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更新日:2025/04/18 Fri 13:27:25
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特別収容プロトコル
SCP-3984-JPは20██/██/██に自殺した真桑友梨佳氏の死体。
異常性は死体に触れた部位や様式に応じ、数日内に事故で身体を欠損させるという凶悪なもの。しかも、Keterに相応しく、これは物理的に触れずとも目視や認知だけで発動する。
そのため、
- オブジェクトの存在区域を厳密に知ることは禁止
- 本物の情報や死体の所在地は別々に管理
- 11体のダミー含め、高度遺体収納チャンバーに格納して埋設
- 本物とダミーを区別できないように偽装
ただ、
別の真桑友梨佳氏みたいに知性を持つわけでも、自発的に動くわけでもないので、
全ての埋設箇所から3km圏内を立入禁止とし、積極的な調査はしないことで収容とした。
インシデントレポート
さて、身体を欠損させるとは言ってもどういう風になるのか?実際の例を見てみよう。
最初の被害者は、真桑氏を最初に発見した真桑氏の両親である。
- 真桑修二氏(父親)
- オブジェクトに両手で心臓マッサージによる蘇生を試みた。後に交通事故により手首より先を失った。
- 狩谷瑠璃子氏(母親)
- オブジェクトに人工呼吸による蘇生を試みた。後に交通事故により顎部を全損した。おそらく真桑修二氏と同じ事故だろう。
このように、触れた部位が欠損していることが分かる。
- 久世雅也氏(検死官)
- オブジェクトの検視を実施。後に医療用レーザーを誤って目に当てる事故を起こし両目を失明する。
先に述べたように見るのもダメ。しかも久世氏は生前、真桑氏と接点が無かったことから異常性は無差別で発動することが分かる。
さらにこのあとお別れ会が開催されたが、そこでもオブジェクトはバッチリ異常性を発揮。報告書には、会に参加した友人の瀬戸内凛々香氏、月島環奈氏、風見遙斗氏、桜庭笑美里氏がオブジェクトに触れたり見たりしたことで後の事故で対応する部位を欠損したことが記載されている。特に桜庭笑美里氏はオブジェクトに抱き着いたことで、後にタンクローリーの事故に巻き込まれ顔面全体・両上肢(つまり両腕)・胸部を失うという壮絶な負傷を負ってしまったようだ。
お別れ会には上記4人を含めた15名が参加してしまったが、全員見事に罹災している。
一方で、お別れ会に出席していない知人には特に何もなかったことから、オブジェクトを直接知らなければセーフということも分かる。
罹災した全員、事故や欠損そのものは非異常であったが、その理由が全て異なったことで財団の発見に繋がった。まあ体の部位を欠損という重大事故に遭った人間がことごとく真桑友梨佳氏に関わっていたとなればそれは異常と言える。
こうして財団に収容されることになったわけだが、ここまで判明してる異常性は「見たり触ったりすると身体が欠損する」というもの。なので「見ない、触れない」ようにして収容が行われた。が、収容に関わった財団職員は見事に罹災してしまった。
- エージェント・近藤
- 初期収容作業を行う。脳内出血により短期記憶障害になった。
- 羽田博士
- 収容計画を策定。収容作業中の頭部外傷により高次脳機能障害を患った。
- エージェント・中川
- 収容エキスパート。収容作業中の頭部外傷により長期記憶障害になった上失語症となった。
触っても見てもいないなら脳にダイレクトアタックしてくるようだ。
この中ではエージェント・近藤が他二人に比べ軽傷で済んでいるが、これはオブジェクトに関わった時間の差だろう。
ともかく、無差別に人の体を欠損させる上、認識しただけでも罹災する本オブジェクトは一発Keterとなり、プロトコルにあるように迂闊にオブジェクトを認識できないようにした上で自立AIを用いた人間が介在しない方法で状態保全が行われることとなった。
ここまで書いてなかったが、このオブジェクト、実はもう一つ異常性が存在する。
それは、異常性で身体を欠損した人物は、その後ポジティブになることである。
事故直後はさすがにネガティブになるが、その後どんどん幸福な気分になっていくのだ。
ただし、状況を改善してくれるわけではないので、大抵現実と認識に著しい齟齬が生じている。第一の異常性に比べれば地味だがなかなか怖いと言える。
しかし、このような凶悪な異常性を持っている死体ではあるが、生前の真桑氏はどのような人物だったのだろうか。
生前の真桑友梨佳
