詩百篇第10巻96番


原文

Religion du nom1 des mers2 vaincra3,
Contre la secte4 fils Adaluncatif5,
Secte obstinee deploree6 craindra,
Des deux blessez7 par Aleph & Aleph8.

異文

(1) nom : Nom 1603Mo 1650Mo
(2) des mers : de mers 1607PR 1610Po 1665Ba 1840, de mets 1627Ma 1627Di 1644Hu 1650Ri 1653AB, des Mers 1672Ga
(3) vaincra : vanicra 1606PR 1607PR, viendra HCR
(4) la secte : sa secte 1650Mo, la Secte 1672Ga
(5) Adaluncatif : Adaluntatif 1568X 1590Ro, Adluncatif 1650Mo, d'Adaluncatif 1840
(6) deploree : de plorée 1605sn 1649Xa
(7) blessez : blesses 1568X 1590Ro
(8) & Aleph : & Alep 1653AB 1665Ba 1720To

(注記)HCR はヘンリー・C・ロバーツの異文。

校訂

 2行目と4行目が韻を踏んでおらず、何らかの誤植が含まれていることは間違いない。Adaluncatifの校訂には様々な説があるが、多くの論者が指摘するように、少なくとも語尾が -calif となる可能性は高いものと思われる。
 それとの関連で言えば、ラメジャラーが指摘するように4行目の2つ目の Aleph は Aliph(Alif)となっている方が適切だろう。

日本語訳

海の名前の宗教が勝つだろう、
アダルンカティフの息子の宗派に対して。
頑迷な宗派は憐れまれることを恐れるだろう。
アレフとアリフによって二方向から傷つけられる。

訳について

 Adaluncatifが最大の難関である。カリフを含む語だろうとは思うが、他よりも説得的といえる説がないようにも思うので、ここではそのままラテン語読みした(フランス語読みならアダランカチフ)。
 4行目は2つ目の Aleph を Aliph と校訂する見解に従った。

 山根訳後半「哀れな頑迷宗派は恐れるだろう/アレフとアレフに傷つけられた二人の人物を」*1のように、4行目の deux を craindra の目的語とみなす訳はしばしば見られるが、その場合4行目冒頭の des が不自然に思える。
 ピーター・ラメジャラーも山根訳とほぼ同じように読んでいるので許容範囲ではあるのだろうが、ここではジャン=ポール・クレベールの読みに従った。3行目にしても、前半律は obstinee までなので、deploree の前で区切るクレベールの読みは十分に根拠がある。

 大乗訳1行目「海の名の宗教がやってきて」*2は底本の異文に基づく訳としては正しいが、その異文を支持すべき理由はない。
 同2行目「月のひきょう者の一派に対抗して」はAdaluncatifを「月のひきょう者」と訳すことの妥当性が疑問な上に、fils が訳に反映されていない。ちなみに「月のひきょう者」はロバーツの英訳 Caitiff of the Moon の直訳である。
 同3行目「あわれむべき強情な一派が恐れられて」は、craindra (恐れるだろう)が受動態に訳されており、不適切。
 同4行目「アルファとアルファによって 二人の傷ついた人が」の「アルファ」は微妙。言っていることは同じだが、アレフは最初のヘブライ語字母、アリフは最初のアラビア語字母である。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールは「この詩の情報について無知であることを告白する」とだけ書いて、解釈していなかった*3

 その後、20世紀に入るまでこの詩を解釈した者はいないようである。少なくとも、ジャック・ド・ジャンバルタザール・ギノーD.D.テオドール・ブーイフランシス・ジローウジェーヌ・バレストアナトール・ル・ペルチエチャールズ・ウォードの著書には載っていない。

 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)は1行目を黒海に面する地方、つまりイスタンブルで信仰されているイスラームとし、Adaluncatif は An du Califat (カリファの年)のアナグラムでイスラーム暦を指すとした。その上で、この詩はヨーロッパの英雄がイスラーム勢力を打ち倒すことと解釈し、4行目の最後はアレッポ(エルサレムとイスタンブルをつなぐ要衝で現在シリアの世界遺産にもなっている隊商都市)の行きと帰りの出来事を指すために、繰り返して書かれているという*4ロルフ・ボズウェルは詳述しなかったが、アナグラム内容やアレッポについてはフォンブリュヌの説をそのまま踏襲した*5

 セルジュ・ユタンは第二次世界大戦での連合国の勝利と解釈したが、詳細な語釈内容は不明である*6ボードワン・ボンセルジャンの補注ではAdaluncatif とアドルフが結びつけられている*7

 ヴライク・イオネスクはソ連崩壊前には、Adaluncatif を Falcati (鎌で武装した)と unda (革命)のアナグラムとし、「十月革命で鎌の旗を持った者たち」の意味に理解した。そしてこの詩は、ソ連が失墜した後に新たに生まれる体制が、アメリカ(Amérique)とイギリス(Angleterre)を中心とする「大西洋同盟」に敗れる予言と解釈していた*8
 しかし、ソ連崩壊後にそのような戦争が起こらなかった一方で、アメリカを中心とする多国籍軍がイラクを攻撃したことを踏まえ、この詩は湾岸戦争の描写と修正した。その解釈では、Adaluncatif は Nati d'Al Kufa(アル=クーファ生まれの者)とされた。アル=クーファはバグダッドの南に位置するアッバース朝初期の古都で、その都市に生まれた者はサダム・フセインを指すという*9

同時代的な視点

 エヴリット・ブライラーはキリスト教がイスラームやユダヤ教に勝つことが述べられていて、「海の名前」はマリア(Maria, 「海」 mare との言葉遊びになる)と解釈した*10。彼のアダルンカティフに関する多彩な解釈はAdaluncatif参照。

 ジャン=ポール・クレベールは、「海の名の宗教」は「船」に喩えられるキリスト教会のことで、それが不信心者の宗教に打ち勝つことが述べられているとした。Aleph & Aleph はアレッポとその周辺と解釈した*11

 ピーター・ラメジャラーはユダヤ教がイスラームに勝利することを述べたもので、「海の名の宗教」はマラーノ(Marrano, 隠れユダヤ教徒*12)のこととした。Adaluncatif はAbdalah Calif と校訂し、7世紀のカリフであるアブドゥッラー・イブン・アッズバイル(Abd Allah ibn al-Zubayr*13)と解釈した*14


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最終更新:2019年11月25日 01:11

*1 山根 [1988] p.344

*2 大乗 [1975] p.308

*3 Garencieres [1672]

*4 Fontbrune [1939] pp.31, 248

*5 Boswell [1943] pp.325-326

*6 Hutin [1978]

*7 Hutin (2002)[2003]

*8 イオネスク [1991] pp.311-315

*9 イオネスク [1993] pp.56-62

*10 LeVert [1979]

*11 Clébert [2003]

*12 スペイン語のmarrano は「卑しい人」「豚」を意味する語で、少なからず差別的な響きがある

*13 cf.Wikipedia日本語版の「アブドゥッラー=イブン・アッズバイル」の記事

*14 Lemesurier [2003b/2010]