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間話『デッドマンズ柳蔭』一章

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序章

旧アメリカ合衆国、カリフォルニア州北部。
世界的勢力の一角『資本企業』の心臓部にほど近いその場所は広大なベイエリアにして有数のハイテク産業の集積地だ。
かつては一攫千金を狙って多くの夢見る採掘者が集った土地の様相は変われども、その気風は未だに変わりない。
即ち億万長者となるため他者を蹴り落とし、互いに食い合う弱肉強食の世界。
そしてその海千山千の勝者達が居を構えるビル群の一つ、上部にでかでかと会社のロゴを見せつけている高層ビル。
回路が寄り集まって樹木の形を成しているロゴ、その下にある会社名は──────『ヤナギカゲ重工』。
機械関連の製造、設計、販売を主眼にした商品を手掛け、エクスカベーターからゲーム機まで古今東西大から小までも幅広く取り扱うメーカー企業。
細かな部品生産力と技術力は『島国』に比肩しうるとも言われ、起業から僅か数年で大企業グループの一角へと成り上がった新星。

「───────」

そのグループの長にしてヤナギカゲ重工現社長、ジン=ヤナギカゲは顔にアイマスク代わりの分厚い本を載せた状態で、束の間の休息を取っていた。
彼の出身に伝わる『時は金なり』という諺は遠く離れたこの地でも通じるようで、ここ最近は纏まった睡眠時間も取れないほど忙しい日々が続いていた。
『資本企業』の人間ならば大金を稼げるチャンスに盛り上がる所なのだろうが、この男は少々違った。

「あ"ー……アイデアが湧かねえ、脳が錆びついてやがる」

本を退けて眉間を摘みつつジンは短くため息を吐き出して、大きく伸びをする。
暫く趣味の時間から離れざるを得なかったせいか天啓の発想が中々降りてこない。
『あのこと』の代償による穴を埋めるために働きすぎたのか、あるいは喪ってもう二度と埋められない心の孔を、忙しく働くことで見ないようにしていたせいか。

(……暫く、纏まった休暇でも取るか?)


こんな後ろ向きなことを思わず考えてしまう状態では出るものも出ない。
何処か遠くへ、そう、例えば──────。


「社長ぉっ!!」
「ザーンザ〜ス?ノックくらいしようや、仮にも社長の自室だぜ」

ジンの思考を中断したのは、けたたましく扉が開け放たれる音と切羽詰まった部下、ザンザス=ザンシアの声。
彼がこうして駆け込んでくることはたまにある。だがいつだって彼が知らせて来た危急の事態は難なく乗り越えてきた。
今回だってどうにかなるだろう。

「ま、いいさ。そうやって息急き切ってきたってことはまたなんかあったってこったろ?とりあえず落ち着け」

何処から急いで来たのか暫しの間、身体から不足していた酸素を魚のように口をパクパクさせながらザンザスは取り込んでいたが、ようやっと喉から声を絞り出す。

「あのですね、今日社長が欠席してたやつ」
「うん」
「株主総会で、あの」
「うん」
「取締役の皆で反対したんですけど」
「悪い、結論から話してくれ。話が進まねえ」


「えっと、──────────」
「───────は?」


ザンザスから語られた言葉に、思わずジンは聞き返した。
それほどまでに彼が知らせてきた内容が想像だにしない状況であり、余りに突然のことであったからである。

「エイプリルフールにゃ時期尚早だぜ?」
「本当です社長」
「あっははははは冗談が上手いんだから」
「本当なんです」
「……」
「……」
「……──────マジで?」
「マジです」


「……マージかぁ」


ヘヴィーオブジェクト間話       デッドマンズ柳蔭

1章                 深緑秘境のグリーンメール>>            旧コンゴ森林地区警戒戦


湿気を保ちつつ、太陽の光に熱されて気分を害するのに適した大気。地面には訳の分からぬ蔓や植物が繁茂し、所々に地味な茶色の虫が這いずり、場所によってはどぎつい極彩色にウジャウジャと脚が生えた虫が張り付いている。
空を仰ごうにも、日光を求めて天を衝くかの如く高々と背伸びした木々や枝葉が邪魔をして青空なんてまともに拝めない。
『資本企業』領、俗に『旧コンゴ森林地区』と呼ばれる密林にて、行軍中の不良系貴族軍人は額の汗を拭いつつ悲鳴を上げた。

「なんだって、徒歩で行かなきゃならねぇんだ?ジープなりなんなりで別の道通れば良いじゃねえか!!わざわざこんな森のど真ん中行く必要ねぇだろ!!」

地域文化の情報を分析して、『正統王国』の軍服デザイン部門が仕上げたにも関わらず、じっとりと背中が汗で濡れているヘイヴィアやトロトロと歩いているジャガイモ達の軍服が彼らの苦労を物語っていた。
そんな不良軍人の愚痴に対して派遣留学生クウェンサーが答えを返す。

「しょうがないよヘイヴィア、『目標』がダウンしたのが密林ど真ん中だからね。それに、ここの生物資源は『資本企業』のみならず他の四大勢力にとっても非常に高い価値がある。無闇矢鱈に傷つけたら一気に他の三勢力に睨まれるってば」

──────密林の中でオブジェクトが落とされてエリートが絶賛行方不明だから回収してこい。

そんなお偉方の一声でジャガイモ達が飛ばされた『旧コンゴ森林地区』は、マダガスカルと並ぶ生物資源の宝庫である。
とはいえ、そこが安全というわけではない。むしろ、逆。
付近に『安全国』はなく、資本企業領であるものの生物資源の確保、回収、即ち横取り狙いで四大勢力のみならず密猟者が絶えずこの深緑の地獄に足を踏み入れる。

「そんな戦場なら、戦闘の余波なり何なりで荒廃しててもおかしくなさそうだけどな」
「実際、そういう場所もあったらしいけどね。今は『生物資源を無闇矢鱈と傷つけるから派手な戦闘は起こさないようにしましょう』ってな感じで紳士協定が組まれてるらしいよ」

茂みを掻き分け、道なき道を進みながらヘイヴィアとクウェンサー。
なんで自分達はこんな密林をえっちらおっちら歩いて行かなかければならないのだろうか、と堂々巡りの思考になりつつある二人は、そのきっかけを思い返した。


遡ること、ニ時間前。
事前に集合場所として伝えられていた、木の柵で囲まれ、みすぼらしい作りの藁葺と木造の家が立ち並ぶ集落。その一角にある家を借りて、ジャガイモ達と第三七部隊所属オブジェクトであり、現在出撃準備中のベイビーマグナムのエリートであるミリンダ=ブランティーニが集められていた。

