福岡ソフトバンクホークス

登録日:2011/05/02(月) 10:53:29
更新日:2025/04/24 Thu 16:03:49
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福岡ソフトバンクホークスとは、パ・リーグに所属するプロ野球チームである。
福岡市が本拠地で、日本で最も西にあるNPB所属のプロ野球チームでもある。
チームカラーは黄色。

福岡市中央区のみずほPayPayドーム福岡(福岡ドーム)を本拠地、北九州市小倉北区の北九州市民球場を準本拠地としている。

【チームの変遷】

オーナー企業は転々としており、以下の通り。
南海軍→近畿日本→グレートリング→南海(なんかい)ホークス→福岡ダイエーホークス→ 福岡ソフトバンクホークス

プロ野球の開始翌年から参戦したかなりの古参チームである。
元々は関西私鉄・南海電気鉄道の野球部としてスタート。つまり大阪の球団だった。

1944年に南海電鉄が関西急行鉄道と合併して「近畿日本鉄道」になったため、それに合わせて改名。
さらに1946年には大阪電気軌道(近鉄の前身)の略称「大軌」を英訳した「近畿グレートリング」に改名するが、
英語でtnkを意味するスラングであることが判明したので南海が再び分離独立したことに合わせ「南海ホークス」になった。
プロ野球再開時から存在し、鶴岡一人監督の下で1950年のリーグ分裂以来17年連続2位以上と元々は超名門チームであった。

しかし、1977年に選手兼任監督だったノムさんが不倫及びそのお相手な夫人の出しゃばりの所為でクビ→移籍(おまけに柏原純一、江夏もこの煽りで移籍)すると暗黒へ転落。さらに長年の赤字やパリーグ全般の不人気、運営会社としては収益が望めない点*1もあり親会社や労働組合からは身売りを求められていた。
しかし、当時にオーナーであった川勝傳が「私の目の黒いうちは売らない」と頑として首を縦に振らなかったという*2
前述の鶴岡氏は身売り決定後のインタビューでも「パリーグのためにも選手のためにもそちらの方が良いのでは」と語っていた程なので、当時の状況がいかに劣悪だったかがうかがえよう。

1988年にダイエーに売却され福岡に移転、かつて西鉄ライオンズが本拠地としていた平和台野球場が本拠地となった。1993年からは福岡ドームに本拠地を移転。
移転当初は南海時代末期のチーム状態が続き、ファンと一騒動もあったが、西武から秋山や工藤などが移籍してくるなど次第に土台が整い始め、1998年に20年ぶりのBクラス脱出を果たすと翌1999年にリーグ優勝、日本一を果たし、翌2000年も日本シリーズで巨人に敗れるもリーグ連覇。2003年はダイハード打線を擁し日本一。
2005年にダイエーの経営難からソフトバンクに売却されたが、本拠地移転はなし、応援歌は球団歌に昇格、マスコットも続投…とチームに対するイメージを損なわない配慮がなされた。

球団歌の『いざゆけ若鷹軍団』はダイエー時代に近所のダイエーやローソンでしこたま聞いた人も多いはず。
球団歌はもはや福岡の県歌に等しい程の知名度を得ており、ソフトバンクに経営が変わっても引き継がれている。後援会直々に「球団歌変更したら何起きるか分からんぞ(意訳)」と脅して替えさせなかったと言う噂すらある。

ちなみに先にちょろっと書いたようにダイエー時代『いざゆけ若鷹軍団』は応援歌で、正式な球団歌としては『ダイヤモンドの鷹』があった。
この楽曲は作詞が阿久悠、作曲および歌唱が宇崎竜童という豪華なものだったが、南海時代最後および福岡時代の初代監督でもある杉浦忠氏は発表の場で「覚えにくい」と評しており、これがそのまま楽曲の命運を決定づけたと言えよう。

また、優勝チーム恒例のビールかけは前々身の南海ホークスが始祖だったりする。
1959年にリーグ優勝を果たしたとき、助っ人外国人が「アメリカではシャンパンをかけてお祝いする」と教え、ビールで代用したのがきっかけである。

ちなみにソフトバンクになってから金満ぶりを発揮しており、三軍まで作っている。
その金満ぶりから台湾では邪悪球団呼ばわりされている。

【獲得タイトル】

  • 日本一 11回
  • リーグ優勝 21回
  • セ・パ交流戦優勝・最高勝率 8回

【主な選手】

★野手


6 今宮健太
川崎亡き後の遊撃手に定着した人。
定評ある守備はプロの実況も興奮させるが、たまにものすごい失策をやらかして叩かれる。
ルックスもイケメンだ。
打力はご愛敬だったが2017年ついに打撃開眼。

