けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

Two of us6

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だれでも歓迎! 編集
「結局サボリか」
「仕方ないだろ。今から行っても間に合わないしさ」
 私と律は、屋上で町を見下ろしていた。突然先生が入ってくることもあるかもしれないけれど、でも、なんとか言い訳すれば逃れられると思った。
 それに、無理に授業に間に合おうという気にもならなかった。今はあんまり体育みたいな運動をしたいわけじゃなかったから好都合だ。
 こうやって、二人でのんびりしてる方がちょうどいい。正直、二時限目からも出たいという気持ちはそれほどなかった。
「澪」
「何?」
 私たちは屋上のフェンスに腕を乗せて、風を受けてる。
 青を見つめてる。
 律が今どんな顔をしてるか、私には見えなかった。見たらまた、なんか泣いちゃいそうな気がしたから。
「しりとり、しよっか」
「なんだ突然。いいけど」
「じゃ、私からな」
「うん」
「きりん」
 私は律を見た。律は笑ってるような、ちょっとやっちゃったなとでも言いたげな焦りの表情を見せていた。
 しりとりしようって言って、すぐ終わらせるか普通。
 そう突っ込もうと思ったけど、なんだか馬鹿らしくなって、私は吹いてしまった。
「ぷっ……あはは、ははっ!」
「おっ」
「……なっなんでしりとり吹っ掛けてすぐ終わらせるんだよ、くくく……」
 笑いたくはなかったけど、でも、笑ってしまった。
 律もそれにつられて笑った。
 もう笑っちゃえと思った。
 そのまま流れに身を任せて、ずっと笑ってた。
 なんかもう、この頃全然笑ってない気がしたから、とにかく笑った。
 涙も出た。
 でも、悲しい涙じゃなかった。楽しくて、笑ってばっかりだから出た涙だった。
「あーおかし。ふふっ……なんできりんなんだよ、はは」
「澪笑いすぎだろ」
「だって、律が」
 多分、笑わせてくれたんだろうなって思った。
 律はいっつもそうだった。
 私が緊張してたら、笑わせてほぐしてくれるし、泣いてたら笑わせてくれる。
 今度もそうだった。泣いてなんかいないけど、私の心は少し突き詰まってた。
 律はいっつもそうなんだ。私の心を柔らかくしてくれる。
 多分、さっきのもそうなんだって。
 笑いが落ち着いて、私は言った。
「……ありがとな、律」
「えっ?」
「幽霊でもさ、律が傍にいてくれるだけで、随分助かるよ」
 悲しいことばっかりだけど、触れないけど。
 幽霊の律が、私の傍にいてくれるだけで、私はまだ救われてる。
 少しだけ笑顔を取り戻せてる。
 いろんなことがあって、悲しかったり辛かったりしても、幽霊の律はちゃんと傍にいてくれるんだ。
 もちろんその、悲しいことっていうのは、律が事故に遭ったり目が覚めなかったり、幽霊になったことではあるけど。
 矛盾してる。
 私は律が幽霊になったことに悲しんでて、律が幽霊になったことで少しだけ安心しているんだ。
「あ、えーっと、ま、私が澪の傍にいるのは、と、当然というか」
「照れるなよこんな時に」
「う、うるせ」
 律はフェンスに手を乗せて、顔を赤くしながらそっぽを向いた。可愛いと思った。

 抱き締めたい。

 律が幽霊になって、何度目なんだろう。
 失ってから初めて気付くこともある。
 そんな歌とか台詞、聞き飽きたはずなのに。
 私も知ってしまった。
 いや、違う。
 失うことを受け入れたら駄目なんだ。
 私が律を今、こんなにも愛おしいと思うのは……。
 やっぱり、失ったからなのかもしれないけど。
 『触る』ことを、失ったから愛しくなったわけじゃない。
 いつだって愛しかった。
 そのはずなのに。
 今は無性にも、心が疼く。
 一つ言えることは。
 もし律が幽霊にならなければ、こんなにも愛しくはならなかったかって言われたら、絶対そうじゃないんだ。
 確かに『触る』ということができなくなったから、いろんなことをやりたいと思うようになった。
 抱くとかキスとかいろいろ。そういうのやりたいと思う。
 でも、それは別に律が幽霊になったからやりたいと思うようになったわけじゃない。
 いつだって私は律とそういうことを望んでいたし、結局のところ、幽霊だろうとなかろうと、私は律を好きなのには変わりはなかったんだ。


 でも。


「やっぱり、悔しいよ」
「澪?」
 風が私の髪をさらった。右手で押さえる。
 こういうこと全部仕組んだの。神様なんだろうか。
 だったら、神様は意地悪だ。
 私、こんなの要らなかった。



