AΩ 超空想科学怪奇譚

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AΩ 超空想科学怪奇譚 - (2015/08/24 (月) 10:30:23) の編集履歴(バックアップ)


登録日:2015/08/20 (木) 14:16:36
更新日:2023/12/27 Wed 18:42:22
所要時間:約 7 分で読めます





ユートピアは決して実現しない。

一人一人の理想が違う以上、必ず不満分子は残る。




『ΑΩ 超空想科学怪奇譚』とは角川ホラー文庫から刊行されているSF小説。日本SF大賞の候補作になった。
元々は『ΑΩ』だけのタイトルだったが、文庫化に当たって改題された。執筆段階のタイトルは『虚空の救世主』であった。
著者は『玩具修理者』の小林泰三。


本作について端的に表すなら『リアル系クトゥルー神話ウルトラマン』だろう。
初代ウルトラマンを中心に様々なSF作品へのオマージュが組み込まれている。

なお後に小林氏は『ウルトラマンギンガS』の外伝小説『マウンテンピーナッツ』を手掛ける事になる。


■あらすじ

妻と和解するために北海道行きの飛行機に乗った主人公・諸星隼人。
しかし旅客機は突然強烈な『』に襲われ、半ば溶解しながら地上へ激突。
乗客乗員全滅という地獄絵図のなか、隼人はただ独り、腕一本の状態から蘇生する。

一方、『光』――遠い宇宙の彼方から『影』を追跡する宇宙人『ガ』は焦っていた。
『影』を取り逃したばかりか、不慮の事故によって現地住民を虐殺してしまったのだから。
しかも高圧プラズマ生命体である『ガ』は、地球という星の環境に適応する事が出来なかった。
自身が生き残るために、ガは隼人の遺体に入り込んで体内から再生を試み、
混乱する隼人を置き去りに、『影』を殲滅するべく戦いを開始する。

そして地球へとやって来た『影』は現地動物を吸収し、増殖を始め――

やがて深夜の街に巨大な『影』が現れた時、隼人の肉体は「白い巨人」へと変貌を遂げていた!

■登場人物

  • 諸星隼人
この作品の主人公。32歳で一応童話作家の駆け出し。視力1.0。
長年童話作家に憧れており、去年自作の『ロケット少年ピコリン』が『経緯社メルフェン賞』を受賞した事で夢を叶えるが、
浮かれた隼人は退職し文筆業に専念しようとしてしまい、現実的だった妻の沙織が反対、別居状態に陥ってしまう。
さらに妻は出張のため北海道に行ってしまい、隼人はそんな妻を説得すべく人生初の飛行機に乗って北海道へ向かった。
しかしその矢先、飛行機は『ガ』と衝突してしまう……。

その事故で片腕と脇腹の部分を失って死亡した状態から独り蘇生した隼人は、
「白い巨人」となって怪物と戦う悪夢に苛まれ、やがて体内の同居人に気がつく。
未知の生命体『ガ』と共に、彼は『影』との戦いに巻き込まれてしまっていたのだ。
戦いの中で『ガ』と交流を重ね、沙織を救うため、諸星は満身創痍になりながらも奮闘を続けるが……。

社会的に見ればパッとしない冴えない男性であり、終盤まで巻き込まれたまま事情を把握できない主人公だが、
愛する人を守るため、比喩抜きでズタボロの身体を引きずって戦う姿は、ヒーローと呼ぶに相応しいだろう。
ゾンビ中学生さやかちゃんも、ちょっとは見習うべきだと思う)

名前の由来は明らかにモロボシ・ダン
ちなみに隼人は「ハヤタ」と当て字ではなく、普通に「ハヤト」と読む。


『影』という敵を追って地球へやって来たプラズマ生命体。
とある仕事に失敗してしまった結果、種族としての閑職に追いやられ、
そこで出会った妻も事故で失い、もはや完全な落伍者として名前さえ剥奪されてしまった。
しかし未知の侵略者たる『影』と接触し、かろうじて生き延びた事をきっかけとし、
『一族』の長老である『奴隷監督官』から挽回のため『影』討伐の任務を受け、追跡を開始する。
しかし未知の惑星に降り立った『影』の策略により、うっかり現地住民たちを殺してしまう……。

プラズマ生命体であるガは、地球の環境では生きていく事が出来ない。
そこで隼人の死体を乗っ取り、再構成する事で生き返らせ、自身も共存していく事になる。
戦いで欠損しては再生する為、隼人の脳や臓器の大部分は、『ガ』由来の物質に置換されているが、
『一族』の定義では「情報」こそが「個」である為、「隼人」オリジナルの自我が残っている以上、問題無いらしい。
なので隼人の腕を使い捨てロケットパンチとして容赦なくぶっ放したりもする。やめたげてよお!

