グリム&グリッティ

登録日:2013/02/09(土) 16:32:24
更新日:2021/03/27 Sat 10:42:10
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グリム&グリッティ(grim-and-gritty)とは、80年代から90年代にかけて発生したアメコミの作風、ジャンルの事である。
同名の、童話の能力を使って異能バトルする漫画作品の項目ではないので注意されたし。

「グリム&グリッティ」の内容を一言で説明するなら「ヒーローいじめ」である。
とにかくヒーローやヒロインは悲惨な目にあい、正義友情努力愛なんてものは通じるわけもなく、
世界は陰惨で絶望的で、エログロ盛りだくさんで、ひたすらダークな話が展開されるような作品。
一例を上げればスーパーヒロインがヴィランに拉致されて洗脳、陵辱、妊娠させられるそれなんてエロゲみたいなのとか、
新任のヒーローが新米なりに頑張って成長してたところ家に帰ったら彼女がぶっ殺されて冷蔵庫に突っ込まれていたとか、
こういった展開、作風が「グリム&グリッティ」である。

ことの発端は混迷する時代に伴う既存ヒーローコミックスの人気低迷。
というより『X-MEN』シリーズなどがひたすらクロスオーバーをやりすぎてしまったせいで、
ユーザーがすべての作品を追いかけることができなくなって、売上が落ちてしまった点にある。
そして『ウォッチメン』『バットマン:ダークナイト・リターンズ』『SPAWN』といった、
ダークでシリアス、時にはグロテクスな展開もある傑作、大ヒット作の登場があげられる。
アメコミ業界は現状を打破するための解決手段を、ヒット作から生まれたムーブメントに求めたのだ。

もちろん、それ以前にも社会派的なテーマ(混迷するアメリカの諸問題をその目で確かめに行く)を扱った『グリーンランタン/グリーンアロー』などがあり、
あくまでヒーローコミックスという大枠ばかりが有名だけれど、日本の漫画と同じかそれ以上に豊富なテーマを扱うのがアメコミである。
たとえば『スパイダーマン(池上遼一版)』などはこうした「グリム&グリッティ」の典型ともいえるものだが、
この用語が生まれるよりも遥かに前に描かれ、高橋留美子などを始め大勢に影響を与えた傑作といえる作品である。
そのため「グリム&グリッティ」も、そうしたジャンル、テーマの一つとして定義される前から存在していたしそこに優劣は無いのだが……。

問題は今までのややマンネリ気味だった勧善懲悪に対する反動で、一気に「グリム&グリッティ」が流行してしまった点である。
アメコミがエログロバイオレンスばっかりになってしまったのだ。

『ウォッチメン』も『DKR』も『スポーン』も過激な作風ではあるものの、根底には正義や愛、ヒーローに対する讃歌というものがあった。
しかし表面だけを見て「なるほど、過激なことをやれば受けるんだな!」となってしまったクリエイター側、
同様に「そうだよ現実的に考えたらヒーローが絶対に勝つなんてありえないじゃないか!」と高二病的に絶賛してしまったユーザー側、
双方が「とにかく過激で陰惨な事をやれば受けるだろ!」と安易にエスカレートさせていった結果、
今度は逆に何処を見ても、過激で陰惨でグロテスクな「グリム&グリッティ」ばかりになってしまったのだ。

この状況でも『キングダム・カム』といった幾つかの傑作はヒーロー讃歌を歌い上げてこの風潮に異を唱えていたのだが、
結局流行には勝てず、過激さのインフレ、悪循環を引き起こしはじめたことで再びアメコミの人気は低迷。
ついに『パワーレンジャーシリーズ』が正面から堂々と勧善懲悪を叩きつけて大人気を巻き起こした事で、
このままではアメコミ文化そのものが廃れるのではないかという懸念を多くの人々が抱くようになっていった。

そして、一つの大事件が起こる。
2001年9月11日、アメリカ同時多発テロである。

アメコミというのは基本的に現実世界を舞台にしている。つまり、読者も、ヒーローたちも、等しくあの事件に直面したのだ。
過酷で陰惨な現実を目の前にして、ヒーローたちがただ痛めつけられて、邪悪な世界に屈してしまっては何の意味があるだろう?
「もう良いじゃないか」と皆が思ったことで、やっと「グリム&グリッティ」の流行は落ち着いたのであった。

とはいえ、今日のアメコミにも「グリム&グリッティ」の影響は確かに残っている。
前述した通り、過激で陰惨な点はあるものの、あくまで現実的にダークでシビアな展開を描くのが「グリム&グリッティ」の魅力なのだ。
DCでは『アイデンティティ・クライシス』以降、ヒーローたちの間で不和が広がり、バットマンが人間不信を拗らせはじめていったし、
マーベルでは『シビル・ウォー』などに代表される、ヒーローたちの対立と社会への影響がしっかり描かれるようになっていった。

もちろん、それだけで終わってしまえばかつての「グリム&グリッティ」の流行のままである。

DCの『ファイナルクライシス』でバットマンは皆のために自己犠牲をし、それに奮起したスーパーマンたちが巨悪を倒して世界を救う。
マーベルの『シージ』でも、アメリカ政府を裏で動かしていたヴィランたちに、マーベルヒーローズは敢然と立ち向かって自由と正義を取り戻した。

このように「現実は過酷で、時として陰惨なことも起こるが、それを乗り越えてヒーローたちが立ち向かう勧善懲悪」の形として、
「グリム&グリッティ」の大流行は良い影響も確かに残したのである。


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最終更新:2021年03月27日 10:42