登録日:2026/05/03 Sun 10:08:21
更新日:2026/07/18 Sat 12:58:00
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イグノーベル賞(Ig Nobel Prize)とは、「人々を笑わせ、そして考えさせる」研究や業績に対して贈られる、ユーモアあふれる科学賞である。
概要
1991年、アメリカの科学ユーモア雑誌『Annals of Improbable Research(ありそうもない研究の年報)』の編集長マーク・エイブラハムズによって創設された。
名前の通り
ノーベル賞のパロディであり、「Ig」は否定を意味する接頭辞、且つ「ignoble(下品な、卑劣な、不名誉な)」という英単語との掛け詞にもなっている。
だが、本家ノーベル賞と優劣を競う性質のものではなく、あくまで
「埋もれがちな風変わりで独創的な研究に光を当て、科学への関心を喚起する」ことが目的である。
選考基準は
「人々を笑わせ、そして考えさせる」研究や業績であること。
つまりただおかしいだけ・くだらないだけではダメで、一見すると珍妙だが、よくよく考えると意外な実用性や深い洞察を含んでいるものが評価される。
過去には「
バナナの皮を踏んだときの摩擦係数の計測」が物理学賞を受賞しているが、これは一見ふざけているようで、実は人工関節の摩擦低減技術の研究にも応用される真面目な業績だったりする。
授賞対象は世界中の研究者・団体で、毎年9~10月頃に10部門で発表される。
なお部門カテゴリーは本家ノーベル賞と同じものもあれば、研究内容に合わせた新たな部門も随時追加されている。
ノーベル賞と異なり故人にも授与されるほか、複数人・複数団体への授与もごく普通に行われる。
推薦は誰でも可能で、毎年9000件もの推薦が寄せられているという。そのうちの1~2割は自薦とされる。
歴史
創設者のエイブラハムズはハーバード大学(応用数学)出身で、1990年からユーモア科学雑誌『The Journal of Irreproducible Results(再現不能な結果のジャーナル)』の編集者を務めていた。1991年、同誌の企画で第1回イグノーベル賞授賞式を開催する。1994年に同誌の出版社と袂を分かち、新雑誌『Annals of Improbable Research(風変わりな研究の年報)』を立ち上げ、以後そちらが本賞を運営している。
第1回授賞式は1991年10月、マサチューセッツ工科大学(MIT)の教室で開催。会場に入りきらないほどの観客で賑わった。1994年からはハーバード大学のサンダース・シアターに会場を移し、長らく聖地として親しまれていた。2020~2023年はコロナ禍によりオンライン開催となり、近年は再びサンダース・シアター、MIT、ボストン大学等で開催。2026年からは諸事情によりスイスのチューリッヒに会場を移すことが発表されている。
ノーベル賞のパロディというだけあって、選考も式典も徹底的にふざけているのが特徴。
にもかかわらず、本家ノーベル賞受賞者がプレゼンターとして参加していたり、選考委員に本物の科学者が名を連ねていたりと地味に本格派でもある。
1995年にはイギリス政府の主任科学アドバイザー、ロバート・メイがエイブラハムズに対し「真面目な科学研究を笑いものにする恐れがある」としてイギリス人研究者に賞を贈らないよう要請したが、これに対しイギリスの科学者たちから反発の声が殺到。エイブラハムズは「偉大な科学的ブレイクスルーは最初は笑われたものだ。パンのカビを見つめる研究を人々は笑ったが、それ無しに抗生物質は生まれなかった」と反論し、現在もイギリス人受賞者は出続けている。
授賞式の特徴
本家ノーベル賞の授賞式が荘厳な国家行事であるのに対し、こちらの授賞式はとにかくおかしい。
以下にその主な特徴を挙げる。
受賞者の登壇時、観客が会場全体から一斉に紙飛行機を舞台に向かって投げ込むのが恒例行事。1992年の第2回授賞式で観客が勝手に紙ヒコーキを飛ばし始めたのが起源とされる。
これを掃除する係は「Keeper of the Broom(ホウキの番人)」と呼ばれ、ハーバード大学物理学教授のロイ・グラウバー氏が長年務めていた。なんとこの方、2005年に本物のノーベル物理学賞を受賞された程のお方。受賞当年こそ授賞式参加のためストックホルムへ赴いたので欠席したが、2018年に逝去するまで、ノーベル賞受賞後も舞台のホウキ係を続けたという。