7 中村晃
コツコツとヒットを重ねる仕事人。
まだ若いのに風格すら感じられる。
3年連続規定到達打率3割を達成しているが、内川(7年連続)、糸井(6年連続)がともに2015年で途絶えてしまったため現役最長となった。
野獣先輩ではない。
2019年に自律神経の病を患うもなんとか闘病しながらも一軍に復帰した。

9 柳田悠岐
通称ギータ。うんたんは関係ない。
球界を代表する強打者で公式チート。
ヒーローインタビューでの語彙力が壊滅的であり、上記の松田にすらアホ呼ばわりされている。
生まれも育ちも広島で名誉カープファン。
2015年にはトリプルスリー&首位打者同時達成というプロ野球史上初の快挙。

19 甲斐拓也
ホークスの扇の要。育成6位から正捕手へ成り上がったシンデレラボーイ。2020年からホークスのレジェンド・野村克也氏以降誰もキャッチャーでつけていなかった背番号19を継承した。
圧倒的な強肩「甲斐キャノン」で走者を刺しまくる。
同期で同じく育成から這い上がった千賀とはラブラブすぎてもはや夫婦。
ブルービートは関係ない。
2024シーズンオフにFA憧れだった阿部慎之助率いる読売ジャイアンツへ移籍することとなった。

23 周東佑京
育成出身のスピードスター。
二盗・三盗・周東のキャッチフレーズでブレークし2019年は代走専でありながら日本代表に選出された。
2020年にはスタメンでも活躍するようになり13試合連続盗塁の世界記録も樹立し、盗塁王まで獲得してしまった。

27 ジュリスベル・グラシアル
2018年にキューバからやってきた強打者で巨人ファンのトラウマ
ミートもパワーも兼ね備えチャンスにも強く、イケメンで元軍人という隙のなさである。
なお見た目は若いがデスパイネより年上である。
ホームランを打った時に高谷おじさんをボコボコにするパフォーマンスが有名。

54 アルフレド・デスパイネ
キューバから「借り受けた」大砲。
2013年から日本に来ているが、2016年オフロッテとキューバ政府との契約がこじれ出ていったところをソフトバンクが拾った。
しかしオールスターではロッテ時代の応援歌に合わせてホームランという粋なこともしてくれた。

31 栗原隆矢
強打の捕手として期待されている若手。
2020年に主に外野でスタメン定着してまだまだ粗削りながらも将来性を感じさせる打撃を魅せると、日本シリーズではその猛打を炸裂させてシリーズMVPに輝いた。

★投手

16 東浜巨
「なお」と読む沖縄出身投手。ジャイアンツ愛とかはない。
セリーグの順位によってはこの人の名前が見れることも。
運と体力のなさから未完の大器扱いが続いたが、150km超えストレートと絶対性はないが多様な変化球をもってローテに定着。2017年にはリーグ最多勝も達成した。

18 武田翔太
通称レジェンド。
かつてはもう一人の翔太にして九州のダルビッシュ
ドロップカーブなどの多彩な変化球を使いこなすが怪我と制球難が悩み。
若手の割に老け気味。

29 石川柊太
しゅうた、と読む。育成出身の右腕で150キロを超える剛球と鋭いパワーカーブが武器。
重度のドルオタ(ももクロZ)で、応援曲を作ってもらうほど。ゲーマー(FPS系)でもありもはや完全に野球がうまいお前らである。何故かダルビッシュ有と交友がある。

35 リバン・モイネロ
キューバから来たリリーフ左腕。実は育成として来たが秒で支配下登録された。
150キロオーバーの速球と落差の大きいカーブで三振の山を築く。2020年はもはや手が付けられないレベルで活躍した。
自転車のベルをチリンチリン鳴らしまくってたところデスパイネに怒られた。

17 有原航平
日ハムのエースだったが、メジャーに渡り夢破れて日本に戻ってきた。
今はソフトバンクのエースとして活躍している。

10 上沢直之
日ハムのエースだったが、メジャーに渡り(ry
日本に戻ってから日ハムの施設を散々使っておきながらソフトバンクに来たという経緯もあり、新庄監督の怒りを買ってオープン戦から恥辱を味わわされシーズン中に日ハム戦に登板させないことが決まってしまう。

13 濱口遥大
2024年オフに三森大貴とのトレードでやってきたDeNAの先発ローテ投手。
が、あちらが活躍している中で大隣と同じ難病を発症しいきなり選手として絶望の淵に立たされる。

