決戦・日本シリーズ(小説)

登録日:2016/10/16 (Sun) 20:15:00
更新日:2025/05/02 Fri 16:10:04
所要時間:約 8 分で読めます





『決戦・日本シリーズ』とは、1974年に発表されたかんべむさしの短編小説である。


【概要】

タイトルこそが日本シリーズとあるが、試合ではなくどちらかというとプロ野球のファン同士が巻き起こす騒動に焦点を当てた作品。
落語のようにテンポの良い文体で非常に読みやすいのが特徴。

シリーズの対戦カードは阪急ブレーブス阪神タイガース
……阪急阪神、当時共に兵庫県西宮市に拠点を持ち、鉄道会社を親会社に持っていた2球団の対決である。
血の臭いを感じたあなた、正解

本作最大の特徴は、マルチエンディング方式を採用していること。
そのため、どちらが優勝したのか読者が好きな方を選んで読み進められるようになっている。

そして時は流れて2023年、セ・リーグが阪神、パ・リーグが阪急の後身球団であるオリックスがそれぞれリーグ優勝、そしてその勢いでCSも突破して日本シリーズでの対決が決まったため、本作に再度注目が集まることとなった。
しかし、当の作者は公式ホームページにて、本作はプロ野球ではなく両沿線に住む住民の気質を描いた作品であり、住民気質も均質化し現在のプロ野球には興味がない作者にとって、半世紀以上前の作品をあれこれほじくり返されるのは迷惑であると語っている。


【あらすじ】

スポーツ新聞界の老舗であるスポーツッポン社の幹部陣は、創立25周年企画として
「話題性があって大量のスポンサーが付いてスポーツの歴史に残るような面白い企画」を考えるよう部下に無茶振りする。
主人公である“俺”は、この年のプロ野球でセ・リーグは阪神が、パ・リーグは阪急がリーグ優勝確定であることに着目し、ファン参加型のとんでもない企画を提出した。

日本シリーズで優勝した方の球団の電車が、負けた方の球団の路線を走って優勝パレードを行うというものである。

つまり阪神が優勝したら阪神の車両が阪急の線路を走り、阪急が優勝したら阪急の車両が阪神の線路を走るということ。

阪神と阪急――関西における2大グループ、そしてそれぞれの沿線に住む住民のお互いへの対抗意識を利用して日本シリーズを盛り上げようというのだ。
プロ野球ファンにはどちらが優勝するのか投票を促し、優勝したチームに投票した人の中から抽選で1000名がパレード列車に乗車して選手や監督と交流できるというオマケ付き。

この企画は発表と同時に話題となり、380もの企業が協賛を申し出てきた。
それぞれの球団ファンも来るべき日本シリーズに向けてヒートアップし、いつしかちょっとした小競り合いまで起こるようになった。
その影響は芸能界にまで及んだ。上方落語の重鎮・桂俊腸がラジオの生放送で阪神びいきの発言をしたところ、過激な阪急ファンによってその日のうちに暴行を受けてしまったのだ。
地元商店街は便乗セールを連日のように開催し、毎日がお祭りやデモのような騒ぎになった。
いつしか過激なファンを中心に自警団のようなものが結成され、本当にデモ行進まがいのことまでやり始めた。
結果、兵庫県警だけでなく大阪府警や京都府警の機動隊まで出動するようになった。
一方、“俺”は現地の反応を見るべく街へと繰り出し、あえて火種になりそうな行動を起こしては住民同士を煽り、最終的には取っ組み合いになる様子を見てほくそ笑んでいた。

いよいよ日本シリーズ、通称今津線シリーズが始まった。
どちらの球団も武装した過激なファンが集結し、いつ暴動が起きてもおかしくない状況の中で試合が続けられた。
3勝3敗で迎えた甲子園での第7戦、なんと延長28回を迎えても決着がつかず引き分け*1
試合をしていた選手よりも、観戦していたファンの方に大量の負傷者が出て救急車が32回も出動する事態となった。

