小説ウィザードリィ~隣り合わせの灰と青春~

登録日:2019/12/26 Thu 00:51:08
更新日:2025/05/14 Wed 18:41:24
所要時間:約 31 分で読めます




『小説ウィザードリィ~隣り合わせの灰と青春~』とは、RPG『wizardry』のシナリオ#1「狂王の試練場」をモチーフとした小説作品の事。
著者はwiz伝道師の異名を持つベニー松山氏。
出版は1988年11月と、まだゲームノベライズという概念自体がそれほど市民権を得ていない時期の産物であるにも拘らず、このジャンルでは非常に高い知名度・人気を誇る作品となっている。
内容はともかく、名前だけは聞いたことがある方もきっと多いだろう。


原作ゲームをご存じない方の為に少々説明すると、そもそも(初期の)wizardryは

「情景の描写や世界観の掘り下げがほぼ皆無であった事が、返ってプレイヤーが想像・妄想する余地を多いに残す結果となった」

という背景を持っていた。

ダンジョンがワイヤーフレームである(に出来る)事をいいことに、

「病的なまでに規則正しく几帳面にタイルが敷き詰められている人工物感溢れる迷宮」

を想像してもいいし、

「一息吸えば肺の奥まで真菌に侵されそうな、カビやキノコが跋扈する自然洞穴」

だと思い込むことも出来る。

キャラメイクで性別の選択が無いことから、君はこのエルフを

「"女の子"と見なしてもいいし、"男の娘"と見なしてもいい」ひむかいさんでなくてもしかたがない。

鑑定の為だけに作られ、録に冒険にもいかず日がな1日中酒場でくだを巻いているビショップなんかには、

「実は彼にはあの悪名高きボルタック商店*1との深い因縁が云々…」

なんて設定を盛ってしまった人もいるかもしれない。

と、この様に「枠組みだけの世界に、自分の思うまま自由に肉付けが出来る」のが初期Wizの醍醐味の一つであり、本作も大きな括りで捉えればその作業の一環と言えるだろう。


しかし、この「自由」はノベライズにとって好ましい要素であると同時に、作品の試金石でもある。
自分が肉付けする部分が多いという事は、即ち完成品の出来が悪くても「素材が悪い」という言い訳が使えないからだ。

更に個人の妄想ならば、都合の悪い事柄には幾らでも目を背けるだろうが、「公の目に触れる執筆作品」ではそうはいかない。
例えば

「ティルトウェイトって"戦術核級の爆発"でしょ?そんなんぶっ放してダンジョン崩壊しないの?」

という疑問に対して、きちんとした回答を用意出来なければその呪文は登場させられない。

加えて読者層に相当の経験を積んだ海千山千の妄想者冒険者もいる事も鑑みると、この辺りはとても疎かには出来ないだろう。
では以上を踏まえた上でこの作品に目を通してみるとどうなるか。


結論から言うと、何故本作がこれ程までに有名かがよくわかる。


本作は、上記のティルトウェイトの件や「どうして転職すると"当人だけ"加齢するの?」等のノベライズする以上絶対に説明が欲しい所は勿論の事、

「キャンプ中に敵に襲われない理由」
「強制退出おじさん(仮称)が冒険者を追い出す理由」

といった別にわざわざ掘り下げなくても問題無さそうなレベルのモノから、

「何で、ラスボスと何度でも闘えるのか?」
「何で、稀少品である魔法の魔除けが何個も手に入るのか?」
(一応原作のネタバレになるので伏せ。まあ「犯人はヤス」と同じ位知名度のあるネタバレではあるが)

という、下手に弄れば枠組み自体をぶっ壊しかねないデリケートな部分までつぶさに拾い上げては破綻させる事なく物語に落とし込んでいる。さらに、

「大枚はたいた甲斐無くキャラがロスト*2
「首を撥ねるつもりが首を撥ねられたでござる」
「ベテランのマジックユーザーが肝心な呪文を覚えていない」
「宝箱の罠に引っ掛かっておおっと大ピンチ」
「思えばこの瞬間の為に、侍に転職したのだ」

などの、所謂「Wizあるある」を含んだ原作要素がページの至るところにギュッと詰め込まれている。おかげでゲーム経験者からの評価は軒並み高い。


そして、繰り返しになるが原作要素はあくまで「枠組み」に過ぎないので、本作はゲームとの擦り合わせが巧みなだけでは終わらない。

「狂王と呼ばれる支配者と、恐ろしい魔物を従える魔術師との因縁」
「主人公達には伏せられたまま交錯する両者の思惑」
「志を同じくする筈の冒険者同士の軋轢・確執」
「独自の脚色による職業ならではの活躍」
「最後に明かされるこの迷宮の本当の存在意義」

等々、たとえゲームの知識が皆無であったとしても、一つの冒険譚として読者の心を踊らせるだけのモノをきちんと備えている。
寧ろ「本作経由でwizを知った、興味を持った」という方もきっといるだろう。


「それは紛れもなくWizardryであり、しかも只のWizardryじゃない」


角が立ちそうなので断言は避けるが、本作のこういう所が何十年もの時を跨いで尚、その名が語り継がれている一因なのかもしれない。










これより先は、本作のネタバレ要素が多分に含まれております。十分にご注意…

え?「数十年前の書籍なんてどうせ絶版なんだからネタバレも何もないだろ」って?