★コーチ・監督

72 若田部健一
ホークスOB。現在は二軍投手コーチを務める。
波の激しい投手であり、ここ一番というときだけ大活躍する投手だった。横浜時代?そんなのもありましたね。
藤井将雄が死の病に侵されていることを知っていた数少ない人物であり、藤井ハリーを胴上げの輪に入れたのも彼である。
妻は福岡のローカルタレント、娘はホークスタウンに本拠地を構えるHKT48に所属していたことがあり、現在はフジテレビの報道記者。

80 本多雄一
通称ポン。川崎と二遊間を組み長年ホークスを支えた名選手。
プリケツ打法が目立つが実は通算打撃成績も結構いい。
2018年に引退しそのまま守備走塁コーチに就任。穏やかそうな見た目に反し練習では鬼軍曹らしい。

81 藤本博史
工藤公康の後任として2022年から監督になった。
南海時代に入団し、現役最終年以外はホークスに所属。
引退後も2011年からコーチとしてホークスに所属と、野球人生をホークスと共に歩む。

83 長谷川勇也
通称ハッセ。某クソコテは関係ない。
入団時は怪我に悩まされたが、首位打者を獲得するまでに成長した。
だがバントはやっぱり下手。
ガチれば首位打者も余裕。

84 高谷裕亮
チーム最年長でみんなのお父さん。ファンからは高谷おじさんと呼ばれる。
助っ人投手の扱いに定評がある。基本的に控え捕手だが肩の強さは甲斐に引けを取らない。

90 小久保裕紀
我らがキャプテンであり、ダイエー時代からホークスを支えてきた苦労人。
無償トレードされたりしたが、FA権を使いちゃんと福岡に戻ってきた漢。
2012年引退を表明。
侍ジャパンの監督も務めたが、世界一にはなれなかった…。
2021年からヘッドコーチに就任。次期監督候補と目される。
2024年から1軍監督に就任。

【元選手・OB】

★野手

  • 秋山幸二
元OBであり、王貞治の後任として監督を務めた人物。
黄金期の西武から移籍し、工藤公康と共にチームの雰囲気を変えてホークスの暗黒時代脱出に貢献した。

  • 城島健司
ジョージ・マッケンジー。ゴリラ。佐世保市の城島さん。
工藤の弟子にして、ダイエー時代の3度の優勝に貢献した打撃型捕手。
2005年オフにメジャーへ。日本人初のメジャー捕手出場を達成し、阪神で日本球界復帰するも、膝が限界になっていたことや、本人が捕手を希望し続けたことなどから引退。
その後は故郷佐世保で釣りやゴルフ三昧の隠居生活を送っていたが、2020年に特別アドバイザーとして再びチームの一員になる。

左の大砲にして平成唯一の三冠王達成者。
全盛期のインコース捌きはもはや芸術である。
通称「内角掃除大臣」。
5億の置物?参観王?減俸されましたが何か?
近年は二軍こそ無双するものの一軍でのまともな活躍もなく、2015年に新たな活躍の場を求め退団。
しかしオファーはなく翌年引退することとなった。

  • 李大浩
オリックスから移籍。和歌山カレーのあの人に似てる?知らん
韓国では打者転向から三冠王を取ったスーパースター。投手時代の彼はほっそりとしたイケメンなので必見。
オリックスでも2年間活躍したものの、条件が折り合わず移籍。
鈍足なのはご愛嬌。
日本シリーズMVPやプレミア12での活躍も目立った2015年を経てメジャー挑戦。
現在は韓国リーグに復帰した。

  • 内川聖一
2011年に横浜からFA移籍。
移籍1年目でいきなり首位打者を獲得。九州出身ということもあり、移籍組にも関わらずチームやファンから生え抜きの様に慕われた。
しかし古巣・横浜に対する発言をバカにしたニュアンスとして報道され、横浜ファンの怒りを買い浜スタでは大ブーイングの嵐に…
通称チック。チックくんは関係ない。
2020年に退団、ヤクルトに移籍。

何故か彼の項目が一番先に出来ていた。名前はりょうまではなくりゅうまである。間違えないように。
守備固めや代走などでチームを支えるスーパーサブで鷹の英智。オープン戦では最強打者。
2016年には交流戦MVPに選ばれるなど活躍の場を広げた。その後?知らん
ダイエー時代最後の入団選手。
2017年はペナントレース中は全く音沙汰無かったが、CS第三戦にて突如としてスタメンに抜擢。
ファンを困惑させたものの、期待を遥かに超えるファインプレーを連発し、内川、今宮と共に日本シリーズ進出に大きく貢献した。

