アットウィキロゴ

不動明王

登録日:2011/05/09 Mon 07:34:02
更新日:2025/12/14 Sun 20:06:53
所要時間:約 10 分で読めます




イナズマイレブンシリーズの登場人物についてはこちら


■不動尊/不動明王

不動尊(ふどうそん)不動明王(ふどうみょうおう)(梵:acalanātha)』は大乗仏教(密教)の尊格。
大忿怒尊(だいふんぬそん)(梵:Candamaharosana)』と呼ばれる場合もある。
五大明王の中尊としては、特に大日大聖不動明王(だいにちだいしょうふどうみょうおう)と呼ばれる。

我が国には弘法大師により、仏法を守護する者としてもたらされた。
位置付け的には密教の最高尊格であり、大乗仏教の思想に於ける至上尊である法身大日如来教令輪身(きょうりょうりんじん)で、明王部の首位。
大日如来の忿怒相の化身」と云う呼び方が、二次創作でも良く使われる。
しかし、より正確な言い方をすれば「如何なる手段を以ても救われない人々を救うぞ」と云う如来(仏陀)の密かな決意(内証)が、不動尊と云う形を取って発現したと云う方が正しいかと思われる。
その梵名から釈尊が菩提樹の下で瞑想中に悟りを得るまでは如何なる事があっても此処から動かないと決意し、凡る魔をも退けた姿(アチャナ仏)の内証を顕しているとも言われる。

アチャラナータとは梵名(サンスクリット語=古代インド語)“アチャラ(動かざる)” “ナータ(聖者)”的な意味を顕し、これが漢字圏に伝わり“不動使者” “無動行者”と訳され、我が国では不動尊、不動明王と訳された。
アチャラナータを音写(当て字)した“阿遮羅嚢他(あしゃらのうた)”と云う呼び名も伝わるが、一般的には余り知られていないと思われる。
また、日本に不動明王信仰を伝来させた弘法大師は梵名から一貫して“不動尊”の名称を用いており、明王部の首位として定着しているものの厳密には梵名から不動明王(●●)とされるのは誤訳であり、大師に倣い“不動尊”か“無動尊”と呼ぶのが正しいとする解説もある。

密教特有の、畏怖により敵対する救い難き衆生をも降伏させて仏道に引き込む明王部の尊格達は、その実働部隊的な性格もあってか仏の一側面とはされつつも本来の教義に沿って救いの道を示す如来や菩薩に比べると別枠的な扱いをされることが多いものの、不動尊のみは、寧ろその立場を活かした括りであったのか、不動尊のみに従う独自の眷属どころか不動尊を中心とした曼荼羅までもが構成されている。

明王部の中心尊であることは勿論のこと、不動尊のみの眷属として八大童子/三十六童子/四十八使者が存在しており、如来のように八大童子の内から制吒迦童子と矜羯羅童子を脇侍とした不動三尊像としても祀られることでも知られる。
また、本体とされる大日如来も基本的には独尊形式で祀られるのだが、不動尊が愛染明王と共に脇侍となる形での三尊形式も存在している。
以上のように、特に日本では非常に多くの功徳を集約させられた特殊にして特別な立ち位置の尊格となっており、真言密教や天台密教に限らず、顕教の他の宗派や正当な仏門以外の民間呪術でも重要視されることから諸仏の王とまで記された例もあるとのとこと。

【概要】

梵名の“アチャラナータ”とは、アーリア人流入以前よりのインドの先住民族であるドラヴィタ族が崇めていた地方神の名前とされ、それが後にヒンドゥーの大神シヴァの異名として取り入れられた後に、更にシヴァ神の“性格(立ち位置)ごと”に仏教に取り込まれたと解説されている。
尚、本来のシヴァ神自体も外教(ヒンドゥー)の最高神格という設定を残しつつ(梵天や帝釈天とは別枠の)仏教の守護神として取り入れられており、日本にも大自在天(自在天)/摩醯首羅天の尊名が伝わる。
また、不動尊よりも更に本来のシヴァの姿と属性に近い異名・化身として大黒天(マハーカーラの名が知られており、日本やチベットでは大自在天よりも大黒天(マハーカーラ)や不動尊(大忿怒尊)の方が有名である。まぁ、大黒天の方は本来の恐ろしい鬼神の姿(摩訶迦羅天)よりも大国主神と習合した“大黒様”としてだが。