ノーベル賞では式の冒頭でスウェーデン王室に敬意を払うが、イグノーベル賞では「スウェーデン風ミートボール」(スウェーデンの郷土料理)に敬意を払う。
受賞者たちは一本の長いロープを手で握りながら一列になって登壇する。これは引率されている幼稚園児のパロディである。
スピーチは制限時間60秒。これを超えると「ミス・スウィーティー・プー」と呼ばれる8歳の少女が舞台に登場し、受賞者の前で「Please stop! I'm bored!(もうやめて! 退屈なの!)」と連呼してスピーチを強制終了させる。
しかも受賞者が「お菓子をあげるからもう少しだけ……」と賄賂で懐柔しようとするも失敗する、というくだりまで様式美として定着している。
ちなみに何故人選が8歳の少女なのかというと「8歳の少女に詰られるのが一番メンタルダメージが入る」という研究結果があるからだという。我々の業界ではご褒美かもしれないが実態はそうでもないようだ。
8歳の少女と決まっているため「ミス・スウィーティー・プー」役は毎年変わっている。2015年には歴代の「ミス・スウィーティー・プー」が勢揃いして一斉に「Please stop! I'm bored!」とやったらしい。また、2025年には「ミス・スウィーティー・プー」が欠席せざるを得なかった為、研究員のゲイリー・ドリフュス氏が女装し、見事彼女の代役を務めて見せた。
本家と違い、受賞者の旅費・滞在費は自己負担。
賞品は手作りの賞状(コピー用紙にノーベル賞受賞者がサインしただけの物)と毎年異なるトロフィー。賞金として2015年から2024年までは「10兆ジンバブエ・ドル」紙幣1枚が贈られていたが、これはハイパーインフレで通貨自体が廃止された後の紙切れ同然のものである。2025年からは使い捨ての濡れタオルに変更された。
それでも世界中の研究者が喜んで参加するあたり、本賞の不思議な魅力がうかがえよう。
主な受賞者・受賞研究
あまりに多すぎて到底書き切れないので、ごく一部を紹介する。
◆エドワード・テラー(1991年平和賞)
「水爆の父」として知られる物理学者。
「我々が知る『平和』の意味を変えることに、生涯にわたって努力した」という、これ以上ない皮肉と共に第1回平和賞を受賞。
イグノーベル賞の「皮肉芸」を象徴する受賞例の一つ。
◆神田不二宏ら(1992年医学賞・日本人初)
資生堂の研究チーム。足の臭いの原因物質を特定した功績で受賞。
日本人初のイグノーベル賞受賞者であり、これ以降日本は本賞の常連国となる。
余談だが、研究の結論には「自分の足が臭いと思っている人の足は臭く、思っていない人の足は臭くない」というシュールな一文も含まれる。
◆ラヴィ・バトラ(1993年経済学賞)
世界的な経済の崩壊を防ぐために、充分な数の本を売ったことに対して受賞。
彼は「金融資本主義が不平等を拡大させ、大恐慌が訪れるだろう」という内容の本を売りまくりヒットさせた経済学者で、この本がヒットした結果として多くの人が大恐慌を警戒し、結果的にバトラの予言は「外れた(崩壊が起きなかった)」こととなった。
イグノーベル賞に名を連ねているのでいかにもバカくさく見えるが、このバトラ氏は経済学的考察から「共産主義が早死にする」ことを誰よりも早く言い当て、そしてその後本当にソ連が崩壊したことで「予言が的中した」人でもあるので経済学者としてのウデは確かである。
◆ジャック・シラク(1995年平和賞)
当時のフランス大統領。「広島原爆投下50周年を記念して、太平洋上で核実験を行った」という、これまた強烈な皮肉での受賞。
◆真板亜紀・横井昭裕(1997年
経済学賞)
たまごっちの開発者2名。
「何百万人もの労働時間を仮想ペットの飼育に費やさせた」ことが受賞理由。
当時の社会現象ぶりを見れば確かに頷ける。
◆カンザス州・コロラド州教育委員会(1999年
科学教育賞)
公立学校で
進化論の教育を規制しようとしたことに対する強烈な皮肉での受賞。
わかりやすく言えば「ダーウィンの進化論を信じさせないために進化論を教科書から削除しようとした」というもの。
キリスト教に多少詳しい人ならピンとくるだろうが、
インテリジェント・デザイン説(神が世界を作ったという説)を子供に教育しキリスト教信者を増やさんとした、いわゆる内部工作の類である。