  • 川崎宗則
通称ムネりん、Kwskさん、ホモリン
ソフトバンクが誇るリードオフマンであり、女性ファンからの人気もトップクラス(主に腐の方から)
カップリング相手はイチローダルビッシュ、同僚の本多、メジャーの西岡などが挙げられる。
特に同じ遊撃手の西岡に毎試合、気さくに話し掛けることから、両軍の腐の方々にとっての風物詩である。
自称「イチローさんの一番弟子」と豪語しており、イチロー曰わく「オフで練習してたら、いつの間にか側に居る」と言われる程のストーカー。
そんな彼も一般人女性と無事に婚約。良かった良かった。
ムードメーカーであり、チームメートへ積極的に声を掛けることでチームを勢いづける。
なお2011年にイチローを追ってシアトル・マリナーズに入団した。
しかし肝心のイチローは数ヶ月後ヤンキースに移籍してしまった。
その後はトロント・ブルージェイズに移籍し現地のファンにはそれなりに愛されながらプレー。
シカゴ・カブスでは出場枠から漏れたが幸運の置物としてヤギの呪いを解くワールドシリーズ制覇に貢献。
そして、2017年開幕直後に6年ぶりのホークス復帰が発表された。
アメリカ帰りの彼はパワーアップしており、外国人選手にも積極的に声をかけるムードメーカーとなった。
非常に強力な存在であり、4月終了時点で4位だったチームは、川崎合流後の2位まで一気に浮上している。
一方で日本の環境に対する調整不足がたたり、終盤は故障離脱してしまった。

通称タムランカー。
詳しくは彼の項目にて。

  • 景浦安武
通称あぶさん、のんべ鷹。
なんと南海時代からホークス一筋。

二日酔いながらも物干し竿と呼ばれる長いバットを操り、代打の切り札として、または上位打線の一席に座り幾度となく名勝負を繰り広げた。特に福岡時代は史上最高齢かつ三年連続三冠王という前人未到の記録を打ち出した。その後も日本最多となるシーズン56号本塁打、打率4割と化け物みたいな記録を続出している。YAS(やっぱりあぶさんは凄い)。
還暦を越えても現役を続けていたが、2008年惜しまれながらも引退。末期には実子・景虎もチームメイトであった。
引退後二軍助監督に就任し、その後2013年に一軍助監督に昇格したが、同シーズン限りで退任した…のだが、彼のファンは今でも彼が代打に出てきそうで気が気でないらしい。

以下ネタバレ


そんな選手いるわけなく、野球漫画の重鎮・水島新司先生が執筆していた「あぶさん」に登場するキャラクターである。

…なのだが、ダイエー時代、支配下登録選手名簿を見た田淵監督が「景浦はいないのか?」と記者に聞いたのはあまりにも有名。
これは、当時にパリーグ、それも南海を中心に描いた漫画が他に見当たらなかったことと、
水島先生の野球狂いはプロの間でも有名で、(パの選手を取り上げてくれることで)プロ野球選手間にも交友関係が広く、田淵監督も「あぶさん」のことは勿論知っていたためのリップサービスである。
なお、架空の選手ではあるものの実際に福岡ドームで引退セレモニーが行われた。前述した年齢にそぐわないチートすぎる記録を打ち出す点にネット上で批判も多かったが、不遇の南海時代からホークス・そしてパリーグを支えた名選手であるのは間違いない。

  • ウラディミール・バレンティン
ヤクルトで王貞治を超える60本塁打を打った男。
2019年オフに残留交渉が決裂したことで日本人扱いになった2020年に加入したが散々な成績に終わり、本人もインスタグラムで移籍を後悔するかのような投稿をしていた。

  • 明石健志
\アッカシーン/
川崎亡き後の遊撃手の後継者…のはずだった。
打撃と俊足が魅力だが、肩がやや弱いのはご愛敬。
ダイエー戦士最後の野手。

  • 松田宣浩
前手ギュン(本人談)なる方法で統一球を攻略してしまった大砲。
彼が放つホームランの球は琵琶湖まで届くとか。
そしてかの糸井にも負けず劣らずなアホの子。熱男。
……に見えるがあくまでそれはムードメーカーとしての役割であり、素は結構静からしい
2022年シーズンで戦力外となり、巨人へ移籍。

  • 伊奈龍哉
2006年に長打力を見込まれ入団した期待の高卒ルーキーだったが、肩に致命的な怪我を負っており翌年に戦力外通告を受けたという悲劇のスラッガー。
だがその後、彼は道を踏み外して何度も窃盗で逮捕されている。苗字も何故か原田に変わっている