あくまで任務が最優先であり、自分の命を守るためなら一般人を見殺しにしたり盾にしたりもする一方、
(非人間的なものではあるが)感情が無いわけではなく、隼人とは似通った境遇もあって交流を深め、
妻を思う隼人を思いやり、純粋な好意から彼に協力し、最終的には重要な提案をする事になる。
既に『一族』と『影』の問題が、『一族』と『影』と『人類』の問題になって以降は、隼人を人類代表者として決断を委ねる。

空を飛ぶ時は青い光(多分チェレンコフ放射光)になる。
真の名前は『玩具修理者』。


  • 諸星沙織
隼人の妻。旦那が童話作家になると言って勝手に会社を辞めてしまった事に激怒し、別居していた。
ただ現在でも愛していないというわけではなく、飛行機事故の話を聞いて慌てて遺体置場まで来たものの、
あまりにも無惨な姿せいだったせいか、旦那の死体を見ても「物体」と捉える程度には冷めた考え方をしている。
しかし警察に解剖を許可した所で隼人が生き返ったため、彼に対し罪悪感を覚え、苦しみ、
やがて死者の蘇生を唄う新興宗教『アルファ・オメガ』にのめり込んでいくのだが……。


  • 千秋
沙織の妹で隼人の義妹。現役の女子高生。視力は2.0。
冷静な沙織と比べ年相応に活発で好奇心も旺盛。
どうも隼人に対して好意を抱いているようで、ヒロインの如く活躍するが……?
『影』に取り込まれてレプリカント化。部屋から大量に複製体が現れては、崩れかけながら隼人に会いに行くという状態に……。


  • 唐松
飛行機事故の際に検視に来た警察官。
隼人に蘇生に疑問を抱き調査していくうちに恐るべき真実へと到達する。
世界中が大混乱に陥る中、「俺は警察官だから人を守らなきゃならない」という信念で辛うじて自我を保つ。
そしてただの警察官にも係わらず、怪物たちを相手に冷静で的確な判断で戦っていく漢。
見るに堪えない有様になった隼人に対しても、躊躇なく握手をする、素晴らしい漢。
しかし物語のラストで……。
至近距離で『ガ』が飛翔した為に光を浴び、放射線障害に陥ってしまった。


  • ジーザス西川
新興宗教『アルファ・オメガ』の教祖……みたいな人。「復活したキリスト」を自称する。
祖父は杉沢村で恐竜(正確には大型の爬虫類らしい)の化石を発見した西川輝介。
西川自身は真面目にバンド活動(という名の布教活動)をしているだけだったのだが、『影』に取り憑かれ……。

「神」「救世主」として力を揮い、世界を良くしようと模索するなど、決して「悪」というわけではないが、
晴れにしたら晴れにしっぱなし、雨を降らせたら降らしっぱなしなど、その方針は完全に行き当たりばったり。
やがて全存在の願いを逐一叶える事の困難さを理解し、面倒になって力の管理を放棄。
『影』があらゆる者を喰らい、あらゆる願を叶え続けるという状況を作り出し、世界を混乱の坩堝に叩き込む事になる……。


  • マイケル黒田
杉沢村で本屋を経営している一筋縄ではいかない爺さん。
宗教団体には興味を持っていなかったが、『影』と『白い巨人(ガ)』の戦いを目撃した事で宗教に目覚める。
白い巨人の事を天使と崇めている。
『影』によってレプリカントとされて以降は複数の個体が存在するようになってしまった。
未だにアルファ・オメガを崇めて隼人に襲いかかる者もいれば、全てを悔いて隼人に謝罪して消滅した者もいる。


  • リチャード青木
先見の明がある『アルファ・オメガ』の信者。
『影』によってレプリカントになって以降は常にブリッジをしており、腹の部分に普通の頭部がついている。
この頭部に対応する腕が脇から生えている上、さらに肩の部分には角と5つの目がついた頭部がある。
意外と強いが、敗北して以降はガの操り人形にされてしまった。


  • 老人
夫婦揃って『影』によってレプリカントにされてしまった哀れな老人。
ただ複製されただけでなく、妻と融合されてしまい、妻の顔が臀部になり、おまけに口が肛門に該当してしまった。
妻を苦しますわけにはいかず、を漏らさないように生活していた。
しかし我慢が限界に近づいていたため、隼人に自殺用のを譲ってもらう。


恐竜の化石が発見された事で有名な杉沢村で、最近話題の湖にいる恐竜。
水深平均10mの湖のため、村の人間にどこに住んでいるのか疑問に思われている。
2頭の首を持つ全長50~100mの恐竜と言うよりかは怪獣と言った方が正しい巨体の持ち主。
その正体は『影』によって生み出されたレプリカント。
恐竜の化石か、人々の記憶から生み出されたと推測されている。