カンザス州に関しては
性懲りもなく2005年にも同じように進化論の記述を削ろうとしており、それが
空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の誕生につながっている。
◆Charl Fourie・Michel Won夫妻(1999年
平和賞)
防犯用車載火炎放射器の発明で受賞。
南アフリカは当時極めて治安が悪く車強盗も頻繁に起きていたこと、そして南アの法律では車強盗に武器で反撃すること自体は合法なことから
火炎放射器を車に乗せるというとんでもない代物を作り出してしまった。
ちなみに、火は車の下から足元を這うように発射される。
結局のところ
南ア基準でもとんでもない代物だったためあまり売れなかった模様。
◆ジョージ・ブロンスキー&シャルロッテ・ブロンスキー(1999年健康管理賞)
出産する女性を助ける装置を発明したことに対して受賞。
この装置、出産間近の妊婦を丸いテーブルに縛り付けてテーブルごとブン回すことにより遠心力で出産を促すというキワモノである。
◆アンドレ・ガイム(2000年物理学賞)
生きたカエルの磁気浮上実験で受賞。
ただし、この人物の本領発揮はその後で、2010年には炭素新素材グラフェンの研究で本家ノーベル物理学賞を受賞。
イグノーベル賞と本家ノーベル賞を両方受賞した唯一の人物となった。
◆ジョン・キーオ&オーストラリア特許庁(2001年
技術賞)
「車輪」の特許を取得したジョンと、それを許可してしまった豪特許庁に対するダブル受賞。
キーオ氏は2001年5月、オーストラリア特許庁に
「circular transportation facilitation device(円形輸送補助装置)」と題した特許を出願し、特許番号#2001100012で堂々と
「車輪」の特許を取得することに成功してしまった。
これは2001年に新設された
「イノベーション特許」という、通常の特許より遥かに審査が緩い簡易特許制度の穴を突いた行為で、キーオ氏自身も「この制度がいかに杜撰か」を世に知らしめるための
確信犯であった。
キーオ氏は受賞に際して
「世界中の人々がこの『くだらなさ』に賞を贈ってくれたことが、いかにバカげているかを示してくれた」と発言。狙い通り制度の問題点を世界中に知らしめることに成功した。
ちなみにこの特許は2001年8月30日にひっそりと取り消されている。
要するに「
車輪の再発明」のことわざを
現実世界でリアルにやってしまった事例であり、IT業界の比喩表現としてだけでなく、特許制度の在り方を問う重要な指摘ともなった。
◆佐藤慶太・鈴木松美・小暮規夫(2002年
平和賞)
犬語翻訳機
「バウリンガル」の開発者たち。「
犬と人間の平和に貢献した」として
平和賞を受賞。
◆井上大佑(2004年平和賞)
カラオケの発明者。「人々が互いに我慢し合うことを教えた」ことで平和賞を受賞。
日本でカラオケ発祥論争はいくつもあるが、本賞ではこの人物が受賞している。
◆ドクター・中松(2005年栄養学賞)
発明家として有名なあの人。
34年間自分の食事を毎食撮影し続け、脳の働きや健康への影響を分析したことで受賞。
食事だけとはいえそれを全部丸ごと、しかも34年分開示するのはプライベートの開示にほかならないため取得が非常に難しく、それを提供したという点で価値のある研究である。
このデータのみで栄養学・歴史学の研究に役立つ貴重な資料となる。
また、中松自身も食事から分析・考察を行っており、「3日前の食事が脳に影響する」等の結論を導き出している。
2014年の授賞式では日本人として初の基調講演を担当した。
◆山本麻由(2007年化学賞)
国立国際医療センター研究所の研究者。牛のフンからバニラの香り成分「バニリン」を抽出することに成功した研究で受賞。
バニラの天然香料は希少で高価だが、家畜のフンに含まれるリグニンから亜臨界水反応を用いて抽出することで、安価かつ大量にバニリンを生成できる画期的な手法である。
イグノーベル賞らしいシュールな研究テーマと、現実に活用可能な応用性を兼ね備えた良例。
授賞式では、ケンブリッジ市の有名アイスクリーム店「トスカーニ」が「ヤマモトバニラツイスト」なるバニラアイスを新たに発売し、スピーチ中に観客にこれを振る舞うという粋な対応がなされた。
……ところで、ヤマモトバニラツイストの原料って何なんです?
