ビッグ・フィッシュ(映画)

登録日:2023/02/10 (金) 12:00:01
更新日:2024/03/26 Tue 12:20:46
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幼い頃は、父の話が大好きだった。

でも、いつしか耳を閉ざしていた僕が、その大切さに気付いたのは、父の最期の時だった。

僕が知らない父の人生があったことも、色んな人と出会って、色んな人を幸せにしてきたことも。

あのお花畑で、母に好きだと言ったことも。

まっすぐな愛には、誰もかないっこないよ。

ワクワクする話、すごい話。

……いい人生だったね。




人生なんて、まるでお伽話。




概要


『ビッグ・フィッシュ』(原題: Big Fish)は、2003年12月10日にアメリカで公開された映画。
日本では2004年5月15日に公開された。
原作は、1998年に出版されたアメリカの作家、ダニエル・ウォレスのベストセラー小説『ビッグフィッシュ - 父と息子のものがたり』。
この物語は、作者自身の父親との思い出や父親になった経験をもとに執筆された、
死を間近に控えた父親がそれまで語ってきた途方もないホラ話と、その人生の背景を理解しようとする息子の姿を描いたファンタジー風ヒューマンドラマである。

元々は、誰もが知る映画界の巨匠スティーブン・スピルバーグが監督、主演はジャック・ニコルソン*1の予定だった。
しかし、脚本の改稿が行われる中でスピルバーグは離脱。代わりに『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』を監督することになった。
その後『リトル・ダンサー』や『めぐりあう時間たち』のスティーブン・ダルドリー監督に声がかかったが、こちらも実現せず。
最終的にこの作品を引き受けることになったのは、ティム・バートンだった。
スピルバーグは言わずもがな、もし監督していたら王道でハートフルな作品になっていただろう。何たって娯楽映画の神様だし。
ダルドリーもまた、ほとんどの作品がアカデミー作品賞か監督賞にノミネートされているだけあって、堅実な感動作に仕上げていたであろう。
では、バートンはどうか?彼の場合は闇や混沌を愛し、その中心には常にはみ出し者の孤独と悲哀が込められた、非常に尖った作風である。
原作のまっとうな親子愛の物語とは一見真逆と言っていい作風。果たして彼が手がけて、どうなったのかと言うと……

彼らしいテイストは残しつつも、いつもの嘆き節恨み節極端なまでの開き直りは鳴りを潜め、まるで春の日差しのような暖かさや優しさそのものに満ちた作品に仕上がった
それまでの作風からは想像もつかないような、憑き物の落ちたかのような内容。
同時に、ファンタジックでありながら現実世界にこれまで以上に強く結びつき、「物語の存在意義とは何か?」を見つめ直す作品でもある。
……無邪気で残酷な鬼才に、一体何が起きたのだろうか?
いや、彼には絶対にこの作品を引き受けなければならない理由があった。

───ことの発端は、悲しい出来事から始まった。
2000年8月2日に、前立腺がんを患っていたティムの父ビルが心臓発作を起こしこの世を去ったのだ

僕は父の死に衝撃を受けた。自分でも信じられないくらいに、だ。
僕と父は決して仲のいい親子ではなく、唯一のコミュニケーションと言えば、テーブル越しに交わされる冷たい視線だけだった。
にもかかわらず、僕はショックを受けている…。当然、僕は悶々としたよ。
そんなときだ、この映画の話が来たのは。もしかしたら気持ちの整理が出来るかもしれないと思って引き受けたんだ。

引用元:パンフレット

父のビルは元プロ野球選手で、カーディナルスに所属していた。引退後はバーバンク市の公園レクリエーション課に勤めており、とても社交的で誰からも愛されていたという。
一方息子のティムは、他者とのコミュニケーションが苦手で、自分の世界に閉じこもりがちの内向的な性格……スポーツマンの父とものの見事に真逆な性格である
「自分の両親を人間だとまるで見なしていなかった」とまで言い切るほど両親とうまく行かなかったティムは、12歳から16歳の頃まで祖母の元で暮らしていた。
それだけ、子供時代から問題を抱えながら過ごしていたわけなのだが……父の死と向き合う経験を通して、人との関わりの大切さに目覚めることになった。
そこに届いた本作の脚本は、ボツになった『Superman Lives』や酷評された『PLANET OF THE APES/猿の惑星』の件もあって、疲れ切っていた彼の心によく響いた。
「まさにこれだ。何とも言いようのないことにイメージを与えてくれるぞ」と……
ティムはさらにこう続ける。