■用語

  • 白い巨人
諸星が『超人』と呼んでいる、『ガ』の力によって変身した、全長約4mの巨大生物。
戦闘に不必要な器官は退化しており、色素がないため色白。皮膚は分厚く半端な攻撃は通用しない。
眼の周囲は眼球を守るためにメッシュ状のゴーグルで覆われていて、五感は人間の一万倍になる。
速度は自動車以上、ジャンプ力は数十mという驚異的な力を誇る。
必殺技は拳をプラズマ化して撃ち出すというもの。威力はTNT火薬1400トンに匹敵し、湖を一瞬で蒸発させる。
変身している間は、隼人の意思ではなく完全に『ガ』の意思で動いている。
ただし肉体を動かすにあたっては隼人の持つ「ソフト」が必要となるため、戦闘方法は格闘戦が中心。
また隼人が銃を撃った事がないため射撃「ソフト」は持たないが、投擲「ソフト」は保有している。
変身方法はクウガ方式で、諸星と一体化している『ガ』が肉体を再構成して変身する。
この形態での戦闘は人間に耐えられるものではなく、変身するたびに諸星の細胞は崩壊していく上、失った血液=水分は補えない。
そのため数分間しか活動出来ないという弱点がある。


  • 『一族』
『ガ』が所属するプラズマ生命体の種族。
真空と磁場と電磁体(プラズマ)からなる世界に住んでおり、生息する周辺では最強の種族。
『交接』と呼ばれる特殊なコミュニケーション方法を持つ。これは人間で例えるなら会話と性交が一緒になったようなもの。
『一族』は交接をする事で意思疎通は勿論、自身のデータを相手に渡したり、相手のデータを取り込んだりする事が出来る。
交接をすれば優秀な個体の情報で自身を強化出来るし、何よりも種族全体に『自分』を残せる。
が、これは裏を返せば劣っている個体の情報が種族全体に広がる事をも意味するため、劣っている個体は交接する機会が少ない。
一部は自分を残すべく無理やり交接しようとするが、種全体より個を選んだ時点で自分の劣等性を示した事になり罪人と見なされる。
その為、『ガ』にくだされた名前の剥奪という刑罰は、彼に交接を認めないという極めて不名誉な処置であった。

未知の種族と出会うと観測して生態を調べてから仲良くしようとするし、無闇に犠牲を及ぼす事を厭う。
文明が遅れていれば長い年月をかけてその種族の進化を観測し、観測の結果無害なら放置、有害なら殲滅する。
ウルトラシリーズで例えるなら過激な文明監視官だろうか。


  • 電気龍
内部小領域に生息する知的生命体。『一族』と交渉している。
電気龍の身体は薄い磁気壁に流れる電気からなっており、
彼らはそれを認識できないため、自分たちの事を『二次元生命体』と認識している。
交渉には身分の高い者がすると言う文化を持っているが、交渉に関する文化の違いが悲劇を齎す。


  • 『影』
影の粒子で構成されている知的生命体。
『一族』が一億年もの間観測しても未だコミュニケーションが取れない存在であり、
『一族』は分かり合うのは不可能という結論を出している。
さらに接触した『一族』が『影』に侵食され情報が汚染される事も発覚し、極めて危険視されていた。
物質世界に干渉することも干渉されることも出来ないため、機械を造り出して送りこみ、何かをしようとするが……。
接触した人間の願いを叶えているだけに過ぎない為、『人類』の想定する神かもしれないとの可能性が示唆されている。


  • アルファ・オメガ
ジーザス西川がリーダーを務めるロックバンド。宗教団体ではない。
傍から見ると宗教団体そのものだが、「宗教は人が作ったもので自分たちは神の声に従っているだけ」だから宗教ではないらしい。
バンドとしては優れた団体であり、10曲連続でメガヒットを記録している。もちろんファン(信者)も多い。
彼らは諸星が生き返った事実を知り、
「最初に復活するのはイエス・キリストである。しかし別の人が生き返った。という事は、キリストはすでに復活しているのでは?」
と考え始めた。
そして西川こそ復活したキリストに他ならないとも……。


  • レプリカント
『影』によって複製された存在。
『人間もどき』とも呼ばれるが、実際には他の地球生物はおろか『一族』すらも複製してしまう。
オリジナルを分解・解析していくつも生み出すが、保持している記憶はよくて『影』に殺される前の数日間だけ。
さらに欠陥も数多く持っている上(たとえば上半身は人間なのに下半身は触手だけの体になっていたり)、
「記憶」も主観的なものなため、中年男が最期に縋った祖母の記憶から「3m以上ある祖母」を生み出したりもする。
しかし、数日間とはいえ人としての記憶と意思を持っているため、自分は純粋な人だと言い張るし、
それ故に変化してしまった自分の体に驚きパニック状態になったり、凶暴化して人を襲う事もある。
初期に取り込まれたアルファ・オメガの信者たちは、黙示録に記されたハルマゲドンを実行するための聖戦を始めてしまう。
彼らのレプリカントの一部は怪人じみた特殊能力と歪んだ宗教価値観を持ち、非常に危険。
更に無数のレプリカントが融合して巨大化した怪獣のような個体もいる。



追記・修正は交接を断られた方がお願いします。


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