西宮球場にて行われた第8戦。3対2、阪神リードで迎えた9回裏阪急の攻撃。ツーアウト満塁カウント2-3。
誰もが固唾を呑んで見守る中、最後の1球が投げられた。そして……。


ウワーッという大歓声が巻き起こった。
「試合終了、試合終了です。座ぶとんが飛んでいます。五メートルの金網越しに、いろんな物が投げられています」
「アッ、金網が破られました。観客がボロボロとグランドにこぼれ落ちています」
「グランドもスタンドも乱闘、五万人対五万人の大乱闘です」
「私も行きたい。行くいく。わいも行くでクソッタレ、どついてこましたんねんや」


【登場人物】

スポーツイッポン事業部企画課員。
沿線に住む住民同士の対立感情を利用して日本シリーズを盛り上げる企画を提出し採用される。
企画が通ってからは出社せず、街へ出てそれぞれの球団のファン同士を煽りまくっていたぐうの音も出ないほどの畜生

  • 取締役
スポーツイッポン取締役。
当時大阪府に本拠地のあった南海ホークスのファンで、南海が優勝争いからハブられたことに不満タラタラ。
「南海を馬鹿にするか」

  • 常務
スポーツイッポン常務。
阪神の熱狂的なファンで、この企画に真っ先に食いつき、阪神・阪急両方から半ば強引に許可を取りつけた。
試合には日本刀を装備して応援に行くぐらい過激な性格。

  • 桂俊腸
上方落語の中堅で大の阪神ファン。
ラジオの生放送で阪急をこき下ろす発言をしたため、番組に抗議の電話が殺到する羽目に。
当の本人もラジオ局から出てきたところを襲撃され、四方八方から生卵とトマトをぶつけられてしまった。
元ネタは大の阪神ファンで知られた落語家の2代目桂春蝶。

  • フランス人
“俺”が神戸のバーで出会った貿易商。
今回の騒動に非常に興味津々。
自身は宝塚歌劇団のファンなので、親会社が同じ阪急を応援すると公言している。

  • 神狂同
阪神支援熱狂者同盟の略。
中でも特に過激な500名は「武装神狂同」と呼ばれ、虎の面で顔を隠し特攻すら辞さない。
ちなみに常務も一員である。

  • 急促連
阪急必勝促進者連合の略。
参加者は全員が古代ローマ風のヘルメットを装備しており*2、西宮市内でデモ行進を敢行している。

  • 小隊長
6万人のキャパの甲子園に8万人が集結したために出動した機動隊の小隊長。
巨人ファンだったばかりに批難の対象に。
「巨人軍を馬鹿にするか」

  • 喜多北盛夫
大の阪神ファンの作家。
ヨガの秘法で阪神を優勝させると豪語し、けったいなポーズを次々と繰り出しては祈祷を行っている。
第8戦ではとうとうグランドに乱入して演説をぶった後、阪神優勝祈願の怪しげな祈祷をしていった。
「ラマクリシュナ!」
元ネタは大の阪神ファンで知られた作家の北杜夫。


【シリーズ制覇】

以下、2つの結末を記載。ネタバレ注意。

















+ ...
【ブレーブス優勝!】

阪神の梅田駅(現:大阪梅田駅)から、優勝した阪急の選手や監督、ファン、宝塚のスター、そして“俺”を乗せたパレード列車は予定通りに出発した。
しかし同乗していた新聞記者から、不穏な情報が“俺”にもたらされた。
軍服に軍刀姿の男が神狂同に決起を促したというのだ。

「阪神ファンが、特攻隊を組織したらしい。荒れますよ、このパレードは」

阪神電鉄の悪口を肴に酒宴を続けるパレード御一行様だったが、尼崎駅にてとうとう問題が発生する。
50人ほどの目がイッちゃった連中が、パレード列車に向かって突撃を仕掛けてきたのだ。
飛び交う火炎瓶、唸りを上げる丸太……。急促連の有志が迎撃に向かい、大乱闘が始まった。