◆アイルランド警察(2009年
文学賞)
実に
50件以上もの道交法違反を働いた危険な悪質ドライバー、プラヴォ・ヤズディを取り締まり続けたことに対する功績で受賞。
「交通違反の取り締まりで
文学賞?」という疑問は御尤もだが、プラヴォ・ヤズディの意外な正体がその答えである。要するに
皮肉で受賞させた例の一つ。
◆ギデオン・ゴノ(2009年
数学賞)
1セントから100兆ジンバブエ・ドルまでの幅広い額面の中央銀行券を印刷させることによって、非常に大きな数字にも対応できるようになるための、簡単で毎日できるトレーニング法を、ジンバブエ国民に与えたことに対して受賞。
で、このギデオンという人は
ジンバブエ準備銀行の総裁である。
彼の受賞事由が「イグノーベル賞
数学賞」であって、
経済学賞とかではないのがこの話のミソなのだろう。
◆中垣俊之ら(2008年認知科学賞・2010年交通計画賞)
単細胞生物である真正粘菌が迷路の最短経路を見つけ出すことを示した研究、及びそれを応用して鉄道網設計の最適化を行った研究でそれぞれ受賞。
日本人で唯一の2回受賞者。
◆今井真ら(2011年化学賞)
滋賀医科大学を中心とした研究チーム。「火災時に空気中にワサビ臭を撒いて寝ている人を起こす最適なワサビ濃度を発見した」研究及びそれを応用した「ワサビ警報装置」の開発で受賞。
聴覚障害者は通常の警報音による火災警報器では危険を察知できないため、嗅覚に訴える警報装置の開発が目指された。
焼きたてパン、コーヒー、味噌汁、ミントなどあらゆる匂いで実験した結果、最終的に「ワサビ臭」が最も覚醒効果が高いことが判明。臨床試験では14人中13人が目を覚ましたという。
当然ながら聴覚障害者の命を救う実用的な装置として商品化されており、見事「人々を笑わせ、そして考えさせる」研究の典型例の一つに数えられる。
記者会見の場でもスプレーが試験噴射され、つんとする「あのにおい」に場内が大きく沸いたという。
◆故・グスターノ・ピッツォ(2013年安全工学賞)
1972年に「飛行機向けハイジャック対策装置」(US Patent #3811643)で特許を取得した米国の発明家。受賞時は既に故人。
発明された装置は、要約すると以下の通り。
①機内のハイジャック犯を落とし戸で床下に落とし込み、②そのまま専用パッケージに梱包し、③機体に増設された爆弾倉から外に放り出し、④パラシュートで地面に降下させ、⑤無線連絡を受けて地上で待ち構えていた警察がお縄にする。
ボルガ博士、お許しください!