僕がわかったのは、その結論は出ないってことだよ。おそらく、父の死で受けたショックはずっと続くんだと思う。
でも、ひとつだけ言えるのは、子供は父親の影響を避けられないってことだ。たとえ冷たい親子関係であってもね。
僕の父親はよく、満月の夜になると義歯を使って狼男の真似をして僕を怖がらせていた。
そんなことを鮮明に覚えてるし、それは今の僕に大きな影響を与えているんだ。

引用元:パンフレット

怪獣映画や怪奇映画の影響を受けて映画の道に進んだティムだが、その根元には父の影響も間違いなくあった。
父との別れは悲しみだけでなく、彼の心の奥に眠っていた愛された思い出も呼び覚ましたのだ

それともう一つ、ティムの身には大きな出来事があった。
本作公開直前の2003年10月4日、前作『PLANET OF THE APES/猿の惑星』で出会ったヘレナ・ボナム=カーターとの間に、初めての子供ビリー・レイモンド*2を授かったのだ
インタビュー集『インナーヴューズ―映画作家は語る』では、父親になることをあの手この手で避けていることを語っていた彼が、である。
大きな子供そのものみたいなティムが父親になる。これは当時のファンにとっては大きな衝撃だっただろう。
わが子の誕生に立ち会ったティムはそれを“衝撃と畏怖”*3にたとえ、「本当の出産は映画で描かれた出産よりずっと奇妙」と発言していたが、その後……

確かに大人になったような気もするけど、それと同時に子供に戻ったような感じもしている。
そうだな、それも7歳児って気分なんだよ!
この感覚が僕をどう変えていくのか、まったくわかんない。
子供って毎日成長するだろ?それを見て、毎日ショックを受けてる日々なんだから!

引用元:パンフレット

そこにはすっかり子供を育てる喜びに目覚めたティムの姿が!
しかも「コミュニケーションが苦手だから息子とは映画で会話するつもり」「ヴィンセント・プライスの映画は観せるけどシャーリー・テンプルの映画は観せない」など、
早くも英才教育する気満々の発言までしている。

───こうして、本作にまつわる物語は「肉親の死」から始まり、「子供の誕生」で終わった。
ティム自身人生の大イベントを立て続けに経験し、人間的に大きく成長したことが伝わってくる本作の評価は極めて高く、「彼の最高傑作」との呼び声も多い。
一方で、大人になった彼の姿に一抹の寂しさを感じた人も少なくないはず。だが、庵野秀明氏との対談では……

庵野:(本作の感想について)すごく、おもしろかったです。いままでにない、優しい感じと、心が広くなってる感じがグーでした。
ティム:そうだね。この映画の題材が、ぼくのなかのそういう部分を呼び起こしてくれたんだよ。
今までこれほど解放感を感じたことはなかったし、すごく楽しめた部分だね。
だからと言って、これから作る映画がみんなこういう風にハッピーなものになるとは限らないけどね。

ぼくのなかにはまだ別の顔も残ってるし、いつでもそっちに戻ることはやぶさかじゃないんだ。

引用元:月刊Cut2004年5月号 P64

事実、彼の本質はその後も変わらなかった。
甘く愉快に見えるが劇薬度バリバリの次回作『チャーリーとチョコレート工場』、血みどろで徹頭徹尾救いのない『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』などを観れば分かるはず。
最新作の『ウェンズデー』でも、それは同じ。
どんなに成長しても、ティムはいつでも通常営業です。


あらすじ


決して釣れない魚がいる。
力や動きの問題ではなく、そういう特別な魚なのだ。
“あいつ”はそういう魚───

エドワード・ブルームは、自らの語るおとぎ話で誰からも愛された人物だ。
彼の語る物語は、聞く人たちを楽しく、幸せな気持ちにする力があった。
中でも十八番は、息子ウィルが生まれた日、結婚指輪でアラバマの怪魚と呼ばれる伝説の大魚を釣り上げた話。
しかし、当のウィルはこの手の話を幼い頃から耳にタコができるほど聞かされていた。
結婚式の日にも、自分の存在を食うような勢いでこの話を始めた父にうんざりして式場を飛び出し、口論に。
以来父と子は、すっかり疎遠になってしまっていた。

