概要
ヴァイグの戦いとは、
蜉蝣時代の戦乱の中で、
アルファ709年12月(対陣は12月だが、決戦が行われたのは710年1月)、
ベルザフィリス国軍と
ロー・レアルス国軍の間に起きた戦いである。
群雄割拠の時代は終わりを告げ、二つの強国に絞られた状況下で起きた「天下分け目の大決戦」である。
戦闘に至るまでの背景
▲709年5月における勢力図
謀略戦
ベルザフィリス国と
ロー・レアルス国。
長き戦乱の末、地図は二色に彩られ、互いに最後の戦いが近づいたことを意識していた。
そして、
ロードレア国が地図からその名を消す直前から、既に水面下において激しい謀略戦が幕を開けていた。
また、6月には
ディグドの発案により大掛かりな軍勢の派遣が行われた。
北に囮部隊を配置して一気に南の領土を削り、領土の形を全体的に
ロー・レアルス国を包囲する様に持っていこうとするが、密かに行動していたはずの
ディグド部隊に、
ロー・レアルス国の奇襲部隊が襲い掛かり、
ディグドは傷を負いながらかろうじて撤退する。
このように、決戦前の謀略前哨戦は、
ベルザフィリス国が次々と手を打つが、そのほとんどが
ロー・レアルス国に看破されるという形が続いていた。
それらの謀略戦には、
リディや
ロミが暗躍する
隠密同士の激しい戦いが繰り広げられていたが、
隠密という性格上、それらの戦いは一切記録に残されておらず、後世において何本もの創作小説が作られた。
8月10日、この時代は直接戦闘中の国同士でも、季節の挨拶に使者を送りあうのが礼儀となっていたが、この日、軍師
ディルセアは周囲の制止を聞かず自らが使者となり、
ロー・レアルス国国主
メファイザスと会見し、自ら携えた書状を読み上げた。
その書状はこそが後世に伝わる「
斗陣の奏」である。
文体こそ丁寧かつ文学的に書かれていたが、その内容は完全な挑戦状であった。
乱世に幕を下ろす決戦まで秒読み段階に入っているという高揚感からか、両国共に妙に芝居染みたこの会見ではあったが、この席で
ディルセアと
メファイザスは、決戦の前哨戦と称してまずは弁舌で勝負する。
自国の正当性を述べ合う弁論は互いに譲らず引き分けとなると、続いて余興と称して、陣取りゲーム「
カグルス」が行われたが、この勝負は
メファイザスが勝利した。
ディルセアは後に「戦には智と力と運が必要だ、私は
メファイザスに智と力で及ばなかったが、運のみは勝っていた」と洩らしたことがあるという。
だが、
ベルザフィリス国も一致団結していたわけではなく、この時国内において大きな意見の分裂があった。
このまま何としても覇権をかけた決戦を行うという考えと並行して、既にこの大陸の派遣は二大強国によって決定していることから、このまま二国による共存をもって乱世の終決とする考えもあった。
ただし、これは二国による「緊張状態」を維持することで保たれる平和であり、真の乱世の終決とはいえない。
また、
ベルザフィリス国にはもう広げるべき領土がないのに対して、
ロー・レアルス国は、その気になれば大陸の南に新領土を求めることができ、その場合、将来両国の間の国力差は広がっていく一方となる。
これらのことから、やはり乱世に終幕を打つ為にも決着をつけるべきという意見が採用された。
なお、後者の考えをもつ代表格は
ディグドであったが、これは彼が
ルバークの戦いと、先の謀略戦において
メファイザスに連敗したことから、決戦を挑めば敗北するという恐怖心に囚われたことが原因とも言われている。
こうなると、どうしても戦いたいのは
ベルザフィリス国の方で、
メファイザスは相手が焦って「攻め」を連発するのに対して「待ち」の体勢でよかった。
そのため、痺れを切らして決戦への火蓋を最初に切ったのは
ベルザフィリス国となるが、
ディルセアは城攻めより野戦を得意としていた為、なんとしても
ロー・レアルス国軍が自ら出陣してくるように仕向けたかった。
12月16日、前述の意見の相違から感情的な対立にまで発展し、追い詰められた
ディグドが反乱を起こしたとの知らせが大陸中を駆け巡る。
この反乱軍を討伐すると称して、
ガイヴェルドは全軍に出陣を命じたが、
ディグドの反乱は、
ロー・レアルス国軍を動かすための芝居であった。
ベルザフィリス国の将軍ですら一部の者しかその真相は知らされず、芝居とは思えないほど本格的かつ大人数の人間が動くが、その狙いは
