不沈戦艦 紀伊

登録日:2014/12/26 (金) 19:48:39
更新日:2023/11/17 Fri 13:51:15
所要時間:約 3 分で読めます




『炸裂する51センチ砲!! 昭和19年10月…… 全長328メートル、12万トンの超巨大戦艦が出撃した--!!』


不沈戦艦紀伊とは、子竜螢執筆による海戦シミュレーションノベル及びその漫画版、ないし作中に登場する戦艦のことである。

90年代に『レッドサン・ブラッククロス』や『紺碧の艦隊』をはじめ、一大ブームを巻き起こした架空戦記小説。
複数の出版社から多数の作品が生まれたが、その中でも大手であった歴史群像新書の代表作のひとつである。
第二回歴史群像大賞『奨励賞』受賞作。全16巻+1、幾多の架空戦記小説を生み出した子竜螢氏のデビュー作でもある。
それまでの架空戦記でもあったが、超大和型戦艦=紀伊型というイメージを決定づけた作品といえ、その後も架空戦記での紀伊型戦艦といえば超大和型戦艦であるとする作品が生み出されていくきっかけとなった。重版を重ねる人気シリーズとなり、後に全10巻でコミック化。現在も文庫本サイズで販売されている。
コミック版は現在は電子書籍で読むことができる。スリガオ海峡での紀伊の初陣やB29の空襲など、展開の一部が異なっているので読み比べてもいい。

紀伊型戦艦 要目


全長:328メートル
最大幅:45.2メートル
基準排水量:98,600トン
速力:30.5ノット
主砲:20インチ(51センチ)3連装3基9門
副砲:8インチ(20センチ)3連装2基6門
高角砲:5インチ(12.7センチ)連装24基48門
噴進砲:5インチ30連装4基
対空機関砲:1インチ(25ミリ)3連装48基144門
乗員数2600名

この他、装甲内部にゴムとウレタンスポンジ層が仕込まれており、被雷の衝撃を緩和して浸水を軽減する工夫がなされている。
対空火器も充実しており、航空兵器への対策も万全を期している。
総合的な防御力は大和型の比ではなく、最大では40センチ砲弾37発、魚雷64本、その他多数を受けながらも生き延びている。
このスペックは一見して荒唐無稽のようだが、史実でも実際に大和の発展型として検討されていた案の一つである。(かつ、その内の最大案である)

なお、同型艦『尾張』は鋼材の不足により高角砲をすべて噴進砲に交換している。
また、内部のゴムとウレタン層の防御も『紀伊』とは違いウレタン層のみとなっている。


※史実の"超大和型戦艦"


このような艦が計画された背景には、日本が軍縮条約を脱退したことで大和型戦艦を設計した事、対抗心に燃えるアメリカ海軍がある。
事の発端は開戦のおよそ数年前。ちょうど大和と武蔵を建造中の日本海軍は米軍が建造中という新鋭艦『モンタナ級戦艦』の情報を掴んだ事で腰を抜かし、顔面蒼白に陥った。(モンタナ級は主砲口径以外のすべてのスペックが戦艦大和に匹敵する、アメリカ軍が計画した戦艦では最強無比を誇るバケモノ戦艦)
大和に匹敵する戦艦が5隻も建造予定であり、しかも主砲は46cm砲であるという懸念が日本海軍を怯えさせた。
そこで万が一に備えて、スペック面で大和を凌ぎ、実戦で圧倒できる戦艦として計画されたのが、この"超大和型戦艦"である。
なお、実際のモンタナ級の主砲は40cm砲を予定していたため杞憂であったとも言われるが、かつて建造中だったコロラド級が長門型やG3型、N3型に対抗して主砲を36cm砲から40cm砲へと換装した事や、軍縮条約締結前の時点でアメリカは46cmの試作に成功していた事を踏まえると日本の懸念は間違い無いもので有ったと言える。
しかし当時の日本海軍には新規設計をする余裕は残されておらず、ちょうど新造戦艦のフォーマットとして大和型を設計し終えて間もない時期であったため、
規格統一も兼ねて、最新型であった大和型をベースにして計画されたのである。上記のスペックは艦政本部が最初期に検討していた設計案とほぼ同一のものである。
しかしその後、12万トン級の船体では修理補給設備や建造設備をすべて一から揃える必要があるために早々に没になり、第二段階で八万五千トン級に縮小されたが、それでも51cm三連装砲の製造が不可能と判定されたことで更なる縮小を余儀なくされ、最終的に大和型を多少拡大した7万5千トン級の船体(大和型のままでは51cm砲の反動に耐えられないため)に51cm連装砲を乗っけた妥協案が採用され、開戦の半年後には試作砲塔が完成間近のところまでこぎ着けていた。しかしミッドウェー海戦が敗北に終わったことで空母の需要が高まった事、既に戦艦の存在意義が薄れていたことで計画は中止されてしまい、砲塔はそのまま放置され、歴史の闇に消えた。
現実問題を打破する手段として計画されたが、結局は空母が主役となったために、『大艦巨砲主義の幻』として泡に消えた悲劇の戦艦と言える。