───それから3年後。
フランスでジャーナリストとして働くウィルの元に、母サンドラから父の病が悪化したとの一報が入る。
残された時間は長くない。妻のジョセフィーンと共に実家に戻るウィル。
父はほとんど寝たきり状態になっていたが、体調のいい時は相変わらず自らの物語を語り続けていた。
ジョセフィーンがすっかり物語に夢中になる一方、ウィルは父の本当の姿を知ろうとするのだが……

登場人物


  • エドワード・ブルーム
演:ユアン・マクレガー(過去)、アルバート・フィニー(現在)/ 日本語吹替:森川智之(過去)、石田太郎(現在)

本作の主人公で、途方もないおとぎ話を語り紡ぐ天性の語り部。さらに誰とでも仲良くなれる社交性はもちろん、スポーツ万能、記憶力も抜群と、まさに非の打ち所のない快男児。
曰く、生まれた時は母胎から勢いよく飛び出すとそのまま長い廊下を滑っていく、おとぎ話の主人公にふさわしい誕生の仕方をしたという。*4
子供時代は骨と筋肉が追いつかないほど急激に体が成長し、3年間寝たきり状態になったことも。
その間百科事典を読み漁っていると、「金魚は狭い環境で育つと小さくなるが、広い環境で育ててやると大きく成長する」ことを知り、自分も大きな人間になるべき運命であることを悟る。
生まれ故郷のアシュトンを旅立った後は、理想郷のような幻の町スペクターに足を踏み入れ大歓迎を受けるも、そこに留まることはなかった。
その後、サーカスの観客席で目撃した運命の人の情報を集めるべく3年間サーカスで働き、オーバーン大学に入った後はサンドラへの猛アタックが実を結び、結婚に至る。
ところが折悪く、朝鮮戦争に徴兵されてしまう。正規の結婚式を挙げていないのはこのため。
彼は兵役を1年以下に減らすべく、進んで危険な任務に志願した。
朝鮮戦争から生還した後は旅回りのセールスマンとなり、ある日嵐に遭遇したことがきっかけで、破産し荒れ果てたスペクターを再訪。スペクターを救うべく尽力する。
このようにドラマティックな人生を歩んできたという彼であるが、現在は病が進行し化学療法も打ち切られ、余命幾ばくもない身。さらに何故か水をよく求めてくるように*5
それでも語り口は全く衰えを見せずジョセフィーンを魅了してしまうほどで、ウィルには「ビックリするような死に方だよ、楽しみにしてろ」と伝える。

と、以上のように王道タイプの主人公となっており、何かしら狂気や疎外感、コンプレックスを抱えていることの多いティムの作品のキャラクターとしては異質の存在と言える。
脚本のジョン・オーガスト曰く、

『ビッグ・フィッシュ』で語られる話は、しきたりのようなものだ。
実際に起きたことだけじゃなく、本当はこうなるべきだった、と伝えるために語られる話。
エドワードがそんな話をするのは、みんなに彼の話を覚えておいて欲しいからで、つまり自分のことを覚えておいて欲しいんだ。

その言葉の意味は、ラストを見ればよく分かるだろう。
ちなみにユアン・マクレガーはアルバート・フィニーの若い頃にそっくりであり、そこでキャスティングが決まった。

  • ウィル・ブルーム
演:ビリー・クラダップ/ 日本語吹替:平田広明

エドワードの一人息子。
幼い頃は父のおとぎ話に夢中になっていたが、成長しそれがホラ話であると分かってくるようになると、素直に聞けなくなっていた。
その反動か、事実を追求する真面目な性格となり、現在はフランスでジャーナリストを務めている。
父が家を空けていることが多かったため浮気すら疑っており、おとぎ話の数々はうちが退屈で、気晴らしにでっち上げたものだと思い込んでいた。
真実を求め「悪人でも善人でもいいから、本当の父さんを見せて」と父に訴えるが、「私はいつも自分そのものだ。それが見えんのはお前が悪い」と突き放されてしまう。
しかし、家のプールに魚が出現したことや、不用品の片付けの最中、軍からの死亡通知や父名義の信託証書を見つけたことから、父の物語には真実も含まれていたことを理解し始める。
そして本当の父の姿が知りたい一心で、信託証書に名前のあったジェニーの元を訪ねるのだった。