生前の真桑氏はピアノに打ち込んでいた、しかしある日、友人の桜庭笑美里氏を庇って交通事故に巻き込まれたことで右腕を失ってしまった。その後すっかりふさぎ込んでしまい、そんな時に友人である真白紗世氏からMDMA、つまり違法薬物をもらい依存するようになった。
そしてある日、両親に心肺停止状態で発見され、すでに述べた通り蘇生が試みられたが死亡が確認された。死因は状況証拠からMDMAの過剰摂取と診断されている。
なお、MDMAを渡した真白紗世氏は自殺幇助の罪で送検されたが、証拠不十分であるとして不起訴処分となってる。……明らかに原因なのにも関わらず不起訴というのが気になるが、ここでは一旦置いていおく。
インタビュー
以下は、関係者へのインタビュー記録である。最初は第一発見者の両親。父親の真桑修二氏から見ていこう。
なお、区別のため真桑友梨佳氏について、両親のインタビューでは友梨佳氏と記載する。
エージェント般若: お嬢様が亡くなられた前後の状況についてお聞かせ願います。薬物の多量摂取で亡くなられたと聞いておりますが、兆候などはあったんでしょうか?
真桑氏: 事故があってから塞ぎ込みがちで心配しておりました。ただ、いつからか急に明るくなりはじめた時期があったのを覚えています。今考えるとあれがクスリに手を出したタイミングだったのかなと……。今更、もう遅いですが。
エージェント般若: お話が難しいかと思われますが、お嬢様が亡くなられたのを発見した時の状況をお聞かせ下さい。
真桑氏: そうですね……。もっと友梨佳のことをよく見ていればと今でも後悔しています。帰宅途中に妙に明るい口調で電話があり、胸騒ぎがして急いで帰ったら友梨佳が倒れていました。冷たくなった身体にただ無我夢中で心臓マッサージを施したあの感触、無くなったこの手がまだ覚えています。
欠損した両手を見せる。
兆候はあったがクスリに手を染めていたことには気づけなかったようだ。
妙に明るい口調の電話……キメながらかけたのだろうか?
エージェント般若: その後に事故に遭われたんですよね。
真桑氏: はい。ずっと気もそぞろに事後処理を行っていたのであまり記憶がありませんが、こちらの不注意で。妻にも悪いことをしてしまったと思います。
エージェント般若: それはお気の毒に。お嬢様を亡くされた直後というのに、心中お察しします。
真桑氏: 友梨佳のことを救えなかった私たちへの罰だと思っていました。親失格の私たちに相応しい罰だと。でも、最近はこの無くした手を見るたびに友梨佳を感じられる気がするんです。それに悪い事ばかりでもないんですよ。生きがいを求めてパラスポーツを始めましてね。自分にあった競技がないかと色々模索しているところです。
エージェント般若: 生きがいですか。身の回りのことは全てご自分で?奥様とは離婚されたと聞いておりますが。
真桑氏: これはお恥ずかしい、スポーツに打ち込むのが楽しくてですね。最近アーチェリーが自分の中でアツいんですよ。友達も一杯できて、いやあ手を無くして良かったなあ。
友梨佳氏の母親と苗字が違っているところで気づいた方も多いかもしれないが、友梨佳氏の死後、両親は離婚している。真桑修二氏に関してはパラスポーツを始め前向きに生きているようではあるが……。
次は母親の狩谷瑠璃子氏のインタビューを見ていこう。なお、同氏は先に書いた通り顎部を全損し発声ができなくなっているため、テキストベースでインタビューを行っている。
エージェント般若: お嬢様のことについて教えていただけないでしょうか。
狩谷氏: はい、本当に残念だと思っています。あの子は手を失ってからずっと塞ぎこんでいました。もうピアノが弾けないと言って。
エージェント般若: 狩谷さんは声楽家だったとお聞きしていますが、やはり貴方が教育をしていたんですか。
狩谷氏: 娘ながら良い才能を持っていたと思っています。発表会も近かったのに、その腕を見せられなかったのも残念に思っています。
打ち込んでいたことを二度と出来なくなった悲しみは察するに余りある。良くないことではあるがそこでクスリを渡されれば依存してしまうのも仕方がないだろう。
エージェント般若: 手を失ってから亡くなるまではどのように過ごしていたのでしょうか。
狩谷氏: 悪い友達と付き合うようになって、その時から何かを隠すような素振りを見せていました。問い詰めても逆に怒られる始末で。ただ、手を無くしたことについては前向きなことを言うようになったので、まさかあんなことをするとは思ってはいませんでした。
さすが母親。友梨佳氏が何か良からぬ事を始めたことには気づいていたようだ。
そういえば、修二氏のインタビューでは離婚の原因などは語られなかったが、何かあったのだろうか?