その他、本作オリジナルの艦艇など


◆伊吹型防空巡洋艦
史実では中止された改高雄型重巡。
雷装を撤廃して噴進砲を増強した対空艦としてレイテ後に旅順で完成、『伊吹』『鞍馬』の二隻が登場して『紀伊』型の護衛艦として活躍する。

◆改秋月型駆逐艦
『伊吹』型同様にレイテ後に旅順で完成、同じく雷装を全廃して噴進砲を搭載している。
『立待月』『居待月』『寝待月』『名月』『十六夜月』『黄昏月』の六隻が登場。

◆24インチ(60センチ)列車砲
米軍が欧州戦線で鹵獲したもの。作中では2両登場する。
コミック版ではどこぞの勇者王ばりにアレに置き換わっている。

◆フロリダ級戦艦
米国が紀伊型戦艦に対抗するために着工した新型戦艦。18インチ砲が12門で8万トン(小説版では対20インチ防御であり、砲が開発されれば20インチ8門に換装されると述べられている)が予定されていた。
しかし、着工が1945年に入ってからだったので流石の米国といえども大戦中に完成させることはできなかった。

◆五式徹甲弾
沖縄戦の戦訓から開発された、徹甲弾の内部に三式弾を詰め込んだ砲弾。
装甲を撃ち抜いて敵の艦内から焼き尽くしてしまおうという発想の代物で、開発の遅さから実戦使用数は少なかったものの命中すれば正規空母すら大破に追い込む威力を持つ。


※この他にも、米国ではアイオワ級戦艦『イリノイ』『ケンタッキー』が建造再開され、『モンタナ』級も建造されている。
英国では『ライオン』級、ソ連では『ソビエツキー・ソユーズ』級が『紀伊』型の影響で建造続行されている。
また、軽巡『北上』が史実とは異なり最後まで重雷装艦として活躍し、『樫野』も大戦末期まで存命しているなど細かな違いもある。



あらすじ


昭和12年、海軍中将豊田副武は造船官牧野茂、福田啓二から驚くべきことを伝えられる。

「豊田中将、『大和』は期待するほどの不沈戦艦ではありません」

驚愕する豊田に牧野と福田は語った。
限られた予算と資材では『大和』型が精一杯のところであり、他の戦艦よりは強いものの「不沈戦艦」とまでは呼べない欠陥品であると。
そして、もしも制限がなければ自分たちは文字通りの不沈艦を建造してみせると断言した。

感銘を受けた豊田は旅順総督に就任すると、巨大計画の実行を始めた。

良港旅順に巨大ドックを2基建造。予算と資材は『武蔵』以降のすべての戦艦と空母の建造を中止。
二隻の超巨大戦艦は『紀伊』『尾張』と名づけられた。

しかし時代の流れは2隻の完成を待たずに太平洋戦争へと突入してしまう。

真珠湾攻撃、マレー沖海戦を経て航空主兵主義によって日本海軍は緒戦を支配する。
だがその勝利は、パイロットの圧倒的な技量の差によって生まれた一時の錯覚に過ぎなかった。
時が流れると、生産力・航空機性能・パイロット育成などのすべてにおいて劣る日本の航空兵力はもろくも壊滅してしまう。