そうなのだ。
確かに今まではそうだったのだ。

しかし有難いことに、本作も昨今の書籍電子化の恩恵に預かり、現在はいつでもお手軽に入手出来る様になっている。


「おお! とれぼぅよ。 なんと ぱそこんや けいたいでも うぃずしょうせつが よめるのじゃ。」


…じゃなかった…



閑話休題。
では、改めて…


これより先の閲覧は、本作の楽しみを大きく損なう可能性がございます。
未読の、特にこれから読破予定の方々にはオススメ出来ません。予め御容赦下さい。




















【あらすじ】

人々から「狂王」の名で恐れられている君主「トレボー」
彼はその異名に相応しい暴虐さと強大な力でもって、日々戦乱に明け暮れ、周辺諸国を次々と蹂躙、支配していった。
しかしある時その侵略行為がはたと止まる。
トレボーの城塞都市の外れに広大な迷宮を構える魔術師「ワードナ」が、彼の力の源である「魔法の魔除け」を盗み出してしまったのだ。

直ぐにでも魔除けを取り戻したいトレボーであったが、この迷宮は凶悪なモンスターや、ワードナに魂を売った戦士どもが跋扈する魔の巣窟。過去にここで多くの手勢を失ったという経験から、已む無く彼は冒険者を募り、彼らにその役目を委ねる事にした。

「見事魔法の魔除けを持ち帰った者には、王の近衛兵の地位を与える」との布告の下、数多くの冒険者がここに訪れ、散っていった。そして魔除けを持ち帰った者は未だいない。
異国の戦士「スカルダ」も、この噂を聞きつけ迷宮に挑まんとこの地にやって来た冒険者の一人であった…



【善悪の概念】

「善」「悪」とは、一般的には物事や個人の性質を定義する言葉ではあるが、
ことこの世界においては「個人が順守すべき道徳・戒律の内容を定義する言葉」である。

善には善の、悪には悪の侵すべからざるルールが存在し、この世界の大半の人々はいずれかの戒律を己の行動規範として生活している。
なので、例えばこの戒律は冒険者が就く職業に関しても厳しく制限しているが、
「善限定の職業につく人=善人」
「悪限定の職業につく人=悪人」
という認識は言葉の定義上正しくない。(もっとも、悪の戒律にはそれこそ悪人と呼ぶに相応しい内容も多く含まれているのだが。)

冒険者たちは基本的に同じ戒律の者同士でパーティーを組むことが鉄則となっており、迷宮内はもちろん、彼らのたまり場である酒場においても善と悪が共に行動する事は稀である。
行動規範の違いは即ち諍いの種になるからだ。
起こり得る諍いの最も良い例として挙げられるのは、迷宮内の「冒険者に対して敵意がない存在」の処遇についてである。
善の戒律ではこのような者たちに「刃を向けてはならない」とされている。
対して悪の戒律ではこのような者たちを「見逃す事は許されない」とされている。
善悪混合のパーティーだと、この場合どちらかがルールを侵さなくてはいけなくなり、どちらを選んでも両者の間には禍根を残す結果となる。
互いの密な連携が不可欠な迷宮攻略において、個人間の軋轢は可能な限り回避しなくてはいけない。よって仮に善悪混合でパーティーを組んでいる冒険者がいたとしたら、
それは逆に「そうしなければいけないだけのよっぽどの事情がある」事を意味している。

ところで、先程「世界の大半の人々は」と表現した様に、実は人々の中には善・悪どちらの戒律にも縛られない「中立」の人間というのも存在する。
彼らは己を律する規範を持たないので、篤い信仰が要求される「僧侶」の様な職業には適性がない。
しかし善・悪どちらのパーティーにも与する事が出来る点は彼らだけが持つ長所である為、冒険者たちには非常に有難い存在となっている。(こう表現すると何とも無頼漢な印象を与えてしまうかもしれないが、勿論そんな含みはない)


【職業紹介】


【主な登場人物】





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最終更新:2025年05月14日 18:41

*1 ゲーム内唯一のアイテム屋 兼 鑑定屋 兼 預かり所 兼 解呪施設で、プレイヤー達からの愛称は、誰が呼んだか「ボッタクル商店」。その呼び名に相応しい阿漕な商売が特徴で、当商店は「未鑑定品には値段をつけてくれず」「鑑定にはその品の売価と同額を要求される。」つまり鑑定を店に依存している限り、アイテム売却でプレイヤーには一銭も入ってこないというわけ。よって売却で収入を得るには鑑定能力をもつビショップの存在が必須となる。ただ、ビショップは「他のマジックユーザーと比べて呪文の習得が極端に遅い」為、それなりの鑑定能力を備えるレベルになったら街でお留守番、という使い方をするプレイヤーも多い。

*2 原作では、死亡からの復活に成功判定があり、失敗すると死体は灰に、灰はロストという状態になる。作品によっては例外があるものの、ロストからの復帰は原則不可能であり、この状態になる事は、冒険者の完全な死を意味する。

*3 呪文は使えなくても「呪文が込められている武具」は扱えるので、転移の魔法が仕込まれた兜などを予め被っておけば、迷宮で一人途方に暮れるということもない。

*4 呪文詠唱の際に消耗する精神力には七つの領域があり、それぞれが独立していて互換性がない。よって同じ領域に属する呪文を多用すると、「呪文を唱える余力自体はあっても特定の呪文は使えない」という状況が生まれる。

*5 単純に「呪文を無効化する」という意味だけでなく、人間ならばたちまち戦闘不能になるような外傷を負わせても(例えば手足の一本や頭がなくなっても)彼らの活動を直ちに止める事は難しい、という意味も含んでいる。

*6 その職業における熟練の度合いを表す目安で、現実世界の段位認定のような物。例えば全ての呪文を習得した魔法使いであればレベル13以上、といった具合。転職でレベルが1になるのは職種が異なるからというだけでなく、その職業の適性を得る為の過酷な肉体改造の影響で、実際に能力が衰える事を避けられないからでもある。

*7 呪文を習得した時点で自動的にその者の名が加えられるという、魔法のアイテムが存在している。