……とはいえ、近代の研究では不動尊とシヴァ本来の姿と属性や性格との違いから、単にシヴァ神が仏教化された姿というよりも、更に別の神格の性格や姿が集約されたのでは、との考察も成されている。
例えば、火炎(光熱)を背負い、様々に姿を変えつつ破壊よりも世界の浄化と維持を司る太陽神的な性格はヴィシュヌに。
峻厳な理を司る性格は司法神と呼ばれるヴァルナに似ている、との意見も出されている。

実際、不動尊が光背として背負う火焔は迦楼羅と呼ばれており、これはヴィシュヌ神的な要素となる。
説明的には吹き出す炎の形が迦楼羅(鳥)に似ているから、とのことだがシヴァ神由来の尊格としては関連性の薄い迦楼羅の名前が持ち出されるのは、確かに唐突な印象を受ける。
一方で、その他の泥や灰に塗れた姿を示す青黒い肌とヒマラヤ(カイラス山)を示す磐座に身を落ち着けるのは間違いなくシヴァ神的な要素となるので、上記のヴァルナに似た峻厳な性格も含めて元々から様々な神格の複合体的な尊格として登場したのかもしれない。
尚、インドに限定せずに同じアスラ/デーヴァ神属系の神話体系で言えば、隣国ペルシャのゾロアスター教を生んだ神群の中にアフラ・マズダの息子とされる正義を司る炎の神アータルが存在しているので、この神格が直接的な原型となった可能性もあるのかもしれない。
また、不動尊のギョロリとした大きな目玉や彫りが深く凹凸の多い顔相はドラヴィダ族の特徴を反映させたもの、とする解説がされている。


元々はそれ程に重要な尊格では無かった様なのだが、8世紀頃に大日如来の功徳を説く『大日経』が編纂され、そこで現在に続く基本的な不動明王の性格=大日の教えを守護する忿怒相の化身と云うキャラクターが決定された。
しかし、チベットでこそ“だいぶ”姿は違うものの、大黒天と同様に仏法の守護者と云う地位で親しまれているが、インドと中国ではそれ程の信仰を集めておらず、寧ろ不動明王信仰が真に花拓いたのは日本においてである。*1
チベットではチャンダマカロシャダ(大忿怒尊)と呼ばれており、現在では“不動”と訳されているものの、上記の通りで日本での不動尊よりも畏怖の面を押し出した姿となっている。
矢張り、梵名からも日本の不動尊は釈尊が不動の禅定に入った果てに降魔印により天魔波旬を退けた姿と集約された概念であったのかもしれない。

何れにせよ、日本では単純に仏教という枠をも越えて観音、地蔵と並ぶ程に衆生にも親しまれる尊格として膾炙した。
「目白」や「目黒」等の地名も元々は不動明王信仰に由来する。

尚、明王とは密教独自の尊格であり、明(真言=マントラ)を唱える者の王(代表)と云う意味合いである。
回りくどいが、真言を唱える事で得られる仏の奇跡の化身とでも言うべきか。
不動明王はその首位(第一位)にあり、不動明王を中心に五大明王、八大明王と云ったグループが作られている。
特に有名なのが真言系の五大明王で、これは大日如来を中心に金剛界曼荼羅の中心に描かれる五智如来の教令輪身(怒りの化身)である。
東方に降三世夜叉明王、南方に軍荼利夜叉明王
西方に大威徳夜叉明王、北方に金剛夜叉明王
そして中央に大日大聖不動明王(だいにちたいしょうふどうみょうおう)が配置される。
また、密教では猛烈な火を焚き、そこに願い事を書いた札等を投げ入れ仏に祈る護摩行(怨敵退散の願いもこれ)があるが、その代表的な尊格(良く祈る相手)として知られる。不動明王が二次創作等で火炎属性を与えられるのはその為(火生三昧)。
不動尊の炎は大日如来の無限の智慧の光より生じたものであり、一切の不浄と煩悩を灼き尽くす。