「改め作戦概要の説明を始めるわ」

耳元で蝿か何か飛び回っているのか、書類を束ねているボードで軽く振り払いながらフローレイティアは話を始めた。

「今回の我々の目標は二つ、まず一つは今回撃破された『ガンスリンガー』のエリートの回収。これ自体は既にエリートは脱出して、ここの村落の住民に保護。たった今いくらかの『保証金』を積んで無事回収よ」
「なんだ、それじゃ俺らの仕事はねえじゃん」

それがそうじゃないの、とフローレイティアは愛用の煙管を弄びつつため息を吐く。

「先程、上から命令が下ったわ。『ガンスリンガー』を撃破した敵性オブジェクト、コードネームは『ファントムバレット』。この正体不明機の威力偵察、または撃破が我々の新たな任務だそうよ」
「せんせー、『ファントムバレット』について何か分かってることはありますかー」
「────全くの0。形状も武装もほぼ情報はないわ」
「襲撃されたエリートから話は聞けたんですか?」
「回収したエリートからは一言だけ、『周りには警戒していたのに、いきなりどこかから撃たれた。間違いなくオブジェクトの砲撃なのに、どこにも姿は見えなかった』そうよ。撃破された原因も脚部を一撃で抜かれて動けなくなったことによる『秘密保持機能』による自爆、これといって特徴的な損傷もないみたいね」
「……ざっけんな!!どこから何が飛んでくるか分からねえ状態で敵さんのホームグラウンドに入れってか!?遠回しな死刑宣告じゃねえかよ!!」

ヘイヴィアの言葉にうんうん、と何人かのジャガイモ達が頷く。
そもそも敵性オブジェクトが単体でいるわけがない。きっと周りには哨戒や隠遁がバレないように警戒する為の兵士やベースゾーンが或るはずだ。そんな敵が潜んでいる場所に突っ込むのは自殺行為以外の何物でもない。
フローレイティアもそれを理解しているのか、ホログラム装置を起動しながら話を続ける。

「当然、馬鹿正直にベイビーマグナムを突っ込ませるような真似はしないわ。まず少人数の小隊を複数密林内に送り、オブジェクトや敵性存在がいないか哨戒。報告をまとめて安全な範囲がわかるまでベイビーマグナムは森林地区の外周で待機よ」
「りょうかい」
「で、送り込む小隊の方だけど─────」

そう麗しの上官が切り出した瞬間、ジャガイモ達は一斉に目を逸らす。作戦があるとはいえ死ぬ可能性が高い炭鉱のカナリアの役を率先してやりたがるような人間がいるはずもない。
当然これにクウェンサーとヘイヴィアも右に倣え、したのだが。

「……行ってくれるわよね?」

肩を掴まれて上官直々に指名されては、どうしようもなかったのであった。
下働きの悲しいサガである。


そして時は現在に戻り、白羽の矢が突き刺さったドラゴンキラーコンビは他にも選ばれた不幸なジャガイモ数名と絶賛哨戒中であった。

「しかしどこもかしこも緑緑緑、一面クソ緑ときたもんだ。俺らが今どこにいるんだか分からなくなりそうだな」
「村の人から聞いたけどここらへん崖とかの起伏が激しいらしいよ。おまけに植物による迷彩つき」
「人の手が入ってねえのに悪意でもあんのかって場所、たまにあるよな……」

うだうだと他愛もない雑談を交わしながら、ふとヘイヴィアが思い出したように呟いた。

「そういや、『ファントムバレット』だったか?この森林地区がヤロウの縄張りなら、以前の行動記録とか残ってんじゃねえか?」
「俺もそう思って調べたんだけどね」

それに対してクウェンサーは端末を操作しながらここ数ヶ月の旧コンゴ森林地区での戦闘記録を遡る。

「今回の『ガンスリンガー』みたいに『姿の見えないナニカから撃たれた』事例は何度か起きてる。『正統王国』の『インセクトバスケット』に『情報同盟』の『ランバーマスター』、それに『信心組織』の『ワイルドウォーリア』」
「……となると、ヤロウの所属は『資本企業』か?『正統王国』も『情報同盟』『信心組織』にも手を出してるってことはよ」
「どうだろう?案外なにかの内ゲバで『正統王国』の所属かもしれないし、『0.5世代』みたいにどこの所属でもない誰かが建造したオブジェクトかもしれない」
「結局、直接お目にかからなきゃ正体はわからねえってことかよ。あーあ、どうせ暑いとこ行くならハワイとかオアフ辺りに行きてえなっ!!」

支給品の軍用マチェーテでヘイヴィアが邪魔な枝を乱雑に切り払った瞬間、黒く長い何かが枝に混じってクウェンサーの顔に張り付いた。
ムカデのように長い触角と無数の足、幼虫のように柔らかい身体。そして熱帯特有のデカさを備えた謎の虫。
よくわからないが、とにかくそれがシティボーイ(笑)なジャガイモ達の生理的嫌悪感を煽るには充分なものであった。

「えっちょっ!?誰か取って!!」
「うわっ!!うわっ、こっち来んなよクウェンサー!!」
「あっち行けあっち!!」

クウェンサーから一様に距離を取り、えんがちょの体勢を取るヘイヴィア以下ジャガイモ一同。悲しいかな、戦場で築いた友情なんてこんなもんである。

「あっ」
「えっ」

そんなことだから、慌てたクウェンサーが繁茂する植物によって巧妙に隠された急斜面に足を取られた瞬間、誰も反応できなかった。

「おまっ、馬鹿──────」

その中でもヘイヴィアがいち早く駆け出しクウェンサーに手を伸ばすが僅かに遅く。
転落、回転。そして青空と束の間の浮遊感。

急斜面から転がり落ちて更に崖から投げ出されたことにクウェンサーが気付いたのは、崖下の河川に叩きつけられて意識諸共に底へと沈んでいく間際のことであった。


 



「────────止めとけって。絶対痛いやつだろそれ」
「こうでもしないとおきねーじゃん」
「俺テレビで似たようなの見たけどやられた奴の反応ガチだったぞ」
「けどにーちゃんはこいつとはなしたいんだろ?だったら早くおこしたほうがいーって」
「だから時間ならいくらでも待つって……あーあーあー、俺しーらねっと」

「……痛ッッッだだだだだだだ!?」

鼻に突き刺さる、いや挟まれる痛みによって闇に落ちていたクウェンサーの意識が引き起こされた。
反射的に鼻から引き剥がし、掌の上で裏返ってもがいている鼻を挟んでいたそれを見下ろす。

