百詩篇第7巻20番

原文

Ambassadeurs1 de2 la Tosquane3 langue,
Auril & May Alpes & mer4 passer5:
Celuy de veau6 expousera7 l'harangue8,
Vie Gauloise ne venant9 effacer10.

異文

(1) Ambassadeurs : Ambassadeur 1627 1644 1653 1665 1712Guy 1840
(2) de : de de 1611B
(3) Tosquane 1557U 1557B 1568 : Toscane T.A.Eds.
(4) mer : Mer 1672
(5) passer : passee 1610 1611 1627 1644 1650Ri 1653 1660 1665 1716
(6) veau : Veau 1672 1712Guy
(7) expousera 1557U 1557B 1568A : exposera T.A.Eds.
(8) l'harangue : l'arangue 1653 1665, l'Harangue 1712Guy
(9) ne venant : en voulant 1672
(10) effacer : effacée 1627 1644 1650Ri 1653 1665

校訂

 3行目 veau (仔牛)が Vaud (ヴォー、スイスの都市名)の誤植だとする説はアナトール・ル・ペルチエが提起し、可能性としては認められている。しかし、ここでは後述するジャン=ポール・クレベールの読み方を支持し、ひとまず直訳しておく。

日本語訳

トスカーナの言葉を話す大使たちは
四月と五月にアルプスと海を越える。
仔牛の者が演説を行うだろう、
ガリア的な生活が先んじて消されたりはせずに。

訳について

 4行目は近接過去を使った現在分詞の構文で、3行目の出来事の直前に行われていることが描写されている。行の順序を活かしつつ、その辺りを表現するのが難しかったため、4行目に「先んじて」を補った。

 大乗訳は4行目「フランスの習慣を中傷しながら」*1は、テオフィル・ド・ガランシエールが改変した特殊な原文に依拠していることを考慮しても不適切だろう。現代フランス語でも中期フランス語でも effacer は「消す」の意味である。

 山根訳はほぼ問題はない。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールは「意味と語句は平易」とだけ注記していた*2

 バルタザール・ギノーは未来におけるフランス王女の結婚式に関する詩と解釈し、その時にトスカーナ大公から遣わされる使節団に、のちにフランス王家に嫁ぐことになる美しい姫が同行するという話だろうとした。3行目の「仔牛の者」(Celui de veau)はドヴォー(Deveau)という人名と解釈した*3

 それ以外では20世紀になるまで解釈は見られない。

 ロルフ・ボズウェルは、1940年にドイツとイタリアが同盟を結ぶ前に、ムッソリーニが態度を決めかねていたときの様子と解釈した*4
 アンドレ・ラモンもムッソリーニのこととし、フランスに安全を脅かさないと述べていたことなどとした*5

 ジェイムズ・レイヴァーは、1859年4月から5月にかけてピエモンテの使節としてカヴールがナポレオン3世のもとを訪れたことと解釈した。「仔牛の者」をカヴールと解釈する根拠としては、トリノでは闘牛が行われているとする他の解釈者の説を紹介しているが、馬鹿げたものとして否定的に扱った*6
 エリカ・チータムも、カヴールとする解釈を支持した*7

同時代的な視点

 エドガー・レオニは、「仔牛の者」(Celui de veau)を「ヴォー州の者」(Celui de Vaud)と読み、スイス・ヴォー州の州都ローザンヌと結びつけた。ローザンヌはレマン湖岸にあり、同じくレマン湖岸にあるジュネーヴとともに、かつてはプロテスタントの拠点となっていた。そのため、カルヴァンの側近であった神学者テオドール・ド・ベーズに関する詩ではないかとした*8
 ピーター・ラメジャラーも、ベーズに関する詩とする読み方を踏襲した*9

 ジャン=ポール・クレベールは、「仔牛の者」は、イタリア人を指すとした。
 「イタリア」という地名の語源については、その半島に牛が多かったことから、ギリシア人が「牛」と同じ語源の地名を付けたとする説が古くからあるためという。
 クレベールはイタリア戦争などの結果、フランスの宮廷にイタリアの言語や生活文化が流入したことと関連付けた*10


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最終更新:2011年02月27日 20:07

*1 大乗 [1975] p.207

*2 Garencieres [1672]

*3 Guynaud [1712] p.306

*4 Boswell p.197

*5 Lamont [1943] p.196

*6 レイヴァー [1999] pp.331-332

*7 Cheetham [1973/1990]

*8 Leoni [1961]

*9 Lemesurier [2003b/2010]

*10 Clébert [2003]