メファイザスがこの策を看破しても、国境にいる
ロー・レアルス国最前線の将が全て
メファイザスほどの洞察力を持っているわけではなく、必ずなんらかの行動を起こし、そこに付け入る隙が生まれるというものであった。
事実、
メスリウは好機到来と独自の判断で出陣し、
ベルザフィリス国軍が進軍するルートに伏せて奇襲を仕掛けようとするが、一向に
ベルザフィリス国軍は姿を現さない。
罠を警戒していた
ファクト、
バグゼスの二人であったが、
メスリウを見殺しにするわけにもいかずに出陣、結果的に
ベルザフィリス国の思惑に乗ることとなる。
既に反乱を起こしたという「芝居」を解いた
ディグド部隊と主力部隊が後方で合流し、その事実を知った三将は、今度は自分たちの退路が断たれると援軍を要請。
こうして両国は援軍に援軍を重ね主力部隊を出陣させ、天下分け目の決戦へ赴くこととなる。
両軍集結
天下分け目の決戦の地として選ばれたのは、見通しの良い
ヴァイグ高地であった。
そしてこの戦いは、決戦に相応しくいくつもの伝説を作った。
霧に包まれて道に迷った
ルー部隊は、
バイアラス部隊と遭遇してしまうが、この時
ルーは言葉巧みに
バイアラス部隊の前線の兵士に自分たちを味方部隊と思わせ、そのまま素早く霧の中に姿を消す。
また、
リディは最前線に陣を構えていたが、後続部隊が遅れていると知ると、わざと隙だらけの陣を敷いた。
これを見た
ロー・レアルス国軍は罠を警戒して
リディ陣に近づかず、結果的に
ベルザフィリス国軍の集結まで手を出すことができなかった。
戦場で年は変わり、710年1月14日。
続々と集結する両軍は、にらみ合いと軍議を重ねていた。
奇襲や夜襲で先手を打つという意見が出なかった訳ではないが、お互いどこまで兵力が集結するのか不透明な部分もあり、両軍はしばらくはいつ決戦がはじまるのかという緊張感に包まれながら、軍議を重ねることとなる。
だが、
ベルザフィリス国軍は作戦を巡って
ディグドと
ディルセアが対立し、軍議に一瞬緊張が走る。
ディグドはこの頃、二国がにらみ合いを続けた緊張状態を保ったまま戦乱を終わらせたいという思想を持っていたが、これはかつて主
メスローに簡単に見捨てられた経験から、天下統一後に智将がどの様な扱いを受けるのかに想像し、自分の身に不安を感じていた為である。
元々、芝居のために対立を演じていた
ディグドだが、その根底にある「戦略の違い」が事実であったことから、いつしか彼は本当に孤立していくこととなり、これが数年後に
ディグドの命運に関わることとなる。
両軍の戦力
戦闘経緯
ベルザフィリス国軍17万、
ロー・レアルス国軍16万7千、一ヶ所の戦場にこれほどの兵力が集まったことはこの大陸でははじめてのことであり、両軍の全ての布陣は整い、天下分け目のヴァイグ決戦は刻々と迫りつつあった。
この戦いを見届けたという
アルディアの
蜉蝣戦記「行雲編」を信じてこの戦いを忠実に再現すると、710年2月15日に
ベルザフィリス国は
リディを、
ロー・レアルス国は
ゼノスを先陣を出陣させたが、その直後に突然の大雨が
ヴァイグ高地を襲い視界は悪化、先陣として出陣したものの両軍共に足踏み状態となってしまう。
「天下分け目の決戦に赴きながら、雨が降ったから引き換えした」では兵士の士気に関わるということもあり、
リディは
ゼノスに一騎打ちを申し込んだ。
これならば両軍共に「決戦前の余興」として、兵を動かしたことの名分が立つ。
こうして両軍の兵士が見守るなか、
リディと
ゼノスは壮絶な一騎打ちを繰り広げるが、この一騎打ちは互いに顔を立てるため、おそらく本気ではなく、勝敗はつかなかった。
それでも、この戦いを見届けた両軍の兵士の間で大歓声が上がり、十分にその役割を果たすこととなった。
再び小雨が降りしきる中、
リディと
ゼノスは前日に引き続き一騎打ちを繰り広げる。
今回は昨日の一騎打ちとは異なり、周囲でも大混戦が起こり、誰一人見守らない中行われた、本気で相手を討ち取るまで終わらない激しい戦いであった。
しかし、
リディは
バイアラスが到着するまで時間を稼げばよいので、
ゼノスの猛攻を紙一重で凌ぐ。
11時6分には、
レガード部隊が壊滅し戦線離脱。
この戦線は