「……クワガタ?」 
「タランドゥスだよ、タランドゥスオオツヤクワガタ!!」

不意にかけられた声にはっとして顔を上げる。
クウェンサーの前に立っていたのは褐色の肌に青い瞳、短めの緑色の髪型をした勝気そうな少女。
小柄な身体に見合わないダボダボとしたパーカーを纏っているのがやけに目に付いた。

「……君が助けてくれたのか?」

クウェンサーの問いかけに少女はただ目を細めて悪戯げな笑みを深める。
ふと違和感を覚え、辺りの風景を見回す。
洞窟や深林の中ではない。やけに薄暗く静まった空間の中に、クウェンサーはいた。
だが闇に目が慣れていくと共にそこが何処であるのか嫌でも分かり始める。
天然の洞窟でも改造したのか人工の床と岩の足場が入り混じり、天井は崩落しないようがっちりと強化コンクリートで固められ、高く高く足場が組み上げられている。
その足場に三方を囲まれ、鎮座する巨大な深緑の物体は見間違いようもなく。

「オブジェクト!!」
「大・正・解!!」

まるでクイズにでも正解したかのようにクウェンサーの言葉に呼応して足場の照明が洞窟内を照らし上げる。
一瞬目も眩むような閃きのあと、光が足場の上から見下ろす一人の男を映し出した。

「ヤナギカゲ重工コンゴ森林地区支部へようこそ、クウェンサー=バーボタージュ。歓迎しよう、盛大にな!!」

作業服の上着を腰で縛った、黒い髪をサイドアップにした赤い瞳の青年。その姿を、名をクウェンサーは見知っていた。

「ジン・ヤナギカゲ……ここで一体何を!!」
「何をって、そりゃあ、なぁ?むしろその台詞は俺が言うべきだと思うんだが」

ジン・ヤナギカゲ。
『ヤナギカゲ重工』の創業者にしてかつて『ジェネシス』を名乗る武装勢力に加担し、四大勢力に世界の命運を賭けた挑戦状を叩きつけた男。
敗残した今では所属する『資本企業』によって力を削がれ、首輪に繋がれたと風の噂で聞いている。

「いいやこっちのセリフだね。『資本企業』の社長がこんな僻地に、それも護衛も付けずノコノコと一人でいるなんてそれこそ異常だ」
「なに、そんなに異常なことじゃないさ」

ジンが不敵に笑みを浮かべながら足場を下り始め、

「何故なら、今の俺は「にーちゃんはしゃちょうクビになったんだってさ!!」

そして一歩目で盛大にずっこけた。

「パルメーラ!!こういうのはさぁ、横から口出すもんじゃねェからな!?」
「でもじじつじゃん、クビになったのはさー」
「クビじゃないですー!!取締役会の解職決議で解任されただけでーす!!」
「「クビじゃん」」

クウェンサーと少女……パルメーラの心ない事実の指摘に精神的ダメージを喰らいつつ元社長は足場から降り、肩を竦める。

「ともあれ今の俺はただのジン・ヤナギカゲ、社長でもなんでもない人間だ」
「ならなんでこんなところに」
「個人的な用事。こいつのメンテナンスだよ」

親指で背後のオブジェクトを指差す。見れば男の片手には工具箱が携えられ、手袋がはめられていた。

「ここら一帯はこいつのおかげで均衡を保っていると言っても良い。我がヤナギカゲ重工謹製第二世代オブジェクト『キニョンガ』によってな」

なんと言ってもこいつの凄い点は、とジンは自慢げに話し始める。

「バイオミメティックス理論に基づきカメレオンの体細胞を元に開発した特殊ナノマテリアルを搭載、これによって周囲の環境に合わせて自在に機体色を変化させ従来より高度な迷彩を実現し────────ってこら逃げるな、パル!!捕まえろ!!」
「あいあいさー!!」






キニョンガ/KINYONGA】
全長…75m
最高速度…410km/h
推進機関…静音改造型静電気推進+四脚推進システム
装甲…1cm×1000層+採光式色彩変化ナノマテリアル装甲
主砲…折畳式電力供給阻害放電特殊弾頭砲、回転アーム式兵装×4
副砲…広域電波妨害装置、高出力フラッシュ発光弾、レーザー、光子ビーム砲

コードネーム…ファントムバレット(虚空から放たれる一撃から)
正式名称…キニョンガ(スワヒリ語で「カメレオン」)
メインカラーリング…深緑






「───────というわけでこの旧コンゴ森林地区特有の希少かつ高価な生物資源と自然環境を可能な限り破壊しないことを念頭に置いてこれが開発された訳だ、お分かり?」
「お分かりになりましたよ。つまるところこいつがここら一帯で起きていた謎のオブジェクト撃破の犯人か」
「そんでもって今お前を組み伏せてんのがそのエリート、パルメーラ=トロピカルバードだ」
「どーもー」

キニョンガ』。ヤナギカゲ重工製作第二世代オブジェクト。
その性能は完全な奇襲特化、周囲に合わせて自在に色彩を変える迷彩によって隠遁し、気付かれる暇も与えずに仕留める狙撃手。
インセクトバスケット』も『ランバーマスター』も『ワイルドウォーリア』も、そして今回の『ガンスリンガー』もこれの前に敗れたのだろう。
せめて拘束を脱する方法は、あるいは情報を伝える術はないか。
エリートに組み伏せられ現在進行系で生命の危機にある金髪学生はねじり上げられている方とは逆の、辛うじて動く方の手で何か手立てはないかと懐を探る。

「お探しのものはこれかな、クウェンサー君?」

だが当然と言うべきかゴトゴトと音を立てて無造作に床に並べられたのは『ハンドアックス』とサバイバルキットその他諸々のクウェンサーの所持品。

「あとこれね」

そして背中から馬乗りになっていたパルメーラがその横に滑らせたのは四角い板状の携帯端末。
それを見てクウェンサーの顔が乗っかかられて苦しげな顔から苦虫を噛み潰したような顔へ曇っていく。

「そう不安な顔するなクウェンサー君、その端末の中身は見てないってば。本音を言うと喉から手が出るほど見たいし何度か手を出しかけたけど‼」
「だからおれにわたしたんだなにーちゃん」
「……それで、俺をここに連れてきた理由は?『テトラグラマトン』であれだけやらかしておきながら、また何かしようっていうのか、お前は‼」