マリアナに敗れ、ついに米軍の手は日本の生命線であるフィリピンへと迫る。

そんな絶望のさなか、ついに大望の紀伊型一番艦『紀伊』が完成した。
志摩艦隊を追う形で出撃した『紀伊』はスリガオ海峡にてオルデンドルフ艦隊と交戦。ただ1隻で敵6隻の戦艦を血祭りにあげる華々しい初陣を飾った。
だが栗田艦隊の反転によってレイテ沖海戦に日本は敗北。フィリピンは失陥してしまう。

圧倒的な戦力で米軍は次に硫黄島へと迫った。
しかし、レイテで『紀伊』のために6隻もの戦艦を失った米軍は十分な支援砲撃をおこなうことができず、上陸部隊は大苦戦を余儀なくされた。
その隙を突き、『紀伊』は連合艦隊の残存艦艇とともに大油送作戦を決行。膨大な量の資源の輸入に成功。

だが、資源と引き換えに硫黄島は陥落し、米軍の手は本土の一端である沖縄へと届いた。

史上最大の兵力で沖縄を埋め尽くそうとする米軍。が、日本陸軍は硫黄島での教訓から沖縄南部に巨大地下要塞を築いて迎え撃つ。
一方日本海軍もまた、稼動全艦を持ってしての沖縄への殴り込みを決意する。

強大な防空火力と装甲で航空攻撃をはじき返し驀進する『紀伊』。未完成ながらも連合艦隊を追って出撃する二番艦『尾張』。
立ちはだかる米主力戦艦部隊をも圧倒する『紀伊』。しかし、うまくいきすぎる戦況に、連合艦隊主席参謀神重徳大佐は一抹の不安を覚えていた。
そして予感は現実となってしまう。米軍は『モンスター』と呼び恐れる『紀伊』を仕留めるため、ある秘策を持って待ち構えていたのだ…



作品考察


この作品の斬新なところは、やはり【大艦巨砲主義】を前面に押し出したところであろう。
同期の作品には『超弩級空母大和』や『黎明の艦隊』などがあるものの、いずれも日本が史実より早く航空主兵に目覚めたというものであり、
ほかの作品でも戦艦は脇役か、出番があっても時代遅れの最後の花道ばかりであった。
が、本作では逆に戦艦が徹底的に強く描かれる。航空機をバタバタと撃墜し、爆弾も魚雷も通用しない戦艦に対して空母機動部隊は為すところがなく、
その威力に戦慄した各国は新型戦艦の建造競争を開始するにまでいたる。
ただし、その反動で山本五十六などのいわゆる航空主兵の提督が悪し様に言われているので彼らのファンは注意。

また、超兵器系が登場する作品はほとんどが開戦前、もしくは序盤に投入されて日本軍無双をやるが、紀伊と尾張が投入されたのは敗色濃厚となった
1944年末のレイテ沖とかなり遅い。
そのため、劇中間違いなく最強ではあるものの、砲弾より多い敵と戦わねばならないので無双になれずに、この手の小説としては珍しく艦隊決戦ではなく
補給路の破壊に主眼をおいて日本軍が作戦を展開する。
それにより、全体的に地味な印象が続くものの、そのおかげで本作が乱造された架空戦記と同じにならずにリアリティと緊迫感を維持できたことが
長期連載につながる人気を得られた要因であったといえよう。


※注意
架空戦記の現実性についての議論は水掛け論にしかなりません。
思っても、突っ込みはするだけ野暮ですので自重しましょう。


※余談
本作を執筆した子竜氏は山本五十六を主役に据え、奇跡的に生き延びた彼に引き入れられた日本軍の逆襲を描いた架空戦記も執筆しており、
本作で山本の扱いが悪いのはあくまでも展開上止むを得なかった結果である。
子竜氏はリアリティと緊迫感のある展開を得意とする一方で戦艦の防御力に対しても極めて強い拘りを持っており、
「新造された戦艦大和が北朝鮮を崩壊に追い込む」という衝撃の展開を綿密な政治劇、自衛隊を完全善にはさせてくれない戦争の残酷さ・非情さを
織り交ぜながら描くのと同時に、戦艦の防御力と46㎝砲の火力を前面に押し出した大艦巨砲主義万歳小説「戦艦大和2010」を後年になって執筆している。
こちらは大和の出番が非常に遅いものの、その分とんでもなく強力な艦として描かれており、大和が苦戦することはない。





『資源の乏しい我が項目には、追記・修正が必要なのです』

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最終更新:2023年11月17日 13:51