ヴィルガスが奮戦してかろうじて食い止めるが、この時
ディルセアは本陣からの要請が届いたにも関わらず、動く気配を見せなかった。
そして、誰もがこの戦線だけは持ちこたえると信じていた
ゼノス部隊に変化が訪れる。
バイアラスと激しい戦いを繰り広げていた彼だが、ここ数年の病と身体の衰えはついに隠しきれなくなり、
リディと
バイアラスの攻撃によりついに後退する。
しかし、猛将の名をほしいままにしてきた
ゼノスにとって、後退は敗北よりも屈辱であった。
彼は踵を返すと再突撃を仕掛け、思う存分最後の戦いを暴れると、最後は名もなき兵卒に討ち取られたという。
12時53分
ゼノス戦死。
ゼノスの養女であった
フェリシアも、義父の後を追うべく無謀な突撃を仕掛けた末に討たれ、これにより
バイアラス部隊が前進し、12時30分
リヴァドル部隊と交戦状態となる。
ヴィルガスの攻撃を支えていた
バグゼス部隊も、13時42分に戦線を維持できず部隊は崩壊し、捕虜となる。
これにより、
ガイアス部隊が単独で
ヴィルガス部隊と正面からあたることとなり、これを救出するべく
ルー部隊が沈黙を破って動き出す。
だが、それは敵を欺く擬態であり、
ルーの真の目的は
ガイヴェルド本陣であった。
彼は本陣が狙える瞬間までひたすらこの決戦を見守り続け、ついにその時が来たと13時49分、一気に軍勢を動かす。
この突撃を食い止めようと
レニィラが立ちはだかるが、
ルーの鬼気迫る突撃によって
レニィラ部隊はわずかな時間のうちに崩壊し、
ルーは
ガイヴェルド本陣にまで迫った。
そして、それこそが
ルーの思惑であった。
「
ガイヴェルド本陣に敵兵迫る」の報告が前線に伝わると、諸将は急いで本陣を救援するべく軍勢を一旦下げようとする。
その陣形の乱れを逃さず、
ロー・レアルス国軍が一気に押し戻す。
いくら本陣にたどり着いたといっても、
ガイヴェルド部隊は健在であり、
ルー単独で壊滅できるものではない。
しかし、相手が各戦線で動揺してくれれば、戦局そのものを逆転させることができる。
これこそが
ルーの真の狙いであり、たった一部隊でまるで人形劇の様に決戦に参戦していた多くの部隊を操ったこの戦法は、後世まで語り継がれることとなる。
だが、たった一人だけ
ルーの思惑と真逆の行動をとった将がいた。
その将こそが
リディである。
彼女は、決して
ルーの策を見抜いた訳ではなかった。
ただ、
リディは
隠密出身という特殊な立場から、自分の生命すら道具と見る事ができる冷静な現実主義者であった。
自分の位置からして、本陣救援に向かっても間に合わない事を悟った彼女は、他の将なら「間に合うかどうかは問題ではない」と駆けつけるべきところを、意味を持たない本陣救援より、目の前の敵を撃破することに集中するべきと判断する。
結果的に、この決断が決戦の行方を左右することとなる。
15時13分、
ファクト部隊を撃破した
リディが
メファイザス本陣へと迫る。
こうなると、今度は
ロー・レアルス国の諸将の間に
メファイザス本陣を救援すればいいのか、このまま
ベルザフィリス国軍を押し込めばいいのかという迷いが生じる。
時間にしてわずかな迷いではあったが、歴戦の名将揃いの
ベルザフィリス国将軍が立ち直るには十分な時間であった。
一度は押し込まれていた戦線は各地で再び互角の戦いとなり、一進一退の攻防が続く。
一方、既に天下統一を意識して疑心暗鬼な性格が僅かながら出始めていた
ガイヴェルドは、開戦から動きを見せない
ディルセアに不安を感じていた。
しかし、
ディルセアは部隊を未だ動かそうとしなかった。
彼は、智の戦いも力の戦いも
メファイザスに勝てないことを悟り、運の戦いに持ち込もうとしていた。
ひたすら自分に都合のよい戦局に動くことを待ち続け、
ガイヴェルドからの出陣要請すら無視して沈黙を守り続けていた。
これが後の二人の決別に繋がることとなるが、それでも
ディルセアは待ち続けた。
そして、運命の女神はそんな
ディルセアについに微笑みかけようとしていた。
決戦は一気に消耗戦へと突入する。
15時26分、連戦に疲労の極地に達した
バイアラス部隊もついに戦線より離脱。
15時29分には
メネヴァ部隊が後退。
そして15時49分、ついにここまで沈黙を守っていた
ディルセア部隊が動き出すと、一気に
メファイザス本陣に総攻撃を仕掛ける。