「律に触れないの、ホントに悔しいよ」



「澪……」
 私は腕を組んでフェンスに乗せると、そこに顔を埋めた。もしかしたら泣いたかもしれない。
 その泣き顔を、今は見られたくはなかった。
 律にだけは見せていい泣き顔だけど。でも、ついさっき笑わせてもらっておいて、すぐ泣くなんて。そう思ったのだ。
 律は何も言わなかった。私は顔を腕に埋めてたから、視界は真っ暗だったけど。でも、律も心なしか、静かに泣いてるのかなって思った。
 私たち、どうも感傷的だ。
 ちょっとのことで、簡単に泣いてしまう。
 大人になったら、成長したら、泣かないなんて嘘だ。


 神様の意地悪。






 教室に戻ると、あり得ないほど声を掛けられた。
 例えば、クラスメイトが骨折して学校にやってくると、クラス全員がその子に声を掛ける。
 あれを彷彿させるように、私が教室に入ると、一気に私に近寄ってきて声を掛けてきたのだ。
 一限目に出ていない私は、どうやら今やってきたと思われているらしい。
「秋山さんもう平気なの?」
「無理すんなよー」
 怪我をしたり事故に遭ったりしたのは私じゃないのに。そう言いたかったけど、言う暇もないまま、私はたくさんの人から言葉をもらった。
 労いもあったし、心配もあったし、限着つける言葉もあった。
 でもどれもニュアンスは似通っていて、私にはどれも同じような言葉にしか聞こえなかった。
 だからそれだけ、ちょっと煩わしいのも事実だったけど……ごめん皆。
 共通してる、というか。分かったのは、どうやら律が事故に遭って一番辛いのは私だと完全に見透かされているということだった。
 恋人同士だとバレてはないのだけど、私と律は二人でセットだと皆には思われている。
 だから、その片方がいなくなっているというのは、残されたもう片方に多大なショックを与えていると思ったのだろう。
 皆正解。私は、片方がいなくてすっごく辛いよ。
「やっぱり、私がいないと澪が落ち込むってこと、皆に伝わっちゃってるな」
 皆に声を掛けられている間、律が後ろで耳打ちした。思わず反応しそうになるけどなんとか抑える。
 皆には律の姿が見えない。だからここで反応しちゃうとおかしい。
 私は皆の言葉に笑って答えた。ほとんどが、『大丈夫』だったけど。
 最後に、唯とムギも近寄ってきた。
「澪ちゃん! 学校に来たんだね!」
 唯が笑って言った。ムギも落ち着いて続ける。
「りっちゃんがあれだから、きっと澪ちゃん、学校に来れないだろうなって皆で話してたの。昨日も休んだから」
 そりゃ、確かに。もし律が幽霊として現れず、寝たきりで私との交流が一切断たれていたら、学校になんか来ないでずっと家に引き籠ってたと思う。
 でも、幽霊の律が現れて、私といろんな話をした。
 だから、ちょっと悲しいけど安心したりしたから、なんとか学校に来れているんだ。
 本当は、あんまり大丈夫でもないけど。
「あんまり休んでもあれだし……」
「無理はしないでね」
「うん。大丈夫」
 もう、言い飽きたよ。
 私は大丈夫。
 律は、大丈夫じゃないけど。
 ここでまた、律の姿が誰にも見えないことが私の胸を痛めだした。独占欲はあっても、やっぱり律が他の誰にも見えないのって、なんだか切ないよ。
 自分の好きなものを誰にもわかってもらえないみたいな。そんな悔しさだってある。
 私は、皆に声を掛けてもらえる。だって見えるんだから。
 でも律は誰にも見えない。無視されちゃう。だって誰にも見えないんだから。
 この差はなんなんだよ。別に、世界は私と律だけで作られてるわけじゃないのに。
 世界の中の私一人と、一人ぼっちの律の差を、なんで神様は作っちゃったんだよ。



