学校の階段を上っている途中、憂に言った。
「憂が先に入りなよ。私だと怪しまれるし」
「ええー? お姉ちゃんが先でもいいでしょ」
「でも、こういうのは知ってる人が入った方が……」
結局憂が先に部室へ入ることになった。
時刻は十三時十五分。部室ではすでにドラムとギター、ベースのセッションが行われているようで、
調整の音が外まで聞こえていた。
もう後輩の皆は練習を始めているみたいだ。
……すごいなあ。
もし放課後ティータイムの私たちだったら、こんなに精力的に練習してなかったな。
もちろん練習もする時はするけれど、皆でお茶したり、くだらない事をずっと喋ってる時間も長かったから。
だから、ここまでちゃんと部室から音が響いているのを客観的に聞くのは初めてだし、新鮮な感覚だった。
憂が部室の扉を開けた。
「こんにちはー」
憂が挨拶をする。なんか入部したての私みたいだ。
その後ろについて、私も部室の中に入った。
「こ、こんにちはー」
入ってすぐ左。ドラムの前に座るまったく知らない子。
ドラムの前でギターを構えている、同じくまったく知らない子。
澪ちゃんがいつもいた位置にいる、純ちゃん。
一斉に私を見て、動きを止めた。
「ど、どうもー」
私は愛想笑いした。
するとギターの子が、一目散に私の前にやってきた。
「ひ、平沢先輩ですね! 初めまして」
キラキラした笑顔で私に挨拶した。
その覇気とオーラに私は圧倒された。
「その、ギター教えて頂きたくて、梓先輩に言って伝えてもらったんです」
「うん聞いたよ」
「すっごくギター上手いんですよね!?」
「憂が先に入りなよ。私だと怪しまれるし」
「ええー? お姉ちゃんが先でもいいでしょ」
「でも、こういうのは知ってる人が入った方が……」
結局憂が先に部室へ入ることになった。
時刻は十三時十五分。部室ではすでにドラムとギター、ベースのセッションが行われているようで、
調整の音が外まで聞こえていた。
もう後輩の皆は練習を始めているみたいだ。
……すごいなあ。
もし放課後ティータイムの私たちだったら、こんなに精力的に練習してなかったな。
もちろん練習もする時はするけれど、皆でお茶したり、くだらない事をずっと喋ってる時間も長かったから。
だから、ここまでちゃんと部室から音が響いているのを客観的に聞くのは初めてだし、新鮮な感覚だった。
憂が部室の扉を開けた。
「こんにちはー」
憂が挨拶をする。なんか入部したての私みたいだ。
その後ろについて、私も部室の中に入った。
「こ、こんにちはー」
入ってすぐ左。ドラムの前に座るまったく知らない子。
ドラムの前でギターを構えている、同じくまったく知らない子。
澪ちゃんがいつもいた位置にいる、純ちゃん。
一斉に私を見て、動きを止めた。
「ど、どうもー」
私は愛想笑いした。
するとギターの子が、一目散に私の前にやってきた。
「ひ、平沢先輩ですね! 初めまして」
キラキラした笑顔で私に挨拶した。
その覇気とオーラに私は圧倒された。
「その、ギター教えて頂きたくて、梓先輩に言って伝えてもらったんです」
「うん聞いたよ」
「すっごくギター上手いんですよね!?」
すっごくギターが上手いんだよね!?――
一年生の時、部室の前でりっちゃんにそう言われた。
いつも私に、あらぬ尾ひれがついてる。
りっちゃんの顔が頭に浮かんで、胸が痛くなった。
一年生の時、部室の前でりっちゃんにそう言われた。
いつも私に、あらぬ尾ひれがついてる。
りっちゃんの顔が頭に浮かんで、胸が痛くなった。
「そんなに大したことないけど……」
「でもライブDVDすごかったですよ」
なんか、入部したてのあずにゃんに似てる。
私たちのライブを見て、すごかったって言ってくれてた。
実力自体は、あずにゃんに劣ってるのになあ私。
「唯先輩、お久しぶりです」
横から純ちゃんが声を掛けてきた。
軽音部として一緒に活動した事はないけど、憂とあずにゃんの友達としてそれなりに交流があった。
会ったのは卒業式以来かな。ベースを持っている姿は初めて見るけど、それなりに様になっている。
私も挨拶と笑顔を振りまいて、今度はドラムの方を見た。
「……初めまして、だね。えっと……?」
「あ、はい……こんにちは」
ドラムの子は、控え目に挨拶をしてくれた。
声もそれほど元気があるというわけでもなく、ドラムをやるような風貌でもない。
聞いた話じゃ元々楽器は何もできないまま入部したみたいだから、何かの楽器にピッタリとかそういうのは何もないんだろう。