それでもなお列車は進むが、竹槍を持った部隊が突撃してきたり、
黄色い旗を掲げた子ども達が線路に飛び出してきたり
下着姿の女子大生が色仕掛けをしてきたりと敵はあの手この手で走行妨害を仕掛けてきた。

ようやく阪神本線で今津・西宮駅へ行くための必須通過場所とはいえもはや阪神ファンを大炎上させるためとしか思えない甲子園駅まで辿り着いた時、パレード列車はあちこち窓が割れ、車体が焼け焦げて今にも壊れそうだった。
すると、高架駅である甲子園駅の勾配から、一台のトロッコが列車に向かって下り降りてくるではないか。
トロッコに乗っていたのは軍刀を振りかざした常務だった。トロッコの中では大量のダイナマイトと手榴弾が煙を上げていた……。
「甲子園は通さんぞ!」
















+ ...
【タイガース優勝!】

阪急梅田駅(現:大阪梅田駅)から、優勝した阪神の選手や監督、ファン、芸人、そして“俺”を乗せたパレード列車は予定通りに出発した。
しかし同乗していたテレビ局のディレクターから、不穏な情報が“俺”にもたらされた。
謎の外国人が急促連に入れ知恵をしたというのだ。

「急促連が、サボタージュの指令を発したらしい。もめますよ、このパレードは」

スポンサー提供のタダ酒を浴びるように飲み続けるパレード御一行様だったが、淀川の鉄橋にてとうとう問題が発生する。
鉄柱の調査名目で列車が止められ、1時間も足止めを食ってしまったのだ。

十三駅では意図的にポイントを切り替えられ、抗議をすると逆にクレーマー扱いされてしまう。
園田駅では急にストが発生して通行止め。
その後も行く先々で何かが線路に立ちはだかっては進行を邪魔し、阪神側の不手際だと逆に文句を言ってくる。

嫌がらせはどんどんエスカレートし、とうとう今津線ではありえない50両連結車両の通過待ちをさせられている間、
帰宅ラッシュの人々を乗せた通勤電車が無線で罵詈雑言を吐きつつ背後から迫ってきた。
阪神の運転手も“俺”も涙目になったその時、笑顔でホームに立っていたあのフランス人がウインクを寄こしてきた。
「ゴクロウサマ!」





【実際の事例】

本作で描かれた「阪急電車が阪神線を走る」というエピソードは、実は現実に起きたことがある。しかも2度も。

1回目は本作が発表される25年も前の1949年。
原因は暴走事故。当時は阪急・阪神それぞれの今津駅が戦中の軍の要請によって連絡線で結ばれていた*3。戦後、連絡線は不要となり封鎖されたが、戦後まもなくで資材が不足していたこともあり、簡単な車止めしか設けられていなかった。
そんな時、運悪く今津線の列車に車両故障が発生した(当時は阪急に限らずこういった「すぐどっかぶっ壊れるパワポケのアルベルトみてーな車輛ポンコツofポンコツ」が主力の路線は珍しくなかった。理由は言わずもがな)。
普通に修理すればただの車両故障だけで済んだのだが、誤った措置を取ったことでブレーキに使用する圧縮空気が全て抜けてしまい、これによってブレーキが緩んだため列車は40‰の下り急勾配を走り出した。圧縮空気が全て抜けているため通常列車を止めるために使用する空気ブレーキは使えず、やむを得ず運転士と乗客が協力してハンドブレーキを回したが効果がなく、そうこうしているうちに列車は今津駅に進入。全くブレーキの掛からない列車は車止めを突破して連絡線に入り、連絡線のポイントを粉砕して阪神線に侵入してしまった。
最後は阪急の車両の方が阪神の路線規格よりも幅が広かったことから久寿川駅のホームに接触、火花を散らしながらしばらく進んで停止した。
阪神線はちょうど大阪方面行きの急行が通過した直後で、更に1分後には事故現場に普通が迫って来ていたが奇跡的に列車同士の衝突は起きず、2名が列車から飛び降りて脱出したことによる怪我を負っただけで死者も出なかった。
この事故は戦前から阪神間の鉄道輸送で熾烈な争いを繰り広げていた両社の間で起きた事故であることから、在阪マスメディアのネタとなりこぞって報道された。ある新聞ではこの事故を「阪急、阪神へ殴り込み」と風刺して報道したが、それがウケたのか現在ではこの事故は「殴り込み事件」という通称で呼ばれている。
また、この事故のせいで下記の阪急5100系の阪神線経由での回送の際、阪急社員が「合法的に阪神線に入るのは初めて」と答える羽目になったりしている。