きょとんとした様子でジンはパルメーラと顔を見合わせ、気まずそうに手振りで何らかのやり取りを始める。
それから、観念したように肩を竦めつつ男は告げた。

「いや、こればかりは単なる偶然なんだわ。なあ?」
「うん。おれが虫とりにいってたら川の上からながれてきてさ。なんかおもしろそうだからもってきたんだ」
「そうそう、全くパルがお前を担いで持ってきた時は流石にたまげたね。このベースゾーンも暫く稼働させてなかったし最悪村まで足を運ばにゃならねぇかと踏んでたが、その様子だと無事そうだしな」

つまるところ、たまたまこの元社長がこの寂れたベースゾーンへ来ていた折に、偶然にもそのベースゾーンを任せられていたエリートが、滑落してどんぶらこと流れてきたジャガイモを持って帰ってきたのが実情と、そういう訳である。
なんとも偶然に偶然が重なった奇縁。
しかしもしパルメーラが拾い上げてくれなかったらクウェンサーはそのまま溺死かどこかの時点で猛獣の腹に収まっていたわけで────────いや、待て。

「……『稼働してない』?それじゃこのオブジェクト、暫く動いてないのか?」
「ん?ああ、一ヶ月前からな。オブジェクト自体は動かせるが戦闘行為はやってねェよ。整備班もいないってのに戦わせたら点検で俺が過労死しちまう」
「それじゃ、『ガンスリンガー』の撃破は」
「『ガンスリンガー』?なんか三日前くらいにやけに地響きがあったが、おたくらのオブジェクトのせいだったのか?」

演技などではない、正真正銘たった今初めて知ったというような言い方。
キニョンガ』を見れば、まるで新品同様に曇り一つなく磨き上げられ、僅かな光に照らされて眩く艶めいていた。
いかに『キニョンガ』がジンの言うように隠密奇襲特化とはいえどたった三日、それも僅か一人の整備人員で50m以上もあるオブジェクトの出撃後のオーバーホールなど到底不可能。

結論───────『ガンスリンガー』を撃破したのは『キニョンガ』ではない。

「……もう一機いるんだ、オブジェクトが‼」

思わず叫んだクウェンサーの言葉は、かき消すように響いた轟音と空気を震わせるほどの地響きによってかき消された。


◇ 


何度目か分からない直撃の衝撃に小柄な身体を振り回されながらお姫様と呼ばれているエリートの少女は敵を捜索していた。
レーダー、周辺10km感なし。しかし今もなお乗機たる『ベイビーマグナム』は敵の狙撃に晒されている。
大小100門以上ある副砲を以て全周無差別攻撃を仕掛ける手もあった。
だがここは希少な生物資源を産出する旧コンゴ森林地区、敵を倒すために守るべき土地を破壊してしまってはそれこそ意味がない。

(──────つよい‼)

相手の掌の上で踊らされている感覚を拭うことが出来ない。
奇襲を受けたことによる動揺もいくらかはあるが、それ以上にエリートとしての技量の差が違う。
じわり、じわりと被弾が重なり、機体のダメージが蓄積していく。

『……ミリンダ、撤退しなさい。これ以上は危険よ』
「っ……まだ、わたしはやれる」

通信越しにでもそれと分かるほど忌々しげに逃走を命じる指揮官の声を聞いて操縦桿を握る手に力が籠もる。
クウェンサーの行方不明を聞いて、居ても立ってもいられず、『敵オブジェクトの索敵』を名目にゴリ推して『ベイビーマグナム』を駆り出した矢先の奇襲戦。

『もうクウェンサー一個人だけを捜索するのに支払えるコストじゃ到底なくなっているわ。それに今は『ファントムバレット』の情報を持ち帰るのが先決よ』
「そうだとしても、わたしはひけない。ひくわけにはいかない……‼」

『───────ッチ。全くしぶといやつだな』

不意に、通信に第三の声が割り込んだ。

『『第一世代』のロートルふぜいがかてるとおもってんのか?このさいしんえいの『第二世代』に!!』

苛立ちを隠さぬ声で吠えると共に、『ベイビーマグナム』の横腹にレールガンの弾丸が突き刺さった。

『負けるはずねえだろうが‼しょんべんくせえガキが乗ったかびの生えた『第一世代』なんぞによ‼』



「───────こりゃあ、まずいな。滅多撃ちにされてんぞ」

『ベイビーマグナム』と『ファントムバレット』の戦場近く、連なる山々の中腹に偽装して造られたベースゾーン。
そこから戦場の趨勢と『ベイビーマグナム』の苦境をジン・ヤナギカゲは双眼鏡で眺めていた。

「このままじゃお姫様が撃破される……ジン、お前はあの『ファントムバレット』の正体に心当たりはないか!?」
「あるかないかで言えば、あるが……教えてやるとでも?『キニョンガ』は再会の餞別として教えてやったが、これは別。有料サービスだ」

そも、ジンは『資本企業』でクウェンサーは『正統王国』の人間、おまけに今のクウェンサーはジンに生殺与奪を握られた捕虜の立場と呼んでも差し支えない状態だ。
わざわざ自勢力の機密を漏らすメリットが全くない。
だがこの場において、お姫様の危機を打破できる鍵を握っているのは唯一人。目の前に立つこの元社長しかいない。
だからこそ、クウェンサーはなりふり構わなかった。

「──────それはなんの真似だよ、クウェンサー」
「見れば分かるだろ。今の俺にはこうするしかない」

手を地面につけ、深々と頭を下げる。
クウェンサー=バーボタージュ、全身全霊の嘆願である。

「それで俺が動くとでも?」
「切り抜けるために、なんとしても動いてもらわないといけないんだ。月給2000ユーロにも満たない俺の貯蓄程度で『ファントムバレット』の情報が聞けるなんて甘い考えは持っちゃいない」

だから、とクウェンサーは決意を秘めた目で男を見上げた。

 チップ
「代金は俺の全て。『ドラゴンキラー』の片割れの身柄だ、『資本企業』の中には賞金を掛けてるところもあるんだってな?」
「そのカネで、俺を動かそうと」
「不足か?ならお前の好きなオブジェクトはどうだ、俺の頭の中には今まで倒してきた世界中のありとあらゆる世代のオブジェクトの情報が入ってる。恐らくお前にとっては喉から手が出るほど欲しい代物だ」
「……なるほどカネは足りるだろうさ。それに魅力的。だがオブジェクトに関してはともかく……『売る』のは下手だねえ、クウェンサー君。では君の大胆な交渉に敬意を表して、俺からも素敵な提案をさせて頂こう」