エージェント般若: 亡くなった後と事故のことについてお聞かせください。
狩谷氏: あの時からずっと現実感がないままですね。事故の時もあまり記憶はありません、気が付いたら激痛と共にこのような顔になった感じですかね。
エージェント般若: 失礼ですが旦那様と離婚したのは事故のためでしょうか?
狩谷氏: 事故のことは気にしていません。そうではなくてただ、百年の恋が覚めてしまったという感じでしょうか。
エージェント般若: 百年の恋ですか。
狩谷氏: 事故の後、どうもあの人が私を見る目が何か気持ち悪いものを見るようなものになったので。人間顔ではないと言いますが、こんな私を愛してくれる人が他にいるかもと思ったので離婚を切り出しました。
どうやら、離婚は顎を失った瑠璃子氏の容姿を修二氏を受け止めることが出来なかったことが原因のようだ。
「こんな私を愛してくれる人が他にいるかも」という発言があるが相手が見つかったのだろうか?
エージェント般若: 他にいるかも、ですか。どなたか新しく恋人ができたわけではないんですか。
狩谷氏: 具体的に誰かがいるわけではないんですよ。ファンが結構いるんですよね。
エージェント般若: ファンですか。声楽はもうされてないとのことですが、音楽関係のことをしているんでしょうか?
狩谷氏: 音楽は関係ないです。ちょっと恥ずかしいんですけど、成人向けチャンネルをやってまして。事故で無くなったのは顔の下半分だけで身体は綺麗なままです。身体にはちょっと自信があるんですよ。顔をマスクで隠して身体を見せると喜んでくれる人がいるので。熱心なファンたちと今は楽しく過ごしています。
どうやら特定の相手がいる訳ではなく、アダルト配信にハマっているのでしばらく結婚する気がないようだ。本当にそれでいいのかはともかく割と幸せそうではある。
インタビューを見る限り、修二氏も瑠璃子氏も娘を失った悲しみを乗り越え、自分なりの幸福を掴んでいるように思える。
しかし一方で、客観的に見ると本当に幸福になっているかについては疑問符が付く状態である。
まず修二氏については一人暮らしであるが、両手がないためゴミを捨てることが出来ないためか、部屋はゴミが山積している。その上、打ち込んでいると話していたパラスポーツでは仲間にしょっちゅう「手を無くしてよかった」といった感じのことを話すことから仲間から嫌われている。
パラスポーツをやる人のほとんどは体が不自由に動かせないがためにやっている人達なので、そんな中で手を失って良かったみたいなことを話せばそりゃ嫌われるだろう。
瑠璃子氏はたしかに離婚前からアダルト配信をやっているのだが、マスク越しでも顎がないのがはっきり分かる上に唸るような発音しかできないため、視聴者からはホラー動画扱いされている。そりゃそうだ。
しかもその異様な外観が祟って住所を特定されており、「口裂け女」呼ばわりされていることから、半ばお化け屋敷のような扱いをされているようだ。
次は検死官の久世雅也氏のインタビューである。なお、久世氏は失明が原因でインタビュー時すでに検死官を辞めている。
エージェント般若: 本日はありがとうございます。先ほど伝えていたように真桑友梨佳氏の検死結果について教えてください。
久世氏: 私の検死官としての最後の仕事ですからね、よく覚えています。典型的な薬物自殺だと考えていました。
エージェント般若: 何か変わったことはありましたか?