★投手

元エース。当該項目参照。

炎の中継ぎ。永遠の背番号15。今でもホークスには彼の化身のハリーホークが置かれている。
当該項目参照。

  • 新垣渚
通称暴投王。
そしてバニッシュボールと呼ばれる球界屈指のスライダーの使い手。
余りにすごすぎて中途半端な捕手では彼の能力を活かすことはできない。
それはシーズン中盤にて暴投の日本記録を更新してしまう程。
しかし、7勝出来ているのは制球できたときのピッチングの素晴らしさにある。
要するにムラムラしているのである。
ちなみに杉内とは義兄弟の間柄である(新垣のお嫁さんの妹の旦那が杉内)。
2012シーズン復活。…したものの2014年ヤクルトへトレード。しかし復活できず100暴投を達成?した16年引退。

  • 工藤公康
OBであり、2015年から2021年まで監督を務める。現役時代のポジションは投手。
西武、ダイエー、巨人でそれぞれ選手の1人としてチームを日本シリーズ制覇に導いた経験があり、優勝請負人の異名を取った。
選手として暗黒時代脱出に一役買った一人でもある。
監督としては就任7年でリーグ優勝3回、日本一5回と凄まじい結果を出している。
就任の前年度、ホークスは日本一に輝いており、チームには最初から十分な力が蓄えられていたのだが、その貯蓄を存分に活用してチームの勢いを保った手腕は見事なものである。

チートセットアッパー。絶望の8回。
9登板連続三者凡退を達成した。実質完全試合。
身長2mから150km/h越えのストレートを正確に投げる。
シーズン中盤位になっても防御率0点代だったこともある化け物。
2014年に楽天に移籍し、その後引退。

  • 馬原孝浩
ホークスが誇る劇場型ストッパー。希望の9回。
登板する試合ではいろんな意味でファンをドキドキさせてくれる。
馬原「ピンチになったら本気出す」
人的補償による移籍でオリックスで中継ぎとして活躍していたが引退。

何故か彼の項目が二番目に(ry。
貴重な左の中継ぎ投手として期待されていたが…
当該項目参照。

  • 大場翔太
元大大コンビその2。
6球団競合だったりルーキー時代に16奪三振(しかも全員から)を達成したりしたもののその後は消息不明…だが2011年に持ち直した。
そしてアホの子…を通り越して宇宙人
中日ドラゴンズに移籍したのち引退。現在は競輪選手を目指しているがそれも挫折したらしく、それ以降はYoutuberとして色々とやっている模様。

ヤクルト→メジャーを経てやってきた元速球派のロケットボーイ。
現在はナックルカーブ使いの中継ぎとして欠かせない存在だが、今でも稀にとんでもないコントロールで四死球をやらかすことがある(通称IGARASHI)。
2018年に戦力外通告を受けた後は、ヤクルトに復帰し2020年に現役引退を発表。

  • 森福允彦
チョメ。
2012年からセットアッパー専任になり、岡島と五十嵐との強力なリリーフ陣を形成した。
独特のフォームで凡打を築く投球スタイル。
投げるテンポの遅さに定評がある。
2016年オフにFA権を獲得し読売ジャイアンツに移籍するが一年しか活躍できず、2019年にて引退。

  • 大隣憲司
元大大コンビその1。
投球内容によって神隣、大隣さん、太隣、でぶりんとコロコロ変わる程ムラっ気のある左腕。
2012年では神隣を連発したものの、翌年に腕に完治が絶望的な難病を抱えてしまい、登板数が激減。
2017年オフに戦力外通告により退団、ロッテに移籍したがその年限りで引退。

  • 攝津正
社会人で我慢に我慢を重ね、プロ入りの夢を叶えた最強セットアッパー。羨望の7回。
今年から先発へ転向。
噂によると毎日ブルペンで必要以上に投げ込む病気を矯正するためだとか。
2012年には球界を代表する投手へと成長した。
CS最終戦にて、色々不吉すぎる負傷退場。
キーワード:CS、ペナント日ハム1位・西武2位・SB3位、2勝1敗で西武には勝った、相手が日ハム、1勝も出来ていない、
最多勝・最高勝率のエース、札幌ドーム、5番稲葉、内野安打etc.

