フィーの物語 第一話
聖華暦831年 7月
「シャーロット・フィー、貴様をロブ司教殺害の罪で逮捕する。」
眼前の騎士はそう私に宣告した。
彼らは粛正騎士……十字騎士団に所属する聖騎士で、他の聖騎士に対する逮捕権を持った者達だ。
悪く言えば聖導教会がその権威を拡大する手助けをする枢機卿派の犬である。
悪く言えば聖導教会がその権威を拡大する手助けをする枢機卿派の犬である。
「待て、私では無い! 私はロブ司教様を殺してない!」
「弁明は牢でじっくりと聞いてやる。引っ立てろ。」
「く、放せ! なにかの間違いだ!」
3人の粛正騎士によって私は取り押さえられた。
こんなの間違っている。
私が……、私がロブ司教様を殺す事などあり得ないのに。
私が……、私がロブ司教様を殺す事などあり得ないのに。
*
私はシャーロット・フィー。
序列437位のクルセイダーだ。
序列437位のクルセイダーだ。
元はクルセイダー第三師団デァ・グロース・シルトに所属していたが、聖導教会からのクルセイダー派遣要請に応える形で、ロブ司教様の警護役に転属となった。
私が仕えたロブ司教様は、とても聡明で穏やかな方だった。
齢40過ぎだが気苦労が多い為か、見た目よりも老けて見えるが、その目はとても意欲的で、常日頃から聖導教会の在り方を憂いておられた。
齢40過ぎだが気苦労が多い為か、見た目よりも老けて見えるが、その目はとても意欲的で、常日頃から聖導教会の在り方を憂いておられた。
枢機卿ネロ・グレイワルド率いる枢機卿派が法皇リアナ・フェアノール・エウリア猊下を蔑ろにし、専横を欲しいままにしている事を大変気にしており、今の教会を改革するべく精力的に努めていらしたのだ。
私はロブ司教様の高潔な志に打たれ、彼の力となるべく微力を尽くしたのだ。
それなのに、ロブ司教様は何者かに殺害され、その嫌疑が私にかけられている。
私は無能だ。
私には彼を護る事が出来なかった。
私を派遣した第三師団にも迷惑がかかってしまうかもしれない。
私には彼を護る事が出来なかった。
私を派遣した第三師団にも迷惑がかかってしまうかもしれない。
だから今の状況は、きっとその罰なのだと、牢の中でそう考えてしまった。
このまま、消えてしまいたい……
*
揺れる馬車の中で、私は力無く項垂れ、手枷の嵌められた自分の手を見つめていた。
これから私は街から離れた処刑場へと連れて行かれる。
結局、裁判らしい裁判も無く、弁明の機会すら無く、私は司教殺しの咎人として処刑される事になった。
結局、裁判らしい裁判も無く、弁明の機会すら無く、私は司教殺しの咎人として処刑される事になった。
ここまで来ると、流石に変だ。
まるで私にロブ司教様殺害の罪を全て押し付けて、そのまま闇に葬ろうとしているように感じる。
まるで私にロブ司教様殺害の罪を全て押し付けて、そのまま闇に葬ろうとしているように感じる。
私を逮捕しに来た粛正騎士達も、ロブ司教様の死亡が確認されてから小一時間ほどで現れた点を考慮しても、始めから仕組まれた事だったのではと、邪推してしまう。
だが、それ自体が確たる証拠もない、ただの当て推量に過ぎない。
自分の境遇を恨めしく思うあまり、こんな事を考えてしまっているのかもしれない。
だが、このままで死ぬのは御免だ。
せめて、ロブ司教様を殺した真犯人を見つけ出して……
せめて、ロブ司教様を殺した真犯人を見つけ出して……
ガタンッ!
突然、馬車が止まり、外から喧騒が響いた。
格子の嵌った窓から外を見れば、数体のフラップ・スナークが馬車を警護していた粛正騎士達に襲いかかっていた。
格子の嵌った窓から外を見れば、数体のフラップ・スナークが馬車を警護していた粛正騎士達に襲いかかっていた。
処刑場が街から近い事もあり、警護はユニコーンに騎乗した騎士が4人と従機ガエ・アッサルが一台だけだった。
それが裏目に出たらしく、複数のフラップ・スナークに遅れを取っていた。
フラップ・スナークは体長3〜5mほどで、雑食性の凶暴な中型魔獣だ。
翼と羽を持つが飛べない地竜で視力を持たず、嗅覚と聴覚で獲物を探して襲いかかってくる。
本来ならこんなにも街の近くに出現する事は稀である。
翼と羽を持つが飛べない地竜で視力を持たず、嗅覚と聴覚で獲物を探して襲いかかってくる。
本来ならこんなにも街の近くに出現する事は稀である。
だが、これはチャンスだ。
このままでは私も魔獣の餌食か、処刑されるかの二択しかない。
このままでは私も魔獣の餌食か、処刑されるかの二択しかない。
自分の関係無いところで自分の運命を転がされるのはもうウンザリだ。
私は、この事態を利用して逃げる事を決意した。
*
聖華暦831年 10月
あの日、魔獣の襲撃を利用して逃亡する事に成功した私だったけど、逃避行は思いの外辛いものだった。
私が逃亡した事は恐らく分かっているだろうから、手配書もあちこちに回っているだろう。
街には寄る事は出来ないし、それよりもお金も無いから街に寄れてもどうにも出来ない。
街には寄る事は出来ないし、それよりもお金も無いから街に寄れてもどうにも出来ない。
森に隠れて木の実や薬草で食い繋ぎ、当てどなく彷徨うばかりだ。
いったい何の為に逃げたのだろう?
自分の無能さをまた実感しただけではないのか?
もうなんだろう、自分の境遇があまりにも可笑しくて、笑けてきた。
声を上げて笑った。
同時にとめどなく涙が溢れた。
声を上げて笑った。
同時にとめどなく涙が溢れた。
その場にへたり込んで、声を上げて泣き笑った。
意識が朦朧としてくる。
もう……どうにでもなれ……
………
………
…………何かの音と、ほのかな良い匂いで目が覚めた。
私は木に凭せられており、毛布が掛けられている。
側には焚き木があり、1人の少女が火の番をしていた。
側には焚き木があり、1人の少女が火の番をしていた。
金の髪に碧眼の整った横顔は、とても愛らしい。
彼女は鼻歌交じりに火にかけた鍋の中身を匙で混ぜている。
周りには……他に人は居ない。
彼女は鼻歌交じりに火にかけた鍋の中身を匙で混ぜている。
周りには……他に人は居ない。
グゥとお腹が鳴った。
その音に気がついて、少女がこちらに振り返った。
「あ、目が覚めたのです?」
「……君はここでなにを?」
「私はリヴルというのです。旅の商人なのですよ。」
彼女は今や怪しい行き倒れの私を警戒する事なく、にこやかに自己紹介した。
「貴女はここでなにをしてたのです?」
「私は…フィーだ。……見ての通り、ただの行き倒れ、だな。」
つい自己紹介してしまったが、自分の現状に自嘲もしてしまう。
「それは大変だったのです。もうすぐスープが出来るのですよ、一緒に食べるのです。」
「いや、しかし、私には返せるものが何も無い。」
「困った時はお互い様なのです。遠慮しなくても良いのですよ。」
少女の優しさに、つい涙が出た。
彼女は私にハンカチを差し出した。
彼女は私にハンカチを差し出した。
私もそれを無言で受け取り、そっと目に当てた。
しばらく、涙が止まらなかった。
しばらく、涙が止まらなかった。