久世氏: 内臓からはMDMAの成分が検出されましたし、外部犯や関係者による他殺のセンも薄く、遺書の存在からも状況的には自殺で間違いないと考えています。ただ、検出されたとはいってもMDMAの濃度が致死量というには薄すぎた点は気になっているところです。内臓に残留する薬物濃度は状況によって低い濃度を示すことがあるので珍しいわけではありません。ただ、結局薬物を渡した友人も殺意や自殺幇助の意志は否認した上に不起訴になっていますし、ちょっと変な事件だったとは思いますね。
不穏な情報が出てきた。真桑氏から検出されたMDMAの濃度は致死量に達していなかった……つまり、死因がMDMAの過剰摂取ではない可能性がある。
とはいえ、薬物の過剰摂取が原因でも濃度が薄いことはありえない話ではないので、警察は状況証拠を採用しMDMAの過剰摂取としたようだ。
エージェント般若: 概ね検死結果の書類と同じですね、分かりました。では、貴方の目についてはどうでしょうか。事故だったと聞いておりますが。
久世氏: 医療用レーザーガンでの作業の時ですね。これまで作業手順は守っていたんですけどつい横着して保護具を忘れた結果です。不安全状態ではあったので労災は降りてます。検死官ももう辞めましたし第二の人生をどうするか今も考えているところです。あ、大変不躾なお願いになりますが、ちょっと顔を触らせていただけないでしょうか。
エージェント般若: 触る、ですか。なぜそんなことを?
久世氏: ああすみません、今第二の職として鍼灸師か理学療法士を始めようと勉強中でして。機会があったら色んな人の身体を触察しているんですよ。
エージェント般若: 別に構いませんが……。
久世氏はエージェント般若の顔を触る。
久世氏: 眼鏡をかけているんですね、視力は大分悪いんですか?
エージェント般若: そうですね、眼鏡を外すと殆ど見えません。
久世氏はエージェント般若の瞼を触る。
久世氏: 視力が悪いと眼精疲労が辛いですよね、目の周辺の筋肉が凝っているようです。昔私も眼精疲労が辛かったんですが、目が見えなくなってから解放されましたね、あはは。まだ勉強中で免許も持ってないので正式な施術は出来ませんが、治療が必要なら今すぐにでもやりますよ。貴方が良ければですけど。
エージェント般若: いえ、遠慮しておきます。
久世氏はエージェント般若の顔から手を離す。
久世氏: そうですか。それは残念でした。
その後、久世氏は鍼灸師の資格を取ったようだ。真桑氏の両親に比べれば順調に再起できているように見える。
しかし、触診で目が悪いと判断したにも関わらず瞼を触っている点は気になる。目に関するツボは目の外側にあり、瞼にツボはないのだが……。まあ資格を取ったのでそのへんは大丈夫なのだろう。
次は財団職員であるが、その前に罹災した3人の負った障害を思い出してほしい。
そう、エージェント・近藤とエージェント・中川はそれぞれ短期記憶障害と長期記憶障害(+失語症)を患っている。この二つの違いは要するに
記憶喪失であるが、ざっくり書くと「直近の記憶」、つまり最近やった事を忘れるのが短期記憶障害、「長期の記憶」、つまり名前や職業など昔からの記憶をを含めて忘れるのが長期記憶障害。
つまり、二人は
収容時の記憶がないのだ。
このため、高次脳機能障害を患いながらも唯一収容時の事を記憶している羽田博士にインタビューが行われた。インタビューは、脳機能に詳しい白雪博士により行われている。
白雪博士: 体調はいかがですか?会話は可能でしょうか?
羽田博士: はい!ぼくは元気です。あなたは元気ですか?
白雪博士: 一応受け答えは可能なようですね。SCP-3984-JPの収容時の状況について教えてください。
羽田博士: えすしーぴーって何ですか?
