。





■
 
 


「おめでとー!」
 部室に律と二人で入ると、バーンとクラッカーが鳴らされて、頭上から紙吹雪が降ってきた。
 私たちを迎えたのは、唯とムギ、梓、和、そしてさわ子先生だった。キョトンとする私と律は、クラッカーから噴き出たロールテープの連打に立ち止まる。
「な、なんだ?」
 律がまず問うた。
「何って、お二人の快気祝いです」
 梓が両手を胸の前で合わせて意気揚々と言った。
 快気祝いって、別に私はなんでもなかったんだけど……実際入院してたのは律だし。
 私がそう言うと、ムギが何やら興奮しつつ付け加えるように続けた。
「りっちゃんがいない間、澪ちゃんも見てられないくらい落ち込んでたでしょう?」
「ま、まあそうだけど」
「へへ、澪しゃんは私がいないと駄目だもんなー」
「う、うるさいな」
 律が肩を組んできた。
 実際そうだったけど、私は恥ずかしかったし、それに皆の前だからとりあえず言い返す。
 もし二人っきりだったら……律がいないと駄目なこと、簡単に認めて律に甘えちゃうんだろうな私。
 そういうとこ、自分でもちゃんとわかってる。
 でも、甘える姿とか、私の素直な言葉とか、そういうのは、やっぱり律にしか見せたくなかった。
 だから、こういう皆の前では、やっぱり律をあしらうしかないのだ。
「そういうやり取りも久しぶりだねー」
 唯が笑った。
 確かに久しぶりだ。律をうるさいとか言ってあしらうのも久しぶり。
 だって、この五日間は、あしらうような機会があっても、やっぱりそこに悲しさがあったから。
 でも、やっぱりそういうやり取りだって、私は愛しかったんだ。
 律が私にへばりついてきたりからかったりするのを、私がちょっとだけ冷たく返す。だけど満更でもない。
 そういうのも、私は好きだった。
 それだって大事な大事な日常だったんだから。
「二人が揃ってないとやっぱり駄目ね」
「そうね。二人のイチャイチャが見れないと寂しいものよ」
 和に続いてさわ子先生が続く。どうやら私と律は、本当に二人で一つぐらいな勢いで思われてるみたいだった。
 それはそれで、嬉しい。私も二人と同じことを思う。
 私たちは揃ってないと駄目だし、イチャイチャ……って自分でいうのもなんだけど、とにかく律と絡んでないとやっぱり私自身も寂しいのだった。
「ささ、ご両人座ってください」
 唯が手を広げて奥へと誘った。いつものテーブルの上にはケーキが置いてあった。
 そして何気に大きい。今までは大抵ショートケーキだったのに、今日はホールだった。
 何日か前から、こういう催しするのを計画してたの? って梓に尋ねた。すると、
「はい。律先輩が入院した次の日くらいにはもう計画立ててました。二人が部室にちゃんといつも通り戻ってきたら、何かお祝いしようって」
 と返してくれた。
 そういえば、律が入院した二日目の、私が幽霊の律と一緒に学校へ行った朝の登校の時、校門のところで梓は――
 『多分澪先輩たちのことを考えると、何かしなきゃって気になったんだと思います。私もムギ先輩もそうですし』と言ったような気がする。
 あの後、梓は逃げるように去ったんだ。その『何か』っていうのがこのことだったんだ。
「座ってください。主役はお二人ですよ」
 梓は微笑んだ。私と律はいつもの向かい合う席に座って、ケーキを見つめた。私と律は座ってるけど、他のみんなはまだ立ったままで、私たちを囲んでいる。
 中央のチョコレートはハート型で、律と澪の名前が並んでいた。こ、これって……。