  • 中田賢一
中日ドラゴンズからFA移籍。
「暴れ馬」と称されるピッチングが特徴。
安定度はあまりないが先発ローテには定期的に挟まる。
2020年に阪神タイガースに移籍。

  • 岩嵜翔
斉藤和巳っぽい投球から後継として期待されながらも先発よりも中継ぎに落ち着いちゃった人。和田の背番号を借りてた時期もある。
元二軍の帝王。
2021年オフに又吉克樹の人的補償で中日に放出された。

  • デニス・サファテ
広島、西武と渡り歩いた名リリーバー。サファテ先生。森が大好き。
ストッパーとして絶対的な信頼があり、セーブ機会でコールされると絶望しかない。
だがセーブ機会以外では何故か炎上する癖があり2016年には同点時の炎上が原因で7敗を喫している。
2017年に藤川と岩瀬の持っていたシーズン最多セーブ記録を更新してシーズン後半の躍進に貢献、シーズンだけでなく日本シリーズでもMVPに輝いた。
しかし、2018年にとうとう酷使のツケで故障してからは殆ど活躍できずに引退。功労者ではあるが長期契約の失敗例、名球会入りの難しさを表す実例としても挙げられやすい。

  • 千賀滉大
頭おかしいフォークを投げる育成出身右腕。
150km超えストレート、お化けとも言われるフォーク、ルーズショルダー持ちとどことなくあの選手を彷彿とさせる。
中継ぎメインだったがルーズショルダーを懸念され先発に転向。2016年には勝率.800、12勝とホークスの先発陣の一人に成長を遂げた。
2019年には161キロを記録し完全に覚醒。
鷹のエースとして君臨し、2023年からメジャーへ移籍。

  • 森唯斗
マウンドで「ヨシ!」連呼する球審の白井並にやかましい中継ぎ。
気合にぴったりの投げっぷりを見せる。ゴリゴリした見た目に反し多彩な変化球と制球力が武器。
サファテの嫁。
サファテが故障離脱してからは抑えを任されるようになる。
劇場型守護神。
だがリリーフ投手の宿命か、精彩を欠くようになり2023年オフに戦力外通告。
DeNAに拾われ再起を目指す。

  • 和田毅
通称つよぽん。ダイエー戦士、そして松坂世代最後の1人。
ベテランでクールガイ。ピンチになっても能面マスク。年をとっても顔が変わらない。
元グラビアアイドルのエロエロな嫁さん持ち。
TDN?あいつだけは勘弁(切実)。
プロ入り1年目で先発ローテーション入りを果たし、日本シリーズでは最終戦の勝ち投手になっている。
マイナーリーグを経て2016年に復帰。同年でリーグ最多勝を記録した。
その後また怪我でなかなか投げられなくなったりもしたが、2019年日本シリーズで16年ぶりに最終戦の勝ち投手になったり2020年にも8勝をマークするなどバリバリである。

投球数に応じて小児ワクチンに寄付する事を習慣にしているぐう聖。
(ACの『僕は、つづける』で取り上げられた)
しかし肉体の限界を感じ、2024年オフついに引退。


【マスコット等】

  • ハリーホーク
平和台球場時代のダイエーホークスのマスコットであるホーマーホークの末弟で、ホーク家の七代目。
背番号は100番で、エースで4番を務めている。
ソフトバンクホークスになった時に少し色合いが変わっている。

ホークスタウンに住んでいる、ハリーホークの親戚やガールフレンド、ライバルといったホークの関係者たち。

  • ふうさん
電球みたいな姿をした変なマスコット。
他球団のマスコットに転がされて遊ばれる。

  • pepper
ソフトバンクが市販している案内ロボット
客席のステージに20台が設置され各地で「いざゆけ!若鷹軍団」に合わせて呪いの儀式を行う踊る応援団なのだが、その後40台→73台→100台と増加し、ついに客席の一角を埋め尽くすようになった。
犬型ロボットspotやpepperと同じように踊るおじさんなどのメンバー?もいる。
動けないため、ホームランボールが直撃して病院送りにされたことも。

【有名な球団関係者】

  • 王貞治
言わずと知れた世界の王。ダイエー時代に監督に就任し、暗黒脱出と球団35年ぶりの日本シリーズ制覇へ導いた。
監督時代の背番号は89で、藤井将雄の15とともに事実上の永久欠番扱いとなっている。
現役時代は巨人一筋であり、ホークス関係者としては外様だったが、監督として13年間チームを率いたため、世界の王と同時にホークスの王貞治というイメージが定着した。
2008年に監督を退任、その後球団スタッフのトップである会長職で引き続きチームに残る。
後述のオーナーは現場に介入せず、また球団会長の他GMも兼ねていることから、チーム運営における事実上のトップである。

  • 孫正義
輝く頭が有名なハゲ鷹オーナー。日本一の大富豪だった時期もあり、財力はかなりのもの。
ただ「野球は好きだが素人」と割り切っていることもあり、金は出すが口は出さないスタンスを貫き、チームへの要望は「優勝」の2文字に尽きる。
オーナーの特権は経営以外の部分で存分に活用しており、ときどきチームジャンパーを着て試合観戦に現れ、優勝するとグラウンドに出てきて胴上げされ、選手と一緒に優勝記念写真にも写り、ビール掛けにも紛れ込む。
福岡に行かずともホークスの様子を確認できるよう、某局に金を積んでホークス戦を中継させるようになった。