「これノート! 澪ちゃんの分を取りました!」
 四日ぶりの自分の席に座ると、唯がまたやってきてノートを差し出しそう言った。
 数学と古典、英語の三冊のノートだった。どうやら私が二日も休んだ分、ノートを取っていてくれたらしい。
「あ、ありがとう。助かるよ」
「えへへ、どういたしまして」
 それじゃあね、と言って唯は席に戻って行った。横から律がぬっと覗きこむ。
 律は一応物を持つことはできるけど、律の姿は他の誰にも見えない。
 つまり、律が物を持ったら、他の人には『物が空中浮遊している』ように見えちゃうのだ。
 だから私は、ノートを手に取ろうとした律を小さな声で止めた。
「あ、そっか。変だよな確かに」
 迂闊に喋れなくて、私は律が反省する様に笑うのを見つめるだけだった。
 どうしよう。学校に来たら、律との会話が窮屈でしかたない。
 律の姿は誰にも見えないから、私が律と喋ってると、それはやっぱり私の独り言にしか見えないんだった。
 今は皆、久しぶりに登校してきて、なおかつ律の事故にショックを受けている私を心配してくれている。
 だから、迂闊にひとり言を見られると、さらにいろいろと言われてしまいそうだった。
 こんな時もやっぱり、人の目が気になるんだな私。
 情けない。
 唯のノートを律と二人で見た。二人とも黙って覗きこむ。
 普段はぼんやりしたり授業を真面目に聞いていない節のある唯だったけど、ちょっと真面目に書いていた。
 ただそれでも落書きの多さが少し気になるが。律は吹き出した。
「唯のやつ、よくこんな落書きだらけのノート人に貸せるな」
「律も人のこと言えないだろ。お前のノートも落書きばっかじゃないか」
「私は人に貸さないから大丈夫なんだよ……って澪、喋ってるぞ」
「あっ」
 私はバッと口元を押さえた。辺りを見渡す。今は休憩時間の騒がしい教室。
 私はさっきほど目立ってはいないし、誰も私を見てはいないようだった。
 別にひとり言ぐらいは怪しまれないだろうけど……でも、『明らかに誰かに言っている』と思われたらお終いだ。
 不思議に思われるだけじゃ済まない。
 私は急に恥ずかしくなった。
 そして、それ以上に、律との会話に制限があるのに悔しさも覚えた。律とは話してたい。
 確かに律が幽霊になったことに不安はあるけど、でも話してたら、律が傍にいることに対する安心もやっぱりあるから。
 だから話してたいよ。
 だけど、それもちょっと抑えなきゃいけないなんて。辛かった。
 律に、あまり話し掛けるなって言うのも嫌なんだ。
 やっぱりサボろうかな、授業。
「私がいると、邪魔かもな」
 ノートに視線を落とした私に、律が小さく耳打ちした。それとほぼ同時に、和が近付いてきて声を掛けてくる。
 私は、二人のどちらを見ればいいのかわからなかった。
「澪、大変だったわね」
 だったって、まだ過去形じゃないけど。それよりも私は戸惑った。
 律は今、私がいると邪魔かもって自分で言ったんだ。それに私は否定の言葉を投げかけてやりたかったのに。
 でも、和が話し掛けてきたから。律の姿が見えないことが、また私を困らせる。いい加減にしてくれって思うのに。私は口を開けたり閉じたりした。
「あ、うん……そ、そうでもないよ」
 とりあえず和に返事をした。
「そうでもないわけないでしょ。律が事故なんだから、澪が平気なわけないってわかってるのよ」
「うん……でも、悩んでも仕方ないし」

 悩んで悩んで、うじうじして不安垂れて、律律言ってるのは誰だよ。

 別に悩んでも仕方ないって、受け止めたわけでもないんだ。
 律が事故に遭ったのは受け入れた。でも、律が幽霊になっちゃったのは、まだ不安だらけだよ。
 不満だらけでもあるんだよ。
 あとは他愛もない話をしただけだった。大抵同じようなことを言われた。
 大丈夫? とか、よく学校に来れたねというような。もう聞かれ飽きた。ごめん。
「何かあったら言うのよ? なんでも力になるわ」
 和は最後にそう言った。それは純粋にありがたかった。
 結局、皆は私のことを心配してくれているんだ。煩わしいと思っても、やっぱり嬉しい。
 だけどいろいろ重なりすぎて、その嬉しさが相殺されちゃってるだけなんだ……。
 和が席に戻ると、いつの間にか律がいなかった。
 と思ったら、床から出てきた。
「変なとこから出てくるなよ……」
「いや、私が近くにいたら和との会話を邪魔しちゃうと思ってさ」
「そんなこと、ないぞ」
 あったかもしれないけど。
 ちょうどよく授業の始まるチャイムが鳴って、先生が入ってきた。会話は止まる。
 それから、授業中は筆談をした。
 でも結局、私は満足なんてできなかった。