「なんだよこのチョコ! は、は、ハートって」
 私が何か言う前に、律がカァーッと顔を赤くさせながら叫んだ。私は恥ずかしさで俯いてしまった。
「りっちゃんと澪ちゃんはラブラブなんだから、ハートのチョコでいいと思ったんだけど」とムギ。
 間違ってないけど、間違ってる。「そ、そうだけど」と律がなぜか納得させられて、口を尖らせて恥ずかしがった。
 可愛い……じゃない。私は心臓がバクバクしてて、恥ずかしさを通り越していろんな想いが巡ってきていた。
「ささ、ケーキ入刀!」
 唯がナイフを持ってきた。和が「ほら、澪、律と並んで」と私を囃したてた。
 私は本当に恥ずかしくって、でも、ケーキ入刀って言われた時満更でもない気がしてて。
 言われるままに律の隣に行った。
「み、澪……」
 律の顔は本当に真っ赤で、私はドキドキした。
 十秒間ぐらい、見つめあった。もしここが誰もいない場所だったら、キスだってしたし抱いたりもしただろうと思った。
 でも、それは今は出来ない。
 私はなんとか理性を貫いて、ほらナイフと、唯から受け取ったナイフを律に持たせた。
 私は律のそのナイフを持った右手を包むように、自分の右手を重ねる。
 律の手……。
 同じ右手を重ねているので、当然私と律の体は密着した。
 あれ、結婚式のケーキ入刀って同じ手で持つんだったっけ。
 こんなにも新郎新婦が密着してるとこみたことないような。
「り、律……」
「……や、やるぞ」
 二人の右手が、ケーキを八等分した。律との息は結構簡単に合ったので、それほど手間取らなかった。
 ただその間、ムギがやたらとはしゃいでいた。
「さすが二人ね! それに、入刀は普通左手と右手でやるなのに、同じ方の手を重ねてわざと体を密着させるなんて!」
「策士ですね澪先輩」
「やるねえ二人とも!」
 えっ? 嘘。
 そうだ! 
 新郎新婦って、ケーキ入刀の時、左手と右手でナイフを持つんだ。
 慌てたのもあるだろうし恥ずかしさが先行してて混乱してたのもあるし、
 何より寸前で律と見つめあってなんかもういろいろと頭がパンクしそうだったから……焦ってそんなの忘れてたんだ。
 ってか新郎新婦って自分で言うのも変だ。もうわけわかんない。
「こらあ澪! な、なんでそんな持ち方したんだよ」
「り、律だってわかってたんなら言えばいいだろ!」
「うっ……だ、だって」
 律はまだ顔を赤くしてた。なんだよ、そんなに顔を赤くして口を尖らせて、目を逸らすなんて……こっちまで恥ずかしくて何も言えなくなるじゃないか。
「まあまあ二人とも。夫婦喧嘩もそこまでにして」
「和先輩、言ってることが直球すぎます」
 別に喧嘩に発展する気はまったくなかった。
 ああでも、安心して喧嘩できるのもすっごく久しぶりに思えた。
 幽霊の律とは、一度だけ私が大声で怒鳴ったことはあったけど……でも、やっぱりあの時だって怖かったんだ。
 だから怒鳴ったって、何にも怖いままで。
 でも今の言葉も喧嘩のような言い合いも、ちょっとだけやっぱり嬉しかった。
 喧嘩になるのはいつものことだし、喧嘩するのはあんまり嬉しいことじゃないけど……。
 でも、それもやっぱり小さな日常だし、喧嘩には[[もっと]]仲良くなる仲直りも待ってるし。
 懐かしくてくすぐったくて。やっぱりこうじゃなきゃ、私と律はって思った。
 律と目が合って、お互いにぷっと吹き出して笑った。
「ごめんな澪」
「いいよ、別に悪いとかそういうのじゃないだろ」
 二人で笑いながら言った。