  • 野村克也
よくぼやく監督のイメージがあるが、選手としては「ミスター南海ホークス」とも呼んでも差し支えない偉大な存在。
通算試合出場数、通算の安打、本塁打、打点、塁打数はNPB歴代2位で、いずれもパ・リーグ記録を持つ。
クイックモーションを野球で一般化させたのはこの人。
入団テストで南海入りし、キャッチャーとして3年目で定着。
以降不動のキャッチャーとして南海の黄金期を支え、戦後初の三冠王にも輝く。
1969年からは選手兼任監督となり、1973年には南海で最後のリーグ優勝に輝いた。
史上2人目の600号本塁打記録時に言った「月見草」は氏の代名詞としても知られる。

しかし、退団の経緯もあってか南海とは絶縁状態にあり、大阪球場跡地にできた行けぇ!なんばパークスの南海ホークスメモリアルギャラリーには野村関連の展示が長らく存在しなかった。
その後、野村が亡くなった2020年に南海でバッテリーを組んでいた江本孟紀氏が発起人となり、野村関連の資料展示を目的としたギャラリーリニューアルのクラウドファンディングを実施。
最終的に息子・克則氏からも展示品の提供を受け、2021年2月のリニューアルオープン。
ノムさんが1977年以来、44年ぶりに大阪球場に戻ってきた。


【チームの特徴】

  • 隔年投手が多い
大活躍した投手が、次の年は嘘のように大乱調になることが多い。

該当者は斉藤、杉内。ただ杉内は見事に返上してみせた。

  • 大型補強を積極的に行う
内川、近藤といった球界を代表される他チームの強打者や、サファテやオスナなどの実績あるリリーフ投手が該当する。
特に同一リーグからの大型補強が多いので他球団からヘイトを買われてしまうこともある。

  • 育成選手からの主力を輩出する
大型補強を積極的に行う一方で、育成選手の指名も積極的に行っている。
ここからホークスの主力選手、更には日本代表クラスまで育った選手(千賀や甲斐、周東など)がいるなどその育成力は確かなものである。
逆に本ドラフト指名選手はなかなか芽がでてこないので、ホークスのドラフトは育成選手から本番と言われることも。

  • 交流戦に強い
優勝回数に見られる通り。セリーグ全球団に勝ち越すなどして、交流戦で一気に順位を上げたシーズンもある。
しかし、主力選手が大勢抜けた2012年は広島以外の球団に勝ち越せないなど苦戦を強いられ、あわや交流戦最下位かという所まで追い詰められた。

  • 短期決戦に弱い(主に王監督時代)
ホークスの特徴にしてホークスファンの一番の悩みの種。
弱い。
とにかく弱いのである。
あまりの弱さに他チームから同情されるくらいに弱い。
2004年から導入されたクライマックスシリーズ(プレーオフ)では、最下位になった2008年を除いて全て出場し、そして全て敗退している。
理由は多々あるが、一番は秋になるとまったく機能しなくなる打線(主に松中)が上げられる。
秋の風物詩とか言うな。 
2011年以降はリーグ優勝した後バッチリCSも勝ち抜いてるのでこの特徴はあまり目立たなくなっている。大抵日本シリーズより苦戦するが
というか逆に短期決戦に異常に強いという評価に変わりつつある。(特に工藤監督になってから)

日本シリーズでは、読売ジャイアンツ以外には8回の対戦で1度も負けなし。
その分、ジャイアンツには12回の対戦で3勝9敗と大幅に負け越しているが、勝った3回(南海時代の1959年、ソフトバンク時代の2019年及び2020年)は全て4戦4勝で勝っているなど、色々と両極端な成績になっている。
ちなみに2010年代の日本シリーズのみでセ・リーグ6球団全てと対戦し全て勝利するという偉業を達成した。

【永久欠番】

ソフトバンクにおける永久欠番は存在しない。
が、準永久欠番として藤井投手のつけていた「15」、景浦選手のつけている「90」、王貞治前監督のつけていた「89」がある。
あぶさん自重しろ…と言いたいが南海時代からホークスのもう1人の顔とも言える存在であり、軽々しく90を実在選手にはあげれなかったのである。
2016年に新外国人スアレスが付けることとなり90は解禁された。
一方で15は将来的には永久欠番となる可能性があるとしているが…?藤井の項目も参照。
また一時期は鶴岡一人監督の「30」、小久保裕紀の「9」も該当したが解禁済み。



