プロトアビス

登録日:2024/09/16 (Mon) 15:09:00
更新日:2024/09/17 Tue 20:05:22
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プロトアビス(“Protoavis”)とは、三畳紀後期の北米にいたとされる獣脚類の肉食恐竜。
極めて鳥に近縁であり、時によっては「最古の鳥類」とも呼ばれる恐竜である。
“proto”、“avis”はそれぞれラテン語で「最初の/原始的な」「鳥」の意味を持ち、合わせると『原鳥』といったニュアンスになる。

なお、abyss(アビス)”(深淵)ではない。
混同を避けるためか、“avis”は「エイビス」と表記されることも多く、この恐竜も「プロトエイビス」「プロトエイヴィス」などと表記されるケースも。
アビスガンダムのバリエーション機だと思った人は、恐らく誤解した上、プロトカオスプロトセイバーと混同している。

……と言われても、多分一定年齢以下の恐竜ファンは、プロトアビスと聞いても「へ?そんな奴いたっけ?」となるだろうし、逆に一定年齢以上の恐竜ファンは、「プロトアビス……ぷっwwww」と吹き出してしまうだろう。
それくらい、こいつは微妙なポジションの恐竜なのである。

どういうことか、順を追って説明しよう。


そもそも、プロトアビスの化石が発見されたのは1983年。
テキサス工科大学の古生物学者シャンカール・チャタジー(当時40歳)は、学生と一緒に、テキサス州ポストの三畳紀後期カルン期の地層を発掘していた。
その時、彼らは小型の獣脚類恐竜のものと思われる化石を発見した。
化石は断片的なものだったが、詳しく調査したチャタジーは驚くことになる。
その恐竜は、あまりにも鳥に近い特徴を有していたのである。

特に決定的とも言えたのは、その腕の骨に羽毛が付着していた痕跡と思われる特徴があったことである。
現在でこそ、一部の恐竜に羽毛が生えていたのは常識とされているが、実はこの時点では羽毛の痕跡が残った恐竜化石は全く発見されていなかった。
なので、これだけでも歴史的な発見ということになる。
さらに検討を進めたチャタジーは、当時としてはとんでもない結論に達する。

「プロトアビスこそ、最古の鳥類に他ならない」

というのである。


これがなぜそんなに重大な発見とされたのか、当時の研究背景を説明する必要があるだろう。
長らく最古の鳥類とされていたのは、19世紀にドイツで発見された始祖鳥である。
そしてこの始祖鳥の発見以来、「鳥類は、どんな動物から、どのように進化してきたのか?」というのは、古生物学における一大重要問題として研究が進められてきた。

始祖鳥の発見当時から、始祖鳥が獣脚類恐竜に酷似した特徴を持っていることは指摘されていた。
さらに1960年代に始まった「恐竜ルネサンス」によって、「鳥類の祖先は獣脚類恐竜なのではないか」という説にはさらなる脚光が浴びせられ、支持者も増えていた。
しかし、これを疑問視する声も未だ根強く、始祖鳥の、そして現生の鳥のご先祖様が何ものであったのかは大きな謎とされていた。

そんなところに発見されたのがプロトアビスである。
なにより重要なのは、この化石の年代が三畳紀後期だったことである。
始祖鳥の年代は、ジュラ紀後期キンメリッジ期である。
プロトアビスが出た三畳紀後期カルン期は、それよりも実に七千万年以上も古い
そんな時代に、すでに明らかに鳥類の特徴を持っている動物がいたとすれば、鳥類の起源と進化に関する研究は根本的に見直さないといけないことになる。

こんな大発見が話題にならないわけがない。
誰よりも熱心に宣伝したのは、発見者であるチャタジー自身であった。
チャタジーは記者会見を開き、この世紀の大発見を高らかに報告した。

当然このニュースは世界中の研究者の注目を集め、多くの研究者がチャタジーの研究室を訪れて、プロトアビスの化石を検討した。


しかし、彼らの大多数の意見は、


「化石が断片的過ぎて、何がなんだかわかんねーよ」


というものであった。
そう、プロトアビスは、「これこそが最古の鳥類だ!!」と断定するには、あまりにも発見された化石が不完全だったのである。
さらに、プロトアビスが最古の鳥類であるという最大の根拠とされた「腕の骨に残った羽毛の痕」についても、「そんなもん見えねーよ」と言う研究者も多かった。

日本のサイエンスライターの故・金子隆一氏もチャタジーの研究室を訪れてプロトアビスの化石を見ており、その印象について「完全に間違いなく鳥である」(ハヤカワ文庫「新恐竜伝説」)と断言しているが、残念ながら少数派意見と言わざるを得ない。

