桃山人夜話

登録日:2018/07/26 Thu 19:55:48
更新日:2024/07/03 Wed 10:38:28
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■桃山人夜話(絵本百物語)


桃山人夜話(とうさんじんやわ)は、江戸時代末期に刊行されたとされる桃山人*1作・竹原春泉(春泉斎)*2画による絵付き奇談集。
正式名称は『絵本百物語』であるが、近代以降は『桃山人夜話』の名前の方で知られている。
…実は、副題だろうと考えられていた『桃山人夜話』という呼び名も本来は存在していなかったのだが、1914年頃に民俗学者の藤沢衛彦が日本伝説学会の創刊誌『伝説』に載せた記事の中で本書を『桃山人夜話』と称して紹介したのが最初であったらしい。

一八四一年と、江戸時代も末期も末期に刊行されたのが定説であったが、後に本書と同じ内容の文と版木の挿し絵を使った『絵本怪談揃』なる本が見つかり、本書はその再編集版だったらしいことが明らかになった。
『絵本怪談揃』の登場時期は不明。

同時代の風俗史学者の江馬務は1923年に発表した『日本妖怪変化史』にて、本書をちゃんと『絵本百物語』として紹介しているらしいのだが、藤沢は1926年に前の記事を再編集した『変態伝説史』でも『桃山人夜話』の呼称を変えず、以降の著作でも一貫して『桃山人夜話』で通したらしいのである。
……そして、この藤沢の行動が妖怪研究家達の間に『桃山人夜話』の名の方を定着させた始まりだったと考えられている。
前述の日本伝説学会を設立した人物でありと、藤沢が相当に影響力の強い研究者だったことが窺える。*3

こうした事情もあってか、後に角川ソフィア文庫で本書が単行本化した時には『桃山人夜話~絵本百物語~』のタイトルとなっている。凡庸で似たようなタイトルも珍しくない『絵本百物語』よりは『桃山人夜話』の方が格好いいしね。
項目名も、そうした事情に倣ったものである。

読物ではあるが、前面に押し出された春泉による妖怪画の素晴らしさから、現代の妖怪好きからも妖怪図鑑として人気が高い。

妖怪の描きかたや本の体裁から鳥山石燕の『画図百鬼夜行』の影響を指摘されており実際にそうなのだろうが、単色刷りのモノトーンの『画図百鬼夜行』に対して、多色刷りのフルカラーの印刷物であることや、背景をも含めて絵解きによる妖怪の説明の為の記号とした石燕に対して、春泉は妖怪その物の動きや現象のみに集中して描いているという違いがあり本書の特徴として挙げられる。

色が着いていることや、収録されている妖怪の数に差があるというのもあるかもしれないが、単純な絵の細かさでは(物にもよるが)『桃山人夜話』の方が写実的である、との意見もある。

繰り返すが、春泉が本書の妖怪を描くのに石燕の『画図百鬼夜行』を参考にしたのは間違いなさそうで、そうした事情が見えることや、何よりも、共に水木しげるが『ゲゲゲの鬼太郎』に描いた妖怪達が登場することが『画図百鬼夜行』と共にセットで現代の妖怪好きにも愛されている理由なのである。

ちなみに、「於菊虫」は解説にもあるように執筆当時戯曲化される等世間に広まっていた「皿屋敷」(発祥時の舞台は播州・現在一般に知られるバージョンは江戸舞台)を元にしており、「累」の伝承は後に映画にもなる落語「真景累ヶ淵」の元ネタとなった。

【収録話】

※絵に書かれている文のみ。本文は文章量もあるので割愛する。

白蔵主(はくぞうす)
白蔵主の事は、狂言にも作りよく人の知るところなれば、ここに略しつ。

飛縁魔(ひのえんま)
顔かたちうつくしけれどもいとおそろしきものにて、夜な夜な出て男の精血を吸、つゐにはとり殺すとなむ。

狐者異(こわい)

