夏の葬列

登録日:2012/02/23 Thu 21:54:50
更新日:2023/10/15 Sun 02:16:12
所要時間:約 4 分で読めます




悲鳴を、彼は聞かなかった。



山川方夫の短編小説。
初出はミステリー雑誌「ヒッチコックマガジン」に発表されたものだが、中学校の国語教科書に採用されたことで、非常に高い知名度を得ている。



◆ストーリー

ある夏の日、主人公「彼」は胸に沈殿した暗い記憶に引かれて十数年ぶりに少年時代のわずかな期間を過ごした町を訪れる。

先の大戦中この町に疎開していた彼は都会から来た2、3歳年長の少女「ヒロコさん」と仲良くなる。

気の弱い少年だった彼にとって何かと気にかけてくれるヒロコさんは姉のような存在だった。

真夏の日、芋畑を渡る葬儀の列を見つけた二人は「おまんじゅうがもらえる」と喜んでその後を追うが、そこに突如として米軍の艦載機の攻撃が襲った。

畑の中で必死に息を潜める彼。

「動いちゃいかん!白い服は絶好の目標になるんだ!」

大人の声を振り切って駆け寄ってきたのは緑に映える白いワンピースをひらめかせたヒロコさんだった。

「助けに来たのよ!早く、道の防空壕へ…」
「よせ!向こうへ行け!目立っちゃうじゃないかよ!」


「……向こうへ行け!!」


死の恐怖に駆られた彼はヒロコさんを突き飛ばしてしまう。

そして機銃掃射を浴びたヒロコさんの体が、まるでゴムまりのように跳ねるのを彼は目の前で見たのだ。

その翌日に戦争は終わった。
彼は、重傷を負ったヒロコさんのその後を知らぬまま町を離れた……

罪の意識を新たにする彼の前に現れたのはあの夏の日の繰り返しのような一団の葬列だった。







◆結末
葬儀の死者の写真は、28、9歳に成長した現在のヒロコさんそのものであった。

ヒロコさんはあの夏の日に死んではいなかった。
列について来ていた地元の子供から話を聞き、彼女が機銃で撃たれた足の後遺症なども無く、生きていたらしい事を知り安堵する彼。

これまで自分を苦しめてきた殺人の罪は、妄想にすぎなかった。

自分はまったくの無罪なのだ!

葬儀の場では不謹慎ともいえる、浮かれた気持ちで、彼は余計なことを聞く。

「この人、どうして死んだの?」

川に飛び込んで自殺したのだと子供たち。
失恋でもしたの、と問いただす彼を、子供たちは笑う。

「だってこのおばさん、もうおばあちゃんだったんだよ」

「どう見ても若いじゃないか?」

「あれはね、うんと昔の写真しかなかったんだって」






「戦争でね、一人きりの女の子がこの畑で機銃に撃たれて死んじゃってね、それからずっと気が違っちゃってたんだもんさ」



少女とその母親の死。

曖昧な不安に区切りをつけようと、やって来た町で突きつけられた事実。

彼は自分の犯した罪から逃れられない事、そしてあの夏の記憶が永遠に繰り返される事を知ったのだった。



◆評価

退屈で教訓的がイメージの国語教材の中において異彩を放つ名作である。
文学界でもその評価は高く、瀬名秀明は「教科書でこの小説に出会わなければ僕は作家を志さなかっただろう」と述べている。

あまり知られていないが教科書掲載版は一部の表現が変更されている(びっこ、気違いなど)。


太宰治の「走れメロス
ヘッセ「少年の日の思い出
リヒター「ベンチ」
すやまたけし「素顔同盟」……

わたしたちを文学の入り口へ誘ってくれた国語教科書の名作たちに、久々に再会してみてはいかがだろうか。




赤ん坊の頭くらいのおまんじゅうを食べたいと思った人は追記・修正お願いします

この項目が面白かったなら……\ポチッと/

+ タグ編集
  • タグ:
  • 文学
  • 小説
  • 山川方夫
  • 国語
  • 教科書の本気
  • 戦争の悲惨さ
  • 鬱エンド
  • 罪と罰
  • 鬱展開
  • 夏の葬列
  • 太平洋戦争
  • 戦争
  • 救いがない
  • 教科書
  • みんなのトラウマ
  • 悲しい結末

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2023年10月15日 02:16