クウェンサーに向けて手が差し伸べられる。
窮地に陥ったドラゴンスレイヤーに救いたるか細い蜘蛛の糸を垂らすために。

「────俺に協力しろ、クウェンサー=バーボタージュ。それで何もかもチャラにしてやる」


 



「……万事、休すか」

『ベイビーマグナム』と『ファントムバレット』の戦場より遥か後方に座する司令室。
致命的な被弾を避けつつも、大破寸前にまで追い詰められつつあるお姫様の機体をなす術なくモニターで眺めながらフローレイティアは口惜しさに握っていたペンをへし折った。
『ベイビーマグナム』は未だ撤退出来ていない。というよりかは『させてもらえない』が近いと言ったところか。
逃げを打とうとすればまるでそれを読んでいるかの如く機先を制されるのだ。

(こちらのベースゾーンの位置まで掴まれていないとはいえ、ミリンダを失うのは致命傷になるのは変わりない)

こういう時に打開策を閃いてくれる『ドラゴンキラー』もその片割れがいないときた。

(何か……何か、手立てはないのか……‼)

何でもいい、誰でもいい。
この状況をひっくり返す手立てを─────。

『……あー、あー。テステス。これ声聞こえてるよな?「正統王国」の端末の防水性能なんて知らないから俺心配なんだけど』
『川に落ちた程度で壊れるようなヤワな造りはしてないって‼』

フローレイティアが祈った正にその瞬間、彼女の端末に通信が繋がる。
そして聞こえてきた二つの声の内、後者の声をフローレイティアはよく知っていた。

「クウェンサーか‼」
『はい‼そっちの状況もわかってます、今お姫様と戦っているのが「ファントムバレ『はいちょっと借りますよっと』あっ』
『──────「資本企業」では「シンデレラ」。隠密活動に特化した第二世代オブジェクトだ』
「……貴様は誰だ。所属を名乗れ」

話を続けようとしていたクウェンサーから端末を取り上げたらしく、背後で返却を求める声をBGMにして現れた青年の声にフローレイティアは不機嫌を隠さない声音で誰何する。

『寂しいなぁオイ。まあ忘れられても仕方ないけどさ』
「名乗れと言っているんだ‼」
『ヤナギカゲ重工社長……ジン=ヤナギカゲ。カピストラーノ少佐におかれては、ごきげん麗しゅう』

告げられた名に嫌な思い出を想起させられ、フローレイティアの端正な顔が明らかに曇る。

「ジン=ヤナギカゲ……『ジェネシス』で世界を騒がせた男が、こんな辺境で何をする気だ‼」
『いやいや、ちょっとお手伝いをね‼実際何もする気はなかったさ、こうなるまではね。今の俺は正当な報酬と依頼を以て諸君らに助力しよう』
「信用できるとでも?」
『そればかりは信頼してもらわないと困る。まあそれで誰が一番困ると言えば、おたくらじゃないのか?』

痛い所を突かれた。
確かにジンの言う通り、このまま座していてもお姫様の苦境は変わらない。
暫し黙考した後、フローレイティアは決断を下す。

「……虚偽はないな?」
『「資本企業」は結んだ契約を破らない。可能な限りの情報は教えよう』

直後、フローレイティアの端末に送信されたのは地形データ。
『ベイビーマグナム』と『ファントムバレット』、『資本企業』命名では『シンデレラ』の戦場となっている周辺地域の情報である。
そのデータと二機の位置取りを見て、フローレイティアの眉が顰められた。

「これは─────盆地か」
『クレーターみたいに山に囲われた地形、おたくらの『ベイビーマグナム』はその中に見事に入り込んだ形。そして山の向こう側から『シンデレラ』が間接射撃……特殊弾頭による曲射で一方的に痛めつけている訳だ』
『ところで、なんでお姫様はこんな場所に?』
「……それはおいおい話すとして、この灰被りをどう攻略するのかしら?」

クウェンサーの言葉に胡乱な目付きになりつつも麗しの女武官は馬鹿と社長に問いかける。

『端的に言えば、お姫様一人じゃこいつの相手は無理だ。遮蔽物に囲まれた場所で仕掛けられた時点で詰んでる』
『よしんばそこから出られたとしても「シンデレラ」を見つけるのは至難だろうよ。「資本企業」で初めて完全な「透明化」機能を搭載したオブジェクトだしな』

『「は?』」

透明化。かつて遭遇した『アクティブ・カニッツァ』や複数のオブジェクトが実現しようとして、未だ届き得ない半空想の技術。
それを完全に実現した、とこの男は言った。


『俺の「キニ……いや従来のオブジェクトじゃ「保護色」に基づいた、いわば高度な『迷彩』が精々だった。だが「シンデレラ」は違う、なんせ「7thコア」お抱えの組織所属だからな、かける技術とコストの桁が違う』

ジンが語るに、そのカラクリはこうだ。
シンデレラ』のオニオン装甲表面部には新技術によって開発されたナノマテリアルが網の目構造に複合多層に重ねられている。
このナノマテリアルが外部からの光を受けて独自のパターンを形成、可視領域の光を制御し屈折させることによって姿を限りなく透明に近づけられるのだという。

『おまけにステルス機能まで備え付き、と来てる。光も電磁波の一種だからな、透明化よりかは楽だろうよ』
『過剰と呼んで良いレベルの機能の搭載量だな。けどその最新鋭の機体がなんだってこんなところに?』
『こんな所だから、だよ。ここ旧コンゴ森林地区はそんじょそこらの人工林なんぞとは違う。汚染と変異で歪みきったダストパラダイスみたいに他にはない独自の生態系を確立している希少生物資源の山だ』

故に大小含めた様々な勢力がその土地を求め、それに伴う戦闘による荒廃を防ぐため、過度な戦闘を起こさないよう『四大勢力』は紳士協定を結んだ。

「だがそれでもオブジェクトを持ち込もうとする馬鹿はいなくならなかったと」
『ピーンポーン、華麗なるフローレイティアさんに1ヤナギカゲポイントー。まあ協定を結べば必然、その穴や裏を衝く輩が出るわけ。それぞれが色んな抜け道を探すわけでありまして』

そして『資本企業』もその例に漏れず、一つの解を導き出した。
その答えが───────。

『もういっそ大規模な戦闘となる前に相手を叩き潰せばいいんじゃね?という発想だ』
『脳筋っ!?』
「……確かにどれだけお題目を取り繕ったところでオブジェクトという巨大兵器を出せば『条約はどうした』と他の四大勢力から非難が来るのは確実だ。ならばいっそ開き直って迅速に強襲してしまうのが被害が出ないと踏んだのだろう」
『はァい違いまーす‼「資本企業」はもう一歩踏み込んだ発想をしたんだなァこれが‼』
「一歩踏み込んだ……だと?」
『「シンデレラ」を見てみろよ、まあ見えねえけど。あれが「資本企業」の答えだ』

