重装備で身を固め、時にはパーティーの剣となり、時には盾となる近接戦闘の専門家。
"近接専門"というだけあって呪文は使えず、前衛を務める以外の事は出来ない。
しかし前衛の働きの如何はそのまま戦闘のイニシアチブの有無に直結する為、優秀な戦士の存在はパーティーに安定感をもたらす。
例えば敵を行動させる事無く倒せるだけの技量を持っていれば、必然的に相手の手数は減り、パーティーの生存率は目に見えて向上する。また、呪文を受け付けない敵と対峙した場合は彼らの腕が正に頼みの綱となる。
加えて「戦闘が終われば蘇生のチャンスがある」この世界では「誰か一人でも生き残る」事が非常に重要であり、そういう意味でも耐久力に優れた彼らの存在は大きい。
トレボーの城塞都市には食い扶持を求めて冒険者になろうとする人々が連日大挙しており、「呪文の行使」という特別な素養を必要としない戦士を希望する者も多い。
しかし戦士は上記の様に肉体的に恵まれていないととても務まらない職業なので、そういった輩の殆どは門前払いを喰らっているのが現状である。
後衛から強力な呪文の数々で敵を屠る戦場の主砲的存在。
広範囲に炎の渦を巻き起こす"大炎"
まともに喰らえば人間程度なら一瞬で氷塊と化す"大凍"
核融合の原理で大爆発を起こす"爆炎"
等々、彼らの呪文はその殺傷力・制圧域両面において、正に「戦場を支配しうる力」を持っている。
いかに優秀な戦士でも一度に相手に出来る敵の数には限りがあるため、
「多勢に無勢」の状況を打破したい、消耗を避けて一気に決着をつけたい、という場面では彼らの力に頼ることになるだろう。
しかしこれは裏を返せば、どれだけこちらが優勢でも、たった一体の敵の、たった一回の詠唱で、全てが覆るかもしれない事をも意味する。
さらに自身が脆弱で敵の攻撃に晒される事自体が許されない点、僧侶の"静寂"を受けてしまうとたちまち木偶の坊になってしまう点なども含めて、
魔法使いの呪文が絡む戦闘では「如何にして相手より先んずるか」が常に生死を分ける。
戦士のような「安定感」とは無縁のピーキーさを持ち、戦場への影響力が大きすぎるが故に、それがそのままこの世界の戦闘の極端さへと反映されているという、中々罪な職業である。
パーティーの癒しを一手に引き受ける、冒険者にとっての生命線。
生きてさえいれば、どんな状態からも全快する驚異の呪文"快癒"を筆頭に、
死者を甦らせる事が出来る(かもしれない)"還魂"
不可視の障壁がパーティーを守る"大盾"
対魔法使いの切り札"静寂"
体内の毒素を除去する二日酔いのお供"解毒"
等々、人間の命が羽虫の様に儚く散る迷宮を相手にして、曲がりなりにも冒険者という生業が成り立つのは、彼らの呪文があってこそ。
攻撃的な呪文も多少扱えるが、魔法使い程の威力はない上に、重要な回復呪文と精神領域を共有している事情もあるので、呪文による攻撃は僧侶の得意とするところではない。
その代わり彼らは、仮初めの命を与えられた所謂「アンデッド」共を土に還す"解呪"という技能をもっており、それが僧侶が最も得意とする攻撃方法となる。
アンデッドは呪文攻撃に抵抗力を持つ者も多いので、場合によっては魔法使い以上の殲滅力を発揮することも。(但しこれはあくまで信仰する神の力を介して行われる為、「対象がその神と縁遠い存在である程効果が弱まる」欠点を抱えている)
また、戦士ほどではないものの多少の武装が可能で、パーティーの編成や状況次第では前衛を務める事もある。
そういった点も含めて、僧侶は「同じマジックユーザーでありながら魔法使いとはあらゆる面で対照的な職業」だと言えるだろう。
罠解除の専門家で、僧侶とはまた違った意味でパーティーの命を支える、冒険者にとってのもう一つの生命線。
ワードナは、自らの手勢を専ら「召喚」という形で補っているが、その際にどういうわけかこの地ではとてもお目にかかれない様な稀少な品々が一緒に流れ着く事がある。
迷宮を攻略する者にとって、これが所謂「飯の種」になるわけだが、ワードナがみすみすタダで彼らにくれてやる筈がなく、