うん、いろいろダメそう。会話はできるようだが……。
白雪博士: あの女性の遺体のことです。
羽田博士: 死んだ女の子!お葬式から持って行きました!見ないようにしました!触ってないです!
白雪博士: 見ないように、触らないようにして確保して収容したんですね。
羽田博士: 確保って何ですか?収容って何ですか?
確保、収容時の様子はきちんと覚えていた。ちゃんと収容手順は守っていたようだ。同時に、オブジェクトがする認識だけでもアウトなのは間違いないようである。
白雪博士: 持ち帰ったということです。一時的に通常遺体チャンバーに保管して、その作業が終わってから事故に罹災したんですね。
羽田博士: 頭、痛かったです。起きたら難しい事考えられなくなりました。
白雪博士: 高次脳機能障害ですね。職務復帰は難しそうですが……。
羽田博士: ぼく働きたいです!元気いっぱいです!前は難しい事いっぱい考えて大変だったけど、今は沢山頑張れます!確保も収容も多分できます!
やる気には満ち溢れているようだが、難しい事をいっぱい考えるのが仕事である。治療は続けられているが回復は見込めない状態のようだ。白雪博士の言う通り、この様子ではもう職務復帰は難しいだろう。
次はここまでに何度か出てきた桜庭笑美里氏である。
真桑氏はすでに述べた通り交通事故で彼女を庇った事で右腕を切断してしまった。庇える程度に近くにいたことや、お別れ会でも桜庭氏はオブジェクトに抱き着いていたことから生前から特に仲が良かったのだろう。
しかし、これが災いし、タンクローリー事故で顔面全体に重度熱傷(やけど)を負ったことで失明したうえ、発声も不能となり両腕まで失うというお別れ会の参加者の中でも特に惨いことになった。スイッチ型の専用デバイスでコミニュケーションを行っている事実だけでもその悲惨な状態が伝わってくる。
エージェント般若: 色々聞かせて頂きます、身体の御加減など大丈夫でしょうか?
桜庭氏: だいじょうぶ
エージェント般若: 真桑友梨佳さんについて教えてください。
桜庭氏: ゆりちゃんごめんねたすけてくれたぴあのうまかったのに
エージェント般若: あなたを庇ってと聞いています。その後、交流はあったんですか?
桜庭氏: あえなかったこわかったあってればよかった
桜庭氏は罪悪感から真桑氏を避けていたようだ。結果として再会を果たしたのはお別れ会だった。その悲しみと後悔は深いものだっただろう。
エージェント般若: 亡くなった際の詳しい話は聞いていないんですね?
桜庭氏: さよちゃんわるいことしたってわるいひとからへんなくすりもらってたって
エージェント般若: 真白紗世さんのことですね、真桑友梨佳さんにMDMAを渡した友人と聞いています。お二人の関係はどうだったんですか?
桜庭氏: さよちゃんもしんぱいしてたずっとくらかったげんきになってほしいって
さよちゃんとは真桑氏にMDMAを渡した真白紗世氏のことだろう。結果として真桑氏を死に追いやった真白氏であったが、元々その行動は塞ぎこむ真桑氏を案じてのものだったようだ。やるせない。
エージェント般若: 特に悪意があったようにはみえなかったわけですね、分かりました。次にあなたの事故と身体について教えてください。
桜庭氏: あんまりおぼえてないあつかったことだけ
エージェント般若: お気分を悪くされたら申し訳ありません。今の身体についてどうお考えでしょうか。
桜庭氏: うれしい
エージェント般若: うれしい?