本作の中で最も難しい役柄であると同時に、自身と全く同じ境遇のこのキャラクターにティムは心から感情移入し、葛藤していたという。
「なぜ僕はこんな風に振る舞っているんだ?父さんは素晴らしい男で、誰もが彼のことを愛していた。どうして彼との間にこんな問題を抱えてしまったんだ?」と……
この複雑な父と子の関係は、彼によってバットマンジョーカーの関係にたとえられている。
ちなみに原作での誕生時のエピソードは、フットボールの試合で両親の母校オーバーンが格上の宿敵アラバマに逆転勝利を収めるというものになっている。

  • サンドラ・ブルーム
演:アリソン・ローマン(過去)、ジェシカ・ラング(現在)/ 日本語吹替:片岡身江(過去)、唐沢潤(現在)

エドワードの運命の人で、ウィルの母。旧姓はテンプルトン。
彼はサーカスでその姿を一目見た瞬間、時が止まるほどの衝撃を受けるが、すぐに見失ってしまった。
その後エドワードはサーカスで働きながら彼女の情報を聞き出し、その名前とオーバーン大学に通っていることを突き止める。
早速猛アタックをかけるが……運悪くすでにドンと婚約済みであることを告げられる。
しかしエドワードは諦めることなく、講義中のスライドをラブレターにすり替えたり、飛行機雲で告白したり、
そして5つの州の花屋から彼女の大好きな黄色い水仙を1万本取り寄せ、一面に広がる花畑を作り出した
このシーンはキービジュアルになっているだけあって、本作屈指の白眉と言える名シーン。しかも花が踏み倒された跡がハート形になっているという凝りよう。
なお、ティム自身黄色は本来は大嫌いな色らしいが、心境の変化もあって、あえて映画のメインカラーにしたのだという。
また、現代パートで水を張ったバスタブに横たわるエドワードに抱擁するシーンも、二人の深い愛が感じられる名シーンである。

  • ジョセフィーン
演:マリオン・コティヤール/ 日本語吹替:阿部桐子

ウィルの妻で、妊娠7か月目。
彼女の撮った写真がニューズウィーク誌の表紙を飾ったこともあるらしい。
エドワードを看病している時そのおとぎ話を聞かせてもらい、父への葛藤を抱え物語を受け入れられないウィルに話し合うことを勧める。

  • ベネット先生
演:ロバート・ギローム/ 日本語吹替:側見民雄

ブルーム家のかかりつけの医師であり、かなりの高齢。
原作によると、生まれたばかりのウィルを取り上げへその緒を切ったのも彼であり、古くから家族も同然の付き合いとなっている。
初対面のジョセフィーンに対し、一目見ただけで妊娠7か月目であることや、お腹の子の性別が男の子であることを当てるという年の功を見せた。

  • 魔女
演:ヘレナ・ボナム=カーター

アシュトン川沿いの沼地に暮らす、アラバマで一番危険な魔女。
エドワードは子供時代に、友達4人と一緒に肝試しで彼女の家を訪ねた。
曰く、当時はどこの町にも魔女がいて、言う事を聞かない子供や迷い込んだ子犬を食べ、その骨で土地に呪いをかけ不毛にしてしまうとのこと。
眼帯の下に隠れた片目はガラスで出来ていて、それを覗くと自分の死にざまが見えるという
友人たちが尻込みする中、エドワードはただ一人進み出て、魔女と対面。
残っていたプライス兄弟にも魔女と対面させたが、自分たちの死にざまを見た二人は一目散に逃げて行った。
その後エドワードも、何が起こっても平気でいられるよう死にざまを見せてほしいと頼み、実際に見せてもらった。
おかげで、エドワードはどんな試練に直面しても恐れない性格となった。
原作では下宿屋という設定であり、このエピソードは青年期の出来事として扱われている。

