けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

ROCK!!21

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 あの日からもう四日経って、八月二十日だ。
 あずにゃんから電話があった。私はベッドに座って電話に出る。
『……おはようございます、唯先輩』
 おはようございますとあずにゃんは言ったけれど、もうお昼前で、一階ではもう憂がお昼御飯を作り始めている。
 その憂も、三日間部活にあずにゃんが出てこない事を心配していた。
 今日の部活はこの後一時からだけど、それにあずにゃんが来るか来ないかで酷く不安そうな顔をしていた朝の憂をまだ覚えている。
 憂じゃなくて私に電話するということは、『放課後ティータイム』単位での話だろうか。
 それとも……澪ちゃんとりっちゃんのことなのかな。
 電話の声に元気がない――もちろん久しぶりに会ったあずにゃんに、元気なんてものはなかったけれど――ので、多分後者だろうなって思った。
「おはよう、あずにゃん」
『……っ……あの、唯先輩に、頼みごとがあって……』
 鼻水をすすったり、咳き込んだりするあずにゃん。
 どうも様子がおかしい。
「あずにゃん……泣いてるの?」
 はっとしたような声が漏れて、ごそごそとする音も聞こえる。
『な、何言ってるんですか。そんなことありませんっ』
 ああ、涙を拭いたんだなあってわかっちゃった。
 昔から強がる所だけ変わってないね。
 何で泣いたかは……なんとなくわかるけど。
 言わないでおこうと思った。
「……うん。それで、どうしたの?」
『はい。あの……後輩が、唯先輩にギターを教えてほしいらしくて』
「私に?」
 りっちゃんと澪ちゃんの事なのかと思ったら、全然予想と違っていて驚いた。
 あずにゃんの後輩の――名前はうろ覚えだけれど、でもギターの上手な子が入ったのは知っていた。
 だけどなんで入部の時点であずにゃんですら上手いと認めるような子が、私なんかにギターを教わりたがるのだろう。
 そんなに上手いとは言えないと思うし、ギー太にも悪いなあ、あずにゃんにも申し訳ないなあと常日頃思っていたのに。
「どうして?」
『春に学園祭のライブDVD見せた時から、会いたいって言ってたんです……。
 さっきもメールがあって、昼から平沢先輩に部活に来てほしいって』
「ふーむ……」
 私は唸りながら部屋の隅に立てかけてあるギターケースを見た。
 帰ってきてから適当に弾いている。
 この数日、放課後ティータイムの曲をいくつかギターだけで演奏したし、大学の下宿でムギちゃんと何度も弾いた。
 だから一応は楽譜なんかは頭にある……つもり。
 そして机の上に広げられた幾つかの本と参考書、そしてレポート用紙にも目を向けた。
 大学のレポートもあったので、ここ数日それにも取り組んでいた。
 ここで問題なのが和ちゃんの言う通り、私はとても極端なので、他の何かに集中すればそれ以外は非常に駄目になってしまう。
 だから、昨日までレポートに専念していたからもしかしたらギターのテクニックやコード、楽譜も全部頭から抜けているかもしれない。
 ……だから後輩の子の期待に添えられないかも……。
 でも、会ってみたいな。
「うん、行くよ。憂と一緒に行くね」
『――――……はい。お願いします』
 微妙な間を、私は聞き逃さなかった。
 憂と一緒に行く。
 その言葉に反応したのかもしれなかった。
「……憂は、連れて行かない方がいいの?」
 回りくどく怒ったように聞こえてしまったかもしれない。
 あずにゃんはすぐに言い返してきた。
『そ、そんなことないです! ただ……』
 私は黙っていた。
 あずにゃんは、戸惑ったように声を詰まらせて続けた。
『憂にも、純にも……皆に迷惑かけて……私、部長なのに……新しい軽音部と、前の軽音部を……比べちゃうんです。
 皆頑張ってくれてるのに……純のベースは澪先輩より下手だとか……後輩の子のドラムがどうとか……比べちゃって……』
 その声は、前に部室で二人きりの時私に告げた時と似ていた。
 苦しさを曝け出す時の、すごく痛い胸。