5段階を経て犯人を空からポイ捨てするだけというカラクリ装置だが、肝心の犯人は全工程を通じて意識があるまま箱詰めにされて空中放出されるという斬新極まりない解決法であり、もはやコメディアニメに出てくるトラップかと疑うレベルである。
ちなみにこの突き抜けた発明、ふざけて書類を出したわけではなく1972年に米国特許として正式に認可されている。書類上はこれがアメリカ合衆国公認のハイジャック対策ソリューションという扱いになっているのだ。
◆今井真介ら(2013年
化学賞)
涙の出ないタマネギを開発したハウス食品の研究チーム。実際に商品化されている。
◆馬渕清資ら(2014年物理学賞)
バナナの皮を踏むと滑る摩擦係数を測定した研究。前述の通り、人工関節の摩擦研究にも応用される真面目な業績である。
◆パトリシア・ヤン、デービッド・フーら(2015年物理学賞)
米ジョージア工科大学のチーム。「体重3kg以上の哺乳類は、種類を問わず排尿時間がほぼすべて約21秒(±13秒)である」ことを発見した研究で受賞。
ゾウもキリンもライオンもイヌもネコもヒトも、みんな揃っておしっこに使う時間は21秒前後という、何とも不思議な共通法則。
証明手段は、アトランタ動物園で延々とハイスピードカメラを構えて動物のおしっこをひたすら撮影し続けるというイグノーベル賞らしい地道極まりない手法。なお論文の図解には各種動物のおしっこ放物線が大真面目に並列されており、論文の体裁を保ちつつもじわじわ来るシュールさを醸し出している。
誤差±13秒……つまり「8秒~34秒」というかなり大雑把な許容範囲は突っ込みどころも残すが、要するに気合いがあれば大抵の哺乳類はちゃんとおしっこできる。排尿時間が21秒から大きくズレている場合は前立腺肥大などの病気の早期発見指標になり得る、という地味に実用的な側面もちゃんとある。
◆東山篤規ら(2016年知覚賞)
「股のぞき効果」(前かがみで股の間から後ろを見ると景色が小さく見える現象)を実験で証明した研究。
◆マーク・アントワン・ファルダン(2017年物理学賞)
隙間があればあらゆる物体に入り込みフィットする「猫は液体」の現象の研究。
◆堀内朗(2018年医学教育賞)
昭和伊南総合病院の医師。「座位で行う大腸内視鏡検査――自ら試して分かった教訓」と題し、自分のお尻に内視鏡を突っ込んで検査結果をまとめた論文で受賞。
通常、大腸内視鏡検査は横向きに寝た姿勢で行われ、患者にとって精神的・肉体的負担が大きい。座った姿勢でも実施可能であることを自ら身を以て実証した功績である。
授賞式では内視鏡の管を持って自ら実演し、「ライトハンド、レフトハンドプッシュ!」と叫んでみせて会場を大いに沸かせた。
当人の真意は「大腸がんを早期発見し、その死亡数を限りなくゼロに近づけること」という大真面目なものであり、現在も予約なしで即日大腸内視鏡検査が受けられる「駒ヶ根方式」を確立するなど、医療現場の改善に尽力している。
◆渡部茂ら(2019年化学賞)
明海大学の研究チーム。5歳児が1日に分泌する唾液の量が約500mlであることを実測した研究で受賞。
5歳児30人に紙コップに5分間ずつ唾液を吐き出してもらい、それを基に1日の総量を算出するという地道極まる手法で行われた研究である。
従来、唾液量は「成人で1日1~1.5リットル」とされていたが、子供については正確なデータが乏しく、本研究によって初めて科学的に明らかにされた。虫歯予防研究の重要な基礎データとして、現在も世界中の研究者に引用されている。
授賞式では当時実験に協力した研究者の息子も登場し、実験のデモを行って会場を盛り上げた。
日本人13年連続受賞という記録も達成している。
◆中国の殺し屋5人(2020年経営者賞)
殺人依頼を報酬を中抜きしつつ5次下請けまで回したところ、決行されず逮捕された事件に対して受賞。
最後の下請け殺し屋は割りに合わないとターゲットに協力を持ちかけ、ターゲットの死んだふりの写真で依頼者を騙したという。結果的に、最後の殺し屋に助命してもらったターゲットの通報によりこの殺し屋は5人とも逮捕されることとなった。
……そう「5人とも」であり、ターゲットに協力を持ちかけた最後の殺し屋も容赦なく監獄にブチ込まれているというオチがついている。
ちなみに5人とも授賞式には出なかったらしい。牢屋の中だからね!