  • ドン・プライス
演:デヴィッド・デンマン

エドワードの幼馴染の一人。子供時代一緒に魔女の家に行ったが、恐ろしい末路を見せつけられる。
高校時代はスポーツでも科学でも尽くエドワードに勝てず苦い思いをさせられ続けていた。それでも大学時代にはサンドラと婚約、できたのだが……
その後大学に入ったエドワードの猛アタックにサンドラは心動かされ、彼に殴りかかったドンは婚約破棄されてしまう。
挙句に魔女の目に映った光景通り、急激に体を動かしたことが原因でトイレで心臓発作を起こし若くして死ぬという、散々な末路を辿った。*6

  • カール
演:マシュー・マッグローリー/ 日本語吹替:宝亀克寿

ある日アシュトンの町に現れた身長5mの巨人。
家畜や作物やペットを食い荒らし町に大きな被害を与えていた所、エドワードがそれをやめさせるために立ち上がる。
彼の住む洞窟まで赴き、生贄としてその身を差し出そうとするが……彼は人間を食べる気はなかった。
しかしその体の大きさ故に常に空腹に苛まれており、家畜や作物に手を出していた。
そんな彼にエドワードは「君は大きいんだから、大きな町に住まなきゃ」と教える。そして大志を抱くエドワードにとっても、この町は小さかった。
事件解決後、エドワードは彼と共に新天地へと旅立つ。
その後敢えて危険な旧道を選んだエドワードといったん別れるが、その後再会。共に訪れたサーカスでその巨体が認められ契約することに。
原作では成長の速さについていけなくなった母親に捨てられた描写がある。また、その後の顛末はエドワードに畑仕事と料理を教わり、大農夫になったとされている。

演じたマシュー・マッグローリーは身長229cmで、「世界一大きな足の持ち主」としてギネスブックに掲載された、本物の巨人*7
その大きさ(47.5㎝!)たるや、撮影に疲れたスタッフが彼の靴で仮眠していたほどだったらしい。
しかし体の負担も相当なものだったのか、2005年8月、32歳の若さで自然死した。合掌。

  • ジェニファー・ヒル
演:ヘレナ・ボナム=カーター/ 日本語吹替:佐藤しのぶ

人々が裸足で暮らす幻の町スペクターの町長の娘。エドワードとは10歳年下。
信託証書に描かれていた住所と名前を見て、父の真実を知ろうとするウィルが訪ねてきた時、スペクターと自らの物語を語り始める。
スペクターが破産したことを知ったエドワードは、町ごと買い取ることで救おうとしていた。
そのため、今までの人生で出会ってきた人たちに協力を呼び掛けた。彼は夢に投資させたのだ
半年で彼は町を買い戻し、立ち退きを命じられていた人々も戻ってきた。
見落としていたおんぼろ屋敷に住んでいたジェニーも説得し家もリフォームするが、彼女はエドワードのことを愛してしまっていた。
運命の人がいるエドワードはそれに応えることが出来ず、以降スペクターに戻ってくることは二度となかった……
「───その後残された彼女は、頭のイカれた魔女になったとか。彼女自身も“伝説”となり、家は元通りのあばら家となった」
こうしてジェニーは、空想の世界の女として寂しげに生きるようになった。彼女はエドワードでも幸せに出来なかった人物だったのである
「最初の時は予定より早く、二度目の時は予定より遅かった」の言葉は、彼女の人生を知ると重みが増すだろう。
しかしこの話が皮肉にも、ウィルに父が家族を愛していたことを再認識させるきっかけとなる。

  • ノザー・ウィンズロー
演:スティーヴ・ブシェミ/ 日本語吹替:檀臣幸

エドワードと同じくアシュトン出身の詩人。
元々はパリへ行くつもりだったが、旧道を通って町の外へ出た結果スペクターにたどり着き、そこに留まっていた。
そこでは12年間詩に取り組んでいたが、「草は緑 空は青 スペクターは最高!」の3行しか書けていない*8
このエピソードは、「小さな環境で安穏と過ごしているだけでは面白い人生や作品は生まれない」というメッセージなのかもしれない。
その後、セールスマンとなったエドワードとテキサスの銀行で再会。彼に触発されたノザーはスペクターを出て、世界中を旅していた。
そして銀行を訪れた理由は……強盗をするためだった。協力させられたエドワードは、金庫の金を盗むことに。
しかし銀行はすでに破産しており、金庫の中身は空っぽなのだった……
銀行が破産した理由を知ったノザーは一念発起し、ウォール街の投機家になることを決意。
成功を収めた後は最初に稼いだ100万ドルのうち1万ドルを“キャリア顧問料”としてエドワードに与えた。
エドワードはそのお金で、現在の家を買ったのだという。