盆地の山越し曲射でありながら『ベイビーマグナム』に直撃弾、外れても至近弾を姿すら見せず浴びせかけていく『シンデレラ』。
『資本企業』がこのコンゴにおいて導き出した答えにいち早く気づいたのはやはり、ギークであるクウェンサーであった。

『─────奇襲戦術‼相手に本気を出させる間も対応させる暇も与えずに一気呵成に仕留める、これが『資本企業』の答えか‼そしてこの極度な欺瞞技術の偏向は、無関係を装ってシラを切ることも出来るように自分に繋がる情報を残さないようにするためか‼』
『……お見事」

『資本企業』の答えはとにかく、奴に弱点はあるのか?」
『さてね。俺もコンペティションで見たきりだからそこまでは知らないよ。開発陣は「戦闘機動に入るとリアルタイムでの処理が追いつかない」、とぼやいていたが』
「だが現にこちらのカメラでは『ファントムバレット』の姿は捉えられていないぞ‼」
『「シンデレラ」がアップデートされたか、それとも開発陣の想定ハードルが高すぎるという話だなそれは。注意深く見てみてくれ、コンペの時と同じままなら空間が「ゆらぐ」ような部分があるはず。それがヤツの移動痕跡だ』

なければ本格的に詰みだが、という男の余計な一言を聞き流しながらフローレイティアはため息混じりに分析班に再度映像のチェックを要求する。

「────確認できたわ、どうやら光の当たり具合で『ゆらぎ』の程度も左右されるみたいね。分析からは『ファントムバレット』は盆地周辺を周回しながら攻撃を続けている可能性が高いとのことよ」
『であればまだ手立てはあるだろうよ。正直今の展開は『シンデレラ』にとっても予想外のはずだ。奇襲で一気に仕留める予定が今の今まで粘られているんだからな、おたくのお姫様の技量の賜物というわけか』
『俺達にとって、自慢のお姫様だからな』
『惚気は馬も食わないぜ?さて、解答は出たかねドラゴンキラー』
『ああ、100点満点のアンサーをな。だけどそのためにはジン、お前にも手伝ってもらうぞ』
『貸し一だぜ、クウェンサー君』

くつくつと笑うジンから投げ渡された端末を受け取り会話を代わったクウェンサーは己の上官に対し、厳かに告げた。

『作戦を伝えます』





シンデレラ/CINDERELLA】
分類 隠密活動用第二世代
用途 隠密戦闘兵器
所属 『資本企業』(オブジェクト製作元:サザンドリームカンパニー)
全長 90m
最高速度 570km/h
推進機関 静音改良型エアクッション
装甲 1cm×1000層+可視領域光制御メタマテリアル加工
主砲 サイレンサーカスタム大口径レールガン
副砲 連速ガトリングレーザー、コイルガン、電波妨害チャフ、視界阻害用カプサイシン煙幕

コードネーム…ファントムバレット(虚空から放たれる一撃から)
正式名称…シンデレラ
メインカラーリング…白





やすいしごとだ。
気に入りの銘柄である高級タバコを吸う余裕すら見せながら、『シンデレラ』のエリートである男は淡々と処刑を続行していた。

きっかけは、『テトラグラマトン』の事件において『7thコア』直々に首輪を付けられた『ヤナギカゲ重工』の社長交代だった。
自分含め周囲の多くの者は落ち目の企業としか見ていなかったそれは─────実のところ、未だ牙と爪と財貨を隠し持っていたのだ。
その一つが、この旧コンゴ森林地区。
希少な生物資源の輸出を左右し、その『餌』に釣られた四大勢力のオブジェクトを仕留め、解体して売り捌く。
なるほど『ハイエナ』と揶揄されるだけはあって、やり方は汚いが相応のカネは稼げるだろう。

『貴方方には、その後任を是非ともお願いしたいのです。勿論、相応の見返りは求めさせて頂きますがね』

『ヤナギカゲ重工次代社長』は鼻持ちならない笑みでそう言った。

『先代はやり方を誤った。上に逆らうなどカネを失うだけの無駄で無意味な行為であるというのにね‼全くお笑い草ですよ』

(──────あのヤッピーやろう、気にくわねえ)

仮にも『資本企業』の精鋭たる自分が、こんな辺境に送られたのもそのせいだ。
ああ全く、あの『ヤナギカゲ重工次代社長』もそいつの甘言にまんまと乗せられた上も気に食わない。
だから、せめてこの鬱憤くらいは。

(せいぜいサンドバッグの代わりにはなってくれよ、クソガキ‼)

二段起爆式による人工的な『曲射』を可能とした特殊弾頭。
この地形であれば位置の誤認すら起こさせる、そして世界最高峰レベルの迷彩が加わればもはや相手はこちらを捉えられない。
正面きっての砲撃戦?戦場の花?そんな浪漫に興味はない。
圧倒的な優位、一方的な攻撃による勝利こそが第一なのだ。

「作戦、第一段階開始」

歪んだ愉悦に満ちた思考は、深林に紛れて宙空に打ち上げられた数発の地対地ミサイルによって打ち切られる。
甚振っているオブジェクトのベースゾーンから放たれたものか。
しかし、たかが数発のミサイルで桁外れの装甲防御力を備えたオニオン装甲が抜けるはずもない。

(悪あがきか?いよいよ切羽つまったってトコかよ‼)

何者にも捉えられぬ『シンデレラ』のコイルガンが首を擡げ、瞬く間に飛来するミサイル全てを撃ち落とす。
それは当然の反応、決まり切った展開。

「故に、刺さるというわけだ」

轟。爆。散。
ミサイルが爆発を起こし、爆煙を──────色とりどりの煙を辺り一帯にぶちまける。

「どれだけ透明化の精度を上げたって、『実体』は必ずそこにあるしいくらか無理はしているはず。常に変化する煙に包まれて完全な迷彩を保てるはずがない」

三度、炸裂音。
辺り一帯に嵩をかけようとしていた極彩色の霧が弾ける。
姿を晒されることを厭がった『シンデレラ』が弾丸の勢いで煙を消し飛ばしたのだ。

「おっと、麗しの『シンデレラ』様はお色直しが嫌いらしいぞクウェンサー君」
「これだけでどうにかなるとは思ってないさ。第二段階の出番だ」

再度、深林に紛れて数発のミサイルが空に翔ける。
シンデレラ』がその発射地点を連速ガトリングレーザーで潰したのは、全く同時であった。

「さっきので発射地点を全て把握したか。流石に『資本企業』精鋭の『アルカナ』、これで次はなくなったな」
「ああ、次はない──────あいつには」

ぱん、と乾いた音が小気味よく響き渡る。
第三波の攻撃が、『シンデレラ』の至近に白黒の雲を湧き立たせた。

(またミサイルかよっ、同じことをなんどくり返そうが……!?)