【像形】

一面二臂・憤怒相の童子形に背に火炎(迦楼羅炎=かるらえん)を背負い、右手に倶利伽羅龍王の巻き付いた降魔の剣(倶利迦羅の剣=くりからのつるぎ)、左手に羂索(縄)を持ち岩座に座す(か、立つ)姿で顕される。
岩座は磐石の座を意味しており、起源とれるシヴァ神の聖山であるエベレスト(ヒマラヤ)のカイラス山をを象徴化した物である。

明王は超自然性を顕す為に多面多臂で顕されるのが普通だが、不動明王は“逆説的に”普通の人間と同じ特徴を持たせる事で、その特異性を際立たせているとの説もある。
また、不動尊の憤怒相は他の憤怒相を浮かべた明王や天部の尊格とも全く違う独自のものとなっている。

座像、立像共に数多く製作されており、不動明王単体で信仰される場合には、眷属の八大童子の内、衿迦羅(こんがら)、制多迦(せいたか)の二童子を脇持として配する=不動三尊像となっている事も多い。

また、10世紀頃には天台系から不動明王を正しくイメージする為の手引きとも呼ぶべき『不動十九観』なる物まで登場している。
不動十九観では、上述の独特の憤怒相や体格、持物の解説が細かにされている。

この、不動十九観をもとにしたオーソドックスな不動明王像のほか、空海の前に現れた時の様子の不動明王を模した「弘法大師様(こうぼうだいしよう)」という形の不動明王像が真言宗系に伝わっている。
不動十九観verでは頭のてっぺんを花びらのように結った莎髻(しゃけい)という髪型だが、弘法大師様では頭頂部に七つの花びらの蓮華を載せた頂蓮という形式となっている。


【位置付け】

身も蓋も無い言い方をすると密教(仏教)版の最強の守護神である。

明王の真の役目は如来や菩薩の言葉に耳を貸さない愚か者(人間に限らず天魔、悪竜、悪鬼にまで及ぶ)を力ずくで仏の道に帰依(改心)させる事なのだが、それが転じて仏法者全てを守る守護者と捉えられた様だ。

恐ろしげな姿からも解る様に、非常に厳格な尊格である一方で、清浄な心で祈れば現世利益の全てを与えてくれるとも言われている。
これが観音、地蔵と並ぶ民間での「お不動様」信仰に繋がっている様だ(観音は様々に化身し人々を救い、地蔵は最も慈愛に満ちた尊格である)。
日本ではお釈迦さま/阿弥陀様/観音さま/お地蔵さん/お不動様……あたりが、即ち“仏様”の代表格として名前が挙がる方々だろう。

忿怒相の不動明王(祟りを成す恐ろしい尊格)が修行者の苦しみを肩代わりし血の涙を流したとする所謂「泣き不動」の伝説も、この民間での不動明王人気から生まれた説話である。

天台宗では阿弥陀如来との一体説が唱えられた。

日蓮の題目曼荼羅でも不動明王の梵字が記され、不動明王を祀った日蓮宗のお寺もある。

道教の十王信仰と紐付けられた十三仏信仰にも含まれ、初七日法要を受け持つ。
十三仏は祀らない宗派もあるとはいえ、焼場などには掛け軸が飾られているので見かけることも多いことだろう。


【種字・真言】

種字(尊格を一字で顕した物)はカン(カーン)、或いはカンマン(カンマーン)。
カンのみだと憤怒相。
マンは慈愛の心を顕す。

■カン
■カンマン

真言は、一般的には下記の三種類が知られる。

■ノウマク サンマンダ バサラ タン カン(心咒)
■ノウマク サンマンダ バサラ ダン センダマカロシャタヤ ソワタヤ ウン タラタ カンマン(慈救咒)
■ノウマク サラバ タタギャテイビャク サラバ ボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビギナン ウン タラタ カンマン(火界咒)