  • エーモス・キャロウェイ団長
演:ダニー・デヴィート/ 日本語吹替:北川勝博

エドワードとカールが旅先で訪れたサーカスの団長。
将来の妻である運命の人に夢中になったエドワードの情熱にほだされて、「一か月働くごとに彼女のことを一つ教える」という条件で働かせる。
エドワードは約束通り一つずつ彼女のことを教えてもらうも、肝心の名前や住まいをなかなか教えてもらえない。
ある日、しびれを切らした彼が団長用のトレーラーに直談判に向かうが……なんと団長は狂暴な狼に変身していた
しかしエドワードに手懐けられ、ついに彼のことを認めた団長は、運命の人の名前が「サンドラ・テンプルトン」で、オーバーン大学に通っていることを教えた。
ちなみに団長の助手であるソギーボトムを演じるのはディープ・ロイ。後のウンパルンパである。

  • ピンとジン
演:エイダ・タイ、アーリーン・タイ

朝鮮戦争に徴兵されたエドワードが潜入した北朝鮮の慰問会場で出会った、シャム双生児の美人歌手。
ショーの後二人に見つかったエドワードはサンドラへの愛を1時間にわたって語り、脱走する協力を取り付ける。
さらにアメリカに着いた暁には仕事を世話するプロを紹介すると約束。地球を半周するほどの長旅に出た。
その間、サンドラに無事を伝えるすべもなく、軍から電報で死亡通知が送られてきた彼女は悲嘆に暮れていた……
しかし4か月後、二人は無事に再会することができた。
原作で名前は登場せず、頭が二つある芸者という設定で、名古屋での茶の湯で出会ったことになっている。

  • 水の精
エドワードがスペクター近辺の水場でたびたび遭遇する、裸の女性の姿をした謎の存在。
ジェニー曰く正体は人間でなく魚だそうで、見る人によって姿が違うため誰も捕まえられないのだという。
ジェニーの父には昔飼っていた犬に見えたらしい。
なお、作中でその顔が映ることはないが、終盤では……

終盤の展開(ネタバレ注意)


ジェニーの話を聞いたことで、父が家族を心から愛していたことを再認識したウィル。
しかし実家に戻ると、誰もいなくなっていた。父が危篤状態に陥り病院に運ばれたのだ。
───別れの時は、もう目前まで迫っていた。

最後の付き添いは、ウィルがすることになった。
その時、かかりつけのベネット先生が、ウィルの生まれた日の本当の話を語り始める。
曰く、その日父は旅回りに出ていてお産に立ち会えず、そのことを悔やんでいたのだという。
「つまらん話だろう?2つの話のどっちかを選ぶなら、私は結婚指輪を魚がのみ込んだという方がずっと面白いと思うね。……私の好みだがね」
「先生の話もいい」と答えるウィル。ホラ話だけでなく、真実を包み隠さず示した物語もまた、違う素晴らしさがあるからだ

夜中、意識が戻った父がウィルに呼び掛ける。
「川へ……」「私が死ぬときの話……」
つまり、魔女のガラスの目の中に見た死にざまとは、息子に最期の物語を語ってもらうことだった
慣れない口調ながらも、ウィルは物語を紡ぎ始める……

───朝が来て、父さんと僕がまだここにいる。
僕は椅子で居眠りしてて、目覚めると父さんが元気になっている。
「ここを出よう」と言う父さん。
「急げ!時間がない。この階から逃げるんだ」
戸惑いながらも車椅子に彼を乗せ、病院から逃げ出す。
先生に見つかり、後ろから皆が追ってくる。母さんとジョセフィーンに足止めしてもらい、無事にそこから逃げ出した。
玄関を飛び出すと、父さんの赤いチャージャーが……それも新車だった。
父さんを抱き上げたが、不思議なことに全然重さを感じなかった。
車椅子はもういらないと言う彼。行き先は「川」。邪魔な車も、巨人のカールがどけてくれた。
そうやって車を飛ばして、川岸に着いた。