2回目は2014年で、前述の通り合法。
阪急5100系5136Fの能勢電鉄移籍に伴う改造が尼崎にある阪神車両メンテナンスで行われたため、新開地経由で回送が行われた。
改造しない4両は昼間も阪神車両最寄りの尼崎車庫に留置されており、久々に阪急と山陽電車が並ぶシーンや、阪神なんば線経由で乗り入れてきた近鉄電車と共演する珍しい絵面になったりと、この小説や1回目とは違って終始和やかに(?)行われた。

阪急・阪神は1968年の神戸高速鉄道線開業および直通運転開始に合わせ、直通先の山陽電車とともに車両規格を統一したため技術的ハードルは全てクリア済みとなっていた。
1998年2月までは阪急も山陽電車の須磨浦公園駅まで乗り入れており、同駅で阪急と阪神の電車が並ぶ写真を見たことある人も少なくないだろう。

そしてご存じの通り、2006年に阪神は阪急に経営統合されており、現在は両線とも阪急阪神ホールディングス傘下となっている。


【余談】

第三者がファンを煽らせて試合を盛り上げる、という趣旨は本作発表の前年から起きていたロッテオリオンズ太平洋クラブライオンズによる「遺恨試合騒動」が有名。
これは当時観客動員数の低迷に悩んでいたライオンズ球団が話題作りのために仕掛けたアングルの一種だが、内容については監督などごく少数にしか知らされておらず大混乱に陥ってしまった。
時代背景的にこれを参考にして小説を書き上げたかもしれない。

本作が描かれたころの阪神タイガースは江夏豊・田淵幸一の黄金バッテリーを有してはいたものの残念ながらついに優勝は出来ず。一方阪急は長池、山田、加藤、そしてみんな大好きふくもっさんとひとつの黄金時代であり、1975~77年にかけて実際に日本一を達成している。日本シリーズの相手が阪神だったかはお察しください。

作中では当時の在阪4球団のうち近鉄バファローズだけは名前すら出てこない。なんか一球団足りないなと思った方は正解である。当時優勝経験がなかったから(初優勝は1975年後期、日本シリーズ出場は1979年)とはいえあんまりな仕打ちである。
日本シリーズで阪神-阪急のカードが実現しなかったのはこの時の近鉄の恨みからとか・・・まさかね。

2005年からは阪神と阪急の後進であるオリックスがセ・パ交流戦で直接対決する、通称「関西ダービー」が行われている。


追記・修正は阪神とオリックスを共に愛してからお願いします。

この項目が面白かったなら……\ポチッと/

+ タグ編集
  • タグ:
  • プロ野球
  • 阪神タイガース
  • 阪急ブレーブス
  • 日本シリーズ
  • 今津線シリーズ
  • 兵庫県
  • 代理戦争
  • 仁義なき戦い
  • 阪急電車
  • 阪神電車
  • 煽り屋
  • かんべむさし
  • 小説
  • ネタバレ項目
  • 怒りの特攻
  • 虎は狸の母さんよ
  • 近鉄バファローズ「解せぬ」
  • 決戦・日本シリーズ
  • 西宮市
  • 2023年遂に実現!!
  • 予言の書
最終更新:2025年05月02日 16:10

*1 ちなみに現実だと当時のルールでは17時30分までに決着がつかないと自動的に引き分けで第8戦突入だった。

*2 阪急ブレーブスのペットマークが「そういう格好をした少年」だったことに由来すると思われる。

*3 理由としては軍事物資の貨物輸送を考慮したもの。実際に阪急今津線沿線には軍需工場があった。