これらの品々の殆どは、魔物の詰所となっている部屋の中の、凶悪なトラップが仕込まれた宝箱に収められている。
どんな魔物とも渡り合える冒険者であろうと、これが"生業"である以上戦利品を持ち帰らなければ生活が成り立たない。しかし愚直に罠に掛かれば今度は命が危ない。
そんな生死に関わるジレンマを解決してくれるのが盗賊というわけだ。
彼らの武装は、武器は精々短剣程度、防具は革製品が精一杯と貧弱そのもの。
しかし、これは
「重い武器を振り回して指先を痛めてしまっては、肝心な時に仕事が出来ない。」
「繊細な作業を行うためには過度な筋力は返って邪魔になる。」
といった事情が絡んでいる。
なので戦力としては殆ど期待できないが、冒険者達はそれを承知の上で、必ず盗賊をパーティーに加えて迷宮に挑んでいる。
戦士とは全く異なるアプローチで敵を屠る異色の剣士。
彼らの最大の特長は、自らの生命エネルギーである"気"を得物に纏わせその奔流で対象を切る、独特の斬撃にある。
この「気の斬撃」は、物理的な干渉・制約を受け付けないので、
「戦士であれば精々砕くのが関の山である岩石を、文字通り真っ二つにしたり」
「対象の装甲や外皮を透過して、肉体或いは体内に直接ダメージを与えたり」
「剣先から気だけを飛ばして、得物の間合いの外の敵を攻撃したり」
といった芸当を可能にする。
(その点を考慮し、彼らの得物である「日本刀」は刀身そのものの切れ味や重さよりも「気の伝導率」を主眼においた設計がなされている。)
また、侍に限らず生きとし生ける者は例外なく、あらゆる行動に必ず「気の動き」を伴う。それを感知し敵の存在や行動を事前に読んで戦う事を得意としているのも、彼らの特長の一つ。
さらに戦士とは違って魔法使いの呪文の心得もある点も加えれば、侍は「前衛としても後衛としても凄まじいポテンシャルを持つ驚異の職業」と言ってしまいたくもなるだろう。
しかし世の中そうそう都合の良い話ばかりではない。残念ながら侍の能力にも落とし穴は存在する。
先ず、気は生命エネルギーである為、生者でないアンデッド相手には彼らの感知能力は役に立たない。なまじ普段から気での探知に頼っている事が、そういった輩に不意を突かれる隙を生み出す原因ともなり得る。
加えて、肉体の動きは必ず気の動きを伴うが、気の動きが肉体の動きを伴うとは限らない。気の動きに過敏に反応して注意がそれてしまい、それが生者相手でも不意を突かれる以下略。
また前述の特長は「個人の才能」ではなく「職業の特性」である故、敵に侍がいた場合はその脅威と対面するのは当然こちら側となる。
以上の事から、「高い能力を秘めてはいるが、同じ呪文を扱う魔法使いに通じる危うさも抱えている職業」と言えるだろう。
主人公のスカルダが就く都合からか、侍は他の職よりも明らかに掘り下げが深く、描写も細かい。正に本作の花形というべき職業である。
「全身是凶器」という言葉がぴったり当てはまる、悪限定の戦闘マシーン。
彼らの力の源は独自の呼吸法にあり、なんと呼吸を続けるだけで恒常的に筋肉が増強され続ける驚くべき効果を持っている。
その為全ての忍者は常人では及びもつかない俊敏さと、人間程度の首なら手刀で容易く落とす程の膂力を兼ね備えている。(所謂"首切り"という忍者を象徴する攻撃方法だが、逆にこれしか能がない「俄忍者」も少なからずいるらしい。)
戦士が装備する様な重量のある武器も勿論扱えるが、徒手空拳の時点で既に十分すぎる殺傷能力を備えている為、彼らは自身の体捌きを阻害しないような軽量な武器を得物とする傾向にある。苦無型の手裏剣などはその典型例。
忍者のもう一つの特長として、罠解除の技術の高さも上げることが出来る。但し、上記の様に彼らの肉体は戦闘に特化しすぎている故、作業の繊細さに関しては盗賊に遠く及ばない。
盗賊が「罠解除が専門で戦闘はおまけ」であるならば、忍者は「戦闘が専門で罠解除はおまけ」と評する事が出来るだろう。