 じゃあ食べましょう、という声で皆は席に着いた。
 それからいろいろ話をした。
 大抵は、律がいない間の私の落ち込み具合の話だった。
 酷かったーとか、やっぱり律がいないと私は駄目だとか、そういう話。
 私がこの数日間とても酷かった、というのは、幽霊だった律は当然知っている。
 だけど律は、うんうん頷いて、時折私をからかったのだった。
 全部知ってるのに。
 でも律は、まるで知らなかったとでもいうように白い歯を見せて、皆の話を聞いていた。




 唯が美味しそうにケーキを食べながら言った。
「やっぱり二人は一緒にいなきゃ駄目だね!」
 




■
 



「またねー」
「お疲れ様でした」
「また明日ねー」
 唯とムギ、梓と別れて、私と律は岐路に立った。
 夕方のオレンジがやっぱり綺麗で、私と律の二人分の影が伸びてる。
 さっきまでずっと騒がしかったから、二人になると妙にしんみりした。なんだか気恥ずかしかった。
 律が幽霊から元に戻ってもう二日目。ちょっとだけ元に戻るのに慣れた。
 少し前までは、この隣にいる律に触れなかったし、声が届かない時間だってあったんだ。
 それが信じられない。今こうやっていられることの幸せを噛み締めるとか。
「楽しかったなあ澪」
「そうだな」
 今日は本当に楽しかった。皆とわいわい出来て楽しかったし、久しぶりに律と学校に行けて本当に嬉しかった。
 今日一日、いつも通りの日々を過ごせて、私はとっても楽しかったし、幸せだったし……もう何とも言えないぐらい、気持ちが良かったんだ。


「澪」
「うん?」
「手、繋いでいい?」


 律が顔を赤くした。
 夕陽の所為じゃない。だって、夕日は私たちの後ろだから。
 だから確実に律の顔は赤くなってた。
 そしてきっと私も。私はどぎまぎして上手く返せなくて、うんと頷くだけで、まるでひったくるみたいに律の手を掴んだのだった。
 例えば、初めて恋人同士になって一緒に帰ってる時のような。
 律が幽霊になる前だったら、手を繋ぐだけじゃこんなにもすっごく恥ずかしいなんてならなかった。
 なんか、恋人同士になったばかりに戻った気分だった。
 何事も初々しく感じて、恥ずかしくて……顔も直視できない。


「どう、久しぶりの学校」
 歩きながら、私は尋ねてみた。
「うん、やっぱり楽しいぞ」
「そうだな。私も楽しいよ」
「やっぱ私がいるからだな!」
 律が顔赤くしながらも、いつものノリで言った。
「そうだよ」
 律がいるから、というよりも、律がいることを皆がちゃんと見えてることかな。
 律が傍にいるだけで楽しいのなら、幽霊の時点で楽しめてる。
 そうじゃなくて、やっぱり触れたり殴ったり喧嘩したり声掛け合ったり笑えたり……何の不安もしがらみもなくて、
 怖さもそういうのもなんにもなく、いつもの日常に戻れたことが大きかったんだ。


「律がいたから、律がいつもみたいに、笑ってくれて、隣にいてくれたから楽しいんだよ」
 続けた。
「こうやって手も繋げて、触れて、声も聞こえて……そういうの、やっぱり大好きで、嬉しいし楽しいんだよ」


 律が幽霊になった時、私は少しだけ嬉しかった。
 律が病院のベッドで、目覚めないままなのが寂しかった。
 だから例え幽霊でも、私の前にやってきたのは嬉しかったんだ。

 でも、それは違った。
 姿が見えるだけじゃ、満足できなかった。
 触るってことが、触れることや抱きしめられること。
 こうやって手を繋げることも。
 あと、私と律が、何のお構いもなしに絡めること。
 私と律が一緒にいるのを、皆が笑って囃したてることも。
 やっぱりすごく、大事で、大切で、大好きな、私の毎日。
 何よりも。
 律が、いてくれるだけで。
 律が傍にいて、手も繋げて、キスも出来て、抱きしめられるの。
 
 もう二度と、失いたくない。
 ずっと抱きしめてたい。
 全部、私の物にして、ずっとずっと。
 全部、律の物にして、ずっとずっとさ。

 私たち二人じゃなきゃ。
 皆には、この数日間『私一人』にしか見えてなかっただろうけど。
 私たちは、一人じゃなくて、二人なんだ。

 私たちたち二人。


 
「澪……」
 言っててかなり恥ずかしかった。
 でも本心だった。
 つまり。
「大好きだ、律」
 恥ずかしかったけど。
 その言葉だけは、面と向かって言わなきゃ。
 だから、律の顔を見て言った。
 律も笑顔で。


「私もだよ澪! 大好きだ!」


 道端だったけど、キスをした。


 律の全てを、私の五感全てで感じ取ってた。
 そして大好きってことも、心で感じてた。
 温もりは、指先で感じてた。
 大好きって気持ちは、この胸の高鳴りで感じてる。
 律の存在、全部全部感じてる。

 大好き律。
 大好き澪。

 これからも私たちは、二人を感じていく。
 私たちの全てで。
 私たち二人で。


「帰ろっ! 澪!」
「うん!」


 私たちは家路を辿った。



 ただいま! 私たち二人。





 


■fin


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