 あずにゃんは、りっちゃんと澪ちゃんの事だけに悩んでいたわけじゃなかったんだ……。
 あの二人の事と、部活に楽しめない事が重なって、自暴自棄になっていたのかな。
 ……私あずにゃんのこと、全然わかってないね。
 ムギちゃんもだ。
 私はムギちゃんの事、全然わかってなくて……でもわかったような気でいて。
 りっちゃんに気持ちを伝えてなんて軽々しく言ってしまった。それがどんなにムギちゃんにとってショックなのか。
 そして伝えた後の苦しみだったりを、私は全然理解していなかったんだ。
 ムギちゃんも言ったように、私はまだ恋を知らないから――だから、ムギちゃんの気持ちはわからなかったけど、今ならわかる。
 ムギちゃんは想いを伝えただけだった。
 澪ちゃんからりっちゃんを奪いたかった。それだけだった。
 それが願いで、やっと叶った。ムギちゃんが『したかった事』なんだ。
 好きな人が欲しいと思うのは当たり前だ。
 なのに私は、それを『酷い事』だなんて……。
 そりゃりっちゃんと澪ちゃんからしたら、好き合っているのに別れてと言われるのは
 一般的に見ればあまり快いものじゃないとは思う。
 でもだからって私は、ムギちゃんの気持ちを否定した。でも、ムギちゃんを肯定することもできない。
 誰が悪いわけでもないのに。
 私の思考と、あずにゃんの囁きは連なる。
『私部長なのに……! 皆の事、まだ信じれないんです……。
 憂も純も、後輩も……頑張ってくれてるのにっ……澪先輩なら、律先輩だったらって、いっつもそんなことばっかりで……!』
 私があずにゃんなら、どう思うのだろう。
 大好きな先輩が卒業してしまって。
 新しいメンバーで軽音部を続けることに、楽しさを見いだせるのかな。
 もちろん新しい誰かと一緒に演奏したり、新しい曲作ったりするのは楽しいと思う。
 皆で重なるのはすごく気持ちがいい。
 でも、今までずっと一緒だったメンバーとさよならして、すぐに新しいメンバーと今まで通りに楽しめるかと言われても……自信はない。
『それに――』
「……?」
 あずにゃんの言葉は途切れた。
「あずにゃん?」
『……なんでもないです。その……私、部活に出ないので……』
 部活に出ない。
 それは、この後私が後輩の子にギターを教える時のこと?
 それとも……これからずっと、という意味?
 不安は煽られる。
 どっちにしても、嬉しくない。
「部活、行かないの?」
『行っても楽しめません……それに、私みたいな子がいたら邪魔ですよね……』
 あずにゃんの声は萎縮して、語尾が聞き取り辛かった。
 でも、自分の事を邪魔な子だと確かに言った。
「……何かあったの、あずにゃん?」
 さっきも泣いてるような感じだった。
『何にも……ないです』
 あずにゃんの言葉には、先ほどから中途半端な間があった。
 まるで言葉が考えより先に出ているような。頭で考えているのは別の事で、
 それにばかり気がいってしまって、言葉にまで気が回せないような。
 そうじゃなくても、言葉につっかえつっかえなのは、
 言いたいことと思ってる事に何処か溝があるからなんじゃないかって思う。
 それに、絶対泣いてる。
「嘘……だよね、あずにゃん」
『――』
「泣いてるよね……?」
 息を呑む声が聞こえた。
「……あずにゃんが言いたくないなら、言わなくてもいい。でも、私……あずにゃんに泣いてるのは……嫌だ」
『本当に……違うんです。本当に、大丈夫ですから』
「大丈夫じゃないよ!」
 私は声を荒げた。
「あずにゃんはそうでも、私が……私が嫌だよそんなの! あずにゃんもりっちゃんも澪ちゃんもムギちゃんも、皆言うんだ……。
 大丈夫って。だけど私が大丈夫じゃないんだ……皆が苦しんでるのに、泣いてるのに! 私何もできないなんて!」
 恋を知らない。
 誰かを好きになったこともない。
 誰かと誰かの仲を引き裂きたいと思ったこともない。
 私は井の中の蛙だ。
 軽音部の皆が苦しんでいる事を、私は知らない。
 だから何もできない。
 分からず屋な発言ばっかり。
 皆の気持ちを考えずに、ただ私の意見を何の気なしに言ってただけなんだ。
 それがどんなに無知で、恥ずかしい言葉だったのかよくわかる。