メファイザスの撤退を知った
ルーも、全軍を統率して後退を開始するが、残存部隊の多くが南へ向かう中、彼だけが北へと脱出する。
その結果、本国への最短ルートを狙って南に逃れた
ガイアスは追撃によって捕えられたが、あえて遠回りのルートを選んだ
ルーは無事本国へ戻ることができた。
ヴァイグ高地から脱出した
メファイザスは、追撃を逃れて国境守備部隊の待つ城への撤退に成功するが、そこで待っていたのは矢の雨であった。
城兵は
ベルザフィリス国の総攻撃を恐れ、
メファイザスを売ることを決意していた。
メファイザスはそれを聞いた瞬間、自分がかつて
カルディスの死をまって国を奪った光景を思い出すと、「国を盗んだ男は、国を盗まれて終わるのか」と自嘲の笑みを浮かべた。
その数日後、
メファイザスは退路もなく、残党狩りに捕えられる事となる。
戦いの結末
ディルセアは、彼らの才を惜しんで
ベルザフィリス国への仕官を勧めるが、
ガイアスは、無名だった自分をここまで引き上げてくれた
ロー・レアルス国を裏切ることはできないと拒否。
バグゼスも処刑が決定したが、かつて、立場が危なくなった途端に
ロードレア国から出奔した彼が、
ガイアスと同じく説得を拒絶したとは思えず、彼の処刑に関しては諸説がある。
その代表的なものが、実は彼はヴァイグの戦い以前から
ベルザフィリス国と内通していたという説である。
そもそも、彼らが動き出したことから、ヴァイグの戦いが起きている事から、最初から
ロー・レアルス国軍を戦場に引きずり出す作戦であり、
バグゼスは協力者である自分が処刑されるなど考えもしていなかったが、
ガイヴェルドは、内通者に頼らなくても自分たちの力で勝利したとして、その事実を知る彼を処刑したという説である。
真偽は謎であり、現時点ではまだ状況証拠だけだが、この説は多くの者に信じられている。
メファイザスは、まず
ガイヴェルドと会見すると、ヴァイグの戦いでは
ディルセアが日和見を決め込み、最後の勝利だけを奪った策であり、あれは戦局が逆転していればいつでも矛先を
ガイヴェルドに向けていただろうと告げる。
かつての
ガイヴェルドならばその様な流言に惑わされることもなかったが、既に天下統一を目前に控えて権力に取り憑かれ、部下という存在を信じなくなってきていた彼は、再三の出陣要請を無視した
ディルセアの行動に心当たりを感じずに入られなかった。
続いて
メファイザスは
ディルセアと出会う。
まずは自らの敗北を認めるが、それに対して
ディルセアは、智と力で勝てなかった為、「策を捨てた策」をしたまでだと語る。
共に死力を尽くした者同士、そこに遺恨はなく純粋に互いの力を認め合っていた。
だが、
メファイザスはその感情に流されることなく、最後の策を実行する。
彼は、「これで天下を取った
ガイヴェルドによって、
ディルセアは用無しとなり捨てられるであろう」と同情した。
これは、
ガイヴェルドと
ディルセアに不信感を植え付ける離間の策であったが、それと同時に実際にそうなる可能性を踏まえ、死力を尽くして戦った
ディルセアに対しての善意の忠告でもあった。
こうして2月22日、
メファイザスは、
ガイアス、
バグゼスと並んで処刑された。
この時の
ロー・レアルス国の領土は、
ロードレア遠征等により近年手に入れたばかりの土地が多く含まれていたため、それらの土地は
ロー・レアルス国にそこまでの義理立てをすることなく、ほとんどの都市が敵対こそしなかったが、首都からの要請に対してサボタージュを決め込んでいた。
その為、地図の色分けほど「実際に支配している土地」はなく、国力の差は一気に広がった。(ただし、これは
ベルザフィリス国にも当てはまる事であり、決戦の勝敗が逆なら、全く同じことが
ベルザフィリス国に起きていた)
こうして、このまま
ベルザフィリス国の天下が訪れるかと思われたが、すぐに戦乱が終わるという訳ではなかった。
その彼らにしても、外交により生き残る道を探そうとする
ベルザウス、
グローリヴァスの和平派、徹底抗戦を訴える
ドゥバ達交戦派が存在していたが、元々彼らに選択の余地がなかったこともあり、
ベルザフィリス国で行われていた和平派、決戦派の対立とは違い、彼らはとりあえず団結していた。
最終更新:2024年08月04日 13:22