まだドラムを初めて四カ月だから、上達していくのかな。
それから少しドラムの子と話をした。
一旦それに区切りをつけて振り返ると、ギターの子と純ちゃん、憂が深刻そうに話していた。
「……そうですか、梓先輩」
「梓、本当にどうしちゃったんだろう」
やっぱりあずにゃんの話題だった。
「お姉ちゃん……」
憂が目配せしてきた。
私は愛想よく笑って言った。
「あずにゃんなら大丈夫だよ! ちょっと調子悪いだけで、すぐに戻ってくるよ」
保証はない。
でもなんとかしたいとは思ってる。
「だから、待ってようよ」
「でもライブDVDすごかったですよ」
なんか、入部したてのあずにゃんに似てる。
私たちのライブを見て、すごかったって言ってくれてた。
実力自体は、あずにゃんに劣ってるのになあ私。
「唯先輩、お久しぶりです」
横から純ちゃんが声を掛けてきた。
軽音部として一緒に活動した事はないけど、憂とあずにゃんの友達としてそれなりに交流があった。
会ったのは卒業式以来かな。ベースを持っている姿は初めて見るけど、それなりに様になっている。
私も挨拶と笑顔を振りまいて、今度はドラムの方を見た。
「……初めまして、だね。えっと……?」
「あ、はい……こんにちは」
ドラムの子は、控え目に挨拶をしてくれた。
声もそれほど元気があるというわけでもなく、ドラムをやるような風貌でもない。
聞いた話じゃ元々楽器は何もできないまま入部したみたいだから、何かの楽器にピッタリとかそういうのは何もないんだろう。
まだドラムを初めて四カ月だから、上達していくのかな。
それから少しドラムの子と話をした。
一旦それに区切りをつけて振り返ると、ギターの子と純ちゃん、憂が深刻そうに話していた。
「……そうですか、梓先輩」
「梓、本当にどうしちゃったんだろう」
やっぱりあずにゃんの話題だった。
「お姉ちゃん……」
憂が目配せしてきた。
私は愛想よく笑って言った。
「あずにゃんなら大丈夫だよ! ちょっと調子悪いだけで、すぐに戻ってくるよ」
保証はない。
でもなんとかしたいとは思ってる。
「だから、待ってようよ」
りっちゃんの事、待ってようよ――。
今度は、ムギちゃんの声が頭に浮かんだ。
りっちゃんが調子が出なくて、放課後部室に来なかった時だ。
それでまた、喉が痛くなった。
今度は、ムギちゃんの声が頭に浮かんだ。
りっちゃんが調子が出なくて、放課後部室に来なかった時だ。
それでまた、喉が痛くなった。
それから、私はギターの子と部屋の奥で一緒に練習した。
憂と純とドラムの子は机で編曲していた。
基本的な作曲は憂がやるみたいだけど、ムギちゃんほど音楽の素養がないので、パートは大抵それぞれが考えているみたい。
憂は机の上にキーボードを乗せて、あれこれとメロディを思考錯誤している。
だけど三人の表情は、それほど楽しそうでもない。
やっぱりあずにゃんの事が引っかかってるのかな。
「平沢先輩」
「あ、うん。何?」
呼びかけられて我に返った。後輩の子が上目遣いに見ていた。
「ここのカッティングなんですけど」
そう言って、近場に置いてあった譜面台の上のTAB譜を指さす。私は相槌を打ちながら、彼女の声に耳を傾けた。
正直期待に添えられるような指導はできっこない。私はギターを理屈で演奏していない節があると自負していた。
「ここはね――」
だから、ここはこうでこうだからこうなるよ、とは言えないのが本音だ。だけど後輩にはそれが求められている。
きちんとした理論とテクニックで演奏していると思われているから、なんとか期待に応えられる説明をしようと頑張ってみた。
後輩は真剣な顔でうんうんと頷いてはくれてるけど、伝わってるのかな。
「だからここでミュートして」
大学生になって、少しは専門用語も覚えた。
私が伝えた言葉を後輩は唸りながら聞いて、続いて実際に弾いてみた。
さっきは弾けなかった部分を、後輩は綺麗にやり抜く。
「あ、できました」
そして私を見て、ぱあっと綺麗な笑顔を見せた。
「すごいです! 先輩の言う通りにするとできました」
「よかったね。私もあんまり自信ないんだけど」
「さすが平沢先輩ですね!」
憂と純とドラムの子は机で編曲していた。
基本的な作曲は憂がやるみたいだけど、ムギちゃんほど音楽の素養がないので、パートは大抵それぞれが考えているみたい。
憂は机の上にキーボードを乗せて、あれこれとメロディを思考錯誤している。
だけど三人の表情は、それほど楽しそうでもない。
やっぱりあずにゃんの事が引っかかってるのかな。