 でも私は――。
 どんなに分からず屋でも、気持ちがわかってなかったとしても。
 皆に苦しんでほしくないんだ。
 泣いてほしくないんだ。
 笑ってほしいんだ。
 笑っていて欲しいんだ。

「あずにゃん……私、憂と部活に行くから。後輩にギター教えるから……。
 あずにゃんが来たくないなら、来なくてもいい。それがあずにゃんにとって苦しいんだったら……」
『……』

 苦しい事をわざわざ選択する必要なんてない。
 あずにゃんが部活に出るのが嫌なら、出なくてもいい。
 嫌なら――。苦しいなら――。

 りっちゃんと澪ちゃんは、一緒にいることを選んでいた。
 でも一緒にいる事は、お互いを苦しめることだった。
 だから、ムギちゃんとあずにゃんは、二人を別れさせた。
 でも私は、それをいいとは言わなかった。

 苦しいのなら、そうする必要はない。

 でも、りっちゃんと澪ちゃんにも同じことが言えたのかな。
 あの二人は確かにお互い好き合っていたけど、一緒にいて苦しくもあった。
 だから『苦しいなら別れた方がいい』と言うのは、正しい事だったのかな。
 私はそう言ったムギちゃんを激しく批判したけれど……。

 今、私はあずにゃんに言った。
 苦しいのならそうする必要はない。
 だけどりっちゃんと澪ちゃんは特別だなんて、私はどうかしてる。
 でもあの二人は一緒にいたいと思ってた。
 でも一緒にいて苦しいとも思ってた。
 でも……。

 どっちが正しいんだろう。
 私は自分の言葉に、自信が持てない。
 何も知らず、皆の気持もわからず、それでも適当なこと言って。
 結局何にも救えてない。

『……すいません。失礼します』
 謝った。
 来ないのかな。
 自分で苦しいのならしなくてもいいって言ったのに。
 あずにゃんがそうしたら、なんでこんなに嫌な気持ちになるのだろう。
 自分で言っておいて。
 馬鹿だね私……。
『後輩のこと、よろしくお願いします……』
「あずにゃん……」
『本当に、大丈夫ですから――……では……』
 大丈夫じゃ、ないよね。
 その声が、喉で詰まって言えない。
 だって言ったのは私だ。
 『苦しいのならそうしなくていい』って言ったのは私だ。
 それを聞いたあずにゃんがそうしただけなのに。
 それを受け入れられないなんて。
 矛盾してるよ私。
 でも。