───川へと父さんを抱き抱えて行くと……そこには、父さんが今までの人生で出会った人たちが勢揃いしていた
悲しげな顔は一つもなく、皆、笑顔で父さんを迎え、別れの手を振った。
川の中には、僕の母さんの姿があった。「私の愛する川の精……」
父さんは母さんに指輪を渡し、僕は川の深みへと歩を進める。
そして父さんは……大きな魚の姿となり、どこまでも遠くへ泳ぎ去って行った
それが本当の父さんだった。“とても大きな魚”……それが父さんの最期。

ウィルが語り終えると、父は満足げにつぶやいた。
「そう……その通りだ」
───これが、稀代の語り部エドワード・ブルームの最期の言葉となった。
彼は大きな魚、つまり若いのに年老いていて、死にそうなのに生まれたばかりという途方もない生き物、神話へと姿を変えたのだ。

葬儀の日、各地からたくさんの人たちが集まってきた。
巨人のカールは車に乗れるサイズ程度に、双子の歌手ピンとジンは体のくっついてない姿で。
誇張こそされていたものの、確かにおとぎ話の人物たちは実在したのだ。
葬儀が終わった後は皆、楽しそうに思い出話に花を咲かせていた。
───エドワードのホラ話は、皆を楽しませるために作られたもの。そこには愛がこめられていたし、だから誰からも愛された。

そしてその後、子供が生まれたウィルは、父からのおとぎ話をわが子に伝えていたのだった───

余談


〇「エドワード」の名前を持つ主人公が出るティムの作品は、これで3作目。
『シザーハンズ』、『エド・ウッド』、そして本作。
いずれも評価が極めて高い作品であり、ティムにとっては縁起のいい名前のようである。

〇前半で理想郷のように描かれたスペクターの町。*9
しかし原作でそれに当たるエピソードでは<名前のない場所>とされている。
住民は全員何かしら障害などを抱えており、肝が据わっていない者は町を出ようとしても、犬に指を食いちぎられ出られなくなるという、ホラーテイストの強いもの。
本作で印象深い活躍をしたノザー・ウィンズローも、ここで右手の指を二本失っている。
なお、原作ではこの<名前のない場所>とスペクターは別物として扱われている。
ちなみに、そのスペクターのセットは私有地の島「ジャクソン・レイク・アイランド」にあり、現在観光スポットとして部分的に改修されているため、聖地巡礼も可能となっている。

〇スペクターでエドワードが最初に見かけた人はバンジョーを弾く男だったが、これはジョン・ブアマン監督の『脱出』のオマージュ。
この作品でバンジョーを演奏していた子役ビリー・レッデン*10にどうしても出演してほしかったティムが各地を探していた所、助監督がネットで見つけた。
ティム曰く「ずっとセットにいて守り神みたいだった」とのこと。
ちなみに『脱出』後レッデンは本作を含めて3本の映画に出演しているが、役名は全て「バンジョー・マン」である。

〇エドワードのおとぎ話に登場する魔女、巨人、水の精、狼男といったファンタスティックな要素。
これらはティムの解釈を通して取り入れられているが、一番彼らしい演出の「動く木」のアイデアは、意外にもスピルバーグが脚本に付け加えたものだった。

〇本作の舞台は、アメリカ南部のアラバマ。
ストーリーがあちこちに飛び移る作風だけに色々な場所でロケをやっていたのだが、アラバマはとても奇妙な土地で、ティム曰く「別の星にいるみたいだった」
地方紙を読んだらクー・クラックス・クランの集会があると書かれていて青ざめたり、『オズの魔法使い』ばりの竜巻に遭遇しサーカスのセットが吹っ飛ばされ水没したり、
夜間撮影中には巨大な虫が大量に照明に激突し、まるで交戦地帯のような音がしたという……
そういう話を聞くと、元々ホラ話が生まれやすい土壌だということがうかがえるだろう。

〇エドワードの子供時代は、南部で人種隔離政策が行われていたはずなのだが、彼をお産で取り上げた医師は黒人だし、友達にも黒人がいた。
これもまた、誰とでも分け隔てなく接することのできるエドワードのホラ話らしい救済の仕方と言えるのかもしれない。