古生物学者のカール・ジンマーは、この状況について、

「プロトアビスの化石は、一種のロールシャッハテストだ」

と言っている。
要するに、チャタジーのように「最古の鳥類に違いない」という目で見ればそのようにも見えるし、そうじゃないんじゃない?と思って見れば違うようにも見える、ということである。

プロトアビスの化石がここまで懐疑的に見られた最大の理由は、化石の不完全さに加えて、やはりその年代があまりに古すぎたせいだろう。
始祖鳥よりも七千万年も前に、「どうも、わたしこそが最古の鳥です」という動物がいきなり現れるというのは、やはり不自然である。
なぜ、プロトアビスから始祖鳥までの間に、別の鳥類の化石が見つからないのだろうか?
(もっとも、ジュラ紀前期は世界的に見ても化石記録が乏しい時代ではある)

さらに、当時はまだ羽毛や叉骨、肩関節など鳥に近い特徴を持つ恐竜が始祖鳥より後の時代からしか見つかっておらず
鳥類の起源が恐竜なのか槽歯類(恐竜とワニとの共通祖先)なのか論争が続いている頃であり、
三畳紀に鳥がいたのならば槽歯類説が有利になるのだがチャタジー自身は恐竜説を支持しているというややこしいことになっていた。
おまけにプロトアビスは骨が中空で歯が無く、頭骨の構造、胸の骨、叉骨などが始祖鳥以上に鳥に近いように見えるということから
「鳥類のほうが先に誕生して、恐竜は鳥から進化した」「樹上性の槽歯類から鳥類に進化する途上の各段階で地上に降りたのが恐竜」説まで唱えられたり
挙句の果てには創造論者が進化論否定の補強材料にしてしまいプロトアビス周辺はカオス極まることになっていた。

こうして、「こんなもんが最古の鳥とか言われてもなあ……」という空気が次第に支配的になっていき、しまいには「実はプロトアビスの化石は、複数の動物の化石が混じっているキメラ化石」という説まで現れた。
つまり、「そもそもプロトアビスなんて動物は実在しない」ということである。
(ただし、後述の理由で現在プロトアビスの化石の詳しい検証はできないので、このキメラ説が正しいかどうかは断言できない)

そんなわけで、プロトアビスはいつしか「名前を呼んではいけないあの恐竜」みたいな扱いになっていき、恐竜研究の表舞台からは消えて、人々からも忘れられていったのである。
(抹消されたわけではないので誤解無きよう)


では、現在の視点から見れば、プロトアビスの化石はどう評価できるだろうか?
現在では、「鳥類は獣脚類恐竜の一グループに他ならない」ことはもはや科学において定説になっている。
羽毛恐竜化石の発見を代表とする、あらゆる証拠がそれを示しているのである。
(「人間は哺乳類の子孫である」という言い方がおかしいのと同じ理由で、「鳥は恐竜の子孫である」という言い方は間違い。
論文などでは、いわゆる恐竜を指す場合は「非鳥類型恐竜」、鳥を指す場合は「鳥類型恐竜」と呼び分けている)

しかし一方で、「始祖鳥が最古の鳥である」というのは現在でも変わっていない。
つまり、「鳥類」と呼ぶにふさわしい特徴を持っている恐竜の中では、始祖鳥が最古であるというのは変わらないのである。
もっとも、始祖鳥が現生鳥類の直系の祖先であるかどうかには疑問が多く、おそらくは傍系とされている。

つまり、始祖鳥よりもさらに古い時代に、「鳥」の特徴を備えた恐竜がいたとしても全くおかしくない。
実際、現在ではジュラ紀からも鳥類に近い特徴を持った恐竜は始祖鳥以外にいくつか発見されており、1980年代と比べたら、プロトアビスはそれほど孤立した存在ではない。
あるいは、プロトアビスは現生鳥類とは別の系統で、収斂進化的に鳥の特徴を発達させた恐竜だったという可能性も考えられる。
今こそ、プロトアビスの化石をもう一度見直す機運が高まっていると言ってもいいだろう。


しかし、ここで大問題が。
チャタジーは、プロトアビスの化石に散々やいのやいのと疑問の声が寄せられたのに腹を立てて、


「みんなが信じてくれないから、もうプロトアビスの化石は誰にも見せませーん!!せいぜい後で後悔すれば!?」


という態度を取っているのである。
子供の喧嘩じゃないんだからさあ……と言いたくなるが、チャタジーという人は優秀な古生物学者には違いないものの、度々こういうことを言ったりやったりする人でもあるらしい。


というわけで、プロトアビスに対する本格的な再検討ができるのは、チャタジーが引退した後だろう。*1
なのでみなさん、長生きしてその時を待ちましょう。
というのが本項目の結論である。


みんなが信じてくれないから、追記・修正は誰にもさせませーん!!



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最終更新:2024年09月17日 20:05

*1 余談だが、項目作成された2024年現在、氏は81歳である