急速に旋回しつつ雲を副砲で消し飛ばそうとした『シンデレラ』のモニターがその詳細を映し出す。
住処の近くを極低出力のレーザーで驚かされ、一斉に飛び立ったオウムの大群の姿を。

(いけねえっ‼)

この旧コンゴ森林地区において、最も『高価』な生物資源とはなにか。
昆虫?確かにその標本はマニアにとって垂涎のモノだらけであり、当然需要に見合って高価ではあるが、それ以上の需要を持つ生物が存在する。
鳥類オウム目インコ科、ヨウム。
大型の飼い鳥としての中では「最もポピュラーな種類」にして、その外観や知能、そして魅力的な個性によってペットとしての需要は世界中何処でも尽きない。
ことこの旧コンゴ森林地区では色こそ地味ではあるが、飼育しやすい穏やかで人懐こい気性のヨウムが多いため人の手を最低限入れる形で緻密に管理されているのである。
ここでヨウムを処理するのは簡単だが、それで失われる『価値』と『利益』は計り知れない。
『資本企業』らしい懸念が脳裏によぎり、判断が僅かに遅れ────。

「常に透明の度合いを変化させているというならお前の迷彩を剥ぎ取る手段は二つある。霧のような視認可能な流体で包み込むこと、そして常に動き回る無数の物体に囲まれること‼そうすればリアルタイムでの処理は間に合わなくなる‼」
「そしてその逡巡が命取りだ。撃て、パルメーラ」
『あい、あい、さー‼』

シンデレラ』の位置はゆらぎと発煙ミサイルの迎撃弾道から大まかに特定されていた。
先程のクウェンサーの言葉通り、いかに透明になれると言えど『実体』はそこにあるが故に、『シンデレラ』のヴェールは剥がされていたのである。
『ベイビーマグナム』と『シンデレラ』の戦場より12km、山々に巧妙に紛れた密林の狙撃手が、必殺の弾丸を撃ち放つ。

空気が捩じ切れ、空間を裂いて虚を衝き、『シンデレラ』に突き刺さる。
そして、雷鳴と共に透明な球体の表面に沿ってけたたましく電気が迸り始めた。

「装甲に突き刺さることで内部に大量の電力を放出、プリント基板式送電装置の機能を阻害する特殊弾頭……ただのオブジェクトなら動けなくなる程度だが」
「ただのオブジェクトよりデリケートな透明化装甲のお前には、致命傷だろ‼」

高圧電流がナノマテリアルのバグを引き起こし、灰被りの姫の本当の姿を曝け出していく。
白いカラーリングの、何の変哲も特徴もないような凡庸なオブジェクトを。

「次に動かせる手はなし。これにてお前はステイルメイト」

外部放電による動作不良に『シンデレラ』が手間取る中、その背後の山肌ごと消し飛ばしながら、プラズマ砲が突き刺さる。
クウェンサー達が作り稼いだ貴重な時間によって蟻地獄めいた盆地より這い上がってきた『ベイビーマグナム』によって。

「そしてお姫様に対抗する術もない。チェックメイトだ、『シンデレラ』‼」


 



『「ファントムバレット」……撃破、確認よ』

機体を半分近く黒く焦がしつつもその異様を湛えている『ベイビーマグナム』と、それ以上に大破した『シンデレラ』の映像を眺めながらフローレイティアは作戦の終了を告げた。
シンデレラ』はクウェンサーの奇策によって大ダメージを受け……それでもなお、抗った。
砲の過半を失い、戦闘能力を奪われながらも『ベイビーマグナム』を追い込んだのはジンが呼ぶ通りの『資本企業』の精鋭としての意地か。

一方、『キニョンガ』のベースゾーン付近で待機していたクウェンサーは安堵で地面に腰を落とし、ジンは一服して緩やかに紫煙を吐き出した。

「なんとか、片付いたのか……良かった」
「依頼は完了した、んじゃ俺ギャラ貰って帰るから」
『待ちなさい、失礼しないで。ジン=ヤナギカゲ、貴方は「正当な依頼と報酬」によって我々に協力したわけだけど』
「ああ」
『その報酬は、何かしら?』

女武官の問いかけに、男は口唇を歪めて静かに嗤った。

「……クウェンサー=バーボタージュの身柄だよ」
『─────それは……『ふっざけんじゃねえぞテメェ‼』』

通信に割って入った声は、ヘイヴィア=ウィンチェル上等兵。
元より荒っぽい口調は激昂により平時より5割増となっており、通信機越しでも空気が震えるようだ。

『なんだってクウェンサーを!?金が目当てなら普通に要求すればいいだろうが!!それとも何か!?ソッチのケでもあるのかテメェ!!』
「俺はゲイじゃないっつーの。それにカネは間に合ってる、死ぬほど余ってるからな」
『なら、お前はクウェンサーに何を求めているの?』

一瞬の静寂。

「それは言えないね。そちらにとっては『ドラゴンキラー』と言えども精々一兵卒……『正当王国』全体から見れば微々たるものでしかないはずだがな?」
『テメェ……‼』
「まあそこまで返してほしいというなら追ってこい。この男一人のために『ヤナギカゲ重工』全てを敵に回す覚悟があれば、だがな‼」
『待て、テメ──────』
『ジン・ヤナギカゲ、きさま──────』

男女の声が被さった通信が乱雑に切られる。

「さて、それじゃそろそろ逃げるとしますかねクウェン……おーっと」

そうして端末を手で弄びながら振り返ったジンの目の前に、サバイバルナイフが突きつけられた。
ナイフの持ち主は当然、クウェンサーである。

「悪いなジン。代金は俺の全てとは言ったけど、『必ず払う』とは言ってない。このまま帰らせてもらう」
「俗にツケ払いって奴か?困るねお客さん、ウチはそういうのやってないんだよ」
「だとしても、だ」

