登録日:2023/10/10 (火) 19:21:24
更新日:2024/09/22 Sun 10:32:48
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概要
監督作品二作目の『パルプ・フィクション』でパルムドール受賞と、早くも映画界のトップに立ったタランティーノ。
その次の題材に選んだのは、彼が最も敬愛する作家、エルモア・レナードの当時最新の小説『ラム・パンチ』。原作付きの映画を手がけるのはこれが初めてのことである。
原作の主人公は白人女性だったが、タランティーノの頭の中に真っ先に浮かんだのは、ブラックスプロイテーション映画の大女優にして彼のアイドル、パム・グリア。
実はパムの名前自体『レザボア・ドッグス』の時から上がっており、『パルプ・フィクション』ではジョディ役の候補だったが背が高すぎたためキャスティングを断念したという過去があった。
しかしパムの映画を観て育ち、ビデオ屋時代には客にいつもお気に入りのブラックスプロイテーション映画を勧めていた彼は自身の映画に出てほしいと思っており、必ずまた声をかけると約束。
彼女のためにタダで脚本を書き、その約束を実現させたのが本作である。
おかげでパムは嬉しさのあまり、ベッドの上で飛び跳ねまくり壊してしまったのだとか。かわいい。
クエンティンが原作を読むなと言ったので、わたしは原作を読んでいません。
ヒロインが黒人に変わったのは、わたしが主演したからというよりドラマ効果でしょう。
黒人は偏見や差別の目で見られるから、女がひとりで生きるのも、刑事と取引するのも難しい。
クエンティンは有色人種の中で育ったからそのへんがよくわかっていて、ヒロインの生き方にワクをはめたのです。
実際タランティーノは黒人文化に造詣が深く、このように語っている。
僕は黒人の多い地区に住み、黒人の多い学校に通い、黒人の映画と音楽の中で育った。
僕が十代を送った70年代は政治でも文化でもブラック・カルチャーが台頭し確立した。
一時期、母が黒人のボーイフレンドを持って僕は彼に父親を見ていた。
だから僕にとってブラック・カルチャーはマイ・カルチャーであり、黒人を描くのは得意なんだ。
こうして出来上がった本作は、たくましい女性と悪党と警察の駆け引きに、
人生も半ばを過ぎた登場人物たちの悲哀やロマンスを盛り込んだ、実に渋い作品に仕上がった。
いつもの無駄話も、バイオレンス描写も、時系列いじりも控えめであり、おそらくタランティーノ作品でも屈指の異色作。
歳を重ねてから観ると、登場人物たちの発言に色々と刺さるものを感じること請け合いである。
彼が
「監督としてのキャリアの晩年に撮るような映画を、若い今からもう撮ってみせる」と意気込んでこの作品を発表したことを考えると、改めてその才能を感じさせられることだろう。
作品の評価は高く、原作者は
今まで映画化された自身の作品の中で最高の脚本かつ、これまで読んできた中で最高の脚本と大絶賛。
タランティーノ自身も、
「あなたの小説を映画化するために生まれてきた」とまで言い切るほど敬愛しているのだから、まさに監督・脚本冥利に尽きるものがあっただろう。
さらにはサミュエル・L・ジャクソンやタランティーノの母コニーも、彼の作品では本作が一番のお気に入りなのだとか。
一方で、
「愛すべき映画オタクのタランティーノもとうとう大人になってしまったのか……」と、一抹の寂しさを感じたファンも少なくないはず。
実際、それまでと比べて派手さのない作風だったためか国内の興行収入は4000万ドルと、前作と比べるとかなり控えめな数字となっている。
まあその
次回作は
血みどろバイオレンス特盛のバカ映画だったんだけどね!
にしても、別の監督でも似たようなパターンの展開あったな……
あらすじ
三流の航空会社に勤めるジャッキー・ブラウンは、生活のため裏稼業として銃の密売人オデールの売上金の運び屋もやっていた。
しかし連邦捜査官レイとロス市警のマークに目をつけられ逮捕。
二人からはオデール逮捕に協力するよう持ちかけられ拒否するが、カバンの中に見に覚えのないコカインが入っていたのが見つかり留置所送りに。
その後保釈されるも、オデールが口封じのために殺そうとしてくるのは目に見えていた。
このままだと刑務所送りになって人生を失うか、オデールによって命を落とすかのどちらかしかない。
かくして人生崖っぷちのジャッキーは保釈金融業者のマックスと共に、一世一代の大勝負に打って出るのだった……!