◆アレクサンドル・ルカシェンコ大統領&ベラルーシ警察(2020年平和賞)
ベラルーシにおける同時受賞の例。
ルカシェンコ大統領は公共の場で拍手喝采することを違法にしたことに対して受賞。
集会をなんでもかんでも反政府活動に繋がると疑った彼が集会封じのために法律を制定しまくった結果、それに反発した国民が公共の場に集まり、大勢でただ拍手だけをして解散するという仕返しに出る。それに対してルカシェンコが制定したのがこの法律。
取り締まりに出たベラルーシ警察にも賞が与えられており、その内容は「片腕しかない男を拍手喝采した罪で逮捕したことに対して」受賞。
ベラルーシ警察および司法組織はなんというかその……色々アレであることが以前から知られており、耳が聞こえず喋れもしない女性が「政治的スローガンを叫んだ」として逮捕されるなどの事例が起きている。現地新聞社の編集者曰く「この国の法廷では奇跡が起きる」。
◆インド・パキスタン両国の外交官(2020年平和賞)
インド・パキスタン両国の駐在外交官たちが、相手国大使の自宅玄関で真夜中にピンポンダッシュを延々とやり合っていた事件への授賞。
両国の外交関係が悪化していた時期、両国とも互いの駐在大使館員に対して「夜中に自宅のチャイムを連打してドアが開く前に走って逃げる」という、どこの幼稚園だと思わず首を傾げたくなるレベルの嫌がらせを国家ぐるみで延々と続けていたのが発覚した。当然のごとく国際社会の失笑を買い、こうしてイグノーベル賞の歴史に刻まれることとなった。
史上最も国家規模が大きく、且つレベルの低いピンポンダッシュ事件として、どちらの国にとっても絶対に教科書に載せたくない不名誉な珍事である。
ちなみに同年の平和賞は、本記事既出のルカシェンコ大統領&ベラルーシ警察と同時受賞。「同じ年の同じ部門に二件もこんなのを贈らざるを得なかった」選考委員会の心労がしのばれる。
◆村上久ら(2021年動力学賞)
「歩きスマホ」をする人がいると、歩行者集団の動きにどんな影響が出るかを54人の実験で解明した研究。
◆中村裕美・宮下芳明(2023年栄養学賞)
電気を流すと味が変わる箸とストローを開発した研究。
減塩食でも塩味を強く感じさせる効果が期待される。
◆武部貴則ら(2024年生理学賞)
哺乳類が肛門を通じて腸内呼吸できることを発見した研究。
字面だけ見るとアレだが、実は重症呼吸不全患者の救命につながる可能性を秘めた、極めて真面目で重要な研究である。
肺が焼けたり潰れたりするような瀕死の重傷を負った患者でも尻の穴に呼吸器を突っ込めばギリギリ延命できることを示した研究、と言い換えると、そのスゴさは多少なりとも伝わるのではないだろうか?
