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叫び(絵画)

登録日:2026/10/12 Mon 02:26:32
更新日:2026/10/20 Tue 20:08:34
所要時間:約 5 分で読めます




画像出典:Skrik - Wikipedia 2026/10/12( 外部リンク )

「叫び」とは、ノルウェーの画家、エドヴァルト・ムンクによって製作された絵画である。
ノルウェー語でのタイトルは“Skrik(スクリク)”*1。
ドイツで初展示した際のタイトルは“Der Schrei der Natur(デル・シュライ・デア・ナトゥーア)”で、直訳すると「自然の叫び」。
また、英語では“The Scream”である。

なお、作者の名前とセットにした、「ムンクの叫び」という名前で紹介されたり名前を憶えている人もいるかもしれない。
しかし、こちらは厳密には正式名称ではないので注意。


絵画の紹介


まず、大前提として知っておいて欲しいのは「叫び」には多くのバリエーションがあること。
ムンク本人が同じ題材で幾つか絵を描いており、彼自身が作成した代表例は計5種類存在しており、他にも素描なども残されている。
なお、冒頭に掲載したものは、5作目の作品。


《5つの「叫び」》

1作目が作成されたのは1893年、ムンク30歳の時である。
テンペラ・クレヨンによって描写されている。
5つの内最も有名な絵画であろう。

まず初めに、真っ赤に染まった夕暮れのフィヨルドが背景として描かれているが、何故かそれらがグニャグニャと歪んでいてこの時点で異様さを感じられるものになっている。

そこから視点を手前側に寄せていくと、中心に1人、奥側に2人の計3人の人物が描かれている。
だが、この内、中心の人物が両手を顔に当てつつ、凄まじい形相を浮かべた状態を極度にデフォルメした姿で描かれており、見た人に強烈なインパクトを与える内容になっている。

この中心の人物の表情が強く印象に残るものである事から、(絵全体か、この人物単体かを問わず)パロディの絵などが大量に作成されており、他にもこの絵を元としたネタなども存在する。

作成当初は周囲からの評価は散々なものになっていたが、今日では評価が変わり、(上述したパロディ作品が数多く作られている点も含め)彼の代表作の1つとして紹介される程になっている。

この絵は現在、ノルウェーの首都オスロにあるオスロ国立美術館が所蔵している。


残りの2作目から5作目については、制作年や特徴は以下の通り。

2作目:
1893年作成(1作目と同じ)。パステル画。
1作目に比べると色味が薄く、また1作目にあった、湾内の船が描かれていない。
3作目:
1895年作成。パステル画。
青色で描かれている部分が多くなっており、また、1作目では背景で歩いている人物2人がどちらも背を向けているのに対し、本作では片方が悲嘆にくれているかのように丘の手すりにもたれている。
4作目:
1895年作成。リトグラフ(石版画)。
他作品と異なり版画であり、黒単色の絵になっている。
白黒の絵になって線が強調されるようになった関係か、中心の人物の表情が克明になっており、他作品とは異なる印象を抱く作品になっている。
5作目:
1910年頃作成。テンペラ画。
構図は1作目と大差ないが、中心に据えられた人物が他作品のものと異なり白目をむいており、結果として不気味さが大きく増している。

構図自体は5作とも同じだが、上述した通りそれぞれディテールが微妙に異なっている事で、受ける印象などにも違いが出てくる。
気になった人は見比べてみるのも面白いかもしれない。


描かれている人物と「叫び」の真相


タイトルが「叫び」であること、そして作品を見た時に自然と目に行くであろう、凄まじい形相の人物の姿から、「(描かれている)人物が絶叫している瞬間」を絵にした物だと思われることが多い。
また、「ムンクの叫び」という俗称から、描かれている人物はムンク本人で、「ムンクが叫んでいる」と思っている人もいるかもしれない。

だが、結論から言うと「中心に描かれている人物はムンク本人」という部分は(後述する)彼自身の体験を元にしている、と考えればモデルであると言ってもあながち間違いでもない。
しかし、「叫び」のタイトルが差しているのはこの人物というのは間違い。