桜庭氏: ゆりちゃんのつぐないできた
桜庭笑美里氏は両上肢を何度も叩く素振りをする
桜庭氏: しあわせ
上に書いた通り、桜庭氏はもはや日常生活すら支え無しでは行えないような悲惨な状態である。しかし、彼女もまた異常性の影響を受け、幸福な気分であるようだ。
これまでのインタビューを見る限り、異常性は本人にとって自然な形で幸福な気分にさせている。おそらく、彼女が語った「償いができた」という気持ち自体は本物だろう。
真桑友梨佳の日記
真桑氏は生前日記を記していた。
事故の少し前から内容を見ていこう。
20██/5/12
今日のレッスン: C.Debussy: 12 Etudes "Pour les degres chromatiques"
悪くない出来。ただ、コンテストまで1ヵ月にしてはちょっと遅い仕上がりかな。明日は気分を変えてもうちょっと簡単なのをやろうか。
20██/5/13
今日のレッスン: Liszt, Franz: Trois etudes de concert "Un sospiro" Des-Dur S.144/3
今日は気分転換。昔練習した曲をやるのも悪くないかな。明日また本腰いれないと。
発表会に向けて練習に励んでいたようだ。5/12の日記に記載されている曲はドビュッシーの練習曲であるが、Pour les degres chromatiques(半音階のための)とあるように、32部音符が半音階的に進行する難しい曲である。真桑氏のピアノの腕は確かだったようだ。
しかし、彼女がその腕を披露する日が来ることはなかった。この翌日に交通事故に巻き込まれ、右腕を切断してしまったのである。
[判別不可能な文字、恐らく欠損していない左手で書いたものと推測される]
おわり
わたし、なんでしんでないんだろ、しんでればよかった
左手で頑張って書いたのだろう。文字は乱れ、文章は短く、拙いものになっている。当然と言えば当然だが、この時点で既に自殺してもおかしくない程精神状態は悪化していたようだ。
さっちゃんにもらったの、のんだららくになった
あれ、のんだら生きようと思えるようになった。左手でもピアノ、やれるかな
ピアノじゃなくてもいいんだ、いくらでもやれる!わたしはこれからだ!なんでもできる!やれる!やれる!しあわせになれる!
真白氏からもらったMDMAを飲んでしまった。文章からもクスリの効果でハイになっている様子が伝わってくる。
さっちゃんからもうやめなよって言われた。あのくすりがないとだめなのに。しあわせになりたい
しあわせになれないのはいやだ、なにもやれないのはいやだ、どうしたらしあわせになれるんだろう
すっかりクスリに依存してしまった真桑氏。ここでクスリをやめるよう忠告しているあたり、真白氏は本当に善意でクスリを渡していたのだろう。しかし、MDMAはただでさえ依存性の強いクスリである。生きがいのピアノを失い、絶望的な現実に置かれている真桑氏が依存から抜け出すのは難しいだろう。
さっちゃん、ありがとう。これがさいごっていってたけど、さいごでいいや
クスリを渡すのをやめる決断をした真白氏。それに対し真桑氏も何かを心に決めたようである。
そして、次が最後の日記である
しあわせをぜんぶのんじゃった、とてもきもちいい。おとうさんおかあさんありがとう。さっちゃんもありがとう。えみちゃんごめんね。しあわせになります
もはや言うまでもないだろう。貰ったクスリを一気飲みしたのだ。
この後は発見の経緯で触れた通りである。
真白紗世氏へのインタビュー
ところで、気になるのはクスリを渡した真白氏についてである。経緯を見る限り、真桑氏を死に追いやった原因と思われるが、桜庭氏のインタビュー記録や真桑氏の日記を読む限りでは善意で行動していたように見える。
それなのに、クスリに依存しているのが明らかな真桑氏に死に至る量のクスリを渡しているのは一体どういうことなのだろうか?
また、上に書いた通り真白氏は自殺幇助では不起訴になっており、これは久世氏がインタビューで語った通り不自然である。
しかし実は、自殺幇助では不起訴になったもののMDMAを持っていたのは間違いないため麻薬及び向精神薬取締法の方で逮捕、有罪判決を受けている。
執行猶予はついたがお別れ会には参加できず、結果的に異常性への罹災を免れた。
お別れ会に参加できた桜庭氏他友人たちが異常性により重傷を負った事を考えると皮肉である。
そして、真白氏に対するインタビューもしっかり行われている。
エージェント般若: 真桑友梨佳氏についてお聞きします。貴方がMDMAを渡したんですね。
真白氏: はい、警察の人にもお話した通りです。私が渡しました。
エージェント般若: それはどう[データ欠損]ょうか。
真白氏: ゆりちゃん、事故の後ずっと落ち込んでて、可哀▓█▒▒░、悪いことと分かってたんですけど、ちょっ[データ欠損]楽になるかなと思って、ごめんなさい。
……ん?なんだかノイズが乗っている。そして、やはり真白氏が善意でクスリを渡したのは間違いないようだ。続きを見ていこう。
エージェント般若: ずっと渡し▒░▓続け░ん▓█▒。死ぬほどの量になるまで?