登場人物
演:パム・グリア
吹替:弥永和子
メキシコの三流航空会社カーボ航空に勤務するベテランのキャビンアテンダント。44歳。
原作での名前はジャッキー・バークだったが、パムの代表作『フォクシー・ブラウン』にちなんで変更された。
レコード派でお気に入りの曲はデルフォニックスの『Didn't I Blow Your Mind This Time』。
かつてはデルタ航空に勤めていたが、パイロットの夫に頼まれ麻薬を運んだことから前科がついていた。
司法取引で夫に罪を被せ釈放されたものの、以降は業界最底辺のこの会社にしか勤め先がなく、裏稼業としてオデールの金の運び屋をやっていた。
こうした背景から人生に行き詰まりを感じており、その胸の中をマックスに語るシーンは、演じたパムの人生も踏まえて考えると色々心に来るものがある。
「また有罪になるかと思うと怖いの。今度失業したらまたゼロからやり直しだけど、もうその気力はないわ。どん底からまたやり直すなんて……その方がオデールより怖いの」
保釈後はマックスからこっそり拝借した銃で口封じにやって来たオデールを脅迫。
ジャッキーはある取引を持ちかける。それはオデールを売らない代わりに懲役に行く対価として10万ドルを振り込ませ、さらに懲役が1年増せばもう10万ドル振り込ませるというものであった。
オデールはそのための50万ドルがメキシコにあるので動かすのに困っていたが、ジャッキー自らそれを運ぶことを提案。
その後彼女はレイたちにオデールの金の運び屋であることを白状。
出国許可と訴追免責を条件に、密売の証拠として50万ドルを運び、オデール逮捕に協力することを申し出るのだった……
つまり、オデールの金をせしめつつ逮捕するように仕向けるという作戦である。
このように、繊細でありながらも肝っ玉あふれる彼女がいかにして周囲を手玉に取り大金を手に入れるかが本作の肝である。
銃の密売業者の黒人。
原作ではネオナチなどから武器を強奪して売りさばこうとしている。
各地に愛人を持っており、お気に入りのカクテルはスクリュードライバー。
用心深い性格で、刑務所送りになった仲間が刑を軽くするために自身の情報を吐くことを恐れており、相手を保釈した後は口封じのために殺害するのがパターン。
メキシコのカーボ・サンルーカスの銀行に裏金50万ドルを預けており、それを運ぶというジャッキーの案に乗る。
それが彼女の罠とも知らずに……
おかげでジャッキーからは「自分で運べばいいのにそんな度胸はからっきしないの」、メラニーからは「世渡りは上手いかもしれないけどさ、それでもバカね」と陰口を叩かれている。
おまけに相棒のルイスがアレなので、悪人とはいえとことん仲間に恵まれないキャラクターである。
演:ロバート・デ・ニーロ
吹替:津嘉山正種
オデールの相棒で、20年来の付き合い。
銀行強盗でムショ送りとなり最近出所したばかり。
そのせいか、かつては切れ者だったらしいがすっかり頭が鈍くなっており、メラニーの勧めたヤクにハマったり、あっさり肉体関係を結んだりしていた。しかも早漏
おまけにオデールの愛人の一人シモーンの家でヒモ暮らししている。
後半、50万ドル受け渡し作戦に遅刻しかけるわ、見張り中にマックスのことを思い出せずに見逃すわ、挙句に方向音痴を露呈したことで自分を煽りまくってくるメラニーに対し、ついに……
まさに名優の無駄遣いの一語に尽きるキャラクターである。
実際デ・ニーロ自身も、マックスの役の方をやりたかったのだとか……
演:ロバート・フォスター
吹替:佐々木勝彦
保釈金融業者。56歳。
これまでに保釈した人数は1万5千人というベテランだが、本心では辞めたいと思っている。
さらに原作では別居中の画家の妻がいるが、なかなか離婚話を切り出せないでいる。
死んだボーマンの分の1万ドルをジャッキーに回してほしいというオデールからの依頼に応え、留置所に釈放しにやって来るが……
何と彼女に一目惚れ。しかも彼女がデルフォニックスが好きだと知ると、それにハマってしまう純情ぶり。
その後、50万ドル受け渡し作戦の舞台となるデルアモ・モールでジャッキーとばったり再会。持ち逃げへの協力を頼まれる。
演じたロバート・フォスターは当時キャリアの低迷期だったが、一見平凡そうな空気のキャラクターがハマり起用され、第70回アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた。
トラボルタに続き、彼もまたタランティーノの映画で復活したわけである。
その人生の酸いも甘いも噛み分けたことを感じさせるその顔立ちと演技は、誰の心にも残るはず。