ムンク本人がこの絵の元となる状況について、「友人2人と外出していた際に、血のように赤く染まった空を見たことで、凄まじい疲労感に襲われて(友人達が先の方へ歩いて行く横で)その場に立ち尽くし、強い不安を感じた。その際に自然を貫く果てしない叫びを聞いた。」という旨の内容を自身の日記に記している。

つまり、
中心にいる人物は「自然の叫び」をいきなり感じてショックを受けているのであり、
「自然の叫びに対して耳を塞ぎながら凄まじい不安に打ち震えている」状態が絵になっている
というのが真相。更に言うと、奥側に描かれているのが、「ムンクの状態に気付かずに先を歩く友人2人」がモデルであるという事も判る。


類似する絵画の存在


赤く染まったフィヨルドの夕景を元に展開されるこの絵だが、実は「叫び」の前後に描かれた絵画作品でもこのフィヨルドの夕景が同じ様に使用された絵が存在する。

それが「絶望」と「不安」の2作品で、両者は「叫び」と背景描写が酷似した物になっている。
また、絵画の舞台とされている「エーケベルクの丘」から、「エーケベルク3部作」等の俗称でひとくくりにされることもある。

まず「絶望」については、フィヨルドの夕景を背に背景に2人、中心に1人、人物が配置されており、背景以外のシチュエーションも「叫び」と類似している。
だが、「叫び」にはあった、中心の人物の描写が異なっており、デフォルメ等も特に見られないのが特徴になっている。
因みに本作は「叫び」作成前の1892年と、「叫び」作成後の1894年にそれぞれ同名の絵が描かれているのだが、それぞれ中心の人物の描写が異なる。
前者は帽子をかぶった男が右の方を向いており表情等が読み取れないのだが、後者は背景こそ同じだが男が沈んだ面持ちで背中を丸めながら正面側を向いており、帽子も身につけていない状態になっている等の違いが見られる。

次に「不安」についてだが、こちらはフィヨルドを背に、大勢の人物がこちらに目線を向けているのが特徴。
しかし、その全員が無表情であり意図も読めないため、タイトルの通りうっすらとした不安感を掻き立てられ、前2作にも劣らない狂気を感じられる作品に仕上がっている。
「大勢の人物がこちらを見ている」という構図が用いられたムンクの作品は、他にも「カール・ヨハン通りの夕べ」があり、作成時期も近い。


「自然を貫く果てしない叫び」とは?


叫びの真相の段落に出てきた自然を貫く果てしない叫び、および絵画に描かれているビビットな赤い空。
実はこれ、ムンクの空想や誇張ではなくムンクが現実で目撃した出来事である可能性が指摘されている。

いちばん有力なのは、1883年に起きたクラカタウ火山大噴火による一時的な大気変動。
当時のクラカタウ火山の大噴火は地球規模で空の色に影響を与えたことが観測されているため、ムンクもそれを見てこの絵の着想を得たのではないか、と考えられるのだ。


クラカタウ火山はインドネシアのスンダ海峡、ムンクが住んでいたのがノルウェーの旧首都クリスチャニアであるため、所在的にはほぼ地球の正反対。
1800年代末は現代ほど情報網が発達していない時代であることから、この不気味に赤く染まる空が何が何だか分からない恐るべき怪現象であったことは想像に難くない。そりゃ散歩中の人もこんな顔になるわけである。

……実際はこの絵画のように赤い絵の具を垂らしたような不気味な空になったかどうかは分からないが、当時のムンクは極度の精神的ストレスやトラウマを抱えていたことから、友人2人とムンクには空の見え方が全く違ったというのは十分に説明がつく範疇である。
また実際の火山噴火は「叫び」が制作される10年も前の話であり、実際にムンクがこの光景を目にした直後に描いたわけではないため、この表現は「統合失調症による幻覚体験」、あるいはそのような状況下で極度に歪み誇張された火山噴火の時の記憶に基づいて描かれたのではないかと現在は考えられている。