「……あずにゃん、私――私たち待ってるから」
『――……』


 あずにゃんだけじゃないよ。
 ムギちゃんも。
 そしてりっちゃんも澪ちゃんも。

 私、待ってる。
 そして迎えに行く。

 一緒に笑いたいから。
 頑張るから。
 皆の気持ちわからなくても、私が頑張るから。
 私の気持ちだけで、皆のために苦しむから。

 だから……。



 私はあずにゃんに別れを告げて、電話を切った。
 壁に立てかけてあったケースからギー太を取り出して、チューニングした。
 もちろんチューナーを使った上手なチューニングじゃなくて、私の勘で行うのだけど……。
 でもこれでいいと思う開放弦の音色で、私はそれを終えた。
 一旦それを置いて、一階に下りた。
 キッチンで昼食を作っている憂に声を掛ける。
「憂、私昼から部室に行くよ」
 フライパンを動かす手が止まった。訝しげにこちらを見て問う。
「お姉ちゃんが? どうして?」
「あずにゃんがね、後輩の子にギターを教えてほしいんだって」
 そう答えると、憂はたちまち不安そうな顔になった。
 あずにゃんの事を、心配しているんだなあと思った。
「梓ちゃん……」
 憂の気持ちもわかる。
 十六日からあずにゃんは一度も部活に出ていないのだから。
 憂と純ちゃんと一緒に行っている夏期講習や学校の勉強会にも休みを入れているとの事。
 憂も純ちゃんもメールを送ったりしてるみたいだけど、返事も連絡もしないらしい。
 憂も毎日、元気がない。
「私も行こうかな」
「そりゃ憂も一緒に行ってくれないと」
「うん……ご飯作っちゃうね」
 憂は目を細めて小さく微笑んだ。悲しい笑顔だった。
 私も微笑み返して、その場を離れた。
 ご飯を食べる机に座って、頬杖を突いて待つ。
 炒める音が聞こえていて、美味しそうな香りもしてくる。
 だけどいつもみたくウキウキはしないかな。
 それは余計な感情や想いがずーっと心にへばりついて離れないから。

 あずにゃんに何があったのだろう。
 りっちゃんと澪ちゃんの間を引き裂いた罪悪感。それはあるし、部室で泣いていた。
 だからそれがあと引いて、部活にも夏期講習にも出ていない。それはわかる。
 でもそれだけじゃない。
 何かまた、あったんじゃないのかなって思う。
 だってさっき、泣いてた。
 ついさっき――あずにゃんに何かあったんだ。
 泣いちゃうような。
 もっと自分を戒めちゃうような何かが……。

 ムギちゃんはどうしてるのだろう。
 まだ私に怒ってるのかな。
 私はムギちゃんの気持ちを否定したのだから、怒ってても当然だよね……。

 りっちゃんと澪ちゃんも……今、何を想ってるんだろう。
 お互いを想い続けて、だけど会わない事を選び続けているのかな。



 昼食を食べながら、憂は言った。
「梓ちゃん……どんな様子だった?」
 声だけで実際に顔を見たわけじゃない。
 でもそれでも、なんとなくだけど。
「泣いてた……気がする」
 憂は泣き出しそうな顔になった。
「……やっぱり私たちが悪いのかなあ」
「憂が悪いなんてことはないよ……誰も悪くないんだよ」


 そうだ。
 今私たちを悩ませている事。
 それに『誰かが悪い』なんてことはないんだ。


「とにかく、あずにゃんは何かに悩んでるけど……私たちじゃ何もできない」
「そんな――」

「私……自信ないんだ。私――皆の気持ち全然わかんなくて」


 あずにゃんが何を思ってるか。ムギちゃんが何を思ってるか。
 わかってるつもりだった。

 でも、でもそんなの『つもり』で止まってた。
 何にもわかってなくて。
 誰かを傷つけた。

 だからまた、私は何かを言うのに怖さを抱く。
 私が悪いと思った事は、誰かにとっていいと思ったことかもしれないんだ。
 私が全部正しいわけない……。

 だからまた誰かを否定しちゃうんじゃないかって、不安だ。
 あずにゃんを励ましたって、そんなのあずにゃんが嬉しいわけない。
 ムギちゃんにまた声を掛けたって、それはいい意味に聞こえない。

 りっちゃんと澪ちゃんに、掛ける言葉も見当たらない。
 何か言いたいのに、私はそれに自信が持てない。

「お姉ちゃん……」
「だから、まだ考えるよ……どうしたら皆が笑ってくれるか」
 私はご飯を一口。
 おいしかった。
 そして。
「とりあえず、一緒に部活行こうね、憂」
「……うん」


 部活は一時からだそうなので、私はそれまで部屋でギターを弾いた。
 案の定下手糞だったけれど、一時間あまり練習したら大分マシになった。
 憂の準備も出来て、十二時四十五分に家を出た。

 後輩に会うの、緊張するなあ……。
 心にあるわだかまりと、解決してない皆の悩み。
 引っかかったままで、上手くやれるのかな。

 こんな私で……――。


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