―――2011年の軌跡―――

10月1日、パ・リーグ連覇。

11月5日、長年の鬼門だったCSをついに突破。
しかも3タテ(+アドバンテージ)。

11月20日、日本一達成。
日本シリーズ開幕直後(ホームで)いきなり中日に2連敗するも敵地でまさかの3連勝。
第7戦までもつれ込みながらも頂点に登り詰めた。
この日本一は短期に弱いホークスからするとまさに奇跡としか言いようがない。
第6戦までの外弁慶のジンクスも撃ち破ってみせた。
ファルケン「………」
馬原「……」

しかし、アジアシリーズの決勝戦で韓国リーグの優勝チーム三星ライオンズに下され、日本勢による連覇を食い止めてしまった。


2012年はペナントレース3位。
CSは、上記の通り西武には競り勝ったものの、日ハムに1勝もできず糸井にフルボッコされ敗退。

2013年
交流戦優勝や長谷川の198安打での首位打者獲得などの明るい要素はあったが、先発陣が攝津を除いていまいち安定せず。
一時は2位にまでつけたものの秋の風物詩を併発し、5年ぶりのBクラス(4位)に終わった。

2014年
前年の成績に危機感を感じたのか、シーズン前から移籍により投手陣を含め大幅に強化。
またも秋の風物詩を併発してシーズン終盤に失速したが、最終戦で2位オリックスにサヨナラ勝ちし勝率.002差でどうにか優勝。
CSでは3位から勝ち上がった日本ハムに追いつめられるも、アドバンテージ含む4勝3敗で勝ち抜き。
阪神との日本シリーズは初戦こそ勢いに乗った阪神に敗れるも、その後の4連勝によりヤフードームにて3年ぶりの日本一。
今シーズンで監督を辞任する秋山監督に花を添えることができた。
オチは守備妨害であるが

2015年
監督が元OB投手の工藤公康に交代。
前年とほぼ変わらない強力な戦力によって球団では約60年ぶりの90勝に乗せてパリーグ最速記録で優勝しCSも全勝。(ついでに交流戦も1位)
東京ヤクルトスワローズとの日本シリーズは山田に三連弾を食らった第三戦を除き勝利して2年連続の栄冠を飾った。
4億の豚なんていなかった、イイネ?

2016年
李大浩、スタンリッジは抜けたもののほぼ変わりない戦力で先発陣も揃い一時は2位に11.5ゲーム差をつけるほどの快進撃を見せる。(ついでに交流戦も(ry)
が、柳田などの怪我による離脱、段々安定度が下がっていく救援陣、日本ハムの凄まじい追い上げなどにより
8月末、つまり秋の始まる頃には首位陥落。ハムとの激しい首位争いは2位に終わりV3の夢はついえることになった。
CSでは3位ロッテにストレート勝ちしハムへの雪辱を試みるも2勝4敗に終わった。

2017年
ロッテからデスパイネが加入し、シーズン開始直後に川崎が復帰。
この年も序盤から順調に勝ち続けるものの、楽天がさらに順調に勝っていたせいで前半戦は2位にとどまる(でも交流戦は1位)。
しかし、後半戦楽天が怪我人続出で落ちてきたところでブーストして首位浮上。特に延長12回にサヨナラホームランを浴びたサファテが試合後に「先発陣は何か感じてほしい」と怒りをぶちまけてからは文字通り先発陣が奮起。それを助けるかのごとくサファテを中心とした中継ぎ陣も大車輪の活躍でサファテがセーブシーズン記録を更新。
打線もデスパイネや柳田、松田、中村だけでなく、ハイペースで犠打を稼ぎながらも打撃が大きく向上した今宮や同じく打撃開眼した上林などが後半戦の佳境期に離脱した内川の穴を埋めて余りある活躍を見せ、9月15日にリーグ優勝。最速記録を更新した。
日本シリーズでも3連勝の後2連敗こそしたものの下克上DeNAを接戦の末に撃破。8度目の日本一に輝いた。



修正は「いざゆけ若鷹軍団」を大音量で流し、ハニーズの踊りを全力で踊りながらお願いします。

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最終更新:2025年04月24日 16:03

*1 南海難波駅前という便利な立地だが、難波駅には近鉄や大阪市営地下鉄でも行けるため(阪神なんば線は当時未開業)、南海電鉄の運賃収入がまるで望めなかった。

*2 その川勝氏が亡くなったのが1988年であり、これを機に身売りの話が進展することになる。