と、このような歴史・自然科学的背景を知った上で見ると、この叫びの絵画もまた違う見方が出来るかもしれない。


余談


  • 本作は何度か盗難に遭っており、1度目は1994年のリレハンメル冬季オリンピックの開会式の際にオスロ国立美術館所蔵のものが盗難に遭い、2度目は2004年にムンク美術館からテンペラ画版が「マドンナ」と共に行方不明に。なお、どちらもその後犯人が捕まり、絵自体も見つかっている。

  • オスロ国立美術館に所蔵されている1作目の「叫び」には、左上にノルウェー語で「狂人にしか描けない」という鉛筆の落書きが記されている。これは作成からおよそ10年後に判明し、当初は客の手によるいたずら書きかとされていたが、後にムンク本人が自ら書いたものだと判明した。

  • figmaテーブル美術館シリーズでもラインナップされている。身体の可動はグネグネ動くことで確保されている。ピースしたり手でハートを作ったりとフリーダムなアクションが可能。

  • 1999年にHTBにて連続テレビ小説「フィヨルドの恋人」が放送され、叫びが「ムンクさん」名義のメインヒロインとして登場した。
    ……本当はバラエティ番組『水曜どうでしょう』の海外企画、「ヨーロッパリベンジ」の6〜7夜で行われた出演陣による茶番劇。
    ただ、「叫び」のビニール人形(土産物)が使われたのは本当。😱私は自由よぉぉぉぉ!!
    元の「叫び」は男なので日常に鬱屈した人妻ではないし、桂三枝のギャグもやらないし、ヒゲの男には興味が無いってのも何か違う。
    番組内でも「『ムンクの叫び』じゃなくて『叫び』っていう絵の一部だろ?」と言われている。
    ただ、日本ではこれで知名度が上がってしまった側面もあり、件のものと同型のビニール人形が日本でも「フィヨルドの恋人 ムンクさん」として販売されている。
    ……というか、そもそもとして当の“ムンクさん”はどうでしょう班が現地で購入したもの、つまりは美術館やノルウェー自体が本来は恐ろしいはずなのに世界中でネタにされているあの絵画をキャラクター化して売り出していたということである。国を代表する歴史に残る美術家たる作者の苦悩を何だと思っとるのか。

  • 2018年10月27日(土)~2019年1月20日(日)にて東京都美術館で開催された「ムンク展―共鳴する魂の叫び」とポケモンカードゲームがコラボし、スマホケースなどのグッズが販売された他、12/10(月)~12/16(日)の期間限定で来場者には『叫び』をモチーフとしたピカチュウが配布され、ミミッキュ、イーブイ、モクロー、コダックもポケモンカード関連の商品購入特典として配布された。また、この絵を用いたグッズも販売された。
    使用する技はいずれも「さけび」。5種類あるのは『叫び』自体が5種類あることにちなんでいると思われ、よく見るとコダック→イーブイ→ピカチュウ→ミミッキュ→モクローの順に並んで「さけび」が連鎖してるのが分かる。コダックとモクロー以外は明らかに耳をふさいでいないけど。
    この内ピカチュウのカードはかなりの高額で取引されている。

  • Unicode番号:U+1F631の絵文字は😱これであり、ムンクの「叫び」っぽい。
    「Face Screaming in Fear(恐怖で叫ぶ顔)」という名称で、この絵文字は「叫んでいる」と明言されている。

  • 上述の通り「叫び」制作当時のムンクは極度の精神的ストレスやトラウマ、死への恐怖や不安を抱えていた。制作以前にも母親と姉の一人を結核で早くに亡くして精神的に打ちのめされた経験があった。
    自身も後にスペインかぜで生死の境をさまよった他、アルコール依存症に陥り精神病院に入ったこともあるという。
    それでも奇跡的に回復して制作を続け、最終的に80歳まで長生きをしている(1863年12月12日生~1944年1月23日没)。



追記・修正はwiki篭りを貫く叫びに耐えながらお願いいたします。

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最終更新:2026年10月20日 20:08
添付ファイル

*1 「叫び」や「悲鳴」の意味