(しお)長司(ちょうじ)
家に飼たる馬を殺して食しより、馬の霊気常に長次郎が口を出入なすとぞ。この事はむかしよりさまざまにいひつたへり。

礒撫(いそなで)
西海におほく有。其かたち鱣魚のごとく尾をあげて船人をなで引込てくらふとぞ。

死神(しにがみ)
死神の一度見いれる時は、必ず横死の難あり。自害し首くゝりなどするも、みな此ものゝさそひてなすことなり。

野宿火(のじゅくび)
きつね火にもあらず、草原火にてもなく、春は桜がり、秋は紅葉がりせしあとに火もえあがり、人のおほくさわぎ、うた唄ふ声のみするは野宿の火といふものならん。

寝肥(ねぶとり)
むかしみめうつらかなるおんなありしが、ねぶれる時はその身座敷中にふとり、いびきのこゑ車のとゞろくがごとし。これなん世にねぶとりといふものにこそ。

周防大蟆(すおうのおおがま)
周防国の山奥に年ふるき蝦蟆ありて、常に蛇をとりて食となす。

豆狸(まめだぬき)
小雨ふる夜は、陰嚢をかつぎて肴を求めに出るといふ。

山地乳(やまちち)
このもの人の寐息をすい、あとにて其人の胸をたヽくとひとしく死するとなり。
されどもあいねまの人目をさませば、かへりて命ながしといふ。奥州におほく居るよしいひつたふ。

柳女(やなぎおんな)
若き女の児をいだきて、風のはげしき日柳の下を通りけるに、咽を枝にまかれて死しけるが、其一念柳にとゞまり、世な~出て、口をしや恨めしの柳やと泣けるとなん。

老人(ろうじん)()
木曽の深山にや、老人の火といふ物あり。
是を消さんとするに水をもつて消せども更にきへず。
畜類の皮を以て消ば老人ともに消るといへり。

手洗鬼(てあらいおに)
讃州高松築港より丸亀へかよふ入海あり。其間の山々三里をまたげて手をあらふものあるよし。名はいかゞにや知らず。たゞ讃岐の手あらひ鬼といふ。

出世螺(しゅっせぼら)

旧鼠(きゅうそ)

二口女(ふたくちおんな)
まゝま子をにくみて食物をあたえずして殺しければ、継母の子産れしより首筋の上にも口ありて、食をくはんと畏怖を髪のはし蛇となりて食物をあたへ、また何日もあたへずなどしてくるしめけるとなん。おそれつゝしむべきはまゝ母のそねみなり。

溝出(みぞいだし)
ある貧人の死したるを、すべきやうなければつゞらに入て捨たりしに、骨と皮とおのづから別て、白骨つゞらを破りておどりくるひしとぞ。

(くず)()
信太杜のくずの葉の事は、稚児までも知る事なればこゝこにいわず。

芝右衛門狸(しばえもんたぬき)
淡路国に芝右衛門といへる古狸あり。
竹田出雲芝居興行せし折から見物に来りて犬に食はれ死たり。
然れ共廿三日が間は姿をあらはさゞりしとなり。

波山(ばさん)*4
深藪のうちに生じ、常に口より火を吐て夜ゝ飛行すとぞ。

帷子辻(かたびらがつじ)
檀林皇后の御尊骸を捨し故にや。
今も折ふしごとに女の死がい見へて、犬烏などのくらふさまの見ゆるとぞ。
いぶかしき事になん。

歯黒(はぐろ)べったり
或人古き社の前を通りしに、うつらかなる女の伏拝み居たれば戯れ云て過んとせしに、彼女の振むきたる顔を見れば、目鼻なく口斗り大きくて、げらげらと笑ひしかほ、二目と見るべきやうもなし。

(あか)ゑ(え)いの(うお)
この魚、その身の尺三里に余れり。背に砂たまればをとさんと海上にうかべり。
其時船人島なりと思ひ舟を寄れば水底にしづめり。
然る時は浪あらくして、船是が為に破らる。大海に多し。