真白氏: ゆりちゃんいっ[データ欠損]てずっと言う▒░▓█▒、何回か渡したんで[データ欠損]だん怖くなって、最後█▓░▒▓タミン剤をバツだよ、って嘘つ[データ欠損]す。
エージェント般若: ビタ▓░█ですか?
真░氏: ねえ、どうし[データ欠損]ちゃん死んじ█っ▓░█▒か?あん▓▒いく▓飲んだって死な░█はずな▒に。私が殺し[データ欠損]か?
後半、データが欠損して会話が不鮮明になってしまっているが、はっきり分かる事が一つある。
真白氏が最後に真桑氏に渡したものはただのビタミン剤だったのだ。
これでは自殺幇助になどなるはずがない。不起訴も妥当だろう。
補遺
オブジェクトの影響を受けた人々について追跡調査が行われている。
人物 |
その後 |
真桑修二氏 |
パラスポーツサークルで沢山の友人に囲まれ、幸福になりました。 |
狩谷瑠璃子氏 |
配信サイトでの交流からファンが家に多数来訪し、幸福になりました。 |
久世雅也氏 |
妻と息子に目の治療を施しました。幸福になりました。 |
羽田博士 |
職員として再雇用されました。幸福になりました。 |
桜庭笑美里氏 |
希望に満ちた毎日を過ごしています。幸福になりました。 |
真白紗世氏 |
しあわせになりませんでした。 |
明らかにおかしい。
幸福どころか、真白以外は見ようによっては全員事態が悪化してるように見える。
そしてさらに、インタビューにない二人の人物についても調査が行われている。
わたし |
しあわせになりました。 |
あなた |
しあわせになりますように。 |
結局、真桑氏はなぜ死んだのだろうか?また、メタタイトルも本文と合わないのも気になる。
これについては著者がディスカッションにてコメントしているのでまずはそれを引用する。
SCP-3984-JPのタイトルは"三幕構成"です。三幕構成とはざっくり言うと「設定」→「対立」→「解決」という形のストーリーの類型のことを指します。「対立」においては主人公は困難に立ち向かう段となります、SCP-3984-JPではこの困難が"欠損"にあたります。
SCP-3984-JPに関わった人間、そして真桑氏自身もこの物語的構造を持ちます。例えば修二氏は真桑氏の父親でしたが(設定)両方の腕を欠損し(対立)そしてパラサークルで自分の生きがいを見つけました(解決)。
当の真桑氏はピアノが上手かった状況(設定)から右手を欠損し(対立)、そして幸せになりました(解決)。
そしてこの構造は報告書自体にも及びます。
SCP-3984-JPに関する説明(設定)が行われますが、真白氏との会話が"欠損"(対立)します。
その後に起こることは……"解決"ですね。
SCP-3984-JPに関わった皆が何らかの"解決"を遂げます。
そして最後の解決である"しあわせ"とは何か、その答えは真桑友梨佳がこの三幕構成の最後でどうなったのかを考えれば分かるはずです。薬物自殺をしたから死んだ?いや、彼女は"しあわせ"になったんです。
hannyahara 6 Oct 2024, 02:24
上記、著者の意見を踏まえ考察する。
なぜ真桑氏はビタミン剤を飲んだのに「死体」となったのか?
上記の著者のコメントより一つの推測ができる。
それは「真桑氏の異常性が発現したのは生前だった」というものである。
そのタイミングはもちろんビタミン剤を一気飲みした後だろう。
オブジェクトの第一の異常性は「オブジェクトに触れた場合、その部位や様式に応じて数日内に事故で身体を欠損させる」というもの、しかし、実際の罹災例を見ると、欠損させる部位には指>手>両目>脳といった具合に欠損させる優先順位があることが分かる。これは、「より直接的に触れた部位」から優先して欠損させるということだろう。
しかし、オブジェクトになった真桑氏は、体の全てが接触しているという状態である。では異常性はどこを刈り取ったのか?