〇朝鮮戦争のシーンでは、エドワードの話の信憑性の怪しさを表さんとばかりに、アジアの色々な言語が飛び交っている。
韓国語、北京語、広東語、タガログ語……
トドメにエドワードが持っていた辞書の名前は「英語-アジア語辞書」。雑にもほどがある。

〇中学校の元校舎に設置された本作の作業所で、一番広いスペースを占めていたのは衣装。
『シカゴ』でアカデミー賞衣装デザイン賞を受賞したコリーン・アトウッドは、メインキャラの衣装ばかりか何千人ものエキストラの衣装も手掛けている
キャラクターの個性を衣装で表現するのが得意な彼女。
例えば、団長はちょっとイカれているのでズボンの縞模様は不揃いで帽子は曲がっている。
巨人のカールは心情の変化を表し、最初はまるで野獣のような姿だが、アシュトンから旅立つ時はカンバス地のコートにスーツケース製の靴というスタイル。
そして最後は普通の人間と同じく、スーツとネクタイ姿となっている。
また、花畑のシーンのエドワードのネクタイはよく見ると、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』のキービジュアルである渦巻いた丘のようなデザインとなっている。

〇2013年にミュージカル化されており、2013年にアメリカのシカゴで初演、のちにブロードウェイで上演。
日本では2017年に上演されている。

〇本作で父親との別れを経験したティムだが、実は2002年3月にも母ジーンとの別れも経験していた。
亡くなる前に、彼は母の家をヘレナと共に訪ねていた。
そこで目の当たりにしたのは、ティムが今まで撮ってきた映画のポスターが飾られている光景だった……
たとえぎくしゃくした関係でも、母はその活躍をずっと見守ってくれていたのである。
この感動的なエピソードは、『チャーリーとチョコレート工場』のラストにも取り入れられている。




聞きすぎた笑い話はおかしくないが、時間がたつと新鮮に聞こえて、前のように笑える。
Wiki籠りの最後の笑い話だ。
“項目を建てすぎて、本人が項目そのものになってしまった”
項目は追記・修正され続けて───彼は永遠に生きるのだ。



参考文献
パンフレット
キネマ旬報2004年5月下旬号(キネマ旬報社)
月刊Cut2004年5月号(㈱ロッキング・オン)
ティム・バートン[映画作家が自身を語る](フィルムアート社)
インナーヴューズ―映画作家は語る(大栄出版)
ビッグフィッシュ―父と息子のものがたり(河出書房新社)
DVDオーディオコメンタリー
ティム・バートンのポートレイト(Television Networks.Biography:Tim Burton, Trick or Treat. New York: A & W Home Video, 2001. )
『ビッグ・フィッシュ』空想の中に、愛をこめて───表現者の“心”が宿ったおとぎ話

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最終更新:2024年03月26日 12:20

*1 当初はデジタルで若返らせて若き日のエドワード役も演じる予定だったが、実現しなかった

*2 レイモンドはヘレナの父、ティムの祖父、そしてアメリカ編集版『怪獣王ゴジラ』に出演していたレイモンド・バーが由来とのこと。ちなみに名付け親はジョニー・デップ

*3 アメリカの軍事用語で、圧倒的な軍事力を見せびらかすことで相手の戦意を喪失させる作戦

*4 原作では記録的な干ばつに見舞われていた夏、彼が生まれると雨が降ったという、さらに神話的なものになっている

*5 原作では皮膚に鱗のような症状までもがが表れるという、その最期をさらに暗示するものとなっている

*6 兄弟のザッキーは長生きしたものの、脚立から転落して死亡したという顛末になっている

*7 ちなみに火吹き芸人コロッサス役のジョージ・マッカーサーの身長は224㎝で、意外にもほとんど身長差はない

*8 ちなみにこの詩はティムの直筆である

*9 そのイメージにはティムの出身地であるバーバンクも含まれており、「外見は素敵でも中身はドロドロだ」と語られるように、育った場所への葛藤をにじませるものとなっている

*10 実際のレッデンはバンジョーを弾けなかったため、右手だけそれらしく動かしていて、左手の方はバンジョーを弾ける別の少年が二人羽織して演じていた