(ちなみに酸素が溶けている液体から呼吸をするというものなので、実際のイメージとしては点滴を尻に差し込む感じになる)
◆吉澤和徳ら(2025年生物学賞)
日本、ブラジル、スイスの研究者からなる共同研究チームが行った、ブラジルの洞窟に生息するチャタテムシの研究。
この研究によってこの虫はオスが膣穴を、メスが陰茎を持っており、性交時にはメスがオスに挿入してオスの精子および産卵に必要な栄養などを吸い取るという生態を持っている事が判明した。
おそらくは食料の乏しい洞窟内で産卵に必要な栄養を効率よく得る為だろうと考えられている。
が、それによって産卵にかかる負担がメス<オスとなっているようで、産卵のためにメスがオスを襲うメス優位の生態になっている。
しかもメスの陰茎には挿入時にオスの中で陰茎をロックする機構が備わっていたり、メスの体内に最大2匹分のオスの栄養を蓄える器官があったりと超メス優位。肉食系女子にも程がある。
実のところメス優位な性交を行う虫は割と多いが、メスが陰茎まで持っているというのはこの虫以外に例がなく、世界の生物学者たちに「オス/メスの定義とはなんぞや?」という問いを突きつけたとか。
オス/メスの役割を取り替えたかのような生態にちなみ、平安時代の古典文学「とりかえばや物語」に取材してこの虫の和名として[トリカエチャタテムシ]の名が与えられた。
◆兒嶋朋貴ら(2025年生物学賞)
黒毛和牛の体に白い塗料でシマウマ模様を描くと、寄ってくる吸血昆虫の数が約半分になることを実証した研究。通称「シマウシ」。
日本人19年連続受賞という快挙となった。
日本とイグノーベル賞
2007年以降、日本は19年連続(2025年現在)で受賞者を出し続けている世界屈指のイグノーベル賞大国である。
創設者エイブラハムズによれば、「多くの国が奇人・変人を蔑視するなかで、日本とイギリスは誇りにする風潮がある」という。風変わりなアイデアを排除せず大切にする文化が、結果として独創的な研究を生み出す土壌になっているらしい。
余談だが、日本人受賞者には「街中の銅像がハトに嫌われる仕組みを解明した」(広瀬幸雄氏、2003年化学賞)など、生活の身近な疑問から世界レベルの賞に届いた研究者が並ぶ。
なお、本家ノーベル賞でも日本人の受賞は近年盛んだが、両方を受賞した日本人はまだいない。前述のアンドレ・ガイム氏に続く2人目になれるか、今後に期待したいところである。
余談
- イグノーベル賞に選ばれると、選考委員会から受賞者に対して、受賞の意思を尋ねる非常に怪しい体裁のメールが届くらしい。
- その怪しさは相当なもののようで、多くの受賞者が詐欺の可能性を疑い、ある受賞者は差出人の確認からメールを中継しているサーバの正当性も確認したりした程である。
- 皮肉を込めて贈られる賞のため、受賞者の中には怒り出す人もいる。エドワード・テラーは生涯沈黙を貫いたし、シラク大統領は
当然ながらコメントも出さなかった。- 一方で「光栄である」と素直に喜び、わざわざアメリカまで自費で出向いてスピーチをする人物も多い。日本人受賞者の多くは後者である。
- 1994年に日本の気象庁が「ナマズの尾の動きで地震を予知する研究」で物理学賞を受賞したと一時報道されたが、これは実際にはそんな研究は行われていなかったことが判明し、後に公式記録から削除されている。
- 本賞のマスコットは「The Stinker」と呼ばれ、ロダンの彫刻「考える人」が台座から後ろに転倒した姿になっている。
- 本家ノーベル賞授賞者がプレゼンターとして参加するのが恒例だが、彼らも会場の悪ノリに付き合ってかなりはっちゃけたパフォーマンスをすることが多い。
- イグノーベル賞をテーマにした書籍も多数出版されており、日本でも『イグ・ノーベル賞の世界』『わらって、考える! イグ・ノーベル賞ずかん』などが刊行されている。
「人々を笑わせ、そして考えさせる」――この精神は、アニヲタwikiの追記・修正にも通じるものがあるかもしれない。
ない? そうですか……。
追記・修正は紙飛行機を投げてからお願いします。
- 記事作成乙 ミススウィーティープーは罵ってきて一番傷つく相手は8歳の女の子という研究からそうなってるそうな -- 名無しさん (2026-05-03 10:22:35)