それはズバリ「命そのもの」だろう。異常性の発動タイミングが早すぎる気もするが、そもそも期間に関しては「数日以内」としか判明していない。つまり、下限はない。であれば、ビタミン剤を飲んでからわずかな時間に異常性が発動してもおかしくない。
そして、さらにそこからの推測になるが、命そのものはゆるやかに失われ、第二の異常性が発動した。「しあわせ」になったのである。
なお、このように書くと真桑氏が異常な原因で死亡したように読み取れるが、思い込みで死亡する事例は現実に存在する。他の罹災者と同様に欠損の原因自体は非異常である点も一致することになる。
改めて書くが、上記は編集者の推測に過ぎない。的外れなものである可能性は留意して欲しい。
しかし、いずれにせよ一つはっきり分かるのは、クスリによる幸福感という虚構に溺れた真桑氏が得た「しあわせ」は最後の最後まで虚構でしかなかった。異常性が本当の意味で影響を受けた者を幸福にできないのもここに理由があるのだろう。
かくして、現実が閉ざされ虚構の中でしか立ち上がれなかった真桑氏は、他人の現実を閉ざし虚構の中に閉じ込めてしまう存在となったのである。
Wiki篭り |
追記、修正をしました。幸福になりました。 |
- ……報告書を書いた職員も影響食らってません? -- 名無しさん (2025-04-15 01:30:27)
- 職員として再雇用ってDクラスに降格ってことですかね? -- 名無しさん (2025-04-15 06:04:32)
- 声楽をしていた母親は口、いっぱい難しいことを考えるのが仕事の博士は高次脳機能、初期収容担当者は短期記憶、収容エキスパートは長期記憶と失語、ピアノ頑張ってた本人は腕 ……本当に触れ方で欠損部位が決まるのかな?財団が把握してない何かがありそうで不気味 -- 名無しさん (2025-04-15 10:05:46)
- ↑2 Dクラスではないんじゃないかな。ヘッドカノン次第だがこれでDクラス送りにするほど外道ではないと思う、資料まとめとかの比較的頭を使わないでできる部門に異動したんじゃない? -- 名無しさん (2025-04-15 10:20:12)
- これ報告書も異常性持っちゃってるよね -- 名無しさん (2025-04-15 16:09:33)
- ↑2 あの状態で資料まとめも少し厳しいのでは……それこそ認識災害系オブジェクトに関する作業とか -- 名無しさん (2025-04-15 16:59:52)
- 財団で事故とかで非異常性の後遺症や障害を持ってしまうのは珍しくないだろうから雇用のノウハウはあると思う。でも明らかに影響受けてるくさいのが -- 名無しさん (2025-04-15 19:56:10)
- 収容の状況から察するに存在を認知するだけで異常性が発現するなら、報告書で知るのも……最後の「あなた」ってそういうことだよね -- 名無しさん (2025-04-15 23:50:18)
- こういう「次はお前だ」ってやってくるタイプはシンプルに怖い。このオブジェクトの場合どこか生々しいのもあって特に -- 名無しさん (2025-04-16 00:11:29)
- エグすぎて久々に鳥肌立ったSCP… -- 名無しさん (2025-04-16 01:29:38)
- 「幸せになりました」は死亡の隠喩でいいのか? -- 名無しさん (2025-04-16 13:17:18)
- このSCPにおける「対立」=「欠損」であり、これを「解決」することで「しあわせ」になる。なら、この報告書の「欠損」が「解決」したとき読者は「しあわせ」になる……てことかな。 -- 名無しさん (2025-04-16 13:23:29)
- 例のメンヘラ友梨佳が「意識なき悪意」だとしたらこっちの友梨佳は「意味なき善意」って対比ができそうだな… -- 名無しさん (2025-04-18 11:35:48)
最終更新:2025年04月18日 13:27