 その日の授業が終わって帰ろうとすると、唯とムギ、和に話しかけられた。
「お疲れ様澪ちゃん」
「りっちゃんがいなくて暇だったでしょう?」
 実際私の隣に律はいるのだけど……とは言えなかった。だから、どちらかというより暇ではなくて忙しかった。
 他人の視線を気にしたり筆談したり。気疲れしたぐらいだ。
 それに、やっぱり精神的なものがくるから、それが体にも影響してる。
 不安に思うことたくさんあるから、余計に疲れたって気になるんだ。
「そう、見えた?」
 私は三人に聞き返した。
 お疲れ様ってことは、やっぱり疲れてるように見えたってことだし、暇だったでしょうって言われたってことは、やっぱりそう見えるってことだ。
 これでまた皆に心配を掛けることになる。
 ……そしたら、皆私のことばっかり気にするようになって。
 幽霊の律との会話できるタイミングが、減っちゃうのかもしれない。
 皆に気に掛けられてありがたく思えない私が腹立たしい。普通、もっと喜ぶだろ。
 なのに、私は……うるさいって思っちゃってるのかな。律との会話ができなくなることの方ばかり気にして、皆の声掛けを煩わしいだなんて……。
 友達なのに。
 こんな時まで、律のことばっかりだ。そりゃ、律は幼馴染で恋人だから、いっぱい心配しちゃうけど。
 でも、友達の声掛けをそんな風に思ってるだなんて。最低だ。馬鹿澪。
「澪ちゃん?」
「あ、ごめん……うん、なんでもない。私、帰るよ」
「大丈夫?」
 またそれ。
「大丈夫だよ。じゃ、また」
 私は逃げるように教室を飛び出した。部室に顔を出したくはないし、知り合いには誰にも会いたくない。
 私と律は一緒に、誰よりも早く校門の外に出た。
 私は息切れしてたけど、付いてきていた律は普通だった。
 だけど、ちょっとだけ悲しそうな顔をしていた。



 歩きながら、律は言った。
「あーあ、なんかつまんねえなあ」
 時刻は夕方で、私の影が道に伸びる。だけど、当然影は一つ。律の影はない。
 オレンジ色の光が辺りを包む。妙に肌寒い風が吹いてて、誰もいなくて、世界には私だけなのかなと思うぐらい静かだった。
 実際は律もいるけれど、影がないのが気になった。
「澪と全然話せねえじゃん」
「……私も、楽しくはなかった」
「だろー? 久しぶりに皆に会えたのは、まあよかったかもしれないけど……なんか窮屈だったなあ。やっぱり幽霊ってかなり大変だ」
「うん……」
 律自身が、悟ったようにそんなことを言うので、私はちょっと面食らった。
 同時に、幽霊の律と今後どんな風に生活していこうか、迷った。
 学校に行くと窮屈で話せないし。結局学校をサボって家にいた方がいいんだろうか。
 その方が、私と律にとっては好都合かもしれないけど……。
 わからない。いろいろあってわかんないよ。

 やっぱり、明日は学校行くのやめよう。

 律が元に戻るまで、私は学校に行かない方がいい。皆だってそう思ってるんだ。律がいないのによく学校に来れたねって。
 ってことは、律がいない秋山澪は学校に来れないほど落ち込んでるって思われてる。
 だったら別に、休んだっていいじゃないか。
 むしろそのほうが自然だ。今日学校に行ってたくさんの人に言葉をもらったのも、来ないと思ってた私が来たから。
 だから、やっぱり休んだ方がいいんだと思う。……それは言い訳で、ただ単に律と話す時間が欲しいだけだろうけど。
 私は地面を見つめて、独白のように言った。
「ねえ、律……明日学校、休――……」
 隣に律がいないことに気付いた。
 あれ、と思って振り返ると、律が無表情で立っていた。
 どうやら立ち止まったことに気付かないで、私は一人で歩いていたらしい。
「どうしたんだよ、立ち止まって」
 私は呆れたように律に近づいた。

 けど。
 律は喋っていた。


 ――いや、口を動かしていた。
 でも、声は聞こえなかった。



「――っ!」
 鈍器で殴られたような衝撃が、全身を目まぐるしく駆け抜けた。
 律に近づく足を止めた。

 律は確かに、口を動かしていた。だけど、そこからは何も生まれていなかった。
 耳には、律の声はまったく届いていなかった。


「……り、律? 冗談はやめろよな」
 律は眉を寄せて、何かを力説した。
 だけどやっぱり、声も何も聞こえなかった。
 例えば、人が話している動画をミュートしたみたいに。
 律は口を動かしているのに、聞こえなかった。
「う、嘘だろ?」



 そんな。







 律の声が、私に聞こえなくなった。
 そして、私の声も、律には聞こえなくなった。


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