また彼は『レザボア・ドッグス』の時にジョー役の候補だったが落ちており、タランティーノからいつか出すことを約束された……という、パムと似た経緯を持っていた。
演:ブリジット・フォンダ
吹替:冬馬由美
オデールの愛人の一人。実はそんなに若くないらしい
日本を訪れた経験があり、その時の写真を壁に貼っている。
しかし彼への忠誠心はなくヤクばかりやっており、挙句にルイスにジャッキーが運ぶ金を横取りしようと持ちかける。
が、オデールはそれを見越した上で侍らせている。
原作では、ネオナチのメンバーからの武器強奪作戦で、まったく役に立たなかったルイスに代わって相手を射殺するという活躍を見せている。
空港の密輸品を取り締まる連邦捜査官。
オデール逮捕のためにジャッキーを利用しようとするが、彼女の魅力とタフネスさに巻き込まれていく。
ちなみにマイケル・キートンは後に同じ原作者の『アウト・オブ・サイト』に、同じ役柄で出演している。
レイと共に行動するロス市警刑事。
原作での名前はファロン・タイラーで、レイとは大学時代からの親友。
カーボに行ったことがあるが、乱気流に巻き込まれる最悪のフライトだったらしい。
演:クリス・タッカー
吹替:家中宏
オデールの運び屋の一人。
飲酒運転に銃の不法所持で逮捕され、さらに前科持ちだったり南部出身の黒人であることがバレたため、オデールはマックスに1万ドルで保釈するよう依頼する。
しかし保釈後、口封じのために射殺されてしまう。オデールは彼の口の軽さを知っていたため、そもそも助ける気などなかったのである。
が、その死の前に、ジャッキーの情報をレイとマークに吐いていた……
50万ドル受け渡し作戦とその後(ネタバレ注意)
まずはその手口を教えるためのリハーサルとして、1万ドルの受け渡しはレイとマーク立ち合いの元で行われた。
この時の受け取り手は田舎娘の愛人シェロンダで、ジャッキーは自分と彼女が持っていた紙袋を取り換えて退散。その後立ち去ったシェロンダを尾行する警官たち。
が、実際に1万ドルが入った紙袋を持って行ったのは別の愛人、シモーンだった。
この様子を見守っていたマックスは、一人目がフェイントとして機能したことで作戦が上手くいくことを確信したが、二人目の存在を知らなかったジャッキーはオデールを詰問していた。
しかもそのシモーンは1万ドルを持ってバックレてしまった。このため、金の受け取り役はメラニーに変更された。
本番の50万ドルの受け渡しは、デルアモ・モールのフードコートから、人目のつかない婦人服店の試着室に変更。
また、レイには50万ドルから万一捕まった時の保釈用のみの5万ドルに変更になったと伝えていたが、彼の目的はあくまでオデール逮捕なので、深く追及されなかった。
メキシコからロスに行くとき、ジャッキーはカバンの一番下にメインの50万ドルを入れ、衣類で隠すとその上に封筒に包んだ5万ドルを置いていた。
封筒の5万ドルには、レイによって緑の印がつけられた。証拠を押さえるためだ。
現場に向かう途中、ジャッキーは紙袋の底に重さを偽装するための本を何冊か入れ、その上に5万ドルの内4万ドルを置き、残りの1万ドルは懐に入れた。
試着室にメラニーが来ると、持っていた紙袋の上に懐の1万ドルを乗せてから彼女のものと取り換え、こう言った。
「上のはあなたによ♪どうせオデールは何にもくれないでしょう?」
メラニーが去った後、ジャッキーはカバンから残りの金を受け取った紙袋に移して試着室に置いて行き、店員に一番奥の試着室に紙袋が忘れてあったと伝える。
そしてレイたちにはメラニーが金を奪って逃げたと報告。
金の受け取り役がシェロンダからメラニーに変更されたことは知らせてなかったのだ。
ジャッキーの作戦を見守っていたマックスは「妻が試着室に紙袋を置き忘れてきたようなんですが」と、試着室に残された50万ドルが入った紙袋を悠々と持ち去っていった。
一方、手にした金が4万ドルしかないのを見て、ハメられたことを知ったオデールは、散々ヘマをやらかしたルイスを射殺。
ジャッキーは作戦実行中に勝手にスーツを購入したことなどから警察に疑われていたが、結局メラニーとルイスが死に、さらにメラニーが印付きの札束を持っていたため信憑性が認められた。
仕事仲間のウォーカーにも見捨てられてにっちもさっちも行かなくなったオデールは、ジャッキーとマックスに事務所におびき出され、待ち伏せしていたレイに射殺された。
……こうして被疑者死亡で処理されたことにより、裏金の件を知っている者は誰もいなくなったので、晴れて50万ドルはジャッキーとマックスのものになったのだった。