「平沢先輩」
「あ、うん。何?」
呼びかけられて我に返った。後輩の子が上目遣いに見ていた。
「ここのカッティングなんですけど」
そう言って、近場に置いてあった譜面台の上のTAB譜を指さす。私は相槌を打ちながら、彼女の声に耳を傾けた。
正直期待に添えられるような指導はできっこない。私はギターを理屈で演奏していない節があると自負していた。
「ここはね――」
だから、ここはこうでこうだからこうなるよ、とは言えないのが本音だ。だけど後輩にはそれが求められている。
きちんとした理論とテクニックで演奏していると思われているから、なんとか期待に応えられる説明をしようと頑張ってみた。
後輩は真剣な顔でうんうんと頷いてはくれてるけど、伝わってるのかな。
「だからここでミュートして」
大学生になって、少しは専門用語も覚えた。
私が伝えた言葉を後輩は唸りながら聞いて、続いて実際に弾いてみた。
さっきは弾けなかった部分を、後輩は綺麗にやり抜く。
「あ、できました」
そして私を見て、ぱあっと綺麗な笑顔を見せた。
「すごいです! 先輩の言う通りにするとできました」
「よかったね。私もあんまり自信ないんだけど」
「さすが平沢先輩ですね!」
――私、唯先輩のギターが聞きたいです。
次はあずにゃんの顔が脳裏を過ぎった。
平沢唯はギターが上手いと勘違いしたあずにゃんのキラキラした顔。
あの顔が、今は悲しみに変わってるのかと思うと苦しかった。
次はあずにゃんの顔が脳裏を過ぎった。
平沢唯はギターが上手いと勘違いしたあずにゃんのキラキラした顔。
あの顔が、今は悲しみに変わってるのかと思うと苦しかった。
「大したことないよ……」
褒められるのは嬉しいけど、そこまで持ち上げられると複雑だ。
きっと教えるだけならあずにゃんの方が断然に上手いしわかりやすいと思う。
私だって去年、あずにゃんに何度もコードとか運指のことで尋ねに行ったし、わからないよと苦言を漏らしていたこともあったぐらいだ。
『さすが』と呼ばれるほどのものじゃないってわかってる。
私は喜ぶ後輩に尋ねた。
「私たちのライブDVD見たんだよね? いつの?」
「去年の学園祭です」
そっか。そういえば新しく入った二人はどちらも一年生で、今年桜高に入学してきたばかりだった。
だから私たちのライブを生で見た事はないし、あずにゃんとは二つ歳が離れているんだっけ。
褒められるのは嬉しいけど、そこまで持ち上げられると複雑だ。
きっと教えるだけならあずにゃんの方が断然に上手いしわかりやすいと思う。
私だって去年、あずにゃんに何度もコードとか運指のことで尋ねに行ったし、わからないよと苦言を漏らしていたこともあったぐらいだ。
『さすが』と呼ばれるほどのものじゃないってわかってる。
私は喜ぶ後輩に尋ねた。
「私たちのライブDVD見たんだよね? いつの?」
「去年の学園祭です」
そっか。そういえば新しく入った二人はどちらも一年生で、今年桜高に入学してきたばかりだった。
だから私たちのライブを生で見た事はないし、あずにゃんとは二つ歳が離れているんだっけ。
去年の学園祭――。
さわちゃんの作ったTシャツを会場の皆が着てて、いきなり驚かされたんだっけ。
それでやたらMCグダグダで……りっちゃんと澪ちゃんもロミオとジュリエットのセリフ言ったり、
一人一人自己紹介したり……。
それに。
それに演奏がすっごく楽しかったな。
一生懸命やって、皆で一つに重なるのがこんなにも嬉しくて。
幸せだなんて、あの時すっごく実感してた。
さわちゃんの作ったTシャツを会場の皆が着てて、いきなり驚かされたんだっけ。
それでやたらMCグダグダで……りっちゃんと澪ちゃんもロミオとジュリエットのセリフ言ったり、
一人一人自己紹介したり……。
それに。
それに演奏がすっごく楽しかったな。
一生懸命やって、皆で一つに重なるのがこんなにも嬉しくて。
幸せだなんて、あの時すっごく実感してた。
手の平を見た。
あの時の感覚が、なんとなく思い出せる。
あの時の感覚が、なんとなく思い出せる。
「……見たいな」
私は無意識に漏らしていた。
「えっ?」
後輩がそう返した。
「そのライブDVD……見てみたい」
「ああ、見ます?」
「うん。お願い」
後輩はギターを担いだまま、倉庫に入って行った。
私はその後ろ姿が、なんとなくあずにゃんに似てるなあって思った。
私に敬語を使うのは、たった数人しかいないから。
倉庫に入って行ってゴソゴソする音が聞こえる。「あれーどこだっけ」という声も聞こえた。