※いずれも本来のサンスクリット語の音を“無理矢理”に写した物なので、別の表記が無数に存在する事に注意。

意味合い的には、大忿怒尊(不動明王)に目の前の障害を排除(粉砕)してくれと願う形になる。


【八大童子】

文殊菩薩と同じく八人の童子を従えている。

メンバーは慧光(えこう)童子、慧喜(えき)童子、阿耨達(あのくた)童子、指徳(しとく)童子、烏倶婆伽(うぐばが)童子、清浄比丘(しょうじょうびく)童子、
矜羯羅(こんがら)童子、制多迦(せいたか)童子である。
最後の二人の像は不動明王像の脇侍として左右に置かれることが多い。これを「不動三尊」という。


【色んな不動明王】

特に日本において様々な姿の不動明王像が生まれている。

●四臂不動
文字通り四本腕の不動明王。利剣と羂索を持つ一対と別の腕には何も持たず、頬の両側を外側に向けて引っ張るようなポージングをしている。
「十二天曼荼羅」の中心に座す尊格であり、天部の総主ともされる。

●浪切不動(波切不動)
空海が唐の国から帰国する際、船が高波に浚われ危機が迫った際に出現した時の不動明王を像にしたもの。
不動尊の加護により無事に日本に戻れた空海自身が彫り上げたのが最初の制作例だという。
上記のように「炎の仏」とも言える不動明王だが、波切不動では高波をカルラ炎のように背負ったり、手に持つ剣を水面に突き立てるようにして鎮めている形で造られる。

●厄神明王(両頭愛染明王
不動明王と愛染明王が融合した尊格。胎蔵界の代表的な青い明王と金剛界の代表的な赤い明王が半身ずつ融合し、手の数と持ち物もそのままプラスされている。
嵯峨天皇の霊夢に現れた仏で、彼から祈祷を命じられた空海が最初の三つの厄神明王像を作成した。そのうち現存するのは門戸厄神東光寺に祀られたものだけである。

●黄不動
天台宗の高僧・円珍が感得した不動明王。その名のとおり、黄色もしくは金色の肌をしている。
円珍の前に黄色い不動明王が出現した光景をそのまま描いたという最も著名な黄不動の仏画は、日本の天台宗の、二つに分かれた宗派の片方である天台寺門宗の総本山・園城寺(滋賀県)に所蔵されており、国宝に認定されている。
古来より正確な模写が何度も行われており、それらは一般公開されているが(ネットでも見られる)、実物は秘仏であり、ごく限られた資格を持つ者しか見ることができない。
五色不動の一つである目黄不動は天台宗の山門派のほうの寺であり、不動明王像も黄色くない。

●鎧不動
武田信玄の弟武田信繁が作った不動明王像。和風の鎧を来た不動明王で、不動信仰に篤かった兄貴の姿を模してある。
像のサイズは30センチほどと小ぶりだが、鎧のディティールはかなり精巧に出来ている。
武田家の菩提寺である恵林寺で保存されており、「歴史博物館 信玄公宝物館」で一般公開されることもある。
恵林寺には信玄の姿がそのまま写されたという「武田不動尊」像もある。京都から招いた仏師に自分の姿を彫刻させたところ、自然と不動明王像の形になったという。

●将門山不動尊(伝三面不動尊立像)
東京都西多摩郡奥多摩町棚沢にある将門神社の北側の山の中に建てられたお堂に安置されている三面六臂の像。
右手側の腕は上から月、利剣、独鈷杵を、左手側の上では上から、太陽、麻紐の束、金剛輪を持つ。
麻紐の束はその色合いから新しいものと見られ、恐らく当初は通常の不動明王像のように羂索を持たされていたと思われる。




追記・修正は大日如来の功徳で一切不浄を灼き浄めてからお願いします。

この項目が面白かったなら……\ポチッと/

最終更新:2025年12月14日 20:06

*1 寧ろ、チベットや大陸では大忿怒尊(チャンダ・マカローシャダ)とのみ呼ばれており、不動尊(アチャラナータ)と呼ばれるようになるのは日本に入る直前からである。