作戦から3日後、マックスは50万ドルの1割だけを割り引いて、ジャッキーに金を郵送していた。
もっと取り分を受け取って欲しいと言うジャッキーに、これで十分だと言う。
それを心意気に感じて二人でスペインへ行こうと口説くジャッキーだったが、マックスはジャッキーの生き方とは決定的な一線を引く。
そのやり取りの最中にかかってきた依頼の電話に「30分後におかけ直しください」と告げるマックス。この30分の間に、マックスは何を思うのだろうか。
そして車内でどこか寂しげに『110番街交差点』のテーマを口ずさむジャッキーの姿で、物語は幕を下ろす。
余談
〇OPのムービングウォークのシーンは、アメリカンニューシネマの名作『卒業』のオマージュ。
『卒業』ではサイモン&ガーファンクルの『サウンド・オブ・サイレンス』が使われ哀愁漂うムードだったのに対し、こちらはパワフルな『110番街交差点』のテーマ。
同じようなシチュエーションでも、演出次第で印象はガラッと変わることがよく分かるシーンである。
〇ジャッキーが運転する白い1980年式ホンダ・シビックは、『パルプ・フィクション』でブッチがマーセルスをはねた時に運転していた車と同じである。
〇劇中、メラニーとルイスがテレビで観ている映画は『マッド・ドッグ/ファイアー・ガンを持つ豚ども』と『ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー』である。
特に後者の主演はピーター・フォンダ。つまり中の人を考えると、父親の映画を観ているということになる。
〇これまで自作に出演してきたタランティーノだが、今回姿を見せていない。
しかし、ジャッキーの家の留守電の声としてちゃっかり出演している。
〇デルアモ・モールの映画館から出てきたマックスの場面にかかっていたBGMはエリオット・イーストンズ・チキ・ゴッズの『モンテカルロ・ナイツ』。
実は本作のエンドタイトルでも使われた曲であり、もしかしたらマックスは本作を観ていたのかも?
〇エンドロールのスペシャルサンクス欄には「バート・ディアンジェロの娘」なる記述がある。
バート・ディアンジェロは往年のTVドラマの主人公の名前であり、演じたのはポール・ソルヴィノ。
つまり彼の娘というのは、当時タランティーノの彼女だったミラ・ソルヴィノのことを指している。
〇原作の『ラム・パンチ』は、1978年に発表された『ザ・スイッチ』の後日譚に当たる。
その『ザ・スイッチ』は2013年に『ライフ・オブ・クライム』として映画化された。監督はダニエル・シェクター。
ちなみにタランティーノは、少年時代に『ザ・スイッチ』を万引きして捕まったことがある。
〇タランティーノのアイドルであるパムだが、日本では当時、主演作品のほとんどが劇場公開されておらず知名度が低かった。
しかしそのエピソードは、幼い頃は大阪に住んでいたことがあったり、女優になる前に組んでいたバンドのメンバーがアース・ウィンド・アンド・ファイアーを結成したなど、
濃いものがとても多かったりする。
追記・修正は、デルフォニックスの『Didn't I Blow Your Mind This Time』を流しながらお願いします。
参考文献
パンフレット
ラム・パンチ(角川文庫)
キネマ旬報1998年4月下旬号
クエンティン・タランティーノ 映画に魂を売った男(フィルムアート社)
- サミュエル・L・ジャクソンやロバート・フォスターは良い味を出してるんだけど、タランティーノならではの雑談が本作ではテンポを悪くしちゃってるのがイマイチなところ。 -- 名無しさん (2023-10-10 20:33:44)
- タランティーノが心底惚れ込んでいるのは分かるんだけど、いかんせん他の豪華キャストと主演女優の知名度の差がありすぎた -- 名無しさん (2023-10-10 22:59:19)
- 本作に加えバートンの『マーズ・アタック!』(パムとジム・ブラウン)、ロドリゲスの『フロム・ダスク・ティル・ドーン』(フレッド・ウィリアムソン)など、90年代中頃の作品は昔のブラックスプロイテーション映画のスターが出演する作品が多い。当時彼らの作品を観て育った世代が監督になって再評価された時代だったんだろうな -- 名無しさん (2023-10-10 23:33:21)
- パルプフィクションのマーセルスの親族設定があるとか -- 名無しさん (2023-10-14 07:49:30)
最終更新:2024年09月22日 10:32