私はその間、さっき後輩ができたばかりのカッティングをやってみた。
なんだか普通に弾けた。
振り返ると、三人はまだ編曲をしていた。
「そのライブDVD……見てみたい」
「ああ、見ます?」
「うん。お願い」
後輩はギターを担いだまま、倉庫に入って行った。
私はその後ろ姿が、なんとなくあずにゃんに似てるなあって思った。
私に敬語を使うのは、たった数人しかいないから。
倉庫に入って行ってゴソゴソする音が聞こえる。「あれーどこだっけ」という声も聞こえた。
私はその間、さっき後輩ができたばかりのカッティングをやってみた。
なんだか普通に弾けた。
振り返ると、三人はまだ編曲をしていた。
――蜂蜜色の午後が過ぎてく。
今度は、澪ちゃんの作詞する後ろ姿が浮かんできた。
歌詞を口ずさみながら、真剣に、それでも楽しそうに歌詞を書いてた澪ちゃん。
思い出しただけで、胸がズキズキと痛みだした。
今度は、澪ちゃんの作詞する後ろ姿が浮かんできた。
歌詞を口ずさみながら、真剣に、それでも楽しそうに歌詞を書いてた澪ちゃん。
思い出しただけで、胸がズキズキと痛みだした。
なんとか振りきる。
私は近づいて譜面を覗きこんだ。
全然読めない謎の言葉が走り書きしてあって、どうも受け付けない。
「あ、お姉ちゃん」
憂が私に気付いた。後輩の子は、と尋ねられて、DVDを探しに行ったと私は答えた。
「DVDって、去年の学園祭のですか?」
純ちゃんがシャーペンをくるくる回しながら言った。
「久しぶりに見たいですねあれ……」
ドラムの子も次いで言う。
皆の表情がちょっとだけ晴れやかになったような気がした。
きっと気の所為じゃない。
「そんなにすごかったかなあ」
「すごかったですよ」
ドラムの子は、うきうきとまではいかないまでも和やかに笑った。
私は近づいて譜面を覗きこんだ。
全然読めない謎の言葉が走り書きしてあって、どうも受け付けない。
「あ、お姉ちゃん」
憂が私に気付いた。後輩の子は、と尋ねられて、DVDを探しに行ったと私は答えた。
「DVDって、去年の学園祭のですか?」
純ちゃんがシャーペンをくるくる回しながら言った。
「久しぶりに見たいですねあれ……」
ドラムの子も次いで言う。
皆の表情がちょっとだけ晴れやかになったような気がした。
きっと気の所為じゃない。
「そんなにすごかったかなあ」
「すごかったですよ」
ドラムの子は、うきうきとまではいかないまでも和やかに笑った。
「田井中先輩のドラム、すっごいかっこよかったです」
「澪先輩のベースも最高だったよね」
「紬さんのキーボード、私なんかより全然すごかったし」
「澪先輩のベースも最高だったよね」
「紬さんのキーボード、私なんかより全然すごかったし」
りっちゃんのドラム。
澪ちゃんのベース。
ムギちゃんのキーボード。
澪ちゃんのベース。
ムギちゃんのキーボード。
そんな言葉が飛び交って、私は回想した。
――皆、皆演奏してた。
楽しそうに、嬉しそうに。幸せそうに。
――皆、皆演奏してた。
楽しそうに、嬉しそうに。幸せそうに。
皆あんなに楽しく笑ってたのに。
今はどうして――どうして私たち五人は、笑えていないの?
もう五人で演奏できないのかな。
そんなの嫌なのに。
どうしようもない。
今はどうして――どうして私たち五人は、笑えていないの?
もう五人で演奏できないのかな。
そんなの嫌なのに。
どうしようもない。
「見つけましたー!」
倉庫から元気よく飛び出してきた後輩の子。
手にはケースに入ったDVDと、折りたたみ式のDVDプレーヤーが抱えられていた。
私たちの頃はさわちゃんのパソコンをわざわざ使わせてもらって見ていたので、DVDプレーヤーを買うまでは至らなかった。
部費で買ったんだろうけど、なるほどこれならいつでもDVDが見れる。私たちの時も買えばよかったな。
「さっそく見ますか」
机の上に置いて電源を入れる。DVDもセットする。
再生を押した。
倉庫から元気よく飛び出してきた後輩の子。
手にはケースに入ったDVDと、折りたたみ式のDVDプレーヤーが抱えられていた。
私たちの頃はさわちゃんのパソコンをわざわざ使わせてもらって見ていたので、DVDプレーヤーを買うまでは至らなかった。
部費で買ったんだろうけど、なるほどこれならいつでもDVDが見れる。私たちの時も買えばよかったな。
「さっそく見ますか」
机の上に置いて電源を入れる。DVDもセットする。
再生を押した。
歓声が湧き上がった。