船幽霊(ふなゆうれい)
西海にいづるよし、
平家一門の死霊のなす所となんいひつたふ。

遺言幽霊(ゆいごんゆうれい) 水乞幽霊(みずこいゆうれい)
遺言を得いわず、
または飢渇して死せし者は、
迷ひ出て水を乞、物悲しげに泣さけぶ事ぞあさましき。

手負蛇(ておいへび)
蛇を半殺して捨置しかば、其夜来りて仇をなさんとせしかども、蚊帳をたれたりしかば入事を得ず。
翌日蚊帳の廻り紅の血しほしただりたるが、あのづから文字のかたちをなしてあだむくひてんとぞ書たり。

五位(ごい)(ひかり)
此鷺、五位のくらゐをさづかりし故にや。
夜は光りありてあたりを照せり。

(かさね)
かさねが死霊のことは、世の人のしるところ也。

於菊虫(おきくむし)
皿屋敷のことは、犬うつ童だも知れゝばこゝにいはず。

野鉄炮(のでっぽう)
北国の深山に居る獣なり。
人を見かけ蝙蝠のごとき物を吹出し、目口をふさぎて息を止め、人をとひ食ふとなり。

天火(てんか)
またぶらり火といふ。地より卅間余は魔道にて、さまざまの悪鬼ありてわざわひをなせり。

野狐(のぎつね)
きつねの挑燈の火をとり蝋燭を食らふこと、今もまゝある事になん。

鬼熊(おにくま)

(かみ)なり

小豆洗(あずきあらい)
山寺の小僧、谷川に行てあづきを洗ひ居たりしを、同宿の坊主意趣ありて、谷川へつき落しけるが、岩にうたれて死したり。
それよりして彼小僧の霊魂おりおり出て小豆をあらひ、泣つ笑ひつなす事になんありし。

山男(やまおとこ)
深山にはまま有者也。
背の高さ二丈斗りにて、其形鬼のごとし。
山賤など是に逢て逃ればあやまちあり。
頼む時は柴を負て麓までおくれり。
これ其力ぢまんとぞ。

恙虫(つつがむし)
むかしつゝが虫といふむし出て人をさし殺しけるとぞ。
されば今の世もさはりなき事をつゝがなしといへり。下学集などにも見ゆ。

(かぜ)(かみ)
風にのりて所々をありき、火とを見れば口より黄なるかぜを吹かくる。
其かぜにあたればかならず疫傷寒をわづらふ事とぞ。

鍛治(かじ)(ばば)
土佐国野根と云処に鍛治屋ありしが、女房を狼の食殺しのり移りて、飛石といふ所にて人をとりくらひしといふ。

柳婆(やなぎばば)
古き柳には精有て妖をなす事むかしよりためしおほし。

桂男(かつらおとこ)
月を長く見いり居れば、桂おとこのまねきて命ちゞむるよし、むかしよりいひつたふ。

(よる)楽屋(がくや)

舞首(まいくび)
三人の博徒、勝負のいさかひより事おこりて、公にとらはれ皆死罪になりて死がいを海にながしけるに、三人が首ひとゝころによりて、口より炎をはきかけ、たがひにいさかふこと昼夜やむことなし。



■うぃき(ごも)
おおよそ屋敷に隠りて、昼でもくらき一間にねころび網の海をたゞよひしとかや。
つひきしゅうせいの智識あなどりがたし。

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最終更新:2024年07月03日 10:38

*1 序文では桃花山人。『国書総目録』によれば江戸時代後期の戯作者 桃花園三千麿の変名。

*2 大阪の浮世絵師。生没年不明。

*3 水木しげるは1979年の自著『妖怪100物語』では『絵本百物語』として本書を挙げている。

*4 婆沙婆沙とも呼ばれる怪鳥。