- 猫は流体って日本の研究かと思ったら違うんだ…… -- 名無しさん (2026-05-03 10:54:48)
- イグノーベル賞のロゴの「転げ落ちた『考える人』」は初めて見た時呼吸困難になるレベルで笑った記憶があると同時に日本人の異常な強さに感心した学生時代の思い出 -- 名無しさん (2026-05-03 10:55:21)
- 日本ばっかり受賞してると言うが「馬鹿な研究してるね」「でしょーwww」が通じるのが日本だけかもしれんな -- 名無しさん (2026-05-03 15:05:33)
- 実際何が未来の科学にとって価値あるものになるかなんて誰もわからんからな、それこそクラゲの発光物質のように -- 名無しさん (2026-05-03 16:50:17)
- 長生きしている人が多い地域に関するイグノーベル賞が好きだな -- 名無しさん (2026-05-03 17:14:35)
- 菌に路線図を書かせる→効率的な路線配置の研究 ワサビ式火災報知器→耳が聞こえない人が寝ていても叩き起こせる バナナの皮の滑りやすさ→人工関節の摩擦軽減に応用 肛門呼吸→頭から呼吸ができない状況で呼吸させる方法に応用……と、本当に一見ふざけているようで大真面目に役に立つ研究なのも興味深いところ。「○○は役に立たないことの証明」系はどういう真面目な応用が期待されているのかイマイチ分からんけど。「凍ったウンコが金槌の代わりにならない証明」とか -- 名無しさん (2026-05-03 17:24:47)
- 日本人の受賞例に皮肉系がほとんどなくて、真面目に科学技術として役に立つ研究への受賞が多い(扱う題材がシュールなだけ)から日本人で怒るケースはほとんどないんじゃなかろうか -- 名無しさん (2026-05-03 17:54:16)
- 受賞者をおちょくるタイプの賞かと思えばわりとそうでもないんだな。確かに笑わせて考えさせる内容だった。面白い。 -- 名無しさん (2026-05-03 18:23:39)
- 科学系はそもそも興味を持ってもらえなくて苦しんでるパターンが多いからポジティブに知名度上がって嬉しいんじゃないかな -- 名無しさん (2026-05-03 19:50:11)
- 科学者にとって好奇心は何よりも大事 -- 名無しさん (2026-05-03 23:02:36)
- テラーとかシラクに対する皮肉が最高にロック -- 名無しさん (2026-05-04 11:23:36)
- ドクター中松が受賞してるのは知らなかった しかも栄養学 現在も御年97歳で健在なこと考えると割と妥当な受賞理由なのかな -- 名無しさん (2026-05-04 11:53:08)
- 皮肉系はだいたい平和賞。一方でバウリンガルのように真面目な(?)平和賞もある -- 名無しさん (2026-05-04 13:39:02)
- 数年前にイグノーベル賞の世界展行ったけどバカみたいなテーマの興味深い研究が多くあって俄然興味湧いた記憶ある -- 名無しさん (2026-05-04 15:57:25)
- 経済学関連の賞も皮肉が利いてる、世界経済崩壊を予言する本を売りまくって崩壊を回避する事に貢献したとか、暗殺依頼を下請けに出しまくって関係者全員お縄になった事に対して過剰なアウトソーシングの悪例として経営者賞を贈ったり -- 名無しさん (2026-05-05 14:50:40)
- ↑追記した -- 名無しさん (2026-05-05 15:55:55)
- 車輪の再発明で受賞したケースもあったっけか -- 名無しさん (2026-05-05 16:32:44)
- 今年の平和賞はトランプで確定しそう賞も貰えて歴史に名が残るよおめでとう(笑) -- 名無しさん (2026-05-10 22:08:36)
- ↑絶対にやめてほしい トランプの発言で党派性おもっくそ出して信頼なくした終末時計みたいにはなってほしくない -- 名無しさん (2026-05-10 22:26:11)
- 平和賞より環境賞を与えようぜ。石油資源の使用を輸送を止めることで減らそうと努力したってことで -- 名無しさん (2026-05-10 22:30:34)
- トリカエチャタテの研究でも取ってたな -- 名無しさん (2026-05-10 22:41:25)
最終更新:2026年07月18日 12:58