決意を秘めた瞳を見て意思を変えられないと悟ったジンは、深く息を吐いてやれやれと諸手を軽く上げた。

「これだから嫌になる。クウェンサー君、『資本企業』の三つのタブーってのは御存知かな?」
「そんなの、知ったこっちゃないさ」
「契約違反、無償の活動、そして最後は……」

ぶわり。
クウェンサーの背後から膨らんだ気配に金髪学生の総毛が逆立つ。
戦場で味わったような、あるいはベースゾーンで美人上官の説教で見知ったような感覚。
           ヘビ      カエル
つまるところ────強者に睨まれた弱者。

「ッ────‼」

反射的に振り返った瞬間、握りしめていたサバイバルナイフが跳ね跳んだ。
それに気付くよりも早く、首を衝撃が突き抜ける。
気管を一瞬だけ閉塞。それによって一時的に脳へ行き渡る酸素の通行がシャットアウトされ、強制的に意識が落とされたクウェンサーの身体は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

「ご苦労、シン=ルーファ警備顧問」

その身体をジンが受け止め、気配を殺して立っていた新手に声をかける。
顔に刻まれた花の紋様の刺青が特徴の、緑色の垂れ目をした女性。

「いつ見ても見事なもんだ」
「わがしに比べればじぎだよ、こンなのはさ。それで?ケンカ売ったてまえ、すぐに行かなきゃ不味いンだろう?」

スキットルの中身をちびちびと飲みながらにへらと笑う声にハッとしつつジンは用意を再開する。

「そうだったな……ルーファ、クウェンサーを車に詰めとけ。パル、お前は一旦隠れて『最終地点』に向かえ‼『キニョンガ』連れてだと目立つからな」
「えーにーちゃんずるい〜おれもつれてってくれよー」
「悪いな、次の行き先はオブジェクトにゃ長旅が過ぎる」
「ながたびって、一体どこにいくんだ?」

パルメーラの言葉に不敵な笑みを浮かべながらジンはジープの運転席へ乗り込んだ。

「そりゃ決まってんだろ、東東もさらに東、『島国』手前の混沌の坩堝────────『大陸』だ」





「んで、どうするよデイビス」
「……どうするとは?」

トランプのカードを二枚、チェンジする。

「ウチのボスの側につくか、それとも新しゃちょう側につくかってことでしょジーナさん」
「しかし役いん会でジン『元しゃちょう』が下ろされたのはじじつでしょう?」
「まだ『元しゃちょう』じゃない、いっしゅうかんごのかぶ主そう会しだいだ。それよりもんだいはな、ヤロウのやり方がきたねぇってこったよ!!」
「ちょっと、止めてよジーナ。つばがとぶじゃない」

真向かいにいたモノクルの女性が顔を顰め、スプレータイプのアルコール除菌剤を辺りに振りまいた。
両隣の男性陣が軽く後ろに椅子を下げる中、モノクルの女性の前にいるジーナだけはそんなことは意に介さず話を続ける。

「だってよパオラ、あいつら、ボスがいねえって時にしかけやがったんだぞ!!コソコソとやりやがって、気にいらねえだろ!?」
「だから今ストライキしてるってわけ?私たちまでまきこんで」 
「みんなだって今回のことは急すぎるとおもってねえのか!?」

真横に一文字の傷が刻まれた鼻をふんすと鳴らしながらジーナは息巻いて周りの面々を見渡した。

第一世代オブジェクト『サンジャオロン』エリート、『ヤナギカゲ重工』経理部門管理官、デイビス=マッカーサー
第一世代オブジェクト『ヒレンソウオウ』エリート、『ヤナギカゲ重工』防疫・医務部門医長、パオラ=カイピリーニャ
第二世代オブジェクト『セイアジン』エリート、『ヤナギカゲ重工』運輸・輸送局長、ルーマン=ホップトード。
第一世代オブジェクト『ポルコスピーノ』エリート、『ヤナギカゲ重工』兵器機動試験室長、ジーナ=サテンルージュ。

ここに集う四名全てが、『ヤナギカゲ重工』のエリートである。

「そりゃ思うところはありますけどジーナさん、はでにていこうしたらまずいんじゃないかって」
「里がえりしているパルメーラはともかくとして、げんにエミーリアやルイーサはストにはさんかしていませんし、ぎゃくにフェンとルーファは『元しゃちょう』がわについた」

金髪をオールバックにした男性が他のテーブルに避難させていたカップを手に取り、コーヒーを一口飲みながら冷静に分析する。

「グレイシャーとザンザスの二人はゆうきゅう。じじつ上の中立ですね」
「んなこたぁしってるよMrサイボーグ‼なんでみんなでボスがいないこのじょうきょうをどうにかしようとしないんだ!?」
「……ほんとジーナって、あたまに血がのぼるとまわりが見えなくなるわね?」
「アァ!?」

呆れたようなパオラの言葉に激昂して腰を上げかけたジーナをどうどうと抑えながらテンガロンハットの男が二人を仲裁する。

「つまるところですね、今は新しゃちょうの『出方』をまつ時なんですよ」
「でかたぁ?」
「新しゃちょうがオレたちに、そしてジーナさんのストにたいしてどうたいおうするのかとか、どういうやり方をするつもりなのかを見ようとしてたんです」
「エミィやグレイが私たちとはちがうせんたくしたのもそのいっかん。それぞれの出方にあっちがどうするかも見たかったんだけど、どこかのだれかさんがストにまきこんでくれたおかげで大分かたよっちゃったのよね」

トランプの山札から二枚引きながらパオラがジーナをちらりと見やる。
『資本企業』におけるエリートとは非常に複雑な立ち位置にある。
50億ドルという規格外の資金を費やして製作されたオブジェクトという財産の塊を御するために、多額の金をかけて調整された存在。それ故に彼らの地位は必然的に高いものとなっている。中には企業の社長とエリートを兼任する強者さえいる。
だが『ヤナギカゲ』の新社長は違う。
徹底的に先代が作り上げた社風を自分色に塗り替えるつもりである。それも、いっそ偏執的なほどに。

「ひょっとしなくても、私たちまとめてリストラかもね」
「ぐっ」
「もっともそのかのうせいはかぎりなくひくいですがね。エリートが死んだならまだしも、けんじょうなエリートを切るリスクとメリットがあちらにはありませんし」
「ともあれ、さいはなげられた。オレたちはなみにのるしかありませんよ」

賽が投げられたならば、後は出目に任せるのみ。
さあ配られた手札は充分か、もはや流れは誰にも